【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第二十六話 【REVENGE -異形の者-】

 ドスガアマは、悲鳴をあげなかった。

まるで自分自身を失ったかのように生気の感じられない目で、散った己の武器を眺めていた。

 

「……痛ェ」

 

 一方のジャックはドスガアマから何歩か距離をとった位置で腕を押さえていた。

罅割れていたとはいえ、いつか鉄塊をも砕いた角を力一杯殴りつけたのである。

拳が砕けているのは言うまでも無い。ジャック自身も気づいている。

回復薬でも飲めば多少痛みは引くだろうが、現在進行形で戦闘中。油断ならない。

無事な片腕で槌を拾い上げると、ゆっくりと構えた。

 

 ナルガはボウガンを覗き込んで、空気がピリピリするほどに集中している。

ドスガアマの反撃のタイミングを見計らっているようだ。

手ブレを抑制しつつ、冷静に、慎重に、正確に照準を合わせる。

誇りを失った馬王に狂った戦意を逸早く感じ取ったのも、当然ナルガだった。

 

――『ゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキッ!!!! 』

 

「多いッ!!! 旦那手伝えッ!! 」

「どうやってだッ!! 」

 

 連続した“折れる”音から一秒とたたず、弾丸が彼の口から飛び出した。

丁度ナルガの緊張がピークに達した時だった。震える照準は、恐るべき精巧さで歯を捉えた。

通常弾レベル2による速射、そしてナルガの狙撃手の圧倒的な腕が重なり、迫り狂う刃を五つ弾き落とす。

ナルガの死角から忍び寄る弾丸はジャックの槌捌きで軌道を反らされ、鉄の破片と歯の破片を飛ばしながら

渓流の奥深くへと消えていった。

 

二人は自分達の奇跡的な動きに驚く間も無く、更なる回避を余儀なくされる。

 

「グヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!! 」

 

 折れている角を庇う素振りすら見せずに、馬竜の突進が狩人二人の間を突き抜ける。

突然の横転回避はややがさつになり、ジャックは折れた骨をまともに地面に打ち付けた。

悶絶するジャックを振り返るドスガアマ。

その前足を、小さな凶器が打ち付ける。

反動でナルガが一歩後ろに下がるのに一拍遅れて、被弾地を中心に周りで小さな爆発が連なった。

不意をつかれたドスガアマは前両膝を折るが、転ぶに及ばない。

 

 赤い目がナルガに向かおうと動いた時、目の軌道を追うようにして鉄塊が振るわれた。

 

「っらぁぁぁぁあああああああ!!!! 」

「グヲオオオオオオォォ!? 」

 

 アシラハンマーは、馬竜の横顔を見事に殴りつけた。

先程とは違った『ゴキッ』が響き、ドスガアマの首は妙な角度に曲がった。

辛うじて地に立っていた馬竜が、とうとう地に伏せた。

 

 ジャックとナルガがそれぞれバックステップで後ろに下がる。

息を乱し、嗚咽混じりに構える。ジャックに至っては傷口を更に痛め、吐血までしている。

敵対するドスガアマから既に余裕は微塵も感じられない。

 

「ク……クヲ………」

 

 馬竜がフラフラと立ち上がり、ジャックとナルガをそれぞれ一睨みしたかと思うと――後ろを向いた。

 

「!? どこ行きやがる!! 」

「逃げる気かニャ! 」

 

 ドスガアマはエリア外に向かって駆け出した。

自慢の脚力が相当落ちているのは火を見るより明らかだった。

しかし、それで喜べる程の精神的余裕も、狩人二人には無かった。

ナルガはボウガンのスコープを覗き込み、すぐに発砲した。

焦りで手が震えた。銃口から飛び出した貫通弾は彼の後ろ足を貫き、飛沫と共にに湖に落ちた。

 

 一瞬だけ竦んだドスガアマだったが、尚も前進した。

打ち抜かれた左足を引き摺り、スピードは更に衰えた。

そこへ突っ込んでいくジャック。

 

「待ちやがれェェェェェ!!! 」

「グヲ……」

 

 漆黒の蹄の三歩手前で槌を振り上げたジャック。

――ドスガアマが振り返った。『ゴキッ』と音がした。

 

 急遽盾として槌を使おうと振り下ろしたが、時すでに遅し。

歯が槌の下を潜り抜け――ジャックの肩を貫いた。

顔が歪む。自分の血で視界がぼやける。

耐え切れず、ジャックは膝をついた。

 

 ドスガアマが、エリア9の影に消えた。

 

「旦那……」

 

 ナルガが目を細め、馬竜の消えた先を見やった。

ジャックは唯一致命傷を負っていない右手で道具袋を漁り、ありったけの回復薬を手に取った。

それらを次から次へと飲み干していくと、すぐに立ち上がった。

唇から零れた滴を手の甲で拭い、息を荒げてナルガに言う。

 

「追うぞ。逃げられても困る」

「……ニャ」

 

 ナルガも予め渡されていた回復薬で喉を鳴らしたところだった。

痛みと疲労の波が若干勢いを弱めたが、それでも限界の一歩手前といったところである。

ジャックもそうであることは間違いないし、ドスガアマもそうだろう。

無理はしない方がいい、と喉まで声が出掛かったが、思い直してジャックの後ろを歩き出した。

 

 妙な静けさが、エリア7を覆っていた。

いつしか日が落ち始め、空はほんのり橙色に染まっていた。

 

 

 

 

━ ━ ━

 

 

 

 ――エリア9。

比較的小さいエリアであり、エリア3から橋で繋がっている。

端の方には蜂蜜の木と、それに寄り添うように巨大昆虫(オルタロス)の巣が並んでいる。

エリア8の洞窟へと続く暗い影が不気味に伸びていた。

ドスガアマは――居ない。すでにエリア8に移ったらしい。

ジャックは軽く舌打ちすると、更にズンズン歩き出した。

一歩ごとに全身の骨が軋み、内臓が血と共に揺れてる気がする。立っているだけで頭がクラクラする。

早めに切り上げたいと思うのは、戦場の全員に共通した意思だろう。

 

 アオアシラ戦でもそうであったが、多くの大型モンスター達は弱ると足を引きずる。

そして自分の巣などに横たわって眠り、体力の回復を図るのだ。

放っておけば眠った分だけ回復し、益々厄介なことになる。その為、狩人(ハンター)の方は早めに巣を探し当て、攻撃して叩き起こさねばならない。

尚、寝起きの一撃である不意打ちは、通常のダメージの三倍も大きい。

態と眠らせてから攻撃するハンターもいる。

 

 渓流では基本的に大型モンスターの巣はエリア8に集まっている。

というより、雌火竜(リオレイア)火竜(リオレウス)という大型モンスターの巣を勝手に使って寝ているのだ。

中ではエリア9やその他で眠るモンスターも居るが、その数は限られる。

エリア8の洞窟は薄暗く、天井の一箇所に巨大な穴が空いている。

そこから飛竜種が入り込み、そのまま眠りの体勢につく。

僅かな光の当たる場所にはジャギィが集まりやすく、ハンターの登場で興奮して、眠っている大型を勝手に攻撃して起こしてしまうこともある。

 

 ジャックとナルガは、エリア8に踏み込んだ。

途端にジャギィ達五匹が独特の雄叫びをあげる。

 

「……早めに片付けるに限るニャ」

「散弾は使わずにな」

 

 黒帯ボウガンから貫通弾が飛び出し、偶々影が重なっていたジャギィを二匹吹き飛ばす。

残りの三匹もジャックの一撃と貫通弾二発で昇天した。軽いものである。

戦闘中それなりの音があった筈だが、ドスガアマは起きない。

 

 火竜の巣で体を丸めて横たわっている。赤い目には瞼がそっと閉じられる。

一般人がこの光景を見れば、美しいと思っただろう。

傷ついた体に残るしなやかな皮や艶やかな鬣に光がまぶされたその様からは、神々しささえ感じられた。

しかし、紛れも無くジャックとナルガの手によって折られた角。

散々二人の血を浴びたその角だけが、ユニコーンの禍々しい雰囲気を思い起こさせる。

 

「…爆弾はもう無い。生憎、捕獲用麻酔玉もシビレ罠も無い。どうする? 」

 

ジャックはドスガアマを睨みながらナルガに問う。

 

「勿論旦那の一撃しか無いニャろ。一撃で沈んでもらえればそれが一番ニャ。思いっきり頼むニャよ」

 

 ジャックはそれには返事をせずに、黙ってドスガアマの前に立った。

その頭蓋を見下ろし、ハンマーを高々と掲げる。静かな寝息が聞こえた。

 

「――――悪い」

 

 風を切裂き、槌は真っ直ぐに落ちた。

鈍い音が洞窟全体に響き、ドスガアマの頭が地面にめり込んだ。

 

 断末魔は無かった。出せなかったのか死んでないのか、それは分からない。

ただ、一撃のあと動かない。頭にハンマーを乗せたまま、微動だにしない。

ジャックは汗を一滴地面に落とした。

ポタッ――という音と同時に、馬竜の後ろ足がピクッと微かに動いた。

 

「避けろニャ旦那ァッ!! 」

 

 突然、ジャックの握るハンマーに力がかかった。

不意打ちに驚いた狩人は、手を離した。槌が空に飛んだ。

開いた赤い目が視界に入り、ジャックは戦慄した――――

 

 

 

 

 

 

――刺さった。深く。

 

「ッ……」

 

 ジャックの無防備な腹に、折れた角の尖った部分が刺さっていた。

満身創痍の彼にこの一撃が加わり、気が狂う程の激痛が全身に広がった。

堪えきれず、上を向いた。声が出なかった。

真っ直ぐ自分に向かって落ちてくるアシラハンマーが見えた。

それに向かって手を伸ばした。

 

 その時、血染めの角が腹から抜かれた。

血が勢いよく吹き出し、更に意識が遠のいた。

ジャックの体がグラッと揺れた。頭に向かって伸びている敵の前足に気づけなかった。

 

「ッ旦――――」

 

 頭から地面に叩きつけられた。

背骨が嫌な音をたてて、不自然な方向に曲がった。

血を吐いた。額から流れる血と混じり、地面に赤い水溜りが出来上がった。

 

ジャックは一際大きく痙攣した後、動かなくなった。

 

 ドスガアマが前足を静かに下ろした。

ジャックを一瞥し、ナルガを振り向いた。

 

 ナルガは何も見ずに、銃を振り回し、引き金を引きまくった。

二三発、ドスガアマの胸に突き刺さった。

しかし、馬竜の闊歩は止まらなかった。

 

 ナルガは目を瞑る。

足音が聞こえてくる。耳も塞いだ。

もうすぐ自分は死ぬのか。

抗うことすら出来ずに、苦しんで息をひきとるというのか。

 

 

─ ─ ─

 

こ゛ん゛な゛こ゛と゛て゛――

 

─ ─ ─

 

 ジャックも死んだのか。

次は自分か。覚悟を決めないと。いや、考えたくない。何も考えない方がいい。気づかずに終わる。

 

─ ─ ─

 

し゛ぬ゛の゛か゛お゛れ゛は゛――?

 

─ ─ ─

 

 そうだ、何も考えるな。

旦那も死んだ。ボクも死ねる。良いことだ。

怒るだろうか。旦那は。諦めるな、と一喝するだろうか。

 

─ ─ ─

 

お゛れ゛は゛――――

 

─ ─ ─

 

 瞼を開け。

耳から手を離せ。

立て。

諦めるな。

負けてない。

勝てる。

まだだ。

ボクが生きてる。

 

 

 

 ナルガは目を開いた。

真っ先に視界に入ってきたのは、自分と数cmを挟んだ距離に居るドスガアマだった。

恐ろしい顔だった。赤い目だった。顔しか見えなかった。

 

 首は、見えなかった。

だから、何が起こっているのかわからなかった。

ナルガは耳から手を離した。

途端に音が戻ってきた。

 

「グ……グガヴォ……グヲ…」

 

 喉から搾り出すような声が馬竜の口から聞こえてきた。

呆然としたまま、ナルガは彼の首元に視線を下ろした。

 

 そこには、五本の指があった。

人間の指だった。

形容し難い“曲がった”空気を纏った指が、首に巻きついていた。

それが主人のものであることに気づくのに時間がかかった。

 

 ナルガは首そのものを曲げて、ドスガアマの背後を見た。

――ジャックだった。

頭を垂らし、血をダラダラと地面に落とし。

片腕をドスガアマの首に巻きつけ。

地面に立った、ジャックだった。

 

 しかし、その全身に纏った“曲がった”空気からは、ジャックの面影を微塵も感じ取れなかった。

まるで別人のように、その空気はナルガの肌をビリビリと痺れさせた。

 

 

 ジャックは、ドスガアマから手を離した。

途端にドスガアマは苦しそうに咳き込み、酸素を取り入れようと口を懸命に動かした。

しかし、ジャックはそれさえ許さなかった。

無言で、さっきまでドスガアマの首を絞めていた手を振りぬいた。

 

「グヴォ――――」

 

 ドスガアマが声を出す間も無く、馬竜の体が勢い良く吹っ飛んだ。

尖った岩に激突し、岩を砕いた。

馬竜は大量に吐血し、地面に転がって動かなくなった。目から色が無くなった。

紛れも無く、死んでいた。激戦の後の、驚くほどに呆気ない命の引き際だった。

 

 

 ナルガは、ジャックだけを見詰めていた。

影に隠れた顔が少しだけ見えた。

目が緑色に変色していた。顎に刻まれた十字の傷跡から、絶えず血が流れていた。

 

 ジャックは暫く立っていた。

そして意識の糸が切られたように、突然ナルガに向かって倒れ掛かった。

 

ナルガは小さな体で、倒れ掛かってきた大きな体を受け止めた。

 

「旦那……」

 

 主人に続いて、ナルガが意識を失った。

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