【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第五話 【50cmの戦友】

「……やっちまった……」

 

渓流の奥深くまで目を潤ませながら走ってきて、ようやく一息。

戦闘前に疲れきっていては本末転倒だということにようやく気づいたジャックは、取り敢えず息を整えた。

辺りを一通り見渡したが、ナルガの姿も、アオアシラの姿も目には入ってこない。

それどころか生き物の気配さえ感じない。

つまり、ここにはあまり生き物が寄り付かない場所ということか。

無我夢中で走っている時は周りの様子などまったく気にしていなかったので、自分がどこにいるかすらわかっていなかったのだ。

実を言うと、今も自分が渓流の地図のどのあたりに居るのか見当がついていなかった。

18年間カエダ村で暮らし、村周辺の狩りエリアはもう熟知していた。

それなのに自分のいるところがわからないということは、自分はここに来たことがないということだ。

一通り頭の中を整理してから……気付いた。

 

――――「ここに来たことが無い……? 」――――

 

 どうすれば自分が知っている場所まで戻れることができるのか。

皆目わからないジャックは、今自分が置かれている状況の重大さにようやく気がついた。

これは……いわゆる……「迷子」って奴か!!! 

突然恐怖に駆られた。 頭が真っ白になり、パニックに陥った。

狂ったように首を振り、猛烈な足踏みが始まった。

 

「畜生!! ……どこにいきゃいんだよ!! 」

 

 思いがけず、幼い発言が飛び出す。

とにかく何かしなければ、という気持ちが高ぶり、足踏みと首振りにプラスして腕まで回り始めた。

渓流の奥地でたった一人腕を回して足踏みをしながら首を前後左右に振り回している姿は滑稽としか言い様が無い。

それでもジャックは真剣であった。

しかしその行動も数十秒で疲れたらしく、勢いが弱まり、最終的に消え去った。

同時に頭も正常に働くようになり、冷静に今の状況の打開策を考えられるようになった。

 

「……木ィ、登るか」

 

 そう言うとジャックはそばの巨木に飛びつき、猿顔負けの身体能力で木を登り始めた。

木登りの経験ならそれなりにある。基本的に農場の崖のぼりと同じだ。

窪みを探し、そこに手やら足やらをかけ、あとは力任せに体をそこまで押し上げる。

木にも凹凸はあったりするから、幹をよじ登ることは簡単であった。

そして、枝分かれに差し掛かったらより楽になる。

枝から枝へとジャンプを繰り返し、数秒で木の天辺にたどりつく。

まるで獣。人間離れしたその身体能力は長年のハンター生活で培ったものだ。

この程度、ジャックには造作も無い。誰もいないのにちょっと得意げな表情になる。

 

「さてさて……ここはどの辺なのかな……? 」

 

 頂上の一番大きな枝に立つと、渓流全体が見下ろせた。

どうやらこれが目的らしい。自分の位置はこれでおおよそ分かった。

何せ、遠くに小さくカエダ村の門が見えたのだから。

あの門から今自分がいる木までの距離を見て、ジャックは驚いた。俺はこんなに走ってたのか!

軽く見積もって3kmってとこか。そりゃ自分の知ってる区域から完全に外れる訳だ。

 

「ふぅ……取り敢えず門に向かうか。途中でナルガと合流できんだろ」

 

 呟くと、木から飛び降りた。

結構な高さのある木なのだが、ジャックの強靭な肉体の前には何ら意味を成さない。

己の体に傷一つつけない華麗な着地を披露した後、確認した門に向かって歩き出す。

意外と簡単に絶望的状況を打開できた。そりゃあ足取りも軽くなるわけだ。

 

 程なくして、見慣れた風景が広がった。

透き通った綺麗すぎる小川と、それの周りに立つ紅葉の木々。

9年間見続けてきた美しい自然に、ジャックはホッと胸を撫で下ろす。

 

「よし! んじゃあナルガを探すか」

 

 一旦この場所に行き着いてしまえば、周りのエリアは熟知しているので行動もだいぶ素早くなる。

ナルガが主人を待つ間、退屈凌ぎに寛いでそうなエリア、即ちマタタビが生えているエリアを虱潰しにしていく。

エリア6、以前シュワを助けたエリア……居ない。

エリア4、崩れた家がそのまま放置されているエリア……居たのはジャギィ一匹だけ。

エリア2、渓流に訪れる度に痣をつくる原因となる段差があるエリア……居ない。

 

 一通り見てきたが、お供の姿はどこにも無い。

一応拠点としているエリア6で一つ大きな溜息をつくジャック。

 

「ったく……どこにいるんだよアイツ。先にプーさん亜種狩っちまおうか? 」

 

 軽い気持ちで言ったジャック。

まさか本当にアオアシラを一人で、それもインナーで倒せる筈も無いと思いつつ、言ったのだが。

突如沈黙を破った獣のうなり声に、一瞬で体が硬直した。

 

「グルルルルア……」

「………………マジ? 」

 

 エリア5への入り口、緑が深くなっていく場所から聞こえてきた声。

すぐに振り返ると、いつの間にやら深緑に囲まれて異常な大きさの熊が四つん這いになり、緑の目をギラギラ光らせていた。

全身蒼い甲殻と皮に覆われ、背中には無数の小さな棘と、そこだけ薄い黄色の毛がフサフサと生えている。

ジャックの胴くらいあるその太い足は見ただけでとてつもなく堅いのが分かる。

そして足と手の先には幾多のハンターを切り裂いてきた漆黒の鋭い爪が五本ずつ。

醜悪な顔の三分の一をしめるその大きな口の端から、気持ちの悪い黄色のよだれが垂れていた。

―――――――アオアシラだ。

 

 熊は自分を見詰める狩人に気付き、怒号を放った。

 

「グルルルガアアアア!!!!」

「……マジっぽいなこりゃ」

 

 ジャックの顔が恐怖にひきつる。

が、体はすでに戦闘態勢に入っていた。腰を低くし、右手は背中のハンマーの柄を握る。

まさか本当に一人で戦うことになるとは……ナルガもいねぇじゃねえか!

この肝心な時に……役立たずが。畜生。

 

 ジャックを鋭く睨む(アオアシラ)が何の前触れも無しに突然こちらに突進してきた。

 

「うおっ!! 」

 

その猛烈な突進を反射的に横転でかわす。

勢いをすぐに殺せないアオアシラはそのままジャックを通り越して、通りがかったジャギィをふっとばしたところで止まった。

ジャギィはそのまま地面に転がって息絶えた。

それを見ていたジャックの背中を冷や汗が流れる。当たってたら即死だなありゃ――

 

 苦笑いを浮かべるジャックに振り返る蒼き熊。

憎憎しげにこちらを睨んで今度は爪を向け、大きく跳躍して襲い掛かってきた。

 

「グルアア!!! 」

「ッ……」

 

 一瞬反応が遅れたジャックは今度は転がるのではなく、左に跳んで熊のプレスをかわす。

アオアシラの巨体は獲物を潰すことは無かったものの、固い地面を揺らした。

 

「なんつー重量だよ全く……」

 

 またしても冷や汗が背中を伝う。

流石にインナーでの戦闘となると回避でも結構体は痛む。

多分今腹に一つ傷つけたな……帰ったらサイネリアを困らすことになろうて。

そんなことを考えつつ、背中からハンマーを抜き、大きく振りかぶる。

そして、全力で振り下ろす。

 

「っらあ!!! 」

 

 四つん這いのアオアシラの背中の甲殻に直撃。

しかし……割れない。それどころか傷一つつかない。

 

「なっ……!? 」

「グルア…………」

 

 血の一滴すら出ない。何という強度。

本気で殴ったので、ジャックの腕にも痛みが生じた。

歯軋りする。自分の全力、これまで修行し続けて鍛えてきた腕力が全く通じない。

これが、他とは違う大型モンスターのレベル。

自分がこれまで倒してきたジャギィやランポスがどれだけ弱く、小さな存在なのか今分かった。

所詮自分のような人間もそこらの小型モンスターと同じなのだろう。

 

「ち……畜生!! どうすりゃ……!? 」

 

ハンマーを弾かれ、それを握る腕ごと地面に持っていかれる。

深く地面に沈んだハンマーを持ち上げられないまま、隙だらけのジャック。その後ろに、アオアシラが仁王立ちしていた。

 

「やべえ!! 早く…… 」

「グルルルルアアア!!! 」

 

 熊の腕の先につく鋭い爪が太陽の光を反射して黒く輝く。

そして思いっきりジャックに突き刺――――

 

「旦那アアアアア!!! 」

 

 ――突然この場に居ない筈の声が飛んだ。

それに驚いたのか、アオアシラはビクッと体を震わせ、ジャックに振りかざした腕を止め、振り返った。

 

 せせらぐ小川の向こう側に、小さな生き物が一匹。

大きな蒼い瞳、橙色の体毛の上から被せられたジャギィの薄紫色の小さな防具。

50cmほどの身長の猫。不釣合いに大きい銃を構え、スコープ越しに主人を狙う熊を睨む。

本人は真剣なのに可愛らしい……彼に向かって、ジャックは一言。

 

 

 

 

「おせえよ……ナルガ」

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