【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第四話 【緊急出動 世に名高きプーさん亜種】

 正午になってようやく農場を出たジャック。

気付けば採取など一度もしなかった。これまで毎日欠かさずやってきたのに……くそっ。

が、夜にでも行って来ればいいと考えることによって気分が少し和らいだ。

 

 今、流石に全身汗まみれで通りを歩くのは気が進まなかったので家で一風呂浴びてきたところだ。

別の私服に着替え、ハンマーを背負う。

奇妙な組み合わせだが、自分はハンターなのだから仕方が無い。

サイネリアの家に向かうことになっていた筈なので、お邪魔させてもらうことにした。

太陽が真上にある時間帯なので、やっぱり通りは賑わっている。

朝とは違い、子供が多い。

村に空き地や公園などはほとんど無いので、仕方なく大人もいるところで遊んでいるのだ。

仕方なく、とは言っても此処はそこらの公園の数倍はデカいので、普通の公園があっても彼等は此処で遊ぶかもしれない。

鬼ごっこで捕まった哀れな少年を見つつ、ジャックはそう考えたのだった。

 

 自宅を出て数分、ここにきてようやくジャックは自分の過ちに気付いた。

――暑い。この服装は失敗だった。

今、彼はジーパンに半袖一枚、薄い上着という姿である。

普通に考えればこれはごく普通の格好であり、暑くても寒くても大丈夫なのだが。

このカエダ村は南国だ。いつでも太陽は元気な状態。

本当は今は冬なのだが、ユクモ村の夏より厳しい気候だ。

折角風呂に入ったのにすぐに体は汗まみれ。何故こんな簡単なことに気付けなかったのか。

上着を脱ぎながら顔をしかめる。

 

 ようやく、見慣れたサイネリアの家の玄関に着いた。

重量およそ6㎏のハンマーを背負っていたのもあって、こんな道のりだというのに結構疲れた。

軽くノック。するとすぐさま扉が開く……そしてこんな声が聞こえ……

 

「遅いわよジャック! 」

 

 自分は腕を捕まれ、強制的に中に入れられる。

……そう思っていたジャックは、いつもと違うことに少し驚いた。

ノックしてから先のパターンは了承済みだと思っていたのに……

取り敢えず何の変哲も無い扉をもう一回ノック。コン、コン。

三十秒待ったが、扉が開く気配は無い。

もう一度強めにノック。コン! コン!

反応なし。今度は思いっきり扉を素手で殴り飛ばした。ドゴオン! ドッゴオン!

……結果としては、ジャックの拳に切り傷がついただけ。

ここでジャックはハンマーの柄を握った……が、その時。

 

「ジャックゥ! ごめん! いたのね! ……っていうか今何しようとしてたの? 」

 

 ようやく待ち望んだ展開になった。

ジャックはハンマーの柄を握ったまま固まって笑顔になるし、それを見てサイネリアは奇妙な表情になる。まあ、当たり前か。

 

「何で気づかなかったんだ? 」

「いやね、ちょっと話をしてて……」

「誰と? 」

「……取り敢えず中に入って」

 

 腕をつかまれ、強制的に家の中に入る。ジャックの頭に疑問符が並んだまま。

いつもの香りが鼻をくすぐると同時に、いつもじゃない光景が目を瞬かせた。

 

「ジャックか。丁度今お前の話をしてたとこだ」

「村長? これまた何で!? 」

 

 低く、よく通る声。これもまたカエダ村お馴染みの聞きなれた声だ。

『村長 サム・フォーリアス』誰あろう、カエダ村村長だ。

年季の入った漆黒の髪はありとあらゆる方向に飛び跳ねている。

なんでもない話し相手にさえ敵意を感じさせてしまう厄介な鋭い目が、こちらをしっかり見据えていた。

見た感じ40代。あくまで見た感じ。もしかしたら60かもしれない。

いや、30かもしれない。何となくわかりにくい感じ。皺もそこそこあるし。

彼も元ハンターだという話はジャックも聞いている。

何と刃物や硬いハンマー、ボウガンなどを使用せず、モンスターを「殴り殺す」ハンターだったとか。

火竜の甲殻をも殴り砕いたという人間離れした伝説もある。

火竜の甲殻といえば、よく磨いた切れ味抜群の太刀すら弾き、岩をも砕くハンマーすら歯が立たないというモンスター界でも屈指の強度を誇る素材。

それを殴り壊したとあれば、もう天からその並外れた腕力を授かったとしか思えない。

今も、彼の手の第三関節あたりは痣や傷でもう元の肌が見えなくなっているほどだ。

そのハンター、「サム・フォーリアス」が丸腰でモンスターと戦う様子を見てつけられた異名が・・・

 

―――――――――――《鋼拳鋼獣》――――――――――

 

 鋼の拳、鋼の筋肉を持つ彼。何も武器を持たず戦うモンスター達と同じ「獣」だ。

彼はもうハンターを引退したらしいが、「鋼拳鋼獣」は健在であり、村のハンター達が倒せなかったモンスターを代わりに討伐することもしばしばある。

 

 そして、今質素で小さな椅子に座る彼の表情を見ればわかるもう一つの特徴は。

……「無表情」、だ。いつでも無の顔を崩さず、感情があるのかさえ疑わしいくらい完璧な無表情。

人を褒める時でも、人に褒められた時でも、人を叱る時でも、誰かが亡くなった時でも。

彼は、無の表情を壊さない。何故かと聞いても首を小さく横に振るだけ。

村の皆はそんなことたいして気にしていないが、ジャックのカエダ村七不思議の一番最初に載せられた不思議である。

 

「……俺の話って? 」

 

 ジャックはその元ハンターにしてカエダ村村長に問いかける。

それに対して当たり前のように無表情で村長は答える。

 

「実は、渓流にアオアシラ、青熊獣が現れた。普段なら他のハンターに任せるところだが、今回はお前にやらせようと思う。そろそろ大型モンスターを討伐しないといつまでたってもレベルは上がらないぞ」

 

 これにはジャックが無表情でいられなかった。

顔を驚愕一色に染め上げ、言葉を返す。

 

「さすがにそれはまだ早いでしょ!! 」

「わたしもそう言ったんだけど、村長さんは聞く耳を持たないのよね……」

 

 サイネリアはため息混じり。

頑固一徹のサムが一度言ってしまったのだからそれを曲げる筈がないのはジャックもわかっていた。

それでも一応足掻いておくのがジャックのやり方だ。希望を捨ててなるものか……が。

 

「駄目だ。行け」

「……その『行け』が『逝け』じゃないことを願うよ……」

「何の話だ?」

「いや……別に……」

「じゃあ、さっさと逝け」

「……」

 

 一蹴される。

もう強制的にアオアシラ、別名プーさん亜種をジャックが討伐することは決まっていた。

その証拠として、ジャックの許可を聞く前から受注書にはどこから持ってきたか、ジャックの判子が押されていた。

 

「さっき偶々渓流でクエストを終えたばかりのナルガに連絡をしたんだが、「旦那一人だと心配ニャから、勿論ボクも一緒に戦うニャ! 」とのことらしい。合流してからアシラに挑むんだな」

「わあったよ……」

 

 諦めたジャックは素直に頷く。

ナルガがいればそれなりに戦力になる。1,5倍といったところか。

自分がハンマーという近距離武器で戦うのに対し、ナルガはお供としては珍しいライトボウガンを使用するので、連携プレーはお手の物。

伊達に9年間一緒に狩りをしてきてはいない。

連戦で大丈夫なのかと一瞬ナルガを心配したが、スタミナ無尽蔵のあいつならいけるだろうと考えを改めた。

 

「んじゃあ、行ってくるよ」

「絶対、帰ってきてよ! 」

「勿論。そんな簡単に死んでたまるかよ」

「まあ、お前ならこんな場面で死ぬこともないだろうが、くれぐれも油断はするんじゃねえぞ」

「(コクン)」

 

 ジャックはすぐに席を立ち、玄関を出て行った。

少し呆気ない気もするが、ジャックは気にしない。出発するときにグダグダやってるのは好きじゃない。

 

 真剣な表情でジャックを見送った二人は、その場で暫し沈黙するばかりだった。

 

 

━ ━ ━

 

 

 

「はぁ……本当に大丈夫かねぇ……」

 

 ジャックは内心m強烈にビビっていた。

大型モンスター討伐だなんてこれまで見かけたことはあっても怖くて近づくことすらできなかった。

サイネリアの家に入る時と出たときの彼の心の温度差は180°違っていた。

自分には無理だという感情が「絶対にできる」という感情を溶かしていく。

これすらできなければハンターではない、と自分に言い聞かせてみるものの、やはり怖かった。

覚悟を決めるにはもう少し時間がほしい。そう思ったが、もう遅い。

受注書に判子が押された以上、クエストに向かわなければ犯罪となるのだ。

それを行ったハンターにはギルドが罰として「ハンターをやめさせる」。

つまり、以後モンスターに立ち向かうことを許さなくなる、ということ。

 

 それも恐ろしい。ジャックの退路は完全に断たれている。

たかがクエスト一つでここまで考えさせられたのは自分が初めてクエストを受注した時以来だ。

あの時は渓流でアプトノスの肉を納品することだった。

あのクエストをやってみた感想は「案外簡単だった」。

……今回もそう思えるだろうか……

 

 そう考えながら彼は自宅で持ち物を整えていた。

ようやくポーチに必要な物を詰め終わったことで、自分の防具を加工屋にまかせっきりだったことに気づき、家を飛び出す。インナー姿で。

 

 数分後には加工屋の前で呆然と立ち尽くしていたのであった。

 

「……まだできてないって……? 」

「……少なくとも後二日はかかる」

 

……非常事態発生を知らせるベルがジャックの頭の中で鳴り響く。

もしかして……これは……まさか……もしかしてしまうと――――

 

――――防具無しでプーさん亜種を倒せと!? んな馬鹿な!!

 

「い、いや、今からでも……」

「無理だ。調べてみたが、あの傷はだいぶ嫌なところに入っていたらしい。縫い目に入れられるとまた全部の糸を防具から抜いて、新しい糸ですべての部位をつなぎ合わせなければいけない。そうするとどうしても後二日はかかる」

 

 いつもは無口な加工屋が一息にこれだけ言い切った。

非情な事実はジャックの胸に突き刺さる。

 

「じゃあ、その糸を抜く前に……」

「いや、駄目だ。すでに全部抜いてある。やりなおしはきかない」

「そんな……」

「お前に残された道はただ一つ。今のお前のその姿でアオアシラを討伐すること」

「………………いや、無理です」

 

 小声で言う。

防具があれば鋭い爪も二度三度は受け止められるかもしれないが、薄いインナーでは一発でお陀仏だ。

防具無しで小型モンスターすら倒したことがないジャックに、それは酷すぎる。

そんなことは同期のアスカーですらやらなかった。もっともやればできたかもしれないが。

 

「畜生……」

 

途方に暮れたジャックはもうどうにでもなれ、と半ばヤケクソで叫んだ。

 

「わかったよ! やりゃいいんだろやりゃあ!!! 」

 

 ――――これで初アオアシラに防具無しで挑むことが決定した訳である。

ジャックは加工屋の前から走り去り、門へと向かった。

心なしか、その目が潤んでいるような気がしないでもない。

門番の兄ちゃんが門を全速力で走り抜けるジャックに気づき、声を上げた。

 

「ん? どうしたジャック……? まさかそのまま渓流行くんじゃねえだろうな ?なあ……? おい……おおおおおぉぉぉぉぉいいいいい!!! 」

 

 

 カエダ村の門から渓流まで走ってかかる時間、個人差はあるがおよそ五秒。

門番が無謀な狩人の背中に向かって声をかけた時には、もうすでに彼は渓流の黄緑に消えていたのであった。

 

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