【hunter’s bible 《紅鷹の槌》】   作:紅鷹R

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第八話 【無謀人とせっかちアイルーの帰還】

 つい今さっきまで祝福してくれていた太陽が、ジャック達を苦しめていた。

この南国では冬でもこの猛暑。渓流の小川でさえ、完全なぬるま湯。

もう少しでも気温が上がればクーラードリンクが必要になってしまうのでは、とジャックが危惧するのも無理は無い。

 

「……暑ィ……誰だよ燃えるハンマーなんて提案した奴ぁ!! 」

「旦那ニャ」

「嘘つけぇぇ!! お前だろぉぉぉぉぉぉぉ!! 」

「旦那、怒ると暑苦しいニャ。僕から半径3m以内に入らないでニャ」

 

 こんなやりとりはいつ終わるのか知れない。

二人とも汗まみれなのは同じだが、ジャックと違ってナルガは冷静に言葉を旦那に返していた。

 

 アオアシラを討伐してから三時間ほども歩き続けているだろうか。

行きは三十分もかからずに猛ダッシュで到着したというのに、このペースの差。

全く、「片道何分」とかいうのはあてにならない。行きと帰りでは疲労が違うのだ。

狩りの最中は大して気にしていなかった、というより気にする余裕が無かったこの気温も今となっては完全にアオアシラより手強い。

 

 この後数十分で見えたカエダ村の門がどれだけ有難かったことか。

 

「つ……着いた……」

「ニャン」

 

疲労困狽、意識が朦朧とし始めた二人を門の下に見つけ、門番の怠け者が起き上がって声をかける。

 

「よおう。しっかりできためてぇだなあ! 良かった良かった! ――怪我はしたっぽいが」

 

 相変わらずめざとい男である。

ジャックの腹の傷は外から見ただけでは全くわからない筈だ。

内部が酷いことになってるのに気づけるのは恐らくこの男と医療のエキスパート、サイネリアだけだろう。

 

「あぁ……何でわかったんだ?おい」

 

ジャックの問いに、兄ちゃんはあっさり答える。

 

「雰囲気」

「マジですか」

「マジだ」

 

……侮れない。

いや、早く自宅に帰って冷蔵庫の中の麦茶をガブ飲みしないと熱中症で倒れてしまう。

こんなやりとりをしている場合じゃない。急がねば。

 

「……じゃあ、後で――――」

「サイネリアに頼んでこいよ!」

 

 言葉を先取りする門番に苦笑して顎を掻きつつ、門をくぐる。

途端に押し寄せる人の波。村人全員がやってきたのでは無いかと思うほどの顔、顔、顔が笑顔を振りまいていた。

 

「えっ!? ちょっ……痛ぇ!! 押すな! っつーか何でお前抓ってんだ!」

「ンニャアアアア!! 」

 

 一瞬にして二人は波に飲み込まれ、背中を叩かれたり腹を押されたり(痛い !痛いわぁ!! )、そして何故か体のあちこちを抓られたり。

ナルガは村の娘達に囲まれて、盥回しにして抱きしめられていた。

そして、男性群が時々羨ましげにナルガをチラ見したり。

 

 二人が開放された頃、特にジャックは更に痛々しい姿になっていた。

祝福も度を越えると攻撃になってしまうのであった。

 

「嗚呼……ハンターって……こういう運命……? 」

 

ジャックの漏らした声に、村人の中の一人が叫んだ。

 

「そうだ!! 」

「……いや、答えんなよ」

 

 ナルガはあまり痣が増えてない。

まあ、抱きしめられただけで体に傷がつく筈も無い。

 

 ジャックとナルガは村人の声援に背中を押されながら、村の中央広場に踏み入った。

そこに堂々と立っているのは相変わらずの無表情、村長。

 

「く……くぁ……アンタも俺を抓るの……かぁ? 」

「んなつもりは無い。取り敢えず『おめでとう』とだけ言っておく」

「……(感情がこもってないニャー……)」

 

 無愛想な村長。流石カエダ村の名物(?)。

何の感情も読み取れないその表情。その口から、淡々と言葉が出ていく。

ジャックの精神的に、これはキツい。

 

「見たところ、インナーでアオアシラに挑んで、一発だけ攻撃を喰らい、瀕死の状況だったがナルガの回復笛によって一命を取り留める。外見は完全に元通りなものの、内部は酷い状況。サイネリアに治療をしてもらうべき、か」

「……なんで分かんねん。怖いわコイツラ」

「何か言ったか? 」

「いやっ。何もっ」

 

 門番といい村長といい、この村の住民は皆想像力豊かというか洞察力が鋭いというか。

とにかく怖い。

 

「じゃっじゃあっ、サイネリアんとこ行ってくるっ! じゃなっ!! 」

 

 村長のグリグリと抉るような視線に耐えられなくなったのか、ジャックがその場から逃げ出す。

あとから呆れ顔のナルガも急いでついていく。同時に、門近くの人だかりの中の美少女が小さくため息をつくのだった。

 

 後に残った沈黙の中、人だかりの中の一人が叫んだ。

 

「おい! ジャックが初めて大型モンスター倒したんだぜ! ここは宴だろ!! 」

 

 沈黙に耐えられなくなったから適当に大声を出したのかもしれない。

が、とにかく騒ぐのが好きな村人達の答えは、

 

「ぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!! 」

 

だった。

 

 

 

━ ━ ━

 

 その晩、カエダ村で「一人のハンターが登竜門を潜ったお祝い祭り」が行われた。主役の筈のジャックはほったらかしで。

大通りを神輿(みこし)が何度も往復し、何度か転倒し、笑い飛ばされ。

道に飛び交う酒が何度も通りがかった人間の頭にかかり、笑い飛ばされ。

爆竹音でアイルーが飛び上がり、笑い飛ばされ。

村の大通りのあちこちから、絶えず笑い声が聞こえてくる。

 

 そんな陽気の村の端っこの小さな家の中、サイネリアとジャックが二人っきりになっていた。

 

「痛ッてぇ!! 」

「やっぱりか……」

 

 ジャックの腹に手を当てて、時々押したりしながらサイネリアが呟く。

医療のエキスパートは一瞬でジャックの腹の内部が酷い状況なのを見抜き、強制的に椅子に座らせ、有無を言わせぬ口調で「動かないで」と一言。

それから長時間にわたる診察。当然ジャックは祭りに参加することもできないまま、時々走る痛みに唸っていた。

 

「これで戦闘続けて、村に帰ってきたなんて驚きだわ……」

「そ、そうなの? 」

「ええ。本当に滅茶苦茶って感じよ。常人だったら攻撃喰らった直後にお陀仏だったでしょうね」

 

 平然と言ってのけるサイネリアに、ジャックは今更ながらもゾッとした。

 

「取り敢えず外からやることは何も無いから薬……薬……薬っと」

 

 サイネリアが薬品だらけの怪しげな戸棚をゴソゴソしている。

あの中から出された薬は見た感じ毒々しくて、飲んだら逆効果になりそうだが、本当は最新の良く効く薬ばかり。長年飲み続けてきて、ジャックが知っていることだ。

しかし慣れてるとはいえ、目の前に「橙色の濁った液体」を突き付けられたらビビるものである。

 

「大丈夫に決まってるじゃない。今更そういうリアクションやめてよ本当……」

「体が拒絶しているのだ。仕方が無い。っつーか、もうちょっと見た目をいい感じにできないもんなの? 」

「無理」

「そうですか……」

 

 一蹴され、項垂(うなだ)れるジャック。

その顎がクイッと上に持ち上げられ、鼻先に瓶をつきつけられた。

 

「さぁ、口を開けなさい」

「は? いや、自分で飲めるから。赤子か俺は」

「開けなさい」

「いや、だから自分……」

「開けなさい!」

「は……はい……」

 

 迫力に押されて渋々口を開くジャック。

すぐさまそこにオレンジ色の液体がサイネリアの手によって注ぎ込まれる。

その薬は見た目通りミカンの味……っなわけない。

ジャックの淡い希望は脆くも打ち砕かれてしまったのである。

液体は変な味で、砂っぽい味とドロッとした質感、腐った果物のような匂いで、つまりは不味かった。

 

「ゲホッゲホッ! ゲホォッ!! 」

 

当然のように咳き込むジャックの尻目に、サイネリアが呟く。

 

「これでよしっと……あと言えることは、『肉類は食べないように』」

 

最後はジャックに対する命令だった。

 

「わ……ゲホッ! ……分かった……」

 

 承諾と共に席を立つ。

肉系を食べられないって……つらっ。

当分は野菜生活か。嗚呼、気が重い。

 

 玄関へと向かうジャックにサイネリアが聞こえないようにことさら小さく言った。

 

「もう行っちゃうの……」

 

当然それが聞こえないジャックは、そのまま玄関の扉を押し開ける。

 

「それじゃ、お休み」

「う、うん。安静にしとくのよっ! 」

「分かってる分かってる……」

 

 そう言い残すと、ジャックは外の喧騒の中に消えていった。

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