どうだろう、自分の文章力で、この山場を表現できているかどうか。それが問題だ。
「じゃあ、ちょっと準備してくるから⋯⋯お掃除しててもらえるかしら?」
「はい」
雨が止み、太陽が出て。
紗栄子と、乾いた私服に着替えたユウヒの二人は、目的地であった場所に辿り着いていた。
そこは、墓。それも、奇妙なことに、どの墓石にも名前が刻まれていない。
木桶に水を汲み、紗栄子に一旦別れを告げて、ゆっくりと歩き出す。
「⋯⋯政府専用の墓⋯⋯か。死んだら、私もここに埋葬されるのかな⋯⋯」
ユウヒは、そう一人ごちると、目的の墓石の前で止まる。他と同じように名前のない墓石。誰が埋まっているのか、知っている人以外には絶対に分からない。いや、この下に何も埋まっていないことを、ほとんどの人は知らない。それを言えば、この墓にある墓石のほとんどには、下に何も埋まっていないのだが。
そこには、花やささやかなお供え物があった。前に来た時も、ここには花とお供え物があった。その前もだ。
自分が死んだら、こうはならないだろうな、と。ユウヒは自嘲したように微笑む。
「⋯⋯ん?」
その時、お供え物の中に、手紙があることに気がついた彼女は、心の中で謝りながら、興味本位でそれを取った。
「あれ? なんで、私宛?」
封をされた手紙の裏側には、『鏑木ユウヒ様へ』の文字があった。
多方、彼女を慕う誰かの手紙だと思ったのだが、思わぬ物に、ユウヒは目を丸くする。
また、ユウヒは知らず知らずの内に、首から下げたリング、光を灯さぬセイヴァーギアを握った。
「⋯⋯読むだけなら⋯⋯」
ユウヒは、素早く丁寧に墓の掃除を終わらせると、もう一度、手紙と対面する。
ゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。この手紙を開いたら、戻ることは出来ないと、そう直感が囁くのだ。
そうして、ユウヒは封を解いて手紙を読み始めた
◇◇
一年前のあの日、鏑木ユウヒは、上京してから必要になった道具などを買い揃えるために、近場のショッピングモールを訪れていた。
一人、道が分かるわけでもなく、勝手も知らない。
そんな彼女に、すぐさま手を差し伸べたのが、ユウヒにとっての運命の人。
十七歳、高校二年生の少女にして、WayMarkの第四号セイヴァーズである、
「大丈夫ですか?」
「あ、はい⋯⋯あ、いえ、やっぱり大丈夫じゃなかと⋯⋯大丈夫じゃないです」
なれない標準語に四苦八苦し、しどろもどろになりながら、なんとか助けを求めたユウヒ。アオイは、ユウヒの頼みを、一も二もなく快く引き受けた。
ショッピングモールを歩きながら、目当てのものを買い揃えて歩く。道中で、ユウヒが気になった店などについて質問すれば、事情を説明したアオイは、笑顔で教えてくれた。
「あの、ここは⋯⋯?」
「あ、もしかして知らない? ここね、東京だと結構有名なんだけど⋯⋯」
東京に来たばかりで、正しく右も左も分からないような状態であったユウヒからすれば、アオイは軽く東京を知り尽くした東京マスターのような存在になっていた。地方民、ここに極まれり、である。
そうして、二人でショッピングモールを回ること、数時間。買い物を終え、それなりに打ち解けられた二人は、アオイおすすめのモダンな木造のカフェで、温かい飲み物を飲みながら談笑していた。
「へえ、高知じゃそういうのが人気なんだ」
「うん。他にもね、家族連れでのイベント、お祭りとか⋯⋯」
話しを続けようとして、家族、という言葉に表情を曇らせたアオイを見て、どうしてか、話しを続けることが出来なくなる。
その辛そうな顔を、何とかしてあげたくて。ユウヒは、いらないお節介だと思いながら、アオイに問い掛ける。
「何かあったの?」
「え? ⋯⋯あ、いや、別に⋯⋯。ユウヒには、関係ないこと、だよ⋯⋯うん」
はぐらかそうとして、しどろもどろになりながら、アオイは心配をかけまいと振る舞う。だが、その姿は、彼女よりも四つ年下である少女から見ても、不自然で痛々しく、苦しそうなものであった。
「⋯⋯私じゃ、受け止められないかな?」
アオイの視線と、ユウヒの視線が交じ合う。ユウヒの眼には、誰かを、今ならば、アオイを助けたいという強い意志が。アオイの眼には驚きと苦しみ、そして、同族を見るような、そんな感情が混ざりあっていた。
諦めたようにアオイは、ぽつぽつと言葉を紡ぎ出す。
「私さ、アンノウンにね」
「うん」
苦しそうな彼女が、押し潰されて話を止めないように、ユウヒは相槌を打ちながら、彼女の話に真摯に聞く姿勢をとった。
だが、その次に話された情報は、予想が出来ていたとはいえ、ユウヒの決意を揺らがせる程には、やはり大きいものであった。
「お父さんと、お母さんを奪われたの。去年」
「⋯⋯うん」
「今は、おばあちゃんと暮らしてるけど⋯⋯やっぱり辛い」
「⋯⋯うん」
「お母さんや、お父さんに会いたいよ。こんなこと、出会って一日のユウヒに言うのもなんだけど、もう誰でも良い。私、寂しさで死にそうなの⋯⋯!!」
声が上擦るアオイ。その声音には、確かな寂しさが含まれていた。
そんなアオイの姿を見て、境遇を聞いて、ユウヒは。その眼から雫を垂らした。
そんなユウヒの姿を見て、アオイは、涙を溜めた眼を驚きに見開く。その拍子に、目尻から涙が溢れたが、そんなことは気にならなかった。
ただ、目の前で己よりも先に涙を流した、この少女に、その理由を問いたかったのだ。
「どう⋯⋯して⋯⋯?」
「だって⋯⋯そんなの、悲し過ぎるよ」
「⋯⋯悲し、い⋯⋯?」
ユウヒの答えに呆然とするも、その胸には、自然と温かさが宿っていた。
決意したように、ユウヒは顔を上げ、アオイを見据える。
「⋯⋯決めた。私ね、アオイちゃんのお父さんとかお母さんみたいにはなれないけど。だけど、アオイちゃんの寂しさを紛らわせることくらいは出来ると思うんだ。だから、私⋯⋯」
言葉を一旦切って、ユウヒは、悠然と口を開く。
「私、アオイちゃんと───お友達になりたい」
「ユウヒ⋯⋯」
その申し出は、アオイを、アオイの鬱々としてやり場のない気持ちを、吹き飛ばした。確かに、そう感じた。
気が付けば、アオイは、首を縦に振っていた。
この日、アオイとユウヒは、
それからの二人は、少しの間だけとはいえ、ショッピングモールのゲームセンターや、屋上にある小さな遊園地で遊んだ。
それは、ユウヒとアオイに想い出を作った。
本音を話し、結果として友達を得たアオイにとってすれば、それは掛け替えのない時間であり、
そうして、そんな想い出を胸に、二人でショッピングモールから帰ろうとしたところで、その時は訪れた。
「⋯⋯アンノウン警報⋯⋯」
けたたましく鳴り響く、サイレンの音。そして、シェルターへの避難誘導。阿鼻叫喚で、我先にと逃げ出そうとする周囲の人々。
場所は、
「アオイちゃん、私達も避難しよう」
「⋯⋯ユウヒ⋯⋯」
ユウヒは、アオイの手を掴んで、シェルターの方角まで避難しようとする。
しかし、その手を掴み走ろうとしても、アオイは一向にそちらへ動く気配を見せない。
それどころか、騒ぎの大きい方角。アンノウンが出現したのであろう方へと歩きだそうとしていた。
「早く逃げようよ⋯⋯」
「⋯⋯大丈夫。私は死なないよ。ちょっとやらなきゃいけないことがあるの。だから、ユウヒは先にシェルターに避難してて」
「どうして⋯⋯!? 逃げないと、死んじゃうんだよ!?」
ユウヒの悲痛な訴えは、しかし、決意を固めたアオイには届かない。
「大丈夫だって。私、これでも
「力って⋯⋯?」
訳が分からない。そんなユウヒの問いに、アオイは、ふふふと微笑んでユウヒを見詰めた。
そして、幸せそうに、それを口にする。
「友達がいる。それだけで、私は死なないの」
「え?」
今度こそ、訳が分からなかった。
だけど、納得はしてしまった。なら、大丈夫だろう。そう思えてしまったのだから、ユウヒは、引き下がるしかなかった。
「絶対に、また逢いに来てよ!!」
「もちろん! 無事でいてくれたらね!」
ユウヒに背を向けて、アオイは駆け出す。
駆け出したアオイの後ろ姿をしばらく見つめてから、ユウヒもシェルターの方へと走り出した。
そして、ユウヒが、ショッピングモールからほど近いシェルターに逃げ込んでから、もう一時間弱が経った。
アオイは、未だにユウヒの前に姿を現さない。シェルターから出る許可が出ていない、空は即ち、未だにアンノウンがいるということ。
「アオイちゃん⋯⋯遅いなぁ」
心配はしていた。だけど、あそこまで言い切ったアオイが死ぬとは思えなかった。
それでも、最悪の可能性は常にある。居ても立ってもいられなくなったユウヒは、警備員にトイレに行くことを伝えて、そっとシェルターから抜け出した。
ショッピングモールの方からは、爆音や破砕音が絶えず聞こえてくる。
考えてみれば、こうやって警報が出ている時に外に出たのは初めての経験であった。
「⋯⋯アオイちゃんは何処だろう?」
アオイと別れた場所に来て、ユウヒはアンノウンが近いことを悟っていた。いや、正確にはその光景が見えていた。
だが、様子がおかしい。
触手を持った異形のアンノウンが、何かと戦っている様なのだ。
そして、そこから少し場所を移して、その全貌を把握しようとした時、ユウヒは見てしまった。
「アオイ⋯⋯ちゃん?」
目を疑った。
黒いインナースーツの上から、黄色に煌めく小さな鎧を纏い、その手に細長い何か、槍のようなものを持った少女。
その顔には、見覚えがあった。いや、見覚えがありすぎた。
何故なら、東京に来てからの初めての友達であり、先程別れたはずの十村アオイその人だったのだから。
『JAAAAa!!!』
「甘いよっ!」
そのアオイが、槍で以て、人類の天敵と教わったアンノウンを相手に戦いを繰り広げていた。
何が何だか分からなかったが、それでも、アンノウンが苦しげなことは雰囲気で分かった。
そうやって、アンノウンを翻弄する姿は、まるでテレビで見たヒーローさながらであり、そして、ユウヒはアンノウンと戦う
いや、
「頑張れ! アオイちゃん!!」
「ッ!?」
『jAAA? jAAAaAAAaa!!!』
アンノウンは、今、最も殺しやすい対象であるユウヒへと、その殺意の矛先を向ける。
アオイと対峙させていた触手のその全てをユウヒへと差し向け、ユウヒを殺さんとする
「不味っ!」
驚愕と焦りに顔を染めたアオイが、ユウヒとアンノウンの方へと手を伸ばし、駆ける。
ユウヒは、自分に矛先を向けて襲い掛かるアンノウンに怯え、動くことが出来ない。
───絶対に、殺させはしない。
そう思えば、アオイは、文字通り
インカムからの制止の声すら無視して、アオイは、今この瞬間において、ユウヒを救うことが出来る、ただ一つの
「間に合えッ!! ───セイヴァーギア、モード『コモンセイヴ』ッ!!」
それを唱えた時、アオイの鎧が一層強く輝きを放ち、そして急速に収束。
リング状に戻ったセイヴァーギアから、レジェンダリーエナジーが溢れ出し、アオイの全身を覆い尽くす。
「ぁぁぁぁあ!!!」
そして、ユウヒと触手の間に立って、その手を触手に向ける。
アオイの身体を覆っていたレジェンダリーエナジーが、薄く、強い障壁となってアオイとユウヒ、否、ユウヒを護った。
「⋯⋯アオイ⋯⋯ちゃん?」
「馬鹿。本当に馬鹿。なんで、来ちゃったの?」
「だって⋯⋯心配で⋯⋯」
ユウヒを、叱責するアオイ。その瞳からは、涙が溢れ、その言葉には慈しみが感じられた。
「私を心配してくれたのに、怒れるわけない⋯⋯もう、馬鹿ぁ!」
「ごめん⋯⋯ごめんね⋯⋯」
「謝るな! 私が、絶対にユウヒを護る!」
少女達は、涙を流す。
それは、命が散る間際の、儚い夢。
そして、夢は、終わるもの。
「⋯⋯もうダメか⋯⋯」
「え?」
「ううん、なんでもないよ。大丈夫。絶対に、護るから」
そう言って、アオイは、リングにもう片方の手をかざして、叫んだ。
「私の命⋯⋯全部、持っていけ!」
それに呼応するように、一層、リングの輝きが増した。
同時に、アオイの口から、血液が漏れ出る。
『jAAAjaAAAAAA!!!』
なかなか死なない二人に痺れを切らしたアンノウンが、さらに苛烈を極めて攻撃を続ける。
障壁にヒビが入る。これ以上長くはもたないことは、ユウヒにも分かった。
「友達は、殺させない! 殺すなら、私だけにしろ!!」
叫ぶ。
死にたくはない。だけど、友達が死ぬのは、もっと嫌だ。だから、殺すなら、私を。
そして、その通りに、十村アオイという少女は、その命を燃やし尽くした。
「ありがとう、ユウヒ。私ね、もう、十分幸───」
「アオイちゃんっ!?」
その瞳から流れた、涙も、想いさえも。
視界いっぱいに赤となって広がった。そこに、彼女の想いを感じることは、どうしてかできてしまった。幸せだと、彼女は言った。その想いに、嘘偽りはなかった。
己の足元に転がってきた、黄色い光を放つ銀の指輪を、拾う。
紅に染まった、己と、彼女の来ていた服。それらを見て、ユウヒは握り締めたリングから浮かび上がる、否、魂からの怒りと悲しみによって浮かび上がったその詠唱を、叫んだ。
「───Fragment Misteltein Start-up!!!」
そうして、一人の
◇◇
あのあとのことは朧気にしか覚えていない。怒りにとらわれ、力が溢れてきた。そうして、気が付けば、アンノウンは消滅し、血に濡れた自分だけが残った。
その時から、ミストルティンは反応しない。
ユウヒは、その手紙を読みながら、溢れる涙を抑えることが出来なかった。
「そっか、私、忘れてたんだ」
この手紙を読んでいる、私のかけがえのない人へ
この手紙を読んでいるあなたは、私、十村アオイの友人が、この手紙を渡せると考えた人。それは、紗栄子おばあちゃんかも知れないし、私の友達の一人かもしれない。死んでいる私には分からないけど、感謝だけは、この手紙に残り続ける。
だから、一言、お礼を言わせてください。
こんな私を、幸せにしてくれて、ありがとう。
死んだ私のことは気に病まず、あなたの人生を、送ってください。それが、私の、願いなんだと、思うから。私は、私の意思を貫いて死んだに違いないから。
あなたも、生きて、生きて、生きて、あなたの意思を全うして欲しいと、思う。
私の、ささやかなわがままに、付き合ってくれると嬉しい。
十村アオイより。