少年ハンタージャックと行商人シュワはその日のうちに別れ、それぞれの村に向かった。
大きな恩を受けたシュワはいつかカエダ村にいって改めて御礼をしよう等と考えながら細い道を歩き、心を躍らせていた。
が、一方のジャックは安堵のため息。
「……それにしても、めっちゃ怖かったな……」
ジャックは七匹ものジャギィを前にしたのは今日が初めてである。
エリア7でキノコを採取していたら急にエリアの一番遠いところのジャギィが雄叫びを上げたので驚いた。
彼等はエリア6に走っていった。
気になったジャックが彼等についていくと、男が囲まれている。
今にもやられそうな状況だったから飛び込んで――まぁ、頑張ったという訳だ。
緊張しまくってたのをシュワに見られないよう必死で戦っていたのだが、バレていなかっただろうか。
ジャックがそんなことを考えていると、気付けば見慣れた門の前に立ち尽くしていた。
暖かな風がジャックの頬を撫でると同時にその山吹色の髪を靡かせる。
そしてジャックの手は自然と十字の刻まれた顎に持っていかれ、無意識に引っ掻く。癖だ。
この門は遥か東の小さな村、ユクモ周辺で採れる良質な木材、「ユクモの堅木」をふんだんに使用して造られた門である。
高さはジャックの頭上2mほど。要するに2m半の巨漢が現れてもすんなり潜り抜けられる大きさの門、というわけである。
ジャックは門の上を見て苦笑いしつつ、大声を上げた。
「おおぉ~い!! 兄ちゃん仕事しろぉ~!! 」
ジャックの声に門の上の白い塊は反応し、ゆっくりと起き上がりながらブツクサ言った。
「……なんだ朝っぱらから……うるせぇなぁ……」
「もう昼! いや、夕方!! 」
上体を起こし、猛烈に両手で目を擦りながら門下の少年をぼんやり眺め、いきなり目が覚めて飛び上がった。
「おお! ジャックか!! 今回のクエストはどうだった!? 」
「おお! じゃねェって。気づくの遅すぎ」
「出血してるように見えるのは気のせいかな?あとで必ずサイネリアんとこ行って来いよ」
「・・・はいはい」
再度苦笑。この男、血がすっかり乾いたジャックの左肩、右腕の肘を見てすんなりと言ってきた。
「それにしても兄ちゃん相変わらずだねぇ……仕事しろよ! 」
今度は男が苦笑い。
この男、カエダ村の門番なのである。しかし昼夜兼行の仕事であるにも関わらず、昼夜兼行で寝ているという怠け者。
ジャックや村人達にはいつも「兄ちゃん」と呼ばれ、こんな怠け者に親しんでいる。
そして、彼は村人達に信頼されている。
何故なら、彼が本当はとても頼れる男だと知っているからだ。
だいぶ前の話だが、ブルファンゴという小型モンスターがこの門に突っ込んできたことがあった。
先に言っておくが、彼にハンター経験は無い。
驚く無かれ、彼はその猪(ブルファンゴ)を空手の拳、たった一撃でノックアウトしたのである。
常人ではあり得ないことである。ブルファンゴはジャギィなどに比べてかなり堅い皮を持っており、普通は殴った腕の方がイカンことになってしまうものである。
それほど、彼は強いのだ。それこそ、ジャックが武器なしの組み手で勝負したらものの数秒で負けてしまうくらいに。
一応村の門番なだけあって、柔道と空手を習っており、今彼が着ているのは真っ白な柔道着。
長年村の入り口を守ってきた至高の門番なのである。
ちなみに、何故彼が門番に就職したかというと――
「だって一番暇なところだろ? 」 だそうだ。
そんな彼に呆れたり尊敬したりするのは皆の自由だが、少なくとも彼をよく知る者達は声を揃えて後者を叫ぶ。
「じゃ、仕事頑張れよ兄ちゃん」
「おおよ! 」
「どうせ寝てるだけだろうけど……」
皮肉を残し、ジャックは門を潜り抜け、村に帰ってきた。
まず目に飛び込んでくるのは数限りない住宅街。木で造られた質素な家もあれば、石造りの金持ち専用の家もちらほら並ぶ。
そしてそんな普通に家達から飛びぬけている西洋風の赤いとんがり屋根が見える。
――あれは集会所。ハンターが集まり、クエストの受注や報酬を受け取ったりする大きな建物。
備え付けの巨大な時計がぴったり正午を指している。
どうりですぐ近くの市場が賑わっている筈だ。
商人の「奥さん安いよー」や「こんなのはどうですかぁ? 」などや、客の主婦が漏らす本音(「あ~ら・・アプトノスの肉が100g400zですって! どうなってるのかしら・・」)も紛れ込んで聞こえてくる。
その中から熱した鉄を打ったたくカー・・ンカー・・・ンという心地よい音が聞こえてきた。
ジャックは迷わず音に向かって歩いていく。
そして、薄汚れた小ぶりな店の前に立つと、薄暗い中に声をかけた。
「おっちゃん!! 」
真っ赤に輝く鉄を握りなれたハンマーで叩いていた影がビクッと体を震わせ、こちらを向いた。
作業用の緑のゴーグルをグイッと頭に押し上げ、ジャックを見る。そしてたった一言。
「……ジャックか」
「誰だと思ったんだよ。防具に穴あけちまったよ! 悪いおっちゃん! 修理頼む!! 」
手前の横長な机に自分の脱いだ青い防具をバンッ! と押し付け、僅かな金銭を中年の無愛想な男の手に叩きつける。
そして山吹色の髪を数本吹き抜ける風に残し、少年はインナー姿で走り去った。
一人残された男は一つ大きなため息をつくと、コイン数枚を懐に入れ、ジャックが着ていた防具を店の裏手に押し込んだ。そして、先ほどまで心地よい音を出していた位置に座り、ハンマーを握り、仕事を始める。ちなみに、この間ただの一言もしゃべらず、その後も彼は無言のままハンマーを握っていた。
彼、この村に一軒しかない加工屋の店長の名は「マーカル・グライス」。
一度会った人に彼の印象は?と問えば、必ず「無愛想」と答えられる悲しい中年の男だ。
日に二言三言しか口を開かず、黙々と鉄を叩き続ける職人の鏡・・・とはちょっと違うか。
しかし無言なだけ集中して事を行う為、仕事で作り上げる作品はもはや芸術。性能抜群の一品が生み出しているのだ。
幼い頃から無口だった彼はまさに鍛冶職人になるためだけに生まれてきたようだった。
加工屋とは、ハンターの命とも言える武器や防具を生み出したり、整備したりすることを職業。
ハンターをやる!という志を持つ者でも、近くに加工屋がなければ何も始まらないのである。
それだけ重要な仕事。
カエダ村で次々と生まれる強豪ハンターをその腕一本で支え続けたマーカル。
実力はとうに大都市ドンドルマの加工屋と同レベル。寧ろそれより上かもしれない。
そんな凄腕のマーカルは今日も無言で仕事を進める。
真っ赤な鉄に一滴、彼の汗が滴り落ちた時、彼に仕事を頼んだジャックはインナー姿で一軒の家を訪ねていた。
ごく普通の、木造の家。少し錆び付いた呼び鈴をジャックが鳴らす。
「サイネリア、居るかぁ!? 」
数秒で、その扉がかわいらしい声と共に開かれた。
「あ、ジャック? 」
玄関に立っていたのは、ジャックと同じ18才の少女。
ただの少女ではない。そうそう居ない・・・かなりの「美」少女である。
長く伸ばした黒髪を背中に流し、クリッとした碧眼が印象的な女の子は、ジャックの腕を掴んで強引に自分の家に入れた。
「うおっ! ……俺怪我人だぜ!少しは丁重に頼むって……」
「ふゥん、ジャックはそんな脆くてか弱い男の子だった訳か!! フフフフフ……」
不気味。だが同時に可憐でもある笑いをジャックに向ける少女。
ジャックは敵わない、というように苦笑すると、導かれるままに小さな椅子に座る。
すると、すぐに彼女が声をかけてきた。
「で、今回はどこを怪我したの? 」
「えぇっと……左肩と右腕の肘、左手……ってわかってんじゃねぇの!?」
どこからともなく治療箱を取り出してジャックの言葉を聞く前から彼女はジャックの傷口に治療を始めていた。
その表情はかなり楽しそう。慣れた手つきで磨り潰した薬草を擦り付けていく。
そんな彼女にジャックは小さくため息をつく。しかしその口元には小さく笑みが浮かんでいた。
この美少女の名前は、「サイネリア・ウォーグル」。
純白の肌、美しすぎる顔。他の男からしたらジャックは羨ましすぎるくらいの可愛い、そして美しい女の子だった。
彼女はジャックの幼馴染である。
二人とも幼い頃に両親共他界していたから気が合ったのかもしれない。
同じ苦しみ、悲しみを味わった者達は惹かれあうものである。彼等もまさにそうだろう。
彼女の名前、「サイネリア」はとある花の名前である。
花言葉は「元気」「常に快活」。まさに彼女そのものである。
5才から二人で助け合いながら村長の補助のもと、暮らしていた。
二人が9才になるころにはジャックが本格的にハンター訓練所に通い始めた時もサイネリアは一緒だった。と言っても彼女もハンターの訓練を受けたわけではない。
鬼畜とも言える教官にビシビシやられて精神面も身体面も傷だらけで帰ってきたジャックをいつも笑顔で癒していたのがサイネリアであった。
今、彼女が使っている治療箱はその頃から使っていた物のため、かなり汚れ、傷も多い。
「……はい! できたわよ」
「おう、サンキュ」
「どういたしまして。っていうかアンタもう少し安全な戦い方したらどうなのよ? 」
心配そうにサイネリアが言う。
長年ジャックを見ていて思ったことであった。
彼はいつもクエスト毎に怪我をして帰ってくる。
その治療をするのは彼女としては嬉しいのだが、同時に心配でもあった。
怪我ばかりするジャックのことが心配なのは当然の感情であろう。幼馴染であろうと、別でもあろうと。
しかし反面、ジャックが怪我をしなくなってしまったら自分にできることは無くなってしまうのかもしれない。
そしたら彼といつも関わることも不可能となってしまうかもしれない。
そう思うと、苦しかった。彼の役にたつ為に医療の勉強を続けてきたが、本当は怪我などしないのが一番いい。これも当たり前。
彼が怪我をしないよう祈りつつも、心の奥底では彼が傷ついて帰ってくるのを願ってしまう。
いけないと思いつつも、やっぱりそうであった。ここ最近、サイネリアはこんな複雑な感情の渦に飲まれ続けていたのだ。
「んなこと言われてもなぁ……ハンターなんだし……」
「でも自分の体を最優先にして狩ってよね。身勝手されちゃ治療が大変なんだから」
ジャックは今回のクエストで、人助けで怪我をしたことについては伏せておこうと考えた。
そして、心配をかけてばかりいるサイネリアに言った。
「まあ別に怪我したってサイネリアが治してくれるんだからいいじゃん? それにそんな簡単に俺は死なないしさ」
「何を根拠に言ってんの。怪我なんてしない方がいいに決まってるし……」
そうは言いつつも、サイネリアの顔には笑みが浮かんでいた。
彼が自分を頼っていてくれていたのがとても嬉しかったのが隠し切れない。
ジャックはサイネリアの治療によって包帯を巻かれた腕と肩を見ながら言った。
「じゃあ、そろそろ俺は帰るよ」
「え? もう? 」
「いや、だって別に用とか無いし…」
ジャックは気にせず玄関に向かう。
「また来るよ。明日にでも。明日はクエスト行く予定なんてないしな」
そう言ってどこか幼さの残る笑顔を残し、サイネリアに何か言われる前に外に出て行った。
一人残されたサイネリアはどこか寂しげな表情で、誰も居ない玄関に向かって手を振った。
一方のジャックは治療してもらった腕と肩を撫でながら自分の家に向かった。
いつの間にやら日は傾き始め、うっすらと青にオレンジがかかっていた。
「ふぅ~……ありがとな、サイネリア」
小さく呟いて大通りを歩くジャック。
時々通りがかった村人に声をかけられながら、自宅に到着。
これまた古く、サイネリアの所と全く同じつくりの質素な家。
もっとも、中はハンター用品や本などで溢れている為、向こうの家とはだいぶ違うが。
玄関の扉をゆっくり閉めると、いつものジャック世界が広がっていた。
いつもはお供のナルガが居間の壊れかけソファーに寝そべって本でも読んでいるところだが、今はお供クエストに行っているので、ガランとしている。
お供のナルガはアイルーである。
発達した二本の後ろ足で立ち上がり、二足歩行ができ、尚且つ知力も人間と同等に上り詰めるまでに至った進化した猫形の種族のことを、最近では「アイルー」と呼ぶようになった。
立ち上がった状態で身長は50cm。ジャックの腰ほどまでが平均となる。
アイルーには大きく二種類が居て、片方は人間と共に行動し、働いていくアイルー。
ナルガもハンターの「お供」という職業のアイルーである。
もう一方は野生のアイルーで、人間のいない地で生活するアイルーだ。
ナルガはジャックがハンター見習い、訓練所に入る頃からお供であり、ジャックと共に修行を積んできたベテランの域に入るお供アイルーだ。
どうにもせっかちな性分で、よく持ち物を丸ごと忘れ、ジャックに叱られる。
普段はジャックと一緒に生活しており、一日中ジャックというご主人様と行動する。
今は彼(ナルガは雄)はお供専用の簡単なクエストに同じ職業、ジャックとは別のご主人をもつお供アイルーと一緒に出かけている。
ジャックはインナー姿のまま手ぶらで染みだらけのカーペットの上を歩いて小さなキッチンにたった。
いつもジャックが晩御飯を作り、ナルガと自分で食べている。
週に一回くらいサイネリアが訪ねてくることがあって、その時は彼女がご飯を作ってくれる。
これがジャックのより数倍美味。ジャックとナルガの意見に、サイネリアはいつも首を横に振って顔を赤らめながら謙遜するのである。
数分でジャックは地味なテーブルクロスに乗せられた食べ物達と睨めっこしていた。
メニューは「アプトノスのこんがり肉×2」、「食用薬草盛り合わせ」、「白米」……
なんというつまらなさだろうか。いつもはナルガがいるのでそれなりなのだが、流石にこれは酷い。
しかし、いかんせん今日は自分用なので、有り合わせ。
ジャックが食べ始めると案外量がある。充分に腹は満たされるのだ。
30分ほど彼らしくも無い無言で食事をし、片付け、風呂に入った。
かかった時間、40分。さしたるものでは無い。
ジャックは今回のクエストで疲れていた。
実際、風呂の浴槽の中で眠ってしまいそうになり、自分の頬を何度も引っぱたいて目を覚まさせていた。
フラフラと覚束ない足取りでベッドがある自分の部屋に入る。
壁に寄せられた天井に届く大きな棚には訓練所時代に使っていた教科書や、ハンター雑誌など。
でかすぎるモンスター図鑑が10冊も入っていたり。
そしてその隣には簡単な造りの机と椅子。
これまた懐かしい・・・訓練所時代は家でいやいや宿題をやるときにここを使ったものである。
所々黒ずんでいたり、傷がついていたり。年季の入ったデスクであった。
その端っこに部屋に合わない洋風のデジタル時計が7時を示していた。
いつもなら早すぎるのだが、この時間からジャックはそのままの格好でベッドに飛ぶ。
そしてものの数秒で部屋が歪み、寝息を立て始めた。
夢の世界へ入り込んでしまったのだ。
そんなジャックを優しく包むように、窓の外から三日月が美しく輝いていた。