【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第二十八話 【病人だろうと暇は作りたくない皆様】

 ――――ジャックが馬竜を“殴り殺した”あの時から、既に一週間が経とうとしていた。

骨折四箇所、打撲十二箇所、右肩脱臼、肋骨損傷、内臓破裂、脳震盪の大怪我を背負った彼が懸命に生き続けようとした期間である。

命を落とす寸前までに全身を傷めたナルガ、門番の二人も同様だ。

彼等のおかげで、サイネリアの家は久方ぶりに足音の止まない状態が続いた。

最低限の医療機器しか持たない彼女は、三人分の世話に中々手が回らず、サムの手を借りることもしばしばだった。が、彼の手は猫の手にすら遠く及ばない活躍ぶりであり、更にサイネリアを困らせたのである。

彼女は最近、サムのことを『おい』と呼ぶようになった。

 

 やがて、三人の患者は命を取り留めた。サイネリアという名の苦労人のおかげである。

彼等の生命力には幾度と無く驚かされた。非常識にも程がある、と言いたくなるようなスピードで回復していき、一週間で一通りの生活が行える体に戻ったのだから、狩人という者達が人智を超えていることは揺ぎ無い事実なのだろう。

体の七割を包帯で覆ったままの三人は未だ病院(サイネリア宅)で暮らしているが、そろそろ各々の自宅に帰れるレベルだ。

 

 ジャックは奇妙奇天烈なスプーンの持ち方をする自分の右手を見詰めながら溜息を零した。

 

「……だるい」

「そう暗い顔をするニャ旦那。あと一週間もあればまた狩りまくって血みどろの体になるニャ」

 

 努めて明るい顔をするナルガの手も今まさにスプーンを取り落とすところだった。

野菜スープ(薬草微量入り)が包帯だらけの顔に飛び跳ね、ナルガは「ンニャッ!! 」と叫んで椅子から転げ落ちた。

普段なら大笑いする筈の門番の兄ちゃんも全くのノーリアクションな為、ナルガはかなり気まずい。

 

「お前の『ニャ』の使い方が何かややこしいんだよな。『暗い顔をするな』って言ってんのか『暗い顔をしろ』って言ってんのかわかんねぇんだよ」

 

 ジャックはノーリアクションどころかしかめっ面で文句を垂れる。

腰を抑えながら椅子に登って座りなおしたナルガも何か言い返そうとしたが、言葉が出てこなくてがっくりした。

 

「んだなぁ~。今明るい顔をしろって言われても努力する気になれないわ。何てったって俺の太刀折れたし」

 

 門番はそう言って一口スープを飲む。顔にでかでかと「まずっ」と書かれ、それを目撃した調理人(サイネリア)が眉間に皺を寄せた。

食卓を囲む五人のうち、今日まだ言葉を発しないのは村長である。

看病の時に散々サイネリアに怒鳴られて心なしか元気の無いサムは、行儀良く椅子に座っていた。

始めはそれにぎょっとしてい四人だったが、無表情の周りの雰囲気が明らかに暗いのを見て、悟った。

因みに、写真に撮りたいとソワソワしていたのはサイネリア一人である。

 

「あれ、兄ちゃんの太刀折れたんだっけ?聞いてねぇぞ」

「そりゃあ言う必要無ぇもん」

「……ニャ」

 

 ジャックとナルガは、門番が何故同じ病室に居たのかは知っている。

とは言っても、そのほとんどがサムによって話された嘘であるから、『知っている』と言うのは間違っているかもしれない。

 

「あの名刀が折れちまうなんてほんっとついてないわ。大震刀(だいしんとう)幻仇(げんきゅう)】なんて多分ここらで持ってんの俺だけだったんだぜ」

 

 実は、彼の刀が折れたのは四日前である。

血で汚れ、刃こぼれしていた太刀が気になった彼は、夜に病室を抜け出して太刀が立て掛けてある棚に向かい、砥石で刀を研ぎ始めた。が、石が刀身に触れた瞬間に凍えるような音がして真っ二つに折れたのである。

夜だったから暗くてひびが見えなかったのだろう。門番は泣いた。

 

「……槌が壊れなかっただけ俺は運が良いのか……」

「防具メッタメタだけどニャ……」

「俺はそもそも防具着てなかったけど」

 

 全員が一斉に溜息を吐いた。悩みに暗い朝である。

 

 

 

 壁にかけられた時計の針が1時を示した頃、ジャックとナルガは松葉杖を持ってサイネリアと家を出た。

引きとめようか迷うサイネリアだったが、「外の空気が吸いたい」という二人に賛成することにした。

何かしないかと少し心配だったので、サイネリアも付いて行く。扉を押し開く。

 

 

 ――むわっ。

 

「……やっぱ戻ろうかな」

 

 家を一歩出たジャックの一言。

 

「ちょっ!!? いきなり!? 病床離れの輝かしい一歩目だけど!? 」

 

 そしてこのツッコミである。サイネリアである。

ふとナルガの方に視線を向けてみれば、見るからに暑そう。

サイネリア自身は慣れてしまっていたが、外の空気は何と言うか……こう、『むわっ』という擬音が素晴らしく似合う息苦しいものである。

彼等も慣れていた筈なのだが、ここ一週間は一度も外へ出てないのでこの反応が正常なのかもしれない。

 

「いや、外の空気吸いたいって言ったのは俺達だけどさ、渓流の水辺のああいう空気を考えていた訳でありまして……」

「でも頑張ろ!? ね!? 農場に湖あるから!! 行こう!! wow!! 」

「お前がそういうキャラだなんて知らなかった」

「何で真顔ニャ……」

 

 サイネリアに背中を押され、一行は農場へ向かう。

因みに、ナルガは暑すぎでヘバってサイネリアの頭の上。

通りすがりの少年達の視線などお構いなしに、ナルガは白目を剥いていた。

 

 早くも農場に到着。

一週間空けたものの見慣れた修行場が文字通り目一杯見渡せる。

長方形の形をした、柵で覆われる草原の頂点にあたる位置の一つには、鍛錬用の急な崖がいかめしく聳えていた。

そして、崖から北を向いて真っ直ぐ行ったところ(農場入り口から対角線上の位置)には、半径20mの円に驚く程に透き通った水色がしきつめられている。魚は居ない。それで若干魅力が削がれる。

更にそこから西に行った突き当たりには大きな銀杏(いちょう)の木がある。その太く大きな枝から紐でぶら下がる丸太も、銀杏そのものの幹と同じくらいの太さだった。

これは丸太修行の装置である。農場管理人(キュウクウ)に聞くところによると、どこか東の方の大陸のどこかの村で生み出された装置らしい。

紐で吊るされた丸太を思いっきり押し、反動で返ってきた丸太を受け止めることで全身の筋肉を鍛えようというものである。ジャックが初めてコレに挑戦した時は5mくらい吹っ飛ばされたものだった。

 

 ジャックは農場を一通り見回すと、安堵の吐息を吐いた。

 

「キュウクウさんは居ないみたいだな……昼食時か? 何にせよ良かった」

「流石に怪我人に崖登りとか薪割りとか強いる人じゃ無いと思うけど」

「あの人を侮らない方がいいニャ……」

 

 カエダ村ハンター達にとって、彼女の存在は恐怖そのものである。

訓練所の鬼畜教官と肉親関係なのかは判らないが、同じ特性を有する者たちだ。

が、彼等のおかげでカエダ村出身のハンターが強く大きく育つのだ。感謝は忘れないようにしたい。

ジャックもナルガも既に九年間も世話になっている。

――――とはいえ、正直言って怖すぎる。

 

 一行は草原を横断し、湖の(かたわら)に腰を下ろした。

涼しい。頻繁に風が吹き、水面スレスレに通り過ぎて三人の頬を撫でる。

『もわっ』を十分も耐え抜いた褒美としては申し分ない。思わず口元が綻びた。

 

「これぞ待ち望んだ本当の『外の空気』!! いや~……爽快っ! 」

「喜んで貰えたようで良かったわ」

「姉さんはついてきただけだけどニャ」

 

  どこか遠くで鳥の鳴き声がした。視界に広がる湖の綺麗さが心をさっぱり洗ってくれたような気がした。空は快晴。大きな雲がゆったりと気ままに流れている。

ジャックが伸びをすると、太陽の白い光が優しく顔を照らした。

 

「ふぁ~あ……ここで寝たいな」

「持ち帰るのが面倒くさいからそれは勘弁してよね」

 

 サイネリアの頭の上でナルガも伸びをした。

ジャックは空の色をそのまま映した水面を眺めながら言った。

 

「そういやナルガが何か適当なこと言ってたけどさ」

「何? 」

「ニャ? 」

 

サイネリアが聞き返す。

 

「実際のところ、俺やナルガが狩りに戻れるのってどれくらい後? 」

 

少女は顎に手を当てて少し考えるような素振りを見せた後、ジャックに向き直って言った。

 

「良くてあと二週間くらいだと思う。私個人としては、傷が開くかもしれないから一応三週間は待った方が――」

「そうか、あと二日か……」

「聞けよ!! っていうかどんだけポジティブなんだよ!! 」

 

ナルガが二人の掛け合いをぼんやりと聞きながら瞼を閉じた。

 

「冗談は置いといて、軽い訓練とかでもあと一週間はダメだかんね」

「あいあい了解。 それじゃ一週間も暇だなぁ……うぅむ。ダルい」

 

 ジャックは大袈裟に頭を抱えた。

それを本気と捉えのか、サイネリアがまたしても思案顔になって『考える人』のポーズをとった。

暫しの沈黙を切裂いて、少女の提案が少年の耳に飛び込んだ。

 

 

「じゃ、みんなで旅行とか行かない? 」

「へ? 」

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