……まだ、息はあった。水に体を沈めて瀕死の状況であっても、血を吐き出し続けても、無謀人は生きていた。生命力ならそこらのモンスターより上かもしれない。
が、やはり虫の息。試しに指を動かしてみたが、微動だにしない。
無理に足を持ち上げようとしたが、ゴキッと嫌な音をたてて沈黙した。
でも目だけは動く。首は動かさずとも頭上の敵はその目に捉えることができた。
(せめて……一頭……)
ジャックの腕が足同様に骨折の悲鳴を上げた。
が、鮮血がいくら噴出そうと、彼はハンマーを握った腕に鞭打つ。
「ブオオオッ!? 」
完全に油断していた仮の勝者に、仮の敗者が怒りの鉄槌を下した。
背中から全身をねじりあげ、その勢いでハンマーを横に一閃。
大猪の向う脛がバキバキバキッ!!と音を立て、崩れ落ちる。
「ブオオオオオオ!! 」
そのまま、ジャックの隣に倒れこんだ。そこに、ピッタリのタイミングで一発の弾丸がやってきた。
「ナイスだ――ナルガ」
「無茶しすぎニャ……でも、おかげで何だか猛烈にやる気が出てきたニャ」
――刹那、水没林に轟く爆音。最後の必殺技「徹甲留弾レベル3」が猛威を振るった瞬間だった。
その弾丸のあまりの強さに、標的は倒れたまま、動かなくなった。
……一頭目、討伐。涙目のお供アイルーの一撃だった。
「ンニャ……ちょっと暴れさせてもらうニャ。情けない旦那、そのまま寝っ転がってるといいのニャ……流れ弾に要注意報だニャ!! 」
「んん……」
怒りに震える救世主に、思わずジャックの口元に笑みが浮かぶ。
(――――勝ったな――――)
三頭のドスファンゴが自分たちのプライドを忘れて、ナルガの気迫に震えだした。
普段ならクリッとした可愛らしいドングリ眼が、薄く切ったような鋭い碧眼へと変貌していた。
ボウガンを低く構え、引き金を支える指の毛――いや、全身の毛が逆立っている。
その姿――――まさに、鬼。
「ニャアアアアアア!! 」
ボウガンの引き金が一瞬で「タタタタタタタンッ!」と手前に引かれた。
目にも留まらぬスピードで鉄から溢れ出す銃弾が、
逃げる間もなく、バシュバシュバシュッと堅牢な「筈」の皮が貫かれ、赤黒い血が地面を染めていく。
貫通弾レベル3を全身に受け止めたドスファンゴ達の一頭が、その場に転げた。
が、ピクピク動いているところを見ると、まだ死んでないらしい。
他の二頭も怯みはしたものの、すぐに体勢を整えて突進準備に直った。
それを見て、ナルガは新しい弾をボウガンに素早く詰め、地面に潜っていった。
「ブオオオオオオッ!! 」
ナルガが泥だらけの地面にもぐりきった直後、怒り状態と化した大猪達が強烈な突進を繰り出した。
が、当然その場に彼はいなく、ただ小さな円盤形の鉄が置いてあり、それを踏んづけただけだった。
「……ブオオ……ブオ……」
突如、鉄から溢れ出した黄色い液体の手によって猪の一頭が痺れて動けなくなった。
(痺れ罠……いつの間に仕掛けたんだろうな……)
戦況をジッと眺めていたジャックも驚く。同様に、罠に掛からなかった片方のドスファンゴでさえ驚愕で硬直していた。
そして、まんまと罠にかかったドスファンゴの足元から、鉄(くろがね)が覗いた。
――爆弾にも劣らぬ銃声が波になった。先程とは別の弾丸が大猪の腹を削っていく。
が、弾丸は大して威力があるようには見えない。
ただドンドンドンッ! と猪の体内に入っていくだけで、貫通弾よりもダメージを与えられてないようだった。
「……二頭目」
二頭の遠くの地面から顔を出したナルガが怪しげに呟いた。
その瞬間、ジャックが全てを理解した。
(――――斬裂弾! )
突如、弾丸の全てを受けきった猪から大量の血が溢れ出した。
まるで刃物に切られているような傷のつき方と、血の出方だった。
ドシャアッ!バチャッ!という音が連続し、水面が真っ赤に変色していく。
斬裂弾。それが、ナルガが猪に撃ち込んだ弾丸の名前だ。
一見すると何の変哲も無い弾丸で、ただ当たっただけでは通常弾にも及ばないような低威力の鉛弾だが、実はとんでもない科学が秘められている。
この弾は貫通弾の特性もある程度持ち合わせており、標的の体内に突き刺さる。
そして、内部で少し血や分泌物などの液体に触れると、仕込まれた粒子サイズの刃物が殻を突き破って飛び出し、縦横無尽に獲物の体内で飛び交うのだ。
当然、体内で肉を抉られまくった標的はその場で倒れる。
それも、一瞬で何十発と受けきり、斬撃を喰らったモンスターはどうなるか?
――――その答えが、今ここにいる。
痺れ罠が小さな爆発を起こし、その場でただの鉄の塊となった。
が、大役を果たしてくれた。この数十秒がどれだけ大切だったことか。
コロッと岩が転がるように猪が倒れ、一度ビクッと動いた後、亡骸となった。
「……恐ろし」
ジャックが独り言った。自分のお供に本気で恐怖した。
あれは絶対敵に回したくないな。全く。
そして、気が抜けたのか、ジャックは意識を失った。
「旦那、寝たっぽいニャ……戦場で実験っていうのもいいかもしれないニャ」
そう言うと、ナルガはポーチを漁り、中から乳白色の小さな弾丸を取り出した。
それが燦々と水没林を照りつける太陽の光に反射し、輝く。
「試作品ニャ……うまくいけば数秒くらい……」
ボウガンにその弾丸が詰め込まれる。
そして、未だ死体の横で硬直しているドスファンゴを照準に合わせた。
その瞬間、ドスファンゴがこっちに気付く。が、振り向いた時には足元に何か突き刺さっていた。
「さぁ、どうかニャ……」
次の瞬間、弾丸から白濁した液体が大量に溢れ出す。あんなに小さな弾にあれだけ入っていたのかと思うと不思議で仕方が無い。
猪はそれにまたビクッとした。
水面に広がる赤に上乗せされていく白に驚き、少し牙で触れてみる。
すると―――――ツルッ! という効果音が響きそうな動作で、牙が液体の上を滑った。
それにつられて全身が液体の上に転がり、いくら起き上がろうとしてもツルツル滑って何もできなくなっていた。
その様子を見て、ナルガが首を振る。
「失敗かニャ……油が多すぎたっぽいニャ。三対七の割合じゃないと駄目ニャ。畜生ニャ。――――あれでも使えそうだけど」
苦笑した後、再度照準を転げる猪に合わせた。
「……悪く思うニャ。これは復讐と共に、クエストニャ」
引き金をまたしても目に留まらぬスピードで引きまくった刹那、銃口が火を噴いた。
ドドドドッドドドッ!と音が鳴り、ドスファンゴから血が溢れ出す。
が、それでもドスファンゴは生きていた。虫の息ながら、生きていた。
しかし、ナルガが反動で大きく後ろに下がっているのを見て、まだ終わりじゃないことを悟った。
―――――――――ドッゴオオオオン!!!
拡散弾が全弾爆発し、その常識はずれの威力により、その場で、白濁した液体の上で猪は力尽きた。
「三頭目……っと。あと一頭――――ニャ? 逃げたのかニャ? 」
ナルガは辺り一面を見渡すも、最後の一頭がいなかった。
どうやら小さな戦鬼に言い知れない恐怖を覚え、撤退したらしい。
ナルガは苦笑した。と同時に、突然フッと倒れた。
……流石に疲れたニャ……旦那、悪いけどちょっと休ませてニャ……
起きたらすぐまた狩りに行くから……怒らないでニャ……ねェ、旦那……
そして、疲れきった救世主は最後の力を出し切り、旦那と並んで意識を失った。