綺麗に整頓された、白を基調とした医務室らしき一室。
そこで、コウは目を覚ました。
「うう⋯⋯ん⋯⋯」
まず目に入ったのは、自分に繋がる管と吊るされたパック。何やら、心拍数などを測るような機械。
そして、己の上、布団に突っ伏して眠る黒髪の少女、宮野リンゼの姿であった。
「⋯⋯」
改めて見ると、綺麗な人だ。
そんなことを考えていたからか、コウは、絹糸のような黒髪を撫ぜていた。
そして、何となく愛おしさを感じ、顔をちらりと見て、綺麗な黒い眼と目が合った。
「⋯⋯何をしているんだ?」
「⋯⋯っ!? ⋯⋯ごめんなさい」
本当に何をしているんだ、自分は。コウは、明らかにおかしかった自分を恥じて、謝罪する。
別に怒っているわけでもなかったリンゼは、その謝罪を受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
「係の人を呼んでくる。少し待っていてくれ」
「⋯⋯はい」
リンゼの後ろ姿を見送る。
律儀に失礼したと言って一礼して出て行く姿は、彼女の人柄を如実に表していた。
「〜〜ッ!?」
そして、顔が湯立ったかのように熱くなるのを感じて、コウは一人悶えるのであった。
◇
「はい。これで検診、終わりですよ」
リンゼが呼んできた優しげな雰囲気の係の女性は、触診と検血を行い、いくつかの問いを投げ掛けた。そのどれもが、健康診断などで問われるようなあたりざわりのないものであったが、自分が普通とは何らかの違いがあるということは、コウにも分かった。
「それでは、着いてきてくれ」
「はい」
畳まれていた制服に着替え、コウはリンゼについて行く。
医務室を出れば、そこにはアニメや映画の秘密基地もかくやといった近未来的な通路が広がっていた。
通路を歩きながら、コウはリンゼに質問する。
「あの、エクスカリバー⋯⋯って今どこにあるんですか?」
「⋯⋯? ああ、そうか。知らないんだったな。エクスカリバーは、今、コウの右手にあるだろう?」
「え?」
そう言って、己の右手に視線を落とすと、人差し指に銀色に輝く指輪が確認できた。
先のような虹色に輝いてこそいなかったが、力強さを感じることが出来る。あの時の言葉を唱えれば、またあの姿になれるという確信も、あった。
「⋯⋯それと、敬語は無しで良い。他がどうかは知らないが、うちは、そういうのを気にする人間は多分、いない」
「⋯⋯分かった」
「それで良い」、そう言ってリンゼはまた黙って歩き出してしまう。あまり、喋らない人なのかな。それなら、話しかけるのも迷惑かもしれない。一人重い空気に纏われながら、少女は後に続いた。
その時、まるで彼女に助け舟を出すかのごとく、一人の少女が現れる。
「お、リンゼじゃねえか。ってーと、そっちが新入りかぁ?」
「そうだ」
白いストールを巻いた焦げ茶色の髪の毛の少女は、青い瞳を快活そうに和らげて、コウに手を差し出す。
「オレは、才原レンカ。お前は?」
「僕は、想語コウ⋯⋯と言います」
コウがその手を握ると、レンカと名乗った少女は、強く握り返す。
⋯⋯力強い人だなぁ⋯⋯。コウは、そんなことを考えながら、痛くなり始めた右手から意識を逸らす。
「敬語は良いって。タメ口で良いよ。どうせそんな歳離れてねえんだろ?オレは17だけど、お前、いくつ?」
「⋯⋯13」
「は?」
多分、13歳にしては身長が高い164cmもあるから、驚いているんだろう。恐らく、1cmくらい向こうが高いと思うが。衝撃を受けたようなレンカの様子に、当たりをつけて、コウは苦笑した。
「ま、まあ、タメ口で良いさ。よろしくな」
「⋯⋯よろしく」
最初よりも微妙になってしまった空気に居た堪れなくなる。誰が悪いというわけでもないのだが、みんな律儀であった。
沈黙した空気を務めて無視して、三人は通路を早歩きで歩いた。
◇
横開きに扉が開く。
ここも近未来的だな。漠然としたことしか考えていないが、それくらいに、普通の中にいた少女にとって、インパクトが強かったのだ。
「⋯⋯ここが、私達セイヴァーズの所属する、国家特務機関『WayMark』の司令室だ」
「⋯⋯へえ⋯⋯」
少女達が辿り着いたのは、忙しなく画面に映し出される映像が変動しているモニターがいくつも張られ、機材の設置された机に人が座って何かの作業をしている一室。正しく秘密基地と言った様相である。
コウは、初めて実物を見たからか、柄に無く驚きを隠せないでいた。視線をあちらこちらに行き来させ、未知を噛み締める。その姿は、年相応の少年少女の様である。
すると、段差の上、椅子に座っていた歴戦の司令官の様な雰囲気の、黒いビジネススーツに袖を通した茶髪の男性が立ち上がり、両腕を広げた。
「『WayMark』にようこそ、想語コウ少女! 私達は、君を歓迎しよう!」
「「ようこそ!!」」
仰々しく述べた男性に続き、作業をしていた人達も、少女の方を向いて笑顔で歓迎の意を表す。
なるほど、たしかにアットホームらしい。コウは、秘密基地の堅いイメージが払拭されたのを感じた。
「⋯⋯よろしく」
「私は、
快活に笑う練宮省吾と名乗る男は、確かに指揮監督者に相応しい雰囲気、カリスマを纏っていた。
「何せ、君の発覚は突然のことだったからな。大したもてなしも出来ないが、許してくれ」
「いや、別に⋯⋯」
「また今度、日を空けてから、君の歓迎会を開くことにする。楽しみにしていてくれよコウ少女!」
ああ、なんと言うか⋯⋯熱い人だなぁ。自分の周りにはいないタイプだからか、コウは珍しさを覚えた。
すると、コウ達の入ってきた扉がカシュンというこれまた近未来的な音を立てて開くのが分かった。
「
扉から現れたのは、三つ編みにした茜色の髪の毛を揺らす少女。大きく丸い目を、見覚えのない顔、コウに差し出して握手を求める。
「想語コウだよ。よろしく」
「うん、よろしく!」
恐らくは同い年くらいだろうと予想する。他の二人は、大人びた雰囲気が強かったが、彼女は年相応の明るさがあった。
「これで、カノンを除いて全員揃ったな」
そう言うと、レンカは省吾に目配せをする。
「ふむ。現在時刻は午後六時だが、我々について説明しても良いか? なに、一時間程度で終わるさ。難しければ、後日でも構わない」
「⋯⋯ちょっと確認してみます」
そう言って、携帯を開くと、大量の通知と不在着信。ミキとリオからの安否を心配する旨のメッセージと、父親からの同様のメッセージを見て、コウは心が暖まる感覚を覚える。
コウは、まずミキとリオに返信し安否を伝え、明日はちゃんと学校に行くことと、また明日、とメッセージを送る。
そして、父親には無事を知らせ、二十時までには帰るが構わないかと聞くと、すぐに返信が返ってくる。
「あ、大丈夫です」
「そうか。では、早速⋯⋯吉岡君、モニターを映せ」
吉岡と呼ばれた、スーツを着た優しげな雰囲気の男性が頷いて、手元の機械を操作する。
すると、一室のモニターに資料のようなものが映し出される。
「まず、特殊指定災害『アンノウン』については知っているな?」
「三年前に現れた、人間が触れると膨張して弾け飛ぶっていう災害、ですよね?」
コウは、頭の中にある知識を答える。それに、省吾は満足そうに頷いた。
アンノウンは、特殊指定災害と呼ばれ、全貌は未だ未知とされているが、そのどれもが人間が触れると、たちまち膨張し、弾け飛んで死に至るという恐ろしい災害という認識が一般的である。
「ああ。その解釈で間違っていない。君が今日討伐したヴォーティガンもその一体、Aレートアンノウンだ。だが、私達人間が死に至るのは、彼らアンノウンを構成するレジェンダリーエナジーと呼ばれる特異エネルギーが、人間の身体に無理に適合しようとして、結果的に必ず失敗し、細胞が過剰に強化されて膨張、死に至るというメカニズムがある」
「⋯⋯なるほど」
そのレジェンダリーエナジーというものが、全ての諸悪の根源であるということは、今の説明で理解出来た。
だが、それでは、セイヴァーギアの存在については明かされていない。
「そして、セイヴァーズの纏うセイヴァーギアは、アンノウンと同じく、レジェンダリーエナジーで稼働する。太古から語り継がれる、伝説的アイテムの数々。その断片を加工して、アンノウンを倒す為の矛としているのだ」
「つまり、セイヴァーギアじゃないと、アンノウンは倒せないから、セイヴァーズが纏って戦っている、と」
意味は分かるが、理屈が分からない。どうして、セイヴァーズでなければならないのか。
いや、多分、分かっている。
「セイヴァーギアでなければ、彼らを打ち倒した武装でなければ、彼らを討ち滅ぼすには足りない。凡庸な近代兵器は、その全てが、奴らを透過して無効化されてしまう。だからこそ、君たちの出番、というわけだ。情けない私達を許してくれ⋯⋯なんなら」
「あーもう、そういうの良いって、司令」
申し訳なさと、悔しさを噛み締めたような顔で頭を下げる省吾に、コウは困惑してしまう。
それを見かねたのか、レンカが、頭を掻きながら心底どうでも良さそうに省吾の話を遮る。そして、コウの方を向いた。
「コウは、降りるつもりは無いんだろ?」
「⋯⋯勿論だよ。何より、リンゼと約束したからね」
「コウ少女⋯⋯すまない、愚問であったな」
省吾は、もう一度頭を下げて、コウを見やる。そして、視線を戻してモニターを操作するよう指示を出した。
「⋯⋯そして、君の持つエクスカリバー、リンゼ少女の持っていたセイヴァーギアExcalibur/HLの完全品、Excalibur/PFは異例中の異例、特例中の特例である初のパーフェクトセイヴァーギアである、ということを理解して欲しい」
「⋯⋯初⋯⋯」
つまり、コウの持つこととなったセイヴァーギア、Excalibur/PFは、初の
「だからこそ、君はこの戦いに足を踏み入れた時から、困難な道を行くことになる。強きセイヴァーギアの纏い手は、そうであった。そして、パーフェクトセイヴァーギアを纏うということは、その受難を追体験するかの如く、君に困難が襲いかかる。運命力だ」
「運命力⋯⋯」
その言葉は、何故かストンと収まった。今日のあの出来事も、運命力による何かだと思えば、どうしてか納得出来る。
「だからこそ、私達大人も、当然君達に最大限援助を行う。すまないが、
その言葉に、コウは迷いなく強く頷いた。
◇
その後、説明を受け、本人用の書類に手続きを済ませたコウ。
そして、帰宅する為、レンカとユウヒに案内されながら、彼女は通路を歩いていた。
「まあ、あんまし面白いもんねえけど、こんぐらいか?」
「だね。後は⋯⋯いや、ワープ装置はまた今度、ていうか、絶対使うし、その時説明すれば良いよね」
ワープ装置という単語が、とても気になったが、コウはまた今度聞けば良いかと考えた開きかけた口を閉じた。
そうして、通路を歩いていると、外の風が吹き込んでくる。その元であるゲートを潜ると、一行は外に出た。
「ここが出口だ」
「結構、物々しいんだね」
そこは明らかに民間用や漁船用じゃない港が併設された格納庫のような場所。映画などでしか見ないような軍隊用の車やヘリコプター、潜水艦などが、設置された明るいライトに照らされていた。
外は、すっかり暗くなり、四月の未だ肌寒い風が、少女達に吹き付ける。
「ううー、さっむい⋯⋯」
「ふふふ」
「はは、おじさんっぽいよ、ユウヒちゃん」
レンカが、手で二の腕を擦る仕草をする。
コウとユウヒの二人は、それが面白かったらしく、笑いを誘った。
レンカは、そんな二人の様子と指摘に唇を尖らせて抗議の意志を示す。だが、それも辞めて、二人の両肩をポンと叩いて来た道を歩き始める。
「じゃ、オレはまだ残るわ」
「レンカちゃん、頑張るね。皆の手だ「だぁ、もう! それは言わんでいい! お子様ははよ帰れ! じゃあな!」ふふふ」
足早に立ち去るレンカを見て、ユウヒは柔らかく笑みを零した。
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