「……馬鹿すぎて萎えるニャ」
「るせぇっ!」
村を十五分で一周し、そのままの勢いで渓流へと飛び出したジャック。
気合が入りまくった結果、エリア6まで一分で到着。そして、転ぶ。
エリア6は8割が穏やかな小川であり、そこで転倒したので、当然防具は泥塗れ。打撲も数箇所。戦闘前にとんだ失態である。
転倒というタイムロスのおかげで、ナルガはすぐさまご主人様を発見できて、手間が省けたと言う。今は呆れを通り越して哀れみの視線を投げかけていた。
黒と黄色が散りばめられた濃い青のランポス防具は、これまでで修復を重ねてきたというのに、一瞬でかなりみすぼらしくなった。
出来る限り泥は落としたが、細かい隙間に入り込んだ茶色は取れない。
溜息をつきながらジャックはフードから頭を出すのだった。
「水没林の時といい、最近はよく転ぶもんだな……」
「狩りの最中で転んだら笑い事じゃ済まないニャ。ちったぁ気を付けるニャ」
「あいあい了解」
まだギリギリ午前中。太陽はもうすぐ真上に昇る。
渓流の温度は軽く30℃を超え、完全武装の狩人達は湧き出る汗に苦しむ。
空を見上げれば若葉の間から陽光が溢れ、直視すると閃光玉並の威力を発揮している。戦闘中はなるたけ上は見たくない。
背中のアシラハンマーに手を伸ばす。冷ややかな鋼の塊を直接手に感じる。
昨日磨いたばかりなので小さな傷や欠けた部分は無い。万全である。
「……よし。それじゃあ、獲物を探すとするか!! 」
「あんまり派手に動いて不意打ち受けるニャよ」
ジャックは片手にハンマーの柄を握り、緑の深くなるエリア5へと歩き出した。
そのすぐ後ろを、両手に漆黒のボウガンを構え、姿勢を低く周囲を警戒しながらナルガがついて行った。
━ ━ ━
――――一方、カエダ村東門の下。
村長と門番は未だに額をつき合わせている。
現状に対策を打つ為に。
「俺は村を離れる訳には行かない。村長としてそれは当然のことだ」
「……なら、今クエストに出ていないハンター達を送るしか……」
「駄目だ。上位に食い込むほどのハンターは今この村には居ない」
「訓練所の教官は? 」
「訓練生達と課外授業。砂漠に出てる」
「…………ジャック達が対応できる可能性は? 」
「無理に決まってる。ドスガアマで手一杯だろ」
「………………」
門番は歯軋りした。
喉の奥から、潰した声で更に提案を繰り返す。
「今からジャック達を連れ戻すのは? 」
「説明したら益々やる気になっちまうだろうよ」
「――――なら!! 」
門番は顔を歪め、悔しそうに呻く。そして、苦しげに村長を見た。
サムは、何も言わずに目を瞑り、小さく首肯した。
門番はそれだけ見ると、悲しそうに俯いた。何も言わなかった。
暫くそのまま時が流れた。
門番は、自分にしか聞こえない声を絞り出した。
「……わかりました」
村長にその声は聞こえなかったが、無言で身を翻した。
門番を一人残して、サムは村に戻っていった。
門番には、自分の声の余韻しか残っていない。
ゆっくり顔を上げた時、もうすでにサムの後姿は無かった。
「何で……こんなことに……」
門番は、一度瞬きをした。苦しげな瞳から、薄く、鋭い瞳に変わった。
さっと踵を返し、村を背にして門に向かった。
木に出来たくぼみを巧みに使い、瞬く間に門の上まで登ると、いつも寝転がるあたりに足を進めた。
そこには、小さな小さな、本当にわからないくらい小さな釘が刺さっていた。
門番はそれを摘み、回しながら引き抜く。
完全に釘が門番の掌に移動した途端、ガコッと音がして一部だけ板が外れ、中に落ちた。
門番は、《中》にあるものを見て一瞬戸惑った表情を浮かべた。
が、再び顔を引き締めて、それを握って《中》から出した。
――――太刀だった。刀身が収められた鞘から柄まで埃を被って薄汚れた太刀だった。
丁度門番の身長と同じくらい長く、刀幅は腕ほどもある。
分厚い埃の層を手で払いのけると、鞘に刺繍された模様が陽光に晒された。
三枚の紅葉が描かれている。一枚一枚違った――斬られ方をしていた。
一番上の一枚は縦に真っ二つ。その下は中心に穴が。更にその下の紅葉は、斬れない刀で何度も切り付けられたように、大量に傷がついている。
門番はその太刀を片手に握ったまま、門を飛び降りた。
着地すると同時に、渓流方面から禍々しい殺気を感じ取った。
見れば、木々の影に黄色く無機質な二つの光が浮かんでいる。
「………一匹、進路を変えたのがいたか」
門番の声に反応したか、二つの光は木々の間から出てきた。
縦に開いた瞳孔がはっきりと見える。縦に長いのっぺりした顔も。
汚らしい口から、毒々しい紫色の舌がはみだし、その先から黄色い涎が地面に落ちる。
赤く厚い甲殻から、棘が所々生えだしている。
歪んだ丸い体がのっそりと一歩一歩門番の方に向かってくる。
門番は、無言で鞘から刀を引き抜いた。
放たれた刃は、太陽の下で美しく輝いて、門番とバケモノを映し出す。
鞘を門の方に投げ捨て、刀の刀身を撫でると、何とも言えない音が響いた。
「……来いよ」
「グルルルルルルル…………」
━ ━ ━
ジャックとナルガの二人は、エリア5の中心部にあったであろう大樹の切り株に腰掛けていた。
二人とも、何も喋らない。張り詰めた空気が、これから現れる何かを示している。
エリア7に繋がる広い道の先に、小さく敵が見える。
その敵は、ゆっくり闊歩する。足音からは、威厳すら感じられる。
王の風格。気品。美しさ。彼を
風に揺れる
天を突かんとするかのように、その一本角は雄々しく上を向く。
初めて出会った時には《無機質》に見えた青い両眼は、今は《威厳》に感じる。
戦闘前の冷静さ。腰掛ける敵を静かに見据え、自分の存在を蹄の音で表す。
エリア5の深い緑に入り、その美しい焦げ茶色は益々際立つ。
ジャックとナルガは立ち上がった。
切り株から飛び降りると、
ドスガアマは上体を持ち上げると、高く
「クオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!! 」