承女救済セイヴァーズ   作:B・R

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駆け足加速するの巻


第十話 呵責

WayMarkの医務室を、重たい空気が包み込む。

時刻は、夜の十時過ぎ。

ゴルゴーンとの戦いの後、レンカ、コウ、ユウヒの三人はすぐにWayMarkの医務室へと運び込まれたのだ。

リンゼと、比較的軽傷であったレンカ、省吾の三人は暗い面持ちで、医師の話に耳を傾けていた。カノンは、両親が心配するため、早い段階で帰宅した。

 

「鏑木さんは、大丈夫です。直に目を覚ますでしょう。⋯⋯ですが、想語さんは⋯⋯」

 

目を伏せがちに言葉を紡ぐ医者の様子からして、芳しくないことだけは分かった。

未だカプセル状の手術室に入り治療を受けているが、その治療は難航している。何より、コウ自身の身体が弱い。生来からの虚弱体質であり、最近はそれも多少はマシになったという記述があったが、このような負傷をした時、それがアテになるかといえば、答えは否。

血液量も元から少なく、気を抜くことが出来ない危ない状態がずっと続いていた。

それでも、コウと過ごした時間は少ないが、レンカは、コウがどういう人間なのかを、ほとんど感覚的に理解していた。

 

「⋯⋯そんなこと、あるかよ⋯⋯! アイツはなぁ、どう考えたって、こんなところで死ぬヤワなやつじゃねえんだよ⋯⋯!」

「⋯⋯レンカ少女、まだ、コウ少女が死んだとは言っていない」

「ッ! ⋯⋯ッ⋯⋯そうだけどよ⋯⋯」

 

落ち着き払った様子の省吾に掴みかかろうとするレンカであったが、省吾の握り締めた拳に赤が見えたことで、思い留まり冷静さを取り戻す。

事実、大人であり、少女達を戦場に送り出すだけの立場である省吾本人こそが、この現状において、最も己の無力を恥じ、悔いている存在なのだ。

 

「⋯⋯すまない。席を外す」

「ああ」

「どこ行くんだよ、リンゼ⋯⋯」

 

その問いに、リンゼは答えない。

医務室を後にするリンゼの後ろ姿を見て、レンカは一抹の不安と寂しさを覚えた。

そんな時である。

 

「ん⋯⋯」

「ユウヒ!」

「榊原医療班長⋯⋯見てやってくれ」

 

榊原と呼ばれた黒髪をストレートに伸ばした女性──本名を榊原(さかきばら)(リョウ)と言う──医療班の班長である彼女が、目を覚ましたユウヒを軽く診察する。

 

「ユウヒさん、分かりますか?」

「さかき⋯⋯ばら⋯⋯さん?」

「はい、榊原です。意識は大丈夫みたいですね」

「あの⋯⋯あて⋯⋯一体、どうしちょった⋯⋯ううん、何があったんですか?」

 

標準語に言い直し、涼に現状を尋ねる。すると、涼が今に至るまでの過程を説明する。ユウヒは、一応の納得をした。

周りには、省吾やレンカが居ることから、心配させていたのだと理解すると、ユウヒはベッドの上で上体を起こして二人に頭を下げる。

 

「私が、油断したばっかりに⋯⋯ごめん」

「いや、オレは大したことねえよ」

「私の方こそ、ユウヒ少女を危険に晒してしまったこと、申し訳なく思う」

「いえ、練宮司令が謝ることじゃ⋯⋯あれ、カノンちゃんとコウちゃんは?」

 

姿が見えない二人について、レンカと省吾に聞くユウヒ。

しかし、二人は顔を伏せてしまう。そして、省吾が決意したような顔でユウヒを見つめて口を開いた。

 

「⋯⋯カノン少女は、親御さんも心配するだろうから、もう既に帰した。彼女はほとんどダメージを受けていないからな」

「はぁ⋯⋯。あの、コウちゃんは?」

「⋯⋯まず、落ち着いて聞いてくれ。君は悪くない。悪いのは、そう。全て、私たち大人だ」

「⋯⋯!?」

 

その言葉に動揺するユウヒ。省吾は、畳み掛けるように口を開いた。こういう事は、さっさと教えてしまった方が良い。ユウヒなら、今まで通り落ち着いて受け止めてくれるだろうと、そう判断してしまった省吾は、コウの現状について語った。

 

「⋯⋯コウ少女は、ゴルゴーンに腹部を穿かれた影響で、生死の境を彷徨っている。それこそ、今日が峠。超えられなければ、死ぬだろう」

「嘘⋯⋯嘘、ですよね?」

「嘘ではない。私も、そんなこと、嘘だと思いたいが⋯⋯生憎と、事実なんだ」

 

省吾の言葉に、嘘偽りがないということを、ユウヒは理解出来てしまった。これ程までに真剣な表情をしているこの男の姿を、ユウヒは過去に一度だけ、見たことがある。その時も、自分が⋯⋯。

理解して、逡巡した後。ユウヒの顔から、色が抜け落ちた。

ユウヒは、胸から下げたチェーンに付けた銀色のリングを、無意識の内に握り締める。

 

「⋯⋯私のせいだ⋯⋯私の⋯⋯また、私はぁ⋯⋯ッ!!」

「てめえのせいじゃねえ。てめえもコウも、誰一人として悪かねえんだよ」

「だけど⋯⋯! 私が油断さえしなければ⋯⋯ッ!」

 

何を言われても、自責の念が収まることは無かった。それほどまでに強い、己の無力への憎悪。それは、少女から、涙として形となり溢れ出た。

聞き分けのない。これ以上の対話は意味も無し。判断したレンカは、医務室を後にした。

 

「⋯⋯君も、帰りなさい。大事を取って、明日は自室でゆっくりと休むんだ。いいね?」

「⋯⋯はい」

 

頷いたユウヒの顔は、省吾からは窺い知ることが出来なかった。

 

 

「⋯⋯はぁ」

 

翌日、ユウヒは己の住む義浦高校に備え付けられた寮にほど近い公園で、ベンチに座りぼうっとしていた。

空は曇り、雨でも降り出しそうだ。それもまた一層、彼女の気持ちに影を落としていた。

 

「どうして⋯⋯こうなっちゃうかなぁ⋯⋯」

 

思い出すのは、昨日のこと。己のせいではないと、省吾もレンカも言ってはいたが、あれは確実に己の油断が招いたことであった。

胸から下げる形見(・・)を見詰める。

 

思い出すのは、己の目の前で弾け飛んだ恩人の姿。今でも、夢に見る。

被るのだ。コウの姿が、その人物と。

 

「⋯⋯はぁ」

 

自然とため息が零れてしまう。

セイヴァーズとなったその日から、己は世界を守る為の防人となった。そう自負して、全てを受け止める努力をしてきた。

ユウヒにとって、セイヴァーギアを使うというのは、己の命をすり減らしてでも、力無き人々を守る為の行為であり、その重さは簡単には測ることが出来ない。

いつもなら、こうして再認識することで決意を固められたのだが、今回はそうもいかないらしい。

憂鬱と、弱い己への呆れから、自嘲して微笑んだ。

そんな時、彼女に声をかける人物が現れる。

 

「ユウヒ、さん⋯⋯ですよね?」

「⋯⋯ああ、君達はコウちゃんのお友達⋯⋯だよね?」

 

それは、暗い面持ちの三橋リオと、俯いた栗林ミキの二人組。

コウと出会ってから一週間近くになるユウヒは、二人を知っていた。

 

「私に、何か用、かな?」

「⋯⋯あの、コウなんですけど⋯⋯」

「⋯⋯!?」

 

リオの口から出た、最も予想できたコウの名前に、ユウヒは目に見えて顔色を変える。

予想できたことだと言うのに、情けない限りだ。ユウヒは、自らの体たらくに情けなさを覚えながらも、リオに話の続きを促す。

 

「昨日から連絡が取れなくて⋯⋯ユウヒさんなら、知ってるんじゃないかって、ミキが⋯⋯」

「⋯⋯いや、知らない。昨日は、一日中部屋に居たから⋯⋯力になれなくてごめん」

 

リオの暗かった面持ちに、さらに影が差した。

一言、「ごめんなさい、ありがとうございます」とだけ言うと、リオはその場から立ち去ってしまう。その後を追うようにミキも歩き出した。

そして、ユウヒとのすれ違いざまに、終始無言であったミキは口を開く。

 

 

 

 

 

「───⋯⋯人殺しの嘘つき、コウが死んだら、ただじゃおかないからね」

 

 

 

 

 

「⋯⋯ッ!?」

 

ゾッとするような、寒気を煽るような声音。

その表情は、彼女が時折見かけた時の明るい天真爛漫なものではなく、この世のありとあらゆる憎悪を宿したような、そんな顔であった。

それだけ言うと、ミキは、リオが去っていった方へと走っていった。

 

 

 

「⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい」

 

一人、取り残されたユウヒは、ただただ、降り出した雨に打たれながら、虚空に謝ることしか出来なかった。

 

 

 

同時刻、司令室。

日曜日である為か、比較的人の少ない司令室で、省吾とレンカは資料の映し出されたスクリーンテーブルを挟んで、対面していた。

 

「呼び出してすまないな、レンカ少女。リンゼ少女が来たら、話を始めよう」

「ああ、気にしないでくれ、司令。オレも、この今をどうにかしたくてうずうずしてたんだ」

 

レンカの顔からは、隠しようのない闘志が見えた。いや、むき出しである。それだけ、昨日の出来事は屈辱であり、晴らさなければならない雪辱なのだ。

 

「そういや、コウはどうしたんだよ。親とかにも連絡とか⋯⋯」

「ああ、それはこちらでやっておいた。一応、自己という形で父親とも連絡が出来た」

「はっ⋯⋯ったく、親にすら事情を明かせねえってのは相当だよな。黒すぎるんじゃねえか、ここ」

 

「最もだな」そう言って、省吾は苦笑した。

事実、WayMark及び国家特務機関対特殊指定災害アンノウン対策課についての情報は、所属する者以外には、例えどんな情報であろうとも漏らすことは出来ない。それが、所属する者の親族であろうと、その秘匿性に例外はない。

その様から、『国家特務機関の最深部』と呼ばれることもある。それこそが、少女達の所属する組織の実情なのだ。

 

「宮野リンゼ、到着しました」

「ああ、急に呼び出してすまない。母親との、それは、大丈夫だったか?」

「ええ。世界を救うのに、あの人との下らない関わりはどうでも良いことですので」

 

言い切るリンゼに、「そういうことではないのだが」と、苦言を零そうとして省吾は止めた。

申し訳なさもあるが、今は、そのようなことに時間を割いている暇はないのだ。

 

「昨日、君達が相対したSレートアンノウンゴルゴーンについて、聞かせて欲しい」

「良いぜ。どんなことを聞きたい? 全部答えてやらあ」

 

ゴルゴーン。今や、WayMarkの因縁の相手とも呼べるだろう、傷跡を残した存在。

省吾は、現状この場において、それについて最も知っているレンカに問う。

 

「アレは、自然発生だと思うか?」

「⋯⋯いや、確実に違うな。意図的に出されたやつだ。コウに致命傷を負わせた後、何かに怯えて、すぐに俺達の前から姿を眩ませたからな。どうして怯えていたのかはわからねえが、あれは、何かに指図されてたに違いない」

 

その言葉の意味するところは、特殊指定災害という位置付けであったアンノウンが、何者か、それも人間によって操られているということにほかならない。

省吾は、二人にある写真を見せる。

 

「これは?」

「⋯⋯これは、識別指名手配ヒューマノイド、コードJと呼ばれる少女だ」

「⋯⋯これが、例のソロモンの指輪を強奪した犯人⋯⋯ですか」

「ああ」

 

それは、茶髪の少女。黒いローブに身を包み、黒い指輪ソロモンの指輪を意のままに操るこの少女こそが、今回の件に関与していると、省吾は確証を持っていた。

 

「先日も、我々の精鋭が彼女を捕らえようと出動し、尽く殺されている。生身では勝てない。だから、レンカ少女には彼女の対応をお願いしたい」

「別に良いけどよ⋯⋯流石に、人間相手に殺しはやらねえぞ?」

「当たり前だ。そのようなこと、私が絶対にさせはしない」

 

省吾の言葉に、「なら良いけどよ」と言って、レンカは省吾を見つめた。

 

「⋯⋯だけどよ、こいつに当たりはついてんのか? いくら、国家特務機関だからって、全世界の人間を把握出来るわけじゃねえんだろ?」

「それについては問題ない」

 

言い切る省吾に首を傾げて疑問符を浮かべるレンカ。どういうことかと、リンゼは問い質した。

 

「⋯⋯栗林ミキ」

「?」

「コウ少女の身辺を確認していた時に確認した少女だ」

 

省吾の口から出たのは、コウの唯一無二の友人の名前。

省吾は、驚愕の事実を口にする。

 

「この少女から、コードJと同一の声帯及び身体情報を得た」

「それって⋯⋯」

 

栗林ミキから、コードJと同じ情報が入手できた。それが意味するところは、ただ一つ。

 

 

「栗林ミキこそが、コードJであり、この事件の黒幕である。そういう事だ」

 

 

「⋯⋯そんなのって、ありかよ」

「私も、こういう事は起きて欲しくないと思ってはいた。だが、これは紛うことなき事実であり、彼女は人類の敵だ」

 

司令室に、重たい空気が広がった。

だが、沈黙を続けていられるほど、時間に余裕はない。

 

「⋯⋯そこで、リンゼ少女には、彼女の尾行を頼みたい。まだ、確証が、証拠がない。これは、栗林ミキの為であり、未だ生死の境を彷徨うコウ少女の為でもあるのだ」

「⋯⋯私が、ですか?」

「ああ。本当なら、このようなことこそ、我々がやるべき事なのだが⋯⋯もう既に我々の顔は割れている。さらに言えば、私が直々に鍛えた君だからこそ、こういった類の任務に向いていると、我々は判断した。断ってくれても構わない。我々は君の意思を尊重しよう」

 

頭を下げた省吾に、リンゼは逡巡する様子を見せ、そして決意を固めて省吾を見据える。

 

「私が、やります。彼女の為にも、コウの為にも」

「⋯⋯感謝する」

 

深く、深く頭を下げた省吾。

リンゼは、迷いを払うため、拳を握った。




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