大陸の遥か北の、とある地域に聳える巨大な雪山。
雲のほんの手前にあるその頂上は、怪しい静けさに包まれている。
地面は言うまでもなく一面銀世界であり、草の一本も育たない、酷く殺風景な場所である。
空は太陽の光を失い、代わりに煌く星々と月明かりで世界に色を与えていた。
雪の白と空の黒を見て、それを美しいと感じる人は少なくない筈だ。
そこにほんの小さな赤を足してみても、尚「美しい」と感じる人間はいるだろうか。
その人数が多いにせよ少ないにせよ、必ず四人は居る。
月の光を背に浴び、雪と血で汚れた防具を身に纏う人間が四人。
横一列に並んだ彼等の足元に転がる、血みどろの亡者。
赤い雪の上にうつ伏せに倒れたまま微動だにしないその体が“死体”であることは疑いようが無かった。
「俺は小指をもってかれた」
「私は額に傷をつけられた」
「儂は刀に罅を入れられた」
「僕は腕一本もってかれた」
「……やっぱてめぇが一番やられてんじゃねぇか。情けねぇな」
「積極的に攻めてた訳でも無し。弱卒が」
「まだまだ若造じゃの。期待なんぞ露程もしとらんかったが」
「そりゃ無いっすよ先輩方ァ!! 可愛い後輩をいたわる優しさってもんは無いんすか!? 」
「んなもん無ぇに決まってんだろうが。甘えてんじゃねぇよクズ」
「でかい声を出すな。耳障りだ」
「すんませぇ……ったく、僕が一番補助として役立ってたってのに……」
「お主等、少しは黙れ。獲物は狩った。もう帰るしか無かろう」
「……チッ」
「はいはいラジャーラジャー。あーあ、面白くないなーほんっと」
「黙れと言ったのが聞こえんか」
「…………」
「……で、どう報告するつもりだ? 四人出揃ってギリギリ勝てましたとでも? 」
「喋るなと言っておろうに。切り捨てられたいか」
「てめぇもてめぇだクソジジイ。リーダー気取って調子こいてんじゃねぇぞ」
「うわぁうわぁヤバ~い雰囲気……」
「何にせよ、報告は儂からする。『ファヴァジン・クラージャ討伐』とな。余計なことは言わずとも良い。さぁ行くぞ若造ども。死にたくなければその口を閉ざしてついてくるんじゃな」
四人は死体と沈黙をそこに残し、その場を後にした。
━ ━ ━
ちょうど同時刻、場所はカエダ村に戻る。
砂漠へ課外授業に出ていた訓練所一向が帰ってきた。
現役上位ハンターである教官が帰村すると同時に、村長サムは彼に『少しの間村にいてくれ』と頼んだ。
教官が了承の返事をする間も無くサムは村を飛び出し、首の落ちた
息咳切らしエリア5に到着すると、彼は紛れも無い戦の跡地を目にした。
途端に腐ったような、吐き気のするような生臭い臭いが鼻腔を満たす。
凄惨な光景だった。地面は穴だらけ、黒く煤けたところや抉り跡が散乱し、大樹は真っ二つ。
元は深い緑色だったその地は、血で血を洗う惨たらしい情景が目に浮かぶような色に染められていた。
エリア中心の切り株の上に、血塗れの巨大な獣が転がっていた。
目は虚空を見詰めたまま動かず、青緑色に輝く強靭な甲殻と銀色の体毛に覆われた四肢が有り得ない折れ方をしている。
王を彷彿させるその二本の角でさえ無残に砕け、黄褐色の甲殻に縁取られた尻尾も完全に切断されていた。
分厚い胸板は切り傷だらけで血にまみれ、はち切れんばかりの筋肉が露出している。
背中の毛は逆立ち、尖った青白い甲殻が天を向いたまま。
そしてその体全体がバチッ……バチッ……と微妙に蒼い光を纏い、輝く小さな虫達が周りを旋回していた。
また、エリア左端の木々に挟まれるようにしてもう一つの死体が横たわっていた。
青みがかった黒毛に覆われたしなやかな体に点々と血が飛び散り、ブレード状に伸びた翼の刃翼は穴だらけ。
自身と同じくらい長い尻尾は先端の棘が逆立ち、そのうちのいくつかが欠けている。
そして、右後ろ足が無かった。
断面は嘔吐を誘うような色で、今も尚血が流れ続けていた。
サムは、赤い切り株の根元に人間の姿を見つけた。
駆け寄ってみると、その体がどれだけ傷だらけなのか細部まで見てとれた。
巨大な獣達の亡骸の傷つきようと大差無かった。
白い柔道着は最早元の色を失い、泥と血に汚れて風にたなびいている。
開いた胸元には爪の痕と思しき傷跡が荒々しく刻み込まれ、両腕両足には黒く焦げた痕、青痣がいくつも並び、骨折している箇所も見られた。
瞼は閉じられ、僅かに胸と口が動いていることが分かる。
サムが彼の体を持ち上げると、地面の血だまりが波打った。
サムは彼が手に握ったままの太刀を鞘に収めてから門番を負ぶさり、エリア5から立ち去った。
始終、彼は無表情を貫いていた。そこから見れる感情は何一つ無かった。
━ ━ ━
門番を負ぶさったままサムがエリア8に行くと、そこにも倒れた戦士が居た。
ジャックとナルガが並んで仰向けに転がっている。
二人の防具は既に原型を留めていない。ジャックに至っては、着ているモノが防具かどうかすら判らない状態になっている。
二人共眠っているだけのようだ。か細い呼吸の音が洞窟に反響している。
サムは門番を負んぶの体勢から肩に担ぐ体勢に変え、逆の肩にジャックとナルガの二人を乗せた。
そして洞窟の端に倒れた馬竜を一瞥すると踵を返し、エリア8を出た。
エリア9は驚く程に静かだった。
オルタロスやジャギィ、ブルファンゴ達の姿も見られず、ただ静寂がポツンと独り佇んでいた。
ふとサムは足を止め、空を見上げた。
満天の星空だった。白い輝きが星屑の九割を占め、残りは赤や青が光っていた。
その中に、圧倒的に大きく、白く、冷たい満月があった。
神秘的だった。
サムは暫く星空に魅せられていた。
小さく細い風が時々吹き、木々の緑をカサカサと揺らした。
「……綺麗な夜だな」
自分にしか聞こえない声で呟いた。
空から目を離し、サムは再び歩き出す。
音も無く、流れ星が空を横切った。
――――時刻20;00。クエスト完遂。