短編集   作:街見

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 三年近く何を書こうか悩んで書けなかった証拠のようなもの


もういないヒト

 

 朝起きてからまず、指揮官室を掃除する。

 

 それが、私の日課だ。

 

 机に積まれて何かの拍子に崩れ落ちそうなほどの書類を整理して、期限が切れたものを捨てる。

 

 姉さんみたいに優秀だったらいくつか処理できるのかもしれないけど、文字しかない文章をジーっと見つめるのは集中力のない私には辛いことで。

 

 だからせめて彼が帰ってきたときのために掃除だけはしておこうかなって思っている。

 

 

 

 「『久々過ぎて何から手ぇつけたらいいかわかんないや』って言ってたっけな」

 

 

 

 この前、久々に指揮官が帰ってきたときのことを思い出す。

 

 たく、上層部はMETAがなんのとかわけわからん任務ばっかり考えるぜ、ってぼやきながら北風を完成させるために神通たちに出撃命令を出してたっけ。

 

 

 

 「……、よし。今日はこのくらいでいっか」

 

 

 

 KANーSENに食事は必要ない。

 

 彼がいた時はラフィーとか艦隊の古参の子たちと一緒に食べたりしていたけど、それはあくまで彼と話すのが楽しかったから。

 

 今はもう、食堂のキッチンは埃をかぶってしまってネズミの住処になっているだろうか。最近は昔のことを思い出してしまうってこともあって近寄っていないからわからないや。

 

 

 

 

 

 人影のない砂浜で、無心に剣を振るってみる。

 

 私は別に剣術とかは分からないし、玄人からすればまったくのでたらめにしか見えないだろう。

 

 でも、こうして何かをしていることで余計なことが一切見えなくなるから好きだった。

 

 

 

 「はーーっ、疲れたなぁ」

 

 

 

 穏やかな海の向こうまで、私の声が虚しいくらいによく届く。

 

 もしかしたら、ここで叫んだら彼に聞こえるんじゃないかなって、そう考えて喉に力を込めたけどあまりにもバカらしすぎてやめた。

 

 私の世界と彼の世界は次元の仕切りで区切られている。

 

 私含めてこの世界の住人はあくまで彼の世界の人が作り出したものに過ぎなくて、彼が飽きれば忘れられて消えていくだけの存在。あくまで彼らが暇つぶしに楽しむものに過ぎないのだから。

 

 そう、私という存在は作り物に過ぎなくて、この胸の内にある感情も作為的なものに過ぎない、のかもしれない。だけど、それを捨てる気にはどうしてもなれなかった。

 

 

 

 『ーーは本当に青がよく似合うね』

 

 

 

 『遠くまで澄んで続いていくって感じの青色がーーの性格にぴったりだ』

 

 

 

 彼を無理やり引きずり出して浜辺に行った日。夕焼けの下、赤黄色に染まる砂浜に座りながら口にした彼の言葉を、私は今でも覚えている。

 

 あの時感じたときめきは、彼にとって都合よく作り出された感情なのかもしれないけど、それでも私にとって大切なものだ。

 

 あのとき、ごまかすことなく本心を口にした方がよかったのかな。自信はなかったけど、でも、何百人といる子たちの中からわざわざ私を選んで切れたってことだし、今思えば彼は私に対して脈があったのかもしれない。……まあ、それでもいつか指揮官は今の様に私の前からは姿を消していただろう。

 

 

 

 「……っ、はぁ。久々に姉さんの部屋にでも遊びに行こうかな」

 

 

 

 私はそう呟いて立ち上がり、くるっと後ろへと振り返る。

 

 気づかないふりをしてもよかった。だって、私は、この世界はもう彼の中でさほど大きな位置にいないことは分かっているから。

 

 だけど、身体は勝手に動き、口は無意識に言葉を重ねていた。

 

 

 

 「……忘れないでいてくれてよかったよ」

 

 

 

 今こうして、どこかで見ているであろうヒトに向かって、私は笑顔を浮かべた。

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