時は流れ、ゆっくりと青空に姿を現した太陽。
眩い球体がカエダ村の住宅ですやすやと眠る者達を叩き起こすべく、仕事を始めたのだ。
自分が現れたことでもう朝だということを告げるように、太陽は目も眩む光を放ち続ける。
カエダ村の一軒のごく普通の飾り気の無い家の小さな部屋で寝息を立てるジャック。
踏ん張り続ける太陽をよそに、気持ちよさそうにベッドで寝返りを打つ。
太陽はこの無防備な少年を起こすことができるのだろうか……。
彼は一向に目を覚まそうとしない。太陽が諦めかけたその時――――
――ジリリリリリリリ!!!
少年の部屋に突然大きな音が響き渡る。
少年は今度は不快そうに寝返りを打ったが、尚も音は続く。
その様子を目にした太陽は役割交代を悟り、別の家の者を起こすことにした。
仕事を任されたデジタル時計はまだまだ頑張る。
……そして、とうとう太陽とデジタル時計の共同作業は功を奏し、少年は瞼をゆっくり開けた。
と同時に仕事を終えたデジタル時計は音を止める。そして、また何事も無かったかのように机の端に落ち着いたのであった。
ようやく目覚めた少年、ジャックは乱れた山吹色の髪を掻き、更に滅茶苦茶にした。
同時にもう片方の手で目を一生懸命擦る。これで視界を完全に世界に慣れさせると共に、「目覚めたぜ!」という意思を頭に送る。
ジャックはゆっくりと被せられた布団を体から剥ぎ取り、上体を起こした。
そしてデジタル時計を見、現在の4時という時刻を確認する。
そしてハッとすると、一思いにベッドから飛び降り、廊下を歩いて台所に向かった。
30分で調理、食事、片付けを終わらせ、インナーを脱いで私服に着替える。
「よし……っと。さっさと行かなきゃな! 」
数分後、彼は表通りを威風堂々と歩いていた。
4時起床、朝食を済ませ、農場に向かって素振りなどの修行。ジャックの日課だ。
私服とハンマーでは奇妙な男に見えるが、そんなことはどうでもいい。
流石に早朝は通りを歩く人も疎(まば)らで、挨拶を交わしたのは数回だった。
結構な重量のハンマーを背負い、気分良く農場に向かう。この時も本当はナルガと一緒に行く筈なのだが。まあ、彼は今クエストの最中であるからにして、仕方が無い。
そして、ようやく通りが開け、農場の入り口の小さな桟橋が目に入った。
「ふぅ……着いたか。さて。さっさとやっちまうかね!」
そう言い、ジャックは数歩で制覇できる橋を渡る。
下を見ると、ギシギシ言ってて危なっかしいものだ。しかし見なかったことにする。
所々見える木の隙間から、空を映した綺麗な水面の青が見えた。
此処は小さな池で、時々この小さな橋に座り込んで釣りをする男をジャックは見掛ける。
そして桟橋を過ぎると視界に入るのは一面黄緑色の絨毯。
気持ちまで広々としていくのが分かる。
鮮やかな色が空と地面にも広がる、美しい自然の世界。
が、本当は自然にできた光景では無い。地面に敷き詰められたのは人工芝生なのだ。
しかしそんなことは聞かなかったことにするというジャックの意見ももっともである。
此処こそがハンター達のカエダ村農場兼修行場。
カエダ村の優秀な歴代狩人達が汗水を流して修行を行った、とても古い場所だ。
因みに、此処に正式名称は無い。ただ皆「農場」としか呼ばない。
ぶっちゃけた話、修行に精を出す狩人達にとっては名前など要らないのかもしれない。
彼等はただ自分を強くできる場所を望んでいるのだから。実際、ジャックも名前など考えたことすら無いのである。
いつものように力強く芝生を踏みしめ、歩いていく。
数秒とたつ前に、大声がジャックに飛んだ。
「ジャックぅ!? 今日はどれをやっていく!? 薪割り? 水練? 丸太受け? 滝行? それとも崖上りィ!? 」
ジャックはただ苦笑いを顔に浮かべるだけだった。
この声は勿論――――
「キュウクウさんさ、俺は静かな朝が好きなんだけど……」
「昼は騒がしいくせに!!! 」
「い、いや『くせに』って……」
――――カエダ村農場兼修行場管理人、キュウクウ。
いつでも妙にテンションが高い、黒人の女性。
真っ白な髪は「いつでも」乱れ、寝癖などおかまいなし。ありとあらゆる方向に白い糸が飛び出ている。
ケバっこくて邪魔くさい飾りの化粧なんて、一切しない。
本人によれば、素のままの自分が一番、ということらしい。
まあ、この人が化粧したらどうなるかなんてジャックは考えたことすら無いが。
見た目は30才前後。太ってもいないし逆に痩せているわけでもない。
体型は普通。しかし、その身長には驚くばかりだ。
今のジャックが両手を伸ばして背伸びをしてもまだ少し足りないという背。
……なんと、218cm。勿論カエダ村ではダントツトップ。
噂によれば、彼女は元ハンターらしい。ジャックはそれを信じて疑わない。
実は一度だけ彼女がイカツイガンランスを背負ってるのを見たことがある。
そして、思いっきり腹を殴られて気絶したことも。全治1ヶ月だった。
「それで!どれやるの!!? 」
「まだ決めてないんだけど……」
「じゃ、薪割りね!! 行って来な !」
「決定!? 」
背中を押され、強制的に縦に並べられた薪の前に立つ。
この施設は、主にハンターやお供の腕力、即ち攻撃力を上げようというもの。
自分の持つ武器に全力を込め、薪を縦に一閃する。これを繰り返せば結構筋力がつくのだ。
一言に「薪」と言っても、ただの薪では無い。
今はいないが、ハンター達がこの施設で修行を繰り返している様子を見ればわかることだが、彼等は一つの薪を割るのに何十回も武器を叩きつけている。
何故なら、この訓練用薪にはカエダ村特産、カラグライト鉱石を加工してできた薄い膜が覆われているのだ。
屈強な明鏡石(カラグライト)を斬るなんてそれこそ至難の技。熟練ハンターでさえ最低10回は武器を振るう必要がある。
並べられた薪の隣には刀身の長い、同じ太刀が三本転がっていた。
この訓練は専用の武器でしかできない。
自分の腕力が上がったかどうか実感するには、同じことを何度も繰り返し、段々斬りつける回数が減っていくのに気付かなければならない。
そこに加工屋が作った切れ味が抜群な太刀、ハンター達のそれぞれの武器で挑んでも、武器に差がありすぎるので全く自分の成長がわからないのだ。
しかも。ガンナーや切断属性の武器以外を使用するハンターは修行ができないではないか。
この案は、ハンマー使いのジャックを見てキュウクウが発案したものだった。
今ではそれが実地されている。
そしてよりこの施設を面白くしようと、村長が提案した「番付」の板もすぐそばに立てられている。
板にはハンターの名前と「一本の薪を真っ二つにするのに何回斬り付けたか」が書いてある。
一番上、最も成績優秀なハンターの欄には、ジャックがよく知る名前があった。
「アスカー・シューピオス……26回」
小声で言ってみて、拳を握り締める。
自分の最高記録は30人の記録がある中で、24番目の場所に刻まれている。
ジャック・カライ 65回。遠く及ばない。
経験不足と言ってしまえばそれまでだろうが、それでも悔しかった。
何故なら、一位のアスカーとジャックは同じ訓練所で同期のライバルという関係だったのだから。
「……じゃあ、勿論やるな?」
キュウクウの問いに、真剣に頷く。
本当は別の訓練をやる為に来たが、番付表を改めて見て闘志が湧いてきた。
アスカーには遠く及ばなくても、順位を少しくらい上げなければ。
「ほいじゃ、始めようか。頑張れぇ!!」
キュウクウの叫びと共に、ジャックは転がった太刀を握り、薪に叩き付けた。
カラグライトの膜に太刀が触れた瞬間、これで一回と数える。
キュウクウが小さく「1」と。
番付表に名前と回数を刻む時は、農場管理人のキュウクウがそばでハンターの奮闘を見るのが決まり。
でなければ必ず不正が起こる。これも村長の提案だ。
一番最初の渾身の一撃でも、カラグライトの膜にはほんの少し、1mmほどの浅い傷がついただけ。
勿論こんなもので終わるわけないとジャックは考えていたので、すぐに次の一太刀に移る。
大きく振りかぶって・・・キイン!!傷がまた1mm深くなる。これで「2」。
まだまだ、とばかりにもう一太刀……一太刀……一太刀……と、ジャックは回数を積む。
隣で微笑を浮かべ、彼の記録更新を目指す姿を見つめるキュウクウ。
「ほなぁ!頑張れぇ!!」と、時々声援をかけたりして。
ジャックの額が汗に濡れ、カラグライトの膜の傷が大分深くなってきた頃、キュウクウがこれまでと同じように呟いた。「・・・26」
ジャックの頭が少し揺れる。アスカーはこの時、すでに薪を一刀両断していたのだ。
今のジャックには考えられない話だ。しかしアスカーが不正を行っていないことくらい知ってる。
あの時、自分も彼の姿を見ていたのだから。
歯を食いしばり、また手汗で汚れた鉄刀を振るう。汗が宙を舞う。
傍にいるキュウクウは、あの時のアスカーの挑戦と今のジャックの挑戦を比べて考えていた。
アスカーもジャックも一太刀と一太刀の間の時間はほとんど同じ。要するに力を太刀に込める時間が同じということだ。
単純に腕力不足なのだろうか・・・いや、それは無い。キュウクウはかぶりを振る。
恐らく、ジャックが気付かない「コツ」をアスカーはしっかり掴んでいたのだろう。
そうでなければ、体型がほとんど同じ二人の記録にこれほど差がでる筈は無い。
ジャックの現在斬り付けた回数、「48」を数えながらキュウクウは考える。
一方のジャック。カラグライトの膜はもうあと数mmだ。膜が切れればあとは簡単。
薪など一太刀で終わる。カラグライトの膜を通して薪を睨みながらジャックはまた全力で太刀を振るう……
――――数分後。
「62か……残念だなあ、ジャック…………いや、でも成長してるぜ!! 喜べ!! 」
「…………」
相変わらず番付表のジャックの位置は変わらず。
23位のカーゼル・ブーストの58にも届かなかった。ジャックは豆だらけの掌を見つめる。
まだまだ……非力。自分の力の無さを実感した。
残念そうな顔のキュウクウを残し、ジャックはまた薪割りの場所に立った。
「何回でもやってやらぁ……」
太刀を引っつかみ、別の薪に切りかかる修行を始める。
今回はキュウクウが隣にいないので、ただの訓練。番付表には何も書かない。
キュウクウはそんな彼を見て、ため息をつく。
いつしか、農場の外、大通りが賑わい始めていた。
6時を回った様子だ。数人の見知った顔が農場の桟橋に現れる。
「ジャックかぁ……またやってんなぁ……」
「記録は上がったのか!? 」
「無理だろ。あいつだぜ? 」
三人を無視し、ジャックは太刀を振るう。
数分彼等はジャックに話しかけていたが、完璧に無視され、自分の修行に精を出し始めた。
ジャックはその後も薪割り修行を続け、終わる頃には太陽が丁度真上に来るまでとなっていたのである。