【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第十話 【馬竜 ドスガアマ】

「かはっ! ……」

「大丈夫かニャ旦那ぁ! 」

 

 アオアシラの豪腕がジャックの腹に直撃する。

人間のそれを遥かに凌ぐ常識外れの腕力を前に、少年は成す術も無く吹き飛んだ。

殴られた地点から5mほど飛んでゴロゴロ転がり、ようやく勢いが止まった。

すぐさま立ち上がろうとしたが、足が動いてくれない。

地面に仰向けになったまま手をモゾモゾと動かし、ポーチを探る。

が、目的の回復薬は既に空っぽ。この戦闘で10個の回復薬はジャックの腹に消えていた。

 

「ちっくしょ、ナルガ頼む! 」

「今は無理ニャ! 足止めで精一杯ニャ!! 」

 

 ナルガの回復笛を求めたジャックだったが、今の彼の様子を見ればそんな余裕など無いことが一目瞭然だ。

ライトボウガンを構えた状態での素早い立ち回りでアオアシラの攻撃をかわしつつ、集中砲火。

とてもじゃないが立ち止まって笛を吹いている暇は無かった。

囮となってくれてるだけでも感謝すべきだ。甘えすぎか。

 

「くぅ……」

 

 全身の力を足に込め、ゆっくり立ち上がる。

すぐに視線を上げると、目の前にアオアシラの巨体があった。

 

「んの野郎……どんだけ速ェんだっつうの! 」

 

 突進をなんとか避け、回り込む。

一瞬遅れていたら激突して戦闘不能、いや、行動不能となっていたかもしれない。

ぞくっと全身に寒気が走る。アオアシラ狩猟は四度目だと言うのに、ここまで追い詰められるとは……

何にせよ、ここで死んだら元も子も無い。一時撤退しよう。

ナルガにそう叫ぶと、渋々同意した。

 

「あばよプーさん。まだ負けを認めた訳じゃないぜ! 」

 

 突進の勢いを殺し、振り向いたアオアシラにそう残すと、全速力でエリアを離れていった。

追いかけられたがナルガが拡散弾を放ち、怯ませる。

隙を作った二人はどうにか熊さんから逃げ切り、隣のエリアで一息付いた。

 

「ふぅ……」

「油断しすぎかも知れないニャ、旦那。防具があれば全攻撃を受け止められるって訳じゃないニャ」

「ああ、わかってらぁ。インナーの時に勝てたってんで完全に油断してたわ」

 

 ジャックが顔を顰める。

この一週間で、ナルガ抜き(研究に忙しいとのこと)でアオアシラを二回討伐した。

二回とも軽傷をいくつか負っただけで勝利。そこまで余裕は無かったものの、討伐した。

そして今回。狩りの腕が鈍っては困る、と連れて来させたナルガと居て戦力は上がった筈なのに、このざま。

やはり理由はジャックの油断だろう。自信はありすぎでもいけないものらしい。

 

「取り敢えず、笛を頼む。足がずきずきしてらぁ」

「ニャ」

 

 ナルガが承諾の声を出すと同時に、道具袋(ポーチ)の中に手を突っ込む。

その時、突然ジャックが叫んだ。

 

「あぶねぇっ! 」

「ニャ……? 」

 

 丁度ナルガが笛を口に当てたところで、ジャックがナルガを抱きかかえるようにして横に跳んだ。

着地する直前、視界に何か茶色い大きなモノが写っていた。

そして、ドスッという音と共に地面が揺れた。

ジャックの腕の中でもがくナルガを一度下におろし、今さっき自分が立っていた場所に目をむけた。

 

「フニャー! いきなり何ニャ旦那ぁ! 今せっかく笛を――――――」

「んじゃぁ、あのまま串刺しになる方が良かったか……? 」

 

 ジャックの口調が一瞬で変わった。

それを聞いて、ナルガもすぐ主人と同じ場所に目を向け――息を呑んだ。

 

「ニャ……? 」

 

 しなる四本のこげ茶色の足、その先に地を駆る漆黒の蹄。

大地を揺るがす巨大な胴体。ジャック二人分はあるだろうか。

縦長の頭部から堂々と生える、天を指す鋭い角。

その角が今、地面を穿った。その証拠に、今さっきジャック達が立っていた場所にくっきりと角跡が残っていた。

 

「……何だこいつ……」

 

 ジャックが声にならない声で零した。

痛いくらいの沈黙の後、目の前に聳える怪物の頭がゆっくりこちらを向いた。

青色にギラつく両目に、青白い顔をした人間が写った。

 

再度、ジャックが叫んだ。

 

「逃げろぉ!!! 」

 

 両者が同時に動いた。

ジャックとナルガは全速力でその場を離れようとする。

こげ茶色の怪物はその四本の足を振り抜き、スタートから最高速度で相手を「狩る」べく走り出した。

10m程の差を一瞬で詰まる。怪物の角が光り、ジャックの防具へ一直線に突撃した。

 

「く……くぁっ!! 」

 

 ギリギリの所で横転回避。水色の防具の裾が切り離され、虚しくヒラヒラと地面に落ちる。

モンスターは恐ろしい踏ん張りで勢いを即座に殺し、またしてもターゲットの方を向いた。

転げるジャックの真上に天高く前足二本を掲げる。

 

「うがぁ! ハッ……ハッ……」

 

 仰向けの状態から体を更に左に転がし、回避。

直後に、怪物の前足が振り下ろされ、またしても地面が抉れた。

ジャックの額に冷え切った汗が流れる。

すぐに立ち上がるも、息が苦しい。体に無理をさせすぎた。限界だ。

 

 再度恐ろしげな顔が向きを変え、ターゲットを睨む。

そこに、銃声と共に鉛弾が怪物のこめかみに直撃し、不意をつかれた怪物はふらついた。

 

「今だ!! 」

「旦那!? 」

 

 ジャックは隙を見せた怪物に突進していき、構えたハンマーで横殴りに怪物の角を狙った。

が、砕けたのは角では無かった。

 

「……は? 」

 

 ジャックは怪物の目の前で、ハンマーの柄だけ持ち上げた滑稽な格好で固まっていた。

(くろがね)の破片がそこらじゅうに飛び散り、ガランガランとやかましい音を立てて落ちる。

純白で完全無傷の角がギラリと光る。

 

「旦那ぁぁぁ!!! 」

 

ドスッ……という、鈍い音が響く。

真紅が渓流に舞い上がった。

 

「くは……痛ってぇ……」

 

 ジャックが、角に両手を貫通されながらも、踏ん張って立っていた。

鮮血が純白の角と水色の防具を同色に染め上げる。

激痛に歯を食いしばり、ジャックは悶える。

反射的に手を上げて助かった。一瞬でも遅れてたら手ではなく頭が一突きになっていた筈。

なんつー鋭さだ。

 

 ズボッと角が両手から離れる。血をポタポタ垂らしながらモンスターが非情にも再度角を振り上げた。

 

「ッ! ……」

 

 両手を庇いながら、ジャックが片足を振り上げて横に飛んで来る角を蹴り止めた。

角の先さえ触れなければ大丈夫、と思っての咄嗟の対応だったが、相手の勢いは強すぎた。

足の甲の骨が砕ける音がした。手、足の両方から真っ赤が流れ出していた。

 

「うああ……ああ……あ……」

 

 狩人は戦意を喪失した。もはや、目の前の敵を倒せる人間はこの世に存在しないと思った。

辛うじてこの地面に立つジャックを、怪物は空ろな目で見下した。

 

「ニャアアア!!! 」

 

 その時、救世主の咆哮が渓流に轟いた。

大量の徹甲留弾の雨が一挙に怪物に降り注ぐ。

そのこげ茶色の体に点々と突き刺さる弾丸。その程度では怪物はターゲットから目を逸らせることすらできなかったが、次の瞬間爆音と爆風の波が発生した。

 

「……グアガ……」

 

流石にこれには怪物も声を上げずにはいられない。

初めて自分の血を垂らしながら、苦痛の声を空高く飛ばす。

 

 吐血し、漆黒のしなやかな(たてがみ)を振り乱し、その場で暴れる。

その間に、ナルガは呆然と立ち尽くす白眼のジャックに駆け寄り、自身の回復薬を無理やり飲ませた。

何本か飲ませると、ようやくジャックの眼に黒が戻った。

が、意識と共に苦痛も取り戻してしまい、表情が歪んだ。

 

「旦那! 逃げるのニャ! 」

 

 ナルガの声にも答えられず、怪物と並んで苦痛に耐え続けるジャック。

 

「まだ……」

「早く!! 」

 

 ようやく暴れ終わり、全身から血の雨を降らせる怪物の目が、青の深みを増した。

その様子を見てただならない殺気と恐怖を覚えたジャックもすぐに足を引きずってエリア移動しようと走り出した。

 

「ニャぁ! 」

 

 すぐにナルガもついて行く。

その後ろで、怪物が角を振り上げた。

 

「くそぉおおお!! 」

 

ジャックが先にエリアから出、一拍遅れてナルガもエリアを移動した。

直後、血の滴るエリア5に大地が歪む轟音が響き渡った。

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