【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第一話 【渓流に現る狩人の芽】

 ――こんな筈じゃなかった。

男は気づかないままに枯れたタンポポを踏みしめ、思い返した。

よくよく考えてみれば、あの村長がおかしいのだ。

目的地までの道のりが短いながらも恐ろしく危険だということくらい、彼は知っている筈である。

狩人を送り込むならまだしも、自分は全く違う。

生まれながらの大人しい性格と育った環境による臆病さからして、《戦》を生業とするような物騒な役職に就くタマで無いのは明らかだ。

だから、行商人(ぎょうしょうにん)という立ち位置に収まった。

実際のところ狩人とは1ミリも関わりたくなかったのだが、これもまた村長の推薦のおかげで強制的に仕事を押し付けられた。

二年も渋々地方を旅して来た。その間、奇跡的に(ドラゴン)に類するモノを目にしたことは無かった。

 

 しかし、今回の道中では口惜しいことに獣の巣を横切ることとなる。

護衛など一切無し。この地の最新情報も無し。男は、大の大人三人ほども入りそうな程に大きい荷物を背負い、嵩を深く被ったまま立ち止まった。

視線を上げれば――息を呑むほどに壮大な自然が目に入る。

高く聳える山に寄り添って大樹が天に枝を広げ、木と木の間を縫うように谷川が流れる。

岩場の外れに湖があり、それのすぐ傍に洞窟の不気味な影が伸びる。

空と湖の澄んだ水色と、若々しい葉の緑が美しく彩られ、人間の手を微塵も感じない。

 

 しかし、穏やかな外面に潜む影は、果てしなく危険な匂いを放つ。

水辺を好むモンスター。何らかの突然変異によって禍々しい進化を遂げた生物達。

この雄大な自然、全てが彼等の住処なのである。

故に危険生物が繁殖し、それらを狩る為の狩人が横行する。

 

 正真正銘、《渓流》という名の戦場である。

 

 今正に、男は生まれて初めての戦場に足を踏み入れるのだ。

持ち前の幸運で今回も……何事も無くすりぬけられる。

そう信じて行商人は足を一歩前に突き出した。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 エリア6。

此処は広い広い渓流の丁度中心地点である。

エリアの大半を谷川が占め、小魚が悠々と泳ぐ。

洞窟に繋がる入り口は滝で視界を閉ざされ、いかにも危険な雰囲気を纏っていた。

 

 ――――ここへ来て、行商人の男は自分の見込みの甘さを思い知った。

奇跡はエリア1、エリア2の二箇所までしか続かなかったのだ。

最も水の多い場所には、これまで図鑑でしか拝むことの無かった醜悪の顔が並んでいた。

薄い紫と桃色の鱗で全身を覆い、特徴的な“エリマキ”で首周りを囲う。

細長い顔にバカッと大きく開けられた口には、肉食獣ならではの鋭利な歯が並ぶ。

 

 小型鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)代表、世界で最も繁殖性が高い彼等は《ジャギィ》の名を着飾る。

 

 気づかれないように岩壁に隠れた行商人だったが、とめどなく溢れる汗を止められず混乱する。

心臓がバクバクとこれ以上無い程に鳴り響き、緊張で意識が吹っ飛びそうだった。

回り道をするという手がある。一度エリア5の方へ向かうか。

男は汗を垂らしながら、慎重に……慎重に、ジャギィ達の様子を確認しようと、壁から顔を出した。

 

 

 

 ――心臓が跳ねた。

目が合った。一番近いヤツと。

男が心の中で「やめろ」、と言う間も無くジャギィは上半身は空に向かって反らした。

そして、独特の声で雄叫びを上げた。

 

「ギャァオアオッ!! ギャオギャオギャオォォッ!! ギャオオォォウッ!!! 」

 

 その声に反応したエリア中のジャギィが、一斉に男を振り向いた。

男は自分の意識を保つことに全神経を使い、何とか卒倒せずにいられた。

逃げればいい。何てことは無い。逃げるんだ。

踵を返してエリア2への坂を振り返ると、すぐに走り出そうとした。

しかし――――

 

「……ッ!! ……」

 

 エリア2にも新たに現れたらしいジャギィの影が、こちらに向かって走ってきていた。

別のエリアからでも聞こえていたようだ。

慌てて進行方向を変えるが。

目の前には。

白い。

並んだ。

歯。

 

「わ……う……」

 

 あまりの恐怖に声が出ない。

振り下ろされる鋭利な歯を前に、男は反射的にその場で半回転した。

 

「ギャァオッォオッ!!! 」

「ギャアギャアギャアオオオ!!! 」

 

 予定通り――では無いのだが、ジャギィの顎は行商人の荷物に勢い良く噛み付いた。

怯んだところで男は更に半回転して一目散に走り出した。

小川の水飛沫を高々と上げながら。後ろを見ながら。

大丈夫。これだけ距離があれば撒ける――――前を向いた時、そんな明るい感情は脆くも砕け散った。

エリア7からも…ジャギィ三匹。

あっという間に取り囲まれた。

 

 とうとう終わったか、と男は思った。

これだけ逃げただけで大健闘だと。

あの村長絶対許さん、と声の出ない口を動かして、男は両膝を地面についた。

目を閉じた。

ジャギィが迫ってくる音がする。

軽く七匹は居そうである。助かる術など無い。

 

 ガパッと大袈裟な音。口が開いたのだろう。

目の前から真っ先に食おうとしてきているらしい。

 

 男は更に固く目を瞑った。

 

「ぐっ――――――………………」

 

 ……おかしい。

痛みを感じない。自分は死んでいない。

一体どうしたと――――男は固く閉じていた目を開いた。

 

 真っ先に、見知らぬ声が聞こえてきた。

 

「おはようさん。朝から走り回って本当ご苦労様ですわ。頭が下がる」

 

 視界は薄紫と桃色で無く、深い青だった。

紛れも無いその色は衣の色であり、それを纏う人間の声であることが分かった。

真っ黒な槌を片手に、頭だけはフードを外して見えるようになっている。

――それは、まだ若い少年の顔だった。

山吹色の髪と顎に刻まれた十字模様が特徴的な、若い――

 

 ――“狩人”だった。

 

 狩人は笑いながら、男に言った。

 

「そんじゃあ下がってな……あ、いや下がれなかったらそこで蹲ってても構わないぜ」

 

 男は呆然としたまま、一つコクン、と首肯した。

それを見るなり、狩人は前を向いた。

七匹のジャギィが、新たな敵――獲物でない、“敵”の出現に、臨戦態勢に入っていた。

 

「……うし、来いよ」

 

 狩人が中指を立てた。

前方の三匹は挑発に乗って飛び掛ってきた。後方の四匹は三匹に遅れて飛んで来た。

狩人は全く動じず、右手に持つハンマーを横殴りに振ると同時に、残った片手で外側の一匹の足を引っつかんだ。

二匹が岩壁に吹っ飛ばされた。しかし息はあるようだ。

狩人は勢い良く回転し、左手に握ったジャギィの一匹を投げた。

遠心力の加わったその一撃は飛んでくるジャギィの一匹に当たり、その一匹にぶつかり、またその一匹にぶつかりと、連鎖して合計五匹のジャギィに衝撃を与えた。

外側に向かうに連れて威力が弱まるものの、地面に落ちた衝撃と、己の体に積み重なる同士の体重によってそれ相応のダメージが与えられる。

 

 こうして、狩人は敵の第一撃をやり過ごした。

男は感嘆の溜息を吐くばかりである。

 

「ギャァァオアオッウォウォォウッ!! 」

「ォォォォギャァオッォウォアアッ!!! 」

「ギャギャオオオオオォォォウォォッ!!! 」

 

 早くも三匹が体勢を立て直す。

壁際に吹っ飛ばされた二匹と、狩人が投げた一匹。

まずは駆け寄ってくる一匹の顎をかわし、代わりにどでかい鋼鉄を詰め込んでやる。

腕に力を加え、元の場所に返してやるつもりで――振るう。

まだ痙攣しているところを見ると、死に掛けで生きてるらしい。

 

 そして、二匹が同時に仕掛けてくる。

行商人を背にしている為、受け流しを出来ない。

両方同じ速度で並走してくるので、扱いやすい。

 

「……ふんっ!! 」

 

 地面と平行に、腰を低く滑らせるように槌を振るう。

一匹の横顔に激突。これまたすっ飛ぶ。影が重なっている為にもう一匹にぶつかり、諸共倒れた。

 

「……誰か誤解しそうなんで言っとくが、『ふんっ』は糞の意味じゃないからな。うん」

 

 やっと戦闘態勢に復帰した四匹のうち二匹が、駆け寄って回転する。

尻尾はジャンプでかわす。空中で槌を振り上げ、着地とタイミングを合わせて振り下ろす。

一匹の頭蓋に直撃。地面にめり込ませるつもりで渾身の力を加える。

片割れの顎が迫ってくるが、反射的に右足を伸ばし、蹴り上げた。

吹っ飛ばないまでも、顎を蹴り上げられれば上半身が反る。

狩人はそこでようやく頭を殴りつけたジャギィから槌を離し。一回転して逆袈裟にハンマーを振り上げる。

――見事にすっ飛び、空中で何度も回転し、やがて落ちた。

恐らく息絶えただろうが、それを確認できる暇は狩人に無かった。

 

 叩き潰された死骸を乗り越え、二匹が迫ってくる。

狩人は、彼等が攻撃態勢に入る前にハンマーを振り、一匹を逆戻りさせる。

その為に隙が生じるが、落ち着いて顎を避ける。

――しかし、避け切れなかった。

鋭利な歯は片手に深々と食い込んだ。真紅の血が吹き出た。

狩人は痛みに小さな声を漏らす。

 

 現れた好機にすぐさまやってくる三匹のジャギィ達。

狩人は噛まれたままの左手を無理矢理引き剥がす。

血が飛び出て小川に呑まれる。

 

 集中力が途切れた狩人は、三匹同時にやって来るジャギィの対応をうまく取れなかった。

一匹に対してハンマーを振るって叩き潰すも、残った二匹が迫ってくる。

二つの顎が開かれた。狩人は急遽体を捻って急所へのダメージを避けようとした。

結果、左肩と右肘に歯が食い込んだ。

防具を着ているとは言え、それなりの長さを持つ歯は肌、肉まで貫通する。

激痛に意識を持っていかれそうになるが、必死に保つ。冷静に、冷静に。冷静になれと念じる。

二匹に噛み付かれたままのジャックに、最後の一匹までもが近寄る。

 

「……畜生が。調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

 狩人は、肘を噛み付かれたままの右腕、ハンマーを握った右手を更に駆使する。

迫り来るジャギィの横腹を殴りつけ、更に右足で逆側の腹を蹴り飛ばす。

衝撃のやり場が無いジャギィは、その場で白目を剥いて崩折れた。

 

 肩に噛み付かれたままの左腕の方は手が空いていた。

右肘に食い付いたジャギィの腹を引っつかむと、強引に引っ張って顎を外す。

出血を気に留めず、狩人は右手に握っていたハンマーを手放し、左肩のジャギィを同じように引っつかみ、外した。

痛みに顔を歪めながら、狩人は両手を空に掲げた。

 

「――これで終わりっと!! 」

 

 風を切って振り下ろす。

地面にその二つの体を叩き付ける轟音が、行商人の耳には痛々しく聞こえた。

 

 狩人の少年は手をパンパンと叩きながら、行商人を振り返った。

 

「立てるか? 」

「は…はい……」

 

 行商人は途切れ途切れの声で弱弱しく返事をした。久しぶりに声が裏返った。

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 改めて行商人は礼を言った。

 

「あの、本当にありがとうございました」

「ん? ああ、気にすんな」

 

 少年は行商人の恐縮した態度などどこ吹く風である。

 

 今、二人は一緒に歩いている。

行商人は商売地へ向けてなのだが、少年は家だろう。

行商人は自分にささやかな治療技術すら備わっていないことが恨めしかった。

今も少年は血を流している。止めようとすらしない。

薬草はあるにしても、どう使えばいいか判らない。改めて自分が底知れぬ無知だということを思い知った。

 

 行商人の男は内心で悔やみながら、話題作りの為に少年に話しかけた。

 

「ところで、貴方は帰られるのですよね? 」

「おう、勿論」

「どこへですか? 」

「ぁあ~……カエダ村って知ってっか? 」

 

 少年はそう言った。

勿論知らない筈が無い。ここらでは中々大きな村で、すぐ近く、というか隣に大きな鉱山があることで有名になっている村だ。その鉱山では山の麓でなんと「マカライト鉱石」や「ドラグライト鉱石」、時には「デプスライト鉱石」などという希少素材が手に入ってしまう。中間あたりで採れる「カラグライト鉱石」(別名「明鏡石」)はこの山でしか採れない代物であり、カエダの特産品である。熱に強く、マグマにも溶かされないということと、あまりにも純度が高すぎて反対側が透けて見えてしまうという透明度が特徴的な鉱石。防具や武器などにも幅広く使われる希少素材だ。

村の内部は農場、集会所と設備も豊富であり、暮らしやすい環境でもある。

そして何よりもこの村では優秀なハンターが数多く生まれている。

ここで鍛えられたハンター達、約400人が大都市ドンドルマのハンターズギルド本部で働いている。しかしその反面、現在はカエダ村に残るハンターが少なすぎるため、人手不足で悩んでいる。

 

 行商人が少年に尋ねる。

 

「貴方はカエダ村所属のハンターさんなんですか? 」

「まあ、そうだ。アンタは? 見た所行商人だけど……」

「ハイ、行商人です。ピガル村で商売をやってます」

「ピガル村? 知らねぇなあ……」

「まあ、そうかもしれませんね」

 

行商人は苦笑い。

 

「ふぅ~ん。で、ピガルってどっちなんだ? 」

 

少年の問いに、行商人は黙って少年が向かう方向を指す。

 

「おお!こっち方面なのか! じゃあ一緒に行こうぜ! 」

「い、いいんですか? 」

「おおともよ。今回ナルガの奴が一緒に来てないからさびしいもんでよ・・・大歓迎だぜ! 」

「じゃ、じゃあ一緒に行きましょうか」

 

 行商人は「ナルガ」が誰なのか全くわからなかったが、恐らく狩仲間なのだろうと予想した。

そして少年と一緒に歩き出す。いつしか空は青からオレンジに変わりつつあった。

数分黙って歩いたところで、ちょっと気になっていたことを口に出してみた。

 

「失礼ですが・・・おいくつですか? 」

 

 予想は15才。少なくとも見た目はそんな感じだ。

身長もそれなり。160cmくらいだろうか。寧ろもっと年下でもいいかもしれない。行商人はそう思ったが、答えはまたしても意外だった。

 

「18だけど? 」

 

 そう平然と答える少年に、失礼ではあるが行商人は度肝を抜かれてしまった。

そんな行商人を見て小首を傾げる仕草がまた子供っぽいのに、まさか18とは。

一方の行商人は22である。身長は179cm。自然と少年を見下ろす形で会話を続けている。もしかしたらこの身長差が一番彼を若く見てしまう原因なのかもしれない。

行商人はここにきてようやく思い出したことがあった。

自分でも何故これを真っ先に聞かなかったのだろうかと思ってしまうような質問を、礼儀として自分の情報を差し出してから尋ねる。

 

「あの・・遅れましたが・・私はシュワ・ビーネスと申します。貴方のお名前は? 」

「ああ・・名前か? 」

 

 丁度太陽をバックに少年がこちらを向いた。

すっかりオレンジに染まった空を背に、少年はまた屈託の無い笑みを浮かべて朗らかに言った。

 

 

「名前はジャック・カライ。多分覚える必要は無いと思うけど、宜しくな、シュワ! 」

 




※10月8日に大幅修正しました。
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