【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第二十九話 【旅行準備】

 ジャックとナルガとサイネリアは一通り水辺で涼んだ後、くらくらするような日の下をくぐって家に帰ってきた。行く時よりは幾らか暑さに慣れたようだ。

しかし、今彼等の頭の中は農場での会話で一杯であり、身体のことは気にならないようだった。

 

 旅行。行き先は大都市ドンドルマ。

ハンターズギルド本拠地を有する都会の中の都会の中の都会である。

ギルドから正式にクエストを受注し、正式に制限時間や支給品がある中のクエストをこなし、正式に依頼者からの報酬を受け取るシステムがある。

また、狩人の証明であるギルドカードが一人ひとりに発行され、あらゆる個人情報が記載される。

それはクエストをこなすごとにギルドの手によって更新され、一定の量のクエストをこなすとHR(ハンターランク)が上がる。

クエストによって条件にHR○○以上というものが設定されてある為、狩人の実力にあった依頼を受注することができる。

 

 そして、HRが一定の値に達すると狩人の最も大きな位が上がる。

ドンドルマにやってくる狩人達の最初の位は《下位》、そしてそこから《上位》、《G級》とずんずん上がっていく。当然、飛び級は認められない。

因みに、G級の更に上にあるという《X級》が本当かどうかは謎に包まれている。

G級の凄腕ハンター達が目標をつくる為にホラを吹いたのかもしれない。

 

 カエダ村出身のハンターの多くがドンドルマへ出発して何年も経つ。

そこで幾多の功績を挙げていると思うと、その度に憧れでジャックの胸は熱くなるのだった。

非力な自分にとってドンドルマはあまりにも遠い存在であり、いざそこに行けると思うとまだまだ新米の狩人は興奮で爆発しそうな気持ちに駆られた。

 

 

「ドンドルマか……懐かしいな」

 

 

 そう洩らすのは門番。今正にサイネリア宅に帰ってきたようだ。

折れた刀の復元の為に淡い希望を抱えて加工屋のもとへ行き、見事に崩れ落ちたらしい。

刀の復元などできる筈も無い。ジャックは心から同情した。

 

「お前は何度か行ったことがあるんだったっけな。ハンターとしてじゃなく」

 

 サムの座る体勢はいつの間にやら0にかえっていた。少し寂しいというのが周りの本音。

彼が椅子の後ろ足二本でバランスを取ろうと揺れる度に、テーブルに乗った両足がカタカタ音を鳴らす。

サイネリアの貧乏ゆすりがテーブルの下でひっそりと開始された。

 

「で、どうなの? 行けんの? 」

 

 ジャックがテーブルに身を乗り出すと、丁度反対側にいるサムが大きくグラついた。

そこで倒れないだけのバランス力を持ち合わせているというのだから、尊敬に値する。

ジャックも自分が驚くぐらいの勢いだったので腹を強くテーブルに打ち付けた。

悶絶するジャックに、隣から門番が答える。

 

「……ちょっとキツいかもなぁ~。酒場とか入ったら瞬く間にビール瓶が飛んでくるような世界だ」

 

 天井を向き、頭の後ろで手を組んで、彼はドンドルマでの様子を思い出したようだ。

サムが下を向いてボソッと洩らした声も、呆然の沈黙の中では充分響いた。

 

「ま、時間帯にもよるけど。ハンターどものクエスト終わりのタイミングはバラバラだと言っても、大まかに分かれてるから、見計らって行けば葬式みたいな酒場に入店できるぜ――ぶっちゃけ、別に酒場に行く必要も無いんだがな」

「加工屋だけ見て帰って来るのは流石につまんないぞ」

「……ニャ。短くても一週間は滞在したいからニャ」

 

 ナルガは未だサイネリアの頭の上でうつ伏せ状態。両手足がサイネリアの額と後頭部から垂れ下がり、綺麗な茶髪の大半を隠している。目は閉じたままの意見発表は、よい子のみんなは真似しないように。

サイネリアはそれを気にもせず、発言した。

 

「要するに、酒場――クエスト受付所が危険ってことでしょ? 三人は怪我人だから」

 

残り四人を代表して答えるのはサムだった。

 

「まぁ、そうなるか」

「なら、護衛でも付けてけばいんじゃないの? 」

 

ナルガの目がパチッと音をたてて開いた。

 

「……誰をニャ」

 

サイネリアはサムを指差して、いかにも見下した顔つきで、もったいぶって、言った。

 

「そいつ」

「……いや、村長は村から離れちゃいけないんじゃねぇの? 」

 

 ジャックがすぐさま反論する。

それには、大きなショックを受けてもまだ無表情なサムが答えた。

 

「教官がいない場合な。まぁそれにしても七日も空けるのは流石に図々しいかもしれん……」

「ダメじゃん」

 

 ナルガが再び目を閉じた。

が、次の瞬間また開くことになる。

 

「じゃ、雇うか? 」

 

 門番である。

彼は続けて言った。

 

「狩人の護衛を狩人に頼もうじゃないか」

 

ジャックが俯いた。

 

「プライドズッタズタかよ……第一、旅行ごときの護衛してくれるような狩人とかいる訳無いだろ」

「そんなやってみなきゃわからんだろ」

 

 消極的なジャックと積極的な門番。

口を挟むのはサイネリア。

 

「行くのは私とジャックとナルガと門番さんの四人でしょ。まともな戦闘員いないわよね。万が一ってこともあるだろうし、私はそれでいいと思うけど」

「フンニャ……アンタには狩人のプライドは無いからニャ~……」

 

 

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者数二人――

 

「まぁ、それしか無いだろうなぁ。訓練所の教官にゃー訓練生がいるし、キュウクウも農場管理の仕事があるし……」

 

 あっキュウクウってやっぱり戦闘員として数えられてるんだ。

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者数三人――

 

「いやしかし、旅行ごときでプライドを潰すのも何だかなー」

「空前絶後の依頼だってドンドルマのハンターどもが笑うだろうニャー」

 

 未だ食い下がるジャック。そしてナルガ。

サイネリアが追い討ちをかける。

 

「……じゃあ、一週間私ん家でベッドの上にいる? 」

「「ぐっ……」」

「私は別にいいわよ。看病があるから暇って訳でも無いし」

「「うっ……」」

「――男らしくさっさと決断しなさいよ!! 」

「「ヒィッ!! 」」

 

ジャックとナルガの頭が垂れた(ナルガは下向いただけ)。

――狩人護衛狩人依頼意見賛成者全員――

 

 

 こうして、満場一致で『狩人に狩人の護衛を頼む依頼をドンドルマに持っていく』ことが決定した。

カエダ村のハンターのことは影が薄すぎて彼等の話には一度も出てこなかった。

本当は彼等に頼むのが最も早い話だったのだが……

ともかく、旅行に行くことが割りとしっかり決まってきたので、ジャック達四人は準備に取り掛かった。

依頼をドンドルマへ持っていく屈辱的な係は、都合良く長期休み期間に入った教官が行うことになった。

彼は何度も「私が護衛を! 」と叫んでいたが、四人の「頼りない」という一撃で沈み、すたこらドンドルマへ向かった。気球で。

因みに、ドンドルマはカエダ村から北西に約2000km進んだところにある。

物凄く可哀想な上位ハンターだが、四人は人生経験豊かな彼に「こういうこともある」とだけ言っておくことに決定した。

 

 そんな訳で、今ジャックは自宅で旅行準備に取り掛かっていた。

 

 

「……うむ、一応狩り用品は一式持って行くか……」

 

 部屋に旅行用巨大道具袋(ポーチ)があったのは、訓練生時代の名残である。

旅行ついでの遠征授業が何度かあったので、その際に訓練所から貰った代物だ。

もうかなり年季が入っている。つぎはぎ痕は三つに留まらない。

 

「着替えが上段、中段にモンスター図鑑と調合書三冊、なんかよく分からんパンフレット、そして一番下にありったけのハンター用品。ハンマーは背負っていくか……」

 

 一通り終わって流れ落ちる汗を拭った時、不意に窓がコツコツと叩かれた。

ジャックは飛び上がって、折角拭った汗をまた噴き出させながら窓を開いた。

そこには相変わらずの無表情でサムが立っていたので、部屋の中からその光景を見るとかなりホラーだった。

 

「……何用じゃ? 」

「加工屋――あー、ア、マ、サーカルが呼んでる」

 

 慣れ親しんだ(?)加工屋の名前くらいは覚えておいてほしいものだ。

 

━━━(作者付記)━━━

 

完全に忘れ去っているであろう読者が、態々ページを戻って確認に向かう苦労をしないように、ここで改めて発表する。

 

カエダ村加工屋の名前は、《マーカル・ブライス》。

加工の技術は超一流……という設定は作者の私でさえ忘れていた。ここに謝罪の意を表明する。

今後彼の名は頻繁に出すことになるので、皆様覚えておくといい。

 

━━━(終了)━━━━━

 

 ジャックは呼び出される理由を考えて首を傾げたが、取り敢えず家を出て商店街に向かった。

金槌の音を辿っていけば加工屋はすぐ見つかる。

机に両手をつくと、既に小太りの無精髭を生やした職人が待っていた。

彼は言った。

 

「村長からだ」

「は? 」

 

 マーカルは一度店の奥へ引っ込むと、今度はゆっくりとした歩調で現れた。

持っているものを見て、ジャックの口があんぐり開いた。

 

 黒光りする柄は長く、ジャックがこれまで掴んできたそれより数段太い。

《頭》と呼ばれる、敵を殴りつける部分は鋼鉄に焦茶色の固そうな――否、固い皮が張ってある。

片端はやや細くなっており、先には白く尖った“あの角”が小型化して取り付けられていた。

その反対側からは、美しく揺れる艶がかった漆黒の毛の束が、流れるように生えていた。

ジャックが見たことも無い、美しいハンマーだった。

 

「名前は【王砕槌(おうさいつい)】。まだある。待ってろ」

 

 マーカルは再度店の奥に向かい、ガチャガチャ喧しい音を立てて暗闇から出てきた。

ジャックは顎が外れるかと思った。

 

 頭部からは白く長い角が一直線に天を向き、その様子は“あの獣”を彷彿させた。

角の両隣には黒く小さな蹄が形を整えられて乗せられている。

頭から胴体の背面部分、腰あたりまで、小ぶりな白い石が並ぶ。当然、削られた“彼”の角。

肩当は斜め上を向き、腕と足の関節ごとに小さな蹄が取り付けられていた。

腰周りは鬣、尻尾の毛で覆ってある。

そして、胸部中心には光り輝く青いものが埋め込まれていた。

それは菱型をしており、胸部全体のうち、四分の一程の面積を使っていた。

 

「そいつだけは馬竜の素材でも鉱石の類でも無い。この間お前に預けられた“海竜の甲殻”だ。勝手に使って悪かったな」

 

 ジャックは言葉も出ない。

ただただその防具に見惚れていた。

マーカルは控えめに笑い、言った。

 

 

「これからはそいつがお前の防具、ドスガアマシリーズだ。早めに慣れるんだな」

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