【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第三十一話 【ピガルと名を持つ小さな交易村】

 ――その赤子は、笑っていた。

母の腹から産み落とされたその瞬間から、ずっとである。

産声は無かった。涙の一滴も流していなかった。故に、両親は気づいた。

“ああ、この子は異常なんだ”と。

笑顔は良いことである。そんなことは周知の上だ。

しかし、彼の笑顔は、どうしようもなく不気味に思えた。

横に広がった口、均整のとれた鼻、吸い込まれるような不思議な瞳。どれもが不自然な気がした。

そのせいか、どう考えてもおかしい、顎にある“十字の傷”に違和感を感じなかった。

父と母は、親としてこの赤子を育てることに嫌悪感を抱いた。

真っ先に「捨てる」という選択肢が脳内で産まれたのは、この二人も気づかぬままに“異常”だったからなのだろう。

 

 ――赤子は雄大な自然の中に放り投げられた。この世に現れて二十四時間と経たぬ間に起きた出来事である。

とある密林のとあるエリアの、とある――“巣”の中に赤子は捨てられた。

両親は、我が子を捨てるどころか、抹消させようと企んでいたのだ。

素っ裸の幼子は、笑顔で寝ていた。産みの親に「殺されよう」としているのに気づかないのか、気づいた上で哀しみを感じていないのか、端から見ても何もわからなかった。

やがて、赤子の頭上に翼をもった巨大なものが舞い降りた。

緑の重厚な鱗に覆われた太い両足が地面を潰し、風圧で周囲の木々が揺れた。

それから一拍置いて、今度は赤い重厚な鱗に覆われた太い両足が地面を潰して地割れを生み、風圧で周囲の木々を千切った。

 

 四本の足に囲まれて、赤子は笑い声を上げた。

その声を聞いて、一対の巨体は下を向き、異種を見つけた。

四つの蒼い目が纏う雰囲気が優しいものに変わった。

――――これが、赤子が“家族”と出会った瞬間だった。

 

 

 

 それから、赤子は時間をかけて少年となった。

巨大且つ強大な両親に異様な育てられ方をし、異常にたくましい体となっていた。

勿論、彼はここまで育つ中で、一瞬も笑顔を絶やしたことは無かった。

笑顔で獣を殺し、血肉を喰らい、生きてきた。

翼をもった父母には無い器用さで己を守る鎧をつくり、己を強化する剣をつくった。

火を吐く家族の形に見合った鎧をつくり、家族全体を強化していった。

度々家族のもとに現れる、武器をもった者達を返り討ちにしていた。

 

 “武器をもった者達”の間で、その家族は幾度と無く話題に上った。

武装した竜、そして原始人のような姿をした人間。

どうも一対の竜に守られているように見える、顎に傷を負った少年――笑顔の、少年。

武器をもった者達は、彼を討伐対象として何度も戦いを挑んだ。しかし、その度に負けた。

人々は、畏怖と畏敬の念をもって、笑顔の少年をこう呼んだ。

 

 

 

――【笑羅(ミラ)】と。

 

 

━ ━ ━

 

 

 ――時、場所は大きく変わる。

渓流を北上し続けたジャック、ナルガ、サイネリア、門番の四人が太陽の高さを気にし始めた頃である。

南風も薄れ、柔らかい葉の音が途切れた。真っ先に声を上げたのは、ナルガだった。

 

「村ニャ!!」

 

 日常生活の上で運動量が最も少ないサイネリアは、肺を抑えながら苦しげに頭を上げるのが精一杯だった。

後ろで馬鹿みたいに歓声を上げるジャックに負けず劣らず、自分も喜んでいることに気づいた。

空を覆っていた葉々がいつの間にか姿を消し、黒みを帯び始めたオレンジが旅人一行を綺麗に照らす。

開けた視界の先には、丸太家が連なって構築する、紛れも無い村があった。

ちょっと首を動かせば、大きめの柵で囲まれた範囲内、つまり村の全体が見える。

カエダ村の四分の一も無いだろうか。小さな村である。

村の中央には、カエダ村と全く同じ造りである集会所があったが、それが不自然な程に大きく見えた。

 

「……ちょっと暗いから細かいところはよく見えないな」

 

 門番が目を細めてそう呟いた。

サイネリアと違って息切れの無いジャック達は、次々に言葉を繋ぐ。

 

「で、気球は?」

 

 流石に蒸し暑かったらしく、ジャックは頭用防具を外して脇に抱えていた。

汗の滴が顔を伝って幾度も地面に落ちている。防具を着たままでは体感温度が常人の1,5倍はあるだろう。

外観を気にしすぎるとこうなる。ジャックにはいい経験になった。

今の彼の気になるところは、移動用の気球だけらしい。

 

「かなり大切なモノだから村長の家にでも置いてあるんニャろ。見える訳ないニャ」

「取り敢えず挨拶に行かないと駄目だ。貸してくれるように前もって申請はしてあるから、面倒な手続きはしなくていい」

 

 一行が歩く内に、村の正面に着いた。

カエダ村と違って門は無いらしい。従って門番も居ない。

恐らく、渓流の大型モンスターの殆どがカエダ村に流れるので、こちらにはそこまで危険が及ばないから警戒は必要無いのだろう、と門番は考えた。

 

「あ、こんにちは~」

「どうも、こんばんは……ん? こ、こんにちは~」

 

「こんばんは~」

「こ、こんに……こんばんは~」

 

「こんばんは~」

「こんばんは~」

 

「こんにちは~」

「こんばん……ちは~」

 

十分ほど村の中を歩いたところで、ジャックが爆発した。

 

「統一しろよ!!」

「すれ違った十二人中、六人が《こんにちは》を選びましたニャ」

 

 通行人が何人か振り返って、物珍しげにジャックが見た。ジャックは赤面した。

サイネリアが溜息を吐いた。門番は苦笑した。

 

「まぁ、境目が難しいからな……時間帯もアレだし」

「そもそも、すれ違う度に挨拶されるってことがカエダじゃ無かったしね」

 

 初めて会った人に友好的なのがこの村の特徴らしい。

他にも、歩いてるうちに気づいたことが幾つかあった。

まず一つは、話に聞いていたように《キノコ》が盛んらしい。

もう一つ発見した《行商人が多い》と繋がるのだが、この時間帯に帰って来る行商人は十人を超え、彼等は自宅の玄関前で売れ残りを整理する。何故家の中でしないのかは不明である。

ジャックの予想では、彼等は他の行商人仲間に自分がどれだけ売ったのかを見せ付けたいのだろう。

そして、売れ残りの中には《絶対》にキノコ類が無い。

そこだけが共通している点で、他の売り残り品々は様々である。

虫類、魚類、狩り用具類……どうやら、キノコ以外もそれなりに売れてるらしい。

他の村と交易が盛んな証拠か。

村の背後に見える広大な農場で色々採れるのだろう。

この農場だけで、村全体と同じくらいの大きさがある。つまり、カエダ村の土地の四分の一の農場だ。

 

「うん、着いたぞ」

「へ?」

 

 殿を務めるジャックが気づかない内に、一行は若干他より大きい丸太家の前にいた。

見るからに傷だらけで、年季が入っている。門番が《村長の家》と判断した理由はそれだけである。

何となく風格があると言うか、造りが簡素なだけに不思議な魅力がある家だった。

ジャックが見とれているうちに、門番が扉をノックした。

門番の手が扉から離れるや否や、扉が押し開かれた。

開ける時は中から《押し開く》ので……当然、門番は吹っ飛ばされた。

門番が扉に叩かれた音は、中から現れた男の奇声で完全にかき消された。

 

「どぉぉぉぉちぃらさぁぁぁぁぁまぁぁぁぁあぁでぇすかぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃああああああああああ!!」

「ウニャアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 突如鳴り響いた絶叫に、三人の脳内で危険信号が鳴ってしまったのか、反射的に彼等も絶叫を上げた。

長い余韻の後、扉から現れた男は目線を下ろし、腰の抜けた旅人達をその目に捉えた。

 

「お? こりゃまた見慣れない顔じゃの。何の用じゃ?」

「……き……気球を借りに……」

 

サイネリアが声を捻り出すと、男は合点がいったように何度も頷いた。

 

「そうか! 気球か! 予約していた者達じゃの? よく来たな! 中入れ!!」

 

 豪快に笑い声を上げ、男は家の中に戻っていった。

呆然としていた四人だが、すぐに立ち上がって腰の痛みと共に傷だらけの家に踏み込んだ。

ショックからまだ立ち直れない一行は、しきりに目を瞬かせながら男についていった。

「お邪魔します」と言えた者はその場に一人も居なかった。

 

 頭が整理され始めると、家の内装がよく見えてきた。

基本的に外と同じく傷だらけの丸太家だが、壁から幾つもの額が下がり、大小様々の写真で壁紙がつくられていた。もうそれだけで、ジャックには男が元ハンターだと判った。

見知らぬ防具を着た何人かのハンターが、討伐したモンスターの前でガッツポーズをしてる写真。

酒場と思しき場所で二人のハンターが腕相撲をしている写真。

一人がモンスターの前で武器を振るい、その背後で三人が頭を寄せ、肉を焼いている写真(誰が撮ったんだ、てか酷いなおい……とジャックは首を傾げた)。

廊下から居間までずっと写真ずくめで、居間に入ると膨大な量の小物が目に入った。

立ち並ぶ木棚に乗せられた太刀の模型、双剣の模型、ガンランスの模型。無造作に転がった色様々な甲殻。

鱗、爪、角。一つだけ醜悪な顔をした首があって、四人はギョッとした。

他にも閃光玉やら煙玉、砥石らしきものなど、狩り用品がいくつもある。

棚の中にはモンスター図鑑が三冊、調合書一式、週刊誌『狩りに生きる』……その他諸々。

埃を被って背表紙の文字が見えなくなった、やけに分厚い本もあった。

 

 男に言われるままに床に座ると、乾いた音がして嫌な汗が流れた。

棚に目を取られてばかりで気づかなかったが、床に目を下ろすとそこは地獄だった。

散乱する菓子類、衣服、紙屑。ジャックが尻を上げてみると、そこにはクッキーらしきものが粉々になって埃と混じっていた。

 

「……どこに座れと言うんだ」

「そこに座るんだよ小僧!! ガハハハハハハハハッハハハハハハフホホ!! ヘホッ! ゴホッ!!」

 

 ジャックが床に座れないと嘆いていると男が笑い出し、咳き込んだ。

旅人一行、引き気味である。

結局、男以外は立って話すことになった。立場は男より下と周知の上である。

 

 男は見た感じ初老で、皺が目立つ。彫りが深く、目は澄んだ青色をしている。

どこかアフリカの民族のような装束を着ており、その色は黄色と白だけ。

今は座っているから分かり辛いが、身長はかなり高いようだ。軽く2mはあるようで、カエダ農場管理人のキュウクウと同じくらいだろうか。

白い顎鬚がうっすらと見え始め、同じく白い頭髪が肩まで伸びている。

 

 咳が収まると、男は太い声で自己紹介をした。

 

「申し送れたな、わしの名はノーガン・ライボルト。このピガル村の村長じゃ。宜しくな!!」

「初めまして。ジャック・カライです」

「ナルガニャ」

「サイネリア・ウォーグルです」

「門番です」

「(門番……?)」

 

 一瞬ノーガンの頭に疑問符がよぎった。

しかしまた笑顔になり、四人に言った。

 

「話は聞いているぞ。勿論気球なら貸してやろう。ただし我が家は貸さんからな! ガハハハッハハッハハッ!!」

「いや、貴方の家は別にいいです」

 

 門番がノーガンのテンションを完全に無視した。

ノーガンは笑顔のまま。内心のところが気になるサイネリアであった。

 

「じゃあ野宿じゃな!! 悪いが気球は明日の朝帰って来る予定での。ドンドルマへの出発はお預けじゃ!! ざまーみろ!! ガハハハハハハッハハハ!! フヘホッ!!」

「まぁ元々そのつもりで来ましたし」

「ニャ」

 

 門番とナルガの見事な引き方に、ジャックはノーガンを哀れに思った。

本当にあの笑顔の裏が気になる。どんな心境なのだろう。

取り敢えず嫌な空気にならないように、ジャックは急いで纏めることにした。

 

「じゃ、じゃあ気球はありがとうございます。そこらへんで野宿しますんで、明日の朝またお願いします。お邪魔してると悪いんで、それでは」

「おう!! モーニングコールはしてやらんからな!! ガハハハハハッ! ざまーみろ!! ガハッハハッ!! 」

「自分たちで起きるニャ」

 

ナルガの一言を最後に、ノーガン宅に沈黙が訪れた。

 

 

 結局、四人はピガル村を囲む柵に寄りかかって眠ることにした。

徒歩の疲れが溜まっていたのもあり、ノーガンの濃いキャラはすぐに忘れ、夢の世界に入っていく一行。

柔らかな月光の下で、ノーガンの哀しみの雄叫びが響いた。


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