「ク…クオォォ!! クヲオオォォ!!! 」
幾度かのハンマーの攻撃も重なってだろうか、勢いよく地面に叩きつけられたドスガアマが痛みに転げ回る。
本来、狩人はモンスターと戦う際に格闘技は殆ど使わない。
当然それは、武器で攻撃した方が効率が良いからということもある。
また、モンスターによって鱗や体毛に麻痺毒等が含まれていることが多く、手袋越しでも触れると狩人に害がある可能性がある、といった理由も。
狩人には元々武器ごとに基本的な戦闘スタイルが決まっており、大半の狩人はそれに沿って武器を振るう。
その基本的な戦闘スタイルは、古い狩人達が武器の構造から人体が可能な動き、効率よく敵にダメージを与える方法、などといったところまで研究して定めたものである。
槌は両手で持ち、やや上向きに構える。動き方は、振り下ろし、振り下ろし、回転から斜め上に向かって殴りとばす、という一連の動きである。因みに、一番最初の振り下ろしを横殴りに変えたりもする。
深く掘り下げていけばまだまだ動き方は色々あるが、武器全般一応はこういったように構え方から動き方まで決まっている。
それらは、ハンターズギルドから訓練所に伝えられ、訓練所から狩人の芽達に伝えられる。
当然、9年間の訓練生活を過ごしたジャックも徹底的に叩き込まれた。
――――もっとも、ジャックは教官の言うことを殆ど聞いていなかったが。
槌は片手で持つ。
連撃は素早く、めちゃくちゃに何十発も投げかける。
そして、場合によっては槌を捨て、格闘で獣と対峙する。
それが、ジャック流であった。
十字の刻まれた顎を掻いた。風が吹きぬけ、山吹色の髪が靡く。
倒れている敵に追い討ちをかけないのはスポーツマン精神というのだろうか。
ジャックは槌を片手で回しながら、未だに顔を上気させてじっと馬竜を見据えていた。
エリア対角線上の樹木、その枝の上のナルガも一時的に引き金から指を離す。
馬竜がのた打ち回るのをやめた。微妙に、しかし確かに震えている足で地に立つ。
鼻息が荒いが、目が青い。怒り状態にはまだ足りないようだ。
ジャックは一つ大きく息を吐き、右足を前に踏み込んだ。
腰を低く滑らせるように、地面と平行に槌を振るう。狙う先は、弁慶の泣き所。
「フゥッ!! 」
ドスガアマは上体を持ち上げ、槌を受け流す。
槌の勢いに身を任せ、ジャックは回転して左足を伸ばした。
高い位置にある横腹を蹴り上げ、浮いた前足で踏ん張ることが出来ないドスガアマは体勢を崩す。
横倒れになる寸前に馬竜は前足をつこうとしたが、突然飛んでくる一発の弾丸に弾かれた。
通常弾レベル2は単体ではさほど威力は無いが、空中の足を弾く程度のことはできる。
ドスガアマは見事に転んだ。
しかし、そこから回転してすぐに立ち上がった。
それを予測していたジャックが、袈裟懸けに槌を振り下ろす。
「いったかぁッ!! 」
ジャックの手には堅い感触が伝わってきた。角に当たったようだ。
一つ舌打ちすると、馬竜が反転して伸ばす後ろ足の蹄による下段攻めをジャンプでかわす。
足の裏スレスレに漆黒が通り過ぎる。嫌な汗が流れた。
ジャックの着地と同時にドスガアマが正面に向き直り、角を勢いよく突き出す。
槌を逆手に持って盾として使うのを、ジャックは一瞬躊躇った。
(ハンマーは盾用につくられていない、何回もこんな使い方して大丈夫か?――――)
「クオオオオオオオオォォォォォ!!! 」
「うう゛っ!! 」
「旦那ぁぁッ!!!! 」
刹那、純白の角がジャックの――――
――――直前で、止まった。
一瞬もうダメかと思ったジャックは驚いてドスガアマの角に眼を向けた。
動かない。
「一体……? 」
馬竜の背中から、一滴の血が流れ出た。
一拍遅れて、ズシャァッと不快な音がして焦げ茶色の皮膚が裂け、噴水のように鮮血が飛び出した。
更にまた切裂かれ、切裂かれ、切裂かれては血が空へ舞った。
馬竜の口から甲高い悲鳴が上がった。
「斬裂弾……」
ジャックは呆然とドスガアマを見ながら、返り血を浴びていた。
その時、耳を劈く鳴き声よりも大きな声がジャックの耳に届いた。
「何してるニャ旦那!! 攻撃するニャ! 折角のチャンスニャ!!! 」
ナルガの声だった。
ハッとして槌を高く振り上げた時、丁度血の噴水が止まったところだった。
虚ろな目がぼんやりとジャックを見上げ、その視線が嫌に恐ろしかった。悪寒にジャックは震えた。
恐怖を誤魔化そうとするかのように、ジャックはハンマーを振り下ろす。
角には当てないように意識してたつもりだったのに、当たった。腕が痺れる。
まだ目はこちらを見ている。
「――ゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!! 」
反撃は絶対に許さない。呼吸もさせない。防御もさせない。
一本の槌による信じられないスピードの乱舞がドスガアマを襲った。
傷口を殴りつけると、また血が飛び出す。あたりの地面は真っ赤だった。
めちゃくちゃな打撃の応酬なだけに、槌にもジャックの腕にも大きな負担がかかるが、今のジャックにはそんなことは《見えて》いない。
ただ、青い目が怖い。痛みに屈しない目が怖い。
「んんん……」
無抵抗――というより抵抗できないドスガアマを横殴りにし、逆回転して逆袈裟に槌を思いっきり振り上げる。
その強打は、乱舞の最後の一撃、そしてドスガアマの視力の半分を完全に奪う一撃となった。
悲鳴は上げる。甲高い馬の悲鳴。しかし、目だけは全く屈していない。寧ろ、反撃の炎に燃えている。
ジャックは両膝をついた。過度の疲労、そして絶えない恐怖に襲われる。
ジャックの視線の先には、残った片目が映る。その目が着々と色を変えていく様子がはっきりと見えている。
ナルガもそれを見た。距離をもってしても、湧き出る恐怖を薄めることが出来なかった。
指は引き金に張り付いて動かない。撃てない。
ドスガアマの悲鳴は、すでに雄叫びに変わっていた。
血を流していない健全な左目は、血のように真っ赤なそれに変わっていた。
断続的に口や鼻から吹き出る吐息も、色をもった。
殺気が、形をもった。
「――クオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! クオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!! 」
ジャックを見据えていた目が、ギョロリと動き、どこか遠い方を見た。
そして、次の瞬間にはジャックの視界の隅にまで移動していた。
「な……!!!! 」
見えなかった。あまりにも速過ぎた。そのスピードは、あまりにも非常識過ぎたのだ。
ドスガアマは、巨大な樹木の根元に居た。
真上の一際長いの上には……怯えて動かないナルガ。
ドスガアマの口が不気味に動き、ゴキッという鈍い音がジャックにまで届いた。
そして馬竜は上を向くと、枝に照準を合わせ――――口から何かを勢いよく吐き出した。
何故か、その恐ろしいほどに速い物体を、ジャックはしっかりと見ることができた。
歯だ。先の尖った
「ナルガァァッ!! 跳べェェェェェ!!!! 」
ジャックの叫びに反応したナルガは、立ち上がりの一足でジャンプした。
それから1秒とたたずに、太い枝が真っ二つに折れた。
それだけでは歯の勢いは止まず、貫通して葉々に穴を空けまくってどんどん上に行き、やがて落ちてきた。
歯の一本で何という破壊力。こんな化物が本当に
ジャックはただただ口を半開きにして惨劇を眺めるだけだった。
ナルガはまだ地上15mほどのところで落下中。
その目前に、焦げ茶色の塊。一瞬、ナルガの目にはそれが何だかわからなかった。
ドスガアマは、空中で一回転してその剛角をナルガの脇腹に振り下ろす。
「グヲォォォォォォォオオオオオオ!!! 」
ナルガの落下速度が急激に上がった。
高速で地面に叩きつけられたナルガの腹のあたりから嫌な音が響いた。口から大量の血が飛び出した。
「ナルガァァァァァァァァ!!! 」
ジャックが駆け寄ろうとしたが、その進行を防ぐようにドスガアマが立ちはだかった。
「ちく……しょう………」
ジャックは歯軋りした。
ハンマーを横向きに片手で思いっきり振ると、風を切る音がヴオンッと虚しく響いた。
ドスガアマは全ての足を折って槌を完全にかわし、更にそのハンマーを後ろ足で蹴り飛ばした。
無理に物凄い勢いが込められ、ハンマーと共にジャックの体が回転する。
足が地面に抉りこみ、土が飛んだ。
回転の勢いを利用――できるほどジャックの足は踏ん張れなかった。
地面を滑り、バランスを崩す。
「くっそがァッ!! 」
ハンマーを高く放り投げ、ジャックは倒れる寸前で両手をついた。
すぐ立ち上がろうとしたが、突然視界が薄暗くなった。
(これはヤバ――――)
――――ドスン!!!
ジャックの背中に、ドスガアマの両前足が叩きつけられた。
両腕が耐え切れずに肘を曲げ、頭から地面に激しくぶつかった。
「……ガハッ」
大量の血液を吐いて、ジャックは意識を失った。
クルクルと回転しながらハンマーが宙を舞い、やがて鈍い音と共に地に落ちた。