承女救済セイヴァーズ   作:B・R

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第八話 憤り

「へぇ、本当に安いんだ」

 

リオが、立て掛けられた看板を覗き込んで、感嘆の声を漏らした。

三人前で三千円プラス税というのは、確かに安いだろう。しかも、かなり本格的である。

 

「でしょでしょー? 私の情報網に抜かりなし!」

「ま、今回ばかりはミキの言う通りね。偉い偉い」

「えっへん」

 

リオに明るい茶色の髪の毛を撫ぜられて、気持ち良さそうに目を細めるミキ。リオがやめると、名残惜しそうにしたため、今度はコウが頭を撫でる。すると、また同じように目を細めて気持ち良さげにする。まるで猫みたいだ。コウは、そんな感想を抱いた。

 

「じゃ、いこいこー! 予約も取ってるんだ!」

「へぇ、予約まで⋯⋯ミキ、本当にどうしたの?熱でもあるのかしら?」

「熱は無いよ!」

 

おでこに当てられた手を取り払い、頬を膨らませて抗議するミキ。

しかし、普段、コウの知っている栗林ミキという少女は、そのような事をするようなタイプではない。予約も取らず、アポ無しで突撃するような人間だ。

 

「⋯⋯だって、この前のカラオケ行けなかったし⋯⋯楽しみだったから、これで満席とかで入れなかったら嫌だなって⋯⋯」

「⋯⋯ふふふ、ありがとうね、ミキ。ミキのそういうところ、私は大好きよ」

「ミキらしくって、そういうとこ、僕も好きだな」

 

二人して微笑むと、ミキは元から少し赤らんでいた顔を、更に真っ赤にして、「う〜〜」と唸り始める。

 

「ごめんごめん。からかいすぎたわ。でも、本当にありがとうね、ミキ」

「⋯⋯うん」

「じゃ、早速行こうか」

 

そう言って、三人で店内に入ると、そこは和風でありながらモダン、女子だけでも問題なく入れるような温かな雰囲気が広がっていた。

天井からは、『ようこそ、大平屋へ』の文字が吊るされていた。店内もかなり賑わいを見せている。やはり、売りにしている安さに釣られて、訪れたのだろう。家族連れや老人夫婦、男子の集まり的メンツや、コウ達と同じような女子生徒のみのグループも見掛けられた。

 

「案外、良い感じじゃない?」

「確かに。私もこれは予想外だったなぁ」

「勧めた君がそれで良いのかい⋯⋯」

 

舌を出して、てへへ、と笑うミキを見て、コウも微笑む。心地好さが、それだけが彼女達の間柄にあるものであった。

給仕の女性が現れ、予約の有無を問うと、ミキが前に出て、携帯の画面を見せる。

 

「はい、栗林様ですね。お席にご案内します」

「ありがとー」

「あ、ごめんなさい、この娘、こういう性格で⋯⋯」

「ふふふ、いえいえ。良いお友達ですね。どうぞ、皆様水入らずでお寛ぎくださいませ」

 

ミキの元気の良さに対応出来るとは、この給仕の人、中々の手練と見た。変なことを考えている自覚はあったが、実際今日は変なのかもしれない。

コウは、給仕の女性に案内されて歩き出した二人の後に続きながら、店内を見回した。

 

「案外、落ち着いてるんだね⋯⋯」

「そうね。すき焼きって言うくらいだから、騒いでる雰囲気の方が強かったんだけど⋯⋯」

「まあ、その方がちょうど良いんじゃないかな、とも思うけど」

 

すき焼きで騒ぐというのもおかしな話だ。

すき焼き、そう言えば二年くらい食べていないな。そんなことを考えながら、コウは案内された畳の部屋、座布団の上に座った。

 

「はぁ、本格的ね。それであの値段って、大丈夫なのかしら?」

「まま、そんなこと気にしないで、食べよう!」

 

そう言うと、ミキは給仕の女性に簡易メニューを指さして、通常すき焼き三人前を注文する。女性は、注文を受け付けると、「ごゆっくりどうぞ」と言って部屋を後にした。

まだ昼でも少し寒い為、着てきていた上着を脱いで備え付けられたハンガーにかける。ミキとリオの分も受け取ると、コウは同じようにハンガーにかける。

 

「ありがと」

「ありがとさーん」

「どういたしまして」

 

そうして、もう一度コウが座布団に座ると、彼女達は誰からともなく話し始める。

その内容は、取り留めもないものばかりであった。コウは、女子中学生のするような世俗的会話には疎い方ではあったが、それでも、ミキやリオが噛み砕いて説明してくれるため、理解は示せた。そこは、やはり年頃の少女ではあるということだろう。

 

その中で、ミキは思い出したようにコウに話し掛ける。

 

「コウはさ、やっぱり凄いよね」

「え? 何がだい?」

「ほら、入学してすぐ、二年のユウヒ先輩と仲良くなってたじゃない」

「⋯⋯ああ」

 

あれ以来、コウとユウヒは学校でそれなりの回数話し、それなりに交友を深めた。

だが、それがどうしたというのだろうか。ミキは、入学後すぐにその明るさと健気さ、可愛さから上級生と仲良くなっていたし、リオも水泳部関係で先輩と仲良く話している姿をコウは目撃していた。

 

「でも、別にミキとリオも先輩達と仲良いじゃないか」

「そりゃ⋯⋯まあ」

「もしかして、コウ⋯⋯ユウヒ先輩のこと知らないの?」

「え?」

 

コウは、話の展開についていくことができない。

リオは、今の様子から、知らないであろうコウに、彼女が知るユウヒについて語り始めた。

 

「ほら、先輩って好い人⋯⋯じゃない?」

「うん」

「好い人では、あるんだけど、やっぱりそういう人って疎ましく思われがちなのよね」

「⋯⋯疎ましく⋯⋯?」

 

その先に続く内容を、理解出来る。事実、疎ましさからだろう、己もそれを経験したことがある。その時は、怒りに身を任せたが、中学生にもなって、そんなことは出来ない。

 

コウは、己の内側から沸々とした怒りが湧き上がってくるのを感じた。理不尽への、怒りを。

楽しい時間が、台無しであった。リオは、その様子を知ってか知らずか、少し目を伏せながら続きを口にした。

 

 

 

「ユウヒ先輩ね、いじめを受けているみたいなの」

 

その言葉には、重みがある。

ユウヒという少女の現状を語るその言葉に、重みがないわけがなかった。

 

「⋯⋯はっ、いじめ⋯⋯か」

「それも、カースト上位。生徒会まで一緒にやってるとか⋯⋯ないとか」

 

コウの様には、確かな嘲笑、嘲りがあった。

そういうことも、あるのだろう。意見の食い違いで、他者を排除するということは、案外普通のことだ。それを許せるわけではないが。

だが、流れからして、そういうわけでもないらしい。単なる理不尽の所業なら、想語コウという少女が、それを黙認できるわけもない。

コウは、ため息を吐くと、意思の灯った眼を、ミキとリオの二人に向けた。

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯僕の力で、何とかしてみせよう」

「うん⋯⋯私も、自分が通う学校がそんなんだなんて、嫌だもの」

「⋯⋯コウなら、絶対に出来るよ。私、応援してる!」

 

ミキの言葉には、確かな信頼があった。

その言葉に、嘘偽りがないこと、この二人は知っている。今までだって、それに助けられてきたのだから。

二人に対して、コウが頷いたちょうどその時、扉が開き、先程の女性が大きな鍋を運んでくる。そして、机の真ん中に埋め込まれたコンロの上にそれを置くと、三人に注意を促して、コンロを点火した。

 

「それでは、お召し上がりくださいませ」

 

三人からのありがとうございますという礼を受け取り、女性はすぐに部屋を去っていった。

コウは、先程までの重たかった空気が霧散したのを感じて、二人に話し掛ける。

 

「じゃ、辛気臭い話も辞めて。食べようか」

「うん!」

「そうね。と言っても、まだ出来上がらないけど⋯⋯」

「待ち時間は、話でもして潰せば良いさ。そんなものだろう?」

 

「それもそうね」、そう言って納得するリオを一瞥して、コウは指輪のない手元をチラリと確認した。

上着のポケットに入れているが、無いとどうにも落ち着かない。

 

「⋯⋯コウ? 手元なんて見て、どしたの?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと物寂しいなって」

「?」

 

頭に疑問符を浮かべるミキがおかしく、笑いを零す。

当の本人は、さらに疑問符を浮かべた。

 

「もう⋯⋯コウったら、ミキをからかわないの。気持ちはわかるけど、ね」

「二人してなんだよ〜! 私の何がおかしいの!」

「いや、ミキは私達にとって居なくちゃいけない存在だよねって、話しさ」

 

はぐらかされたと感じたミキは、頬を膨らませて二人からぷいと顔を逸らす。

コウは、苦笑しながら、グツグツと煮えるソレを菜箸で混ぜる。こういったことは、いつもコウが率先してやるのだ。小学生の時には、付き添いに来ていたリオの母親が、「まるで、リオがお母さん、コウがお父さん、ミキが子供ね」と三人の様子を見て笑っていたことを、コウは覚えていた。

 

「ごめんごめん。さ、そろそろ出来たみたいだし、食べよう」

「⋯⋯うん」

「ありがと、コウ。⋯⋯いただきます」

 

やっぱり、こうして三人でいる時間が、何も気兼ねなくいられるのだと、コウは実感した。

 

三人で食べるすき焼きは美味しかった。

 

 

 

「ふう⋯⋯食べたね」

「そうね⋯⋯私も、張り切って食べ過ぎたわ」

「お腹がいっぱいだよぉ」

「ミキは、一気に詰め込みすぎなのよ」

 

「あれは流石に苦しいよ」と言って、コウも微笑む。

ミキは、公園のベンチに座って、苦しそうにしている。いつものような、騒がしくする気力もないらしい。

 

「重症だね⋯⋯じゃあ、もう少し休んで」

 

「もう少し休んでいく?」そこまで言い切る前に、三人の耳にサイレンの音が鳴り響いた。

そのすぐさま後に、人々の悲鳴が。遠くでは、アンノウンによるものであろう爆砕音やら地響きやらが鳴り始める。距離はそう離れていないらしい。

コウは、ミキに肩を貸して立ち上がらせると、遠くを見つめた。

 

「⋯⋯悠長にしている暇は無さそうね」

「そうだね。結構近い」

「ええ〜、苦しいよ〜。アンノウン許すまじ⋯⋯うぷっ」

「ほら、早く立って。逃げるわよ。コウも⋯⋯って、あれ?」

 

辺りを見回せば、避難誘導をする自衛隊員と、万全の装備で地響きや悲鳴、爆音の聞こえる方角へと向かう自衛隊員の姿。だが、そこにコウの姿は無かった。

 

「ほんとに、命知らずだなぁ⋯⋯もう」

「あの子は⋯⋯全く。ミキ、コウへの苦言はまた後でにして、早く逃げましょ。コウは、大丈夫よ。また、見回りしてるだけに違いないわ」

「⋯⋯うん」

 

心配そうに眉を下げるミキの手を取って、リオはシェルターの方角まで早歩きで歩き出した。

 

 

その頃のコウはと言えば、路地裏に走り込み、エクスカリバーを起動。そのまま、人目につかぬよう、全速力で走り出した。

そうして、コウが、現地に到着すると、そこでは、既にレンカがアメノハバキリを纏い、数体のアンノウンと戦闘を繰り広げている姿があった。

 

「コウ!」

「レンカ! 他の皆は?」

「まだ来てねえぜ。こいつら結構強いぞ。Bレートから、Aレートになる直前くらいの強さはある」

 

Aレート。それは、コウがエクスカリバーを起動して見せたその日、彼女が倒したヴォーティガンなどが属するレート。名持ちであるからには、それほどの強さがあり、事実、あの時も、コウがパーフェクトセイヴァーギアの担い手でなければ、戦闘未経験者による討伐は不可能だっただろう。

 

「加勢する! はあっ!!」

『DAAAaaaa⋯⋯!?』

「ありがとよ、コウ! 『火刃(カジン)』!!」

 

エクスカリバーの刃が、異形の人型の足を切断する。地面に倒れたアンノウンを、レンカのセイヴァーギア、黒い刀身の太刀アメノハバキリが青い焔を纏い叩き斬る。焔に総体積の半分を消し炭にされたアンノウンは、苦悶の声を上げながら、粒子となって消失した。

レンカに加勢し、協力しながら、アンノウンを一体ずつ倒していく。そうして、全てを倒し終わると、二人は安堵のため息を吐いて、辺りを見回した。

 

 

「もう、居ないかな⋯⋯じゃあ『二人共! そこからすぐに、品川まで向かってください!』⋯⋯ッ!?」

四島(しじま)さん! どうかしたのか!?」

 

インカムから、若い女性の声が聞こえる。女性の名前は、四島(しじま)亜希(アキ)

WayMarkでは、コウもそれなりに顔を合わせたことがある。普段は、常に優しい笑みを浮かべるお淑やかな女性なのだが、そんな彼女の声には、コウ自身、聞いたことがないような焦りが含まれていた。

 

『品川区にて、“Sレートアンノウン”『ゴルゴーン』の出現を感知! 現在、ユウヒさんが応戦中! カノンさんは、あちらの方でAレート含むアンノウン群と戦闘中である為、加勢は不可能! 貴方達が頼りです!』

 

Sレートアンノウン、それは、名を持つ者達の中でも、特別に強い力を持ったアンノウン。生まれながらの怪物であったり、生まれながらの悪性英雄など様々だが、その全てに共通して、恐ろしい程の強さを持つ。

 

「だが、こっから品川までつったら、結構掛かるぞ!?」

「間に合うかい⋯⋯!?」

 

Sレートアンノウンの出現、そして、それと一人で戦うユウヒの安否が気になった。だが、今すぐ駆けつけようにも、セイヴァーギアの力では飛ぶことが出来ないため、時間は必然的にかかる。

狼狽えながらも、取り敢えず建物の上を走って行こうと、低めの建物の上に跳んだところで、上空から二人へと声がかけられた。

 

 

 

「───案ずるな、二人共! こういう時こそ、大人の力を頼るもんだ! というより、戦場じゃあ、これくらいしかしてやれないからな!」

 

 

「司令ッ!」

「練宮さん!」

 

上空には、WayMarkのエンブレムの貼り付けられたヘリコプター。

WayMark司令官、練宮省吾が、はしご状のロープを下ろして、二人を見下ろしていた。

 

 

「良いぞ、出せ。全速力だ!」

「イエス、サー」

 

二人がヘリコプターに乗り込んだのを確認すると、省吾はパイロットに指示を出す。

そして、機内の椅子に座る二人を向き直る。

 

「ユウヒ少女には、頑張ってもらうしかない。二人も、すぐ戦えるように変身が解けないよう、闘志を燃やし続けろ」

「ったりめーだ。後輩が、仲間がピンチだってのに、闘志が尽きるわけねえ。なあ、コウ!」

「ああ!」

「ふっ⋯⋯頼もしいな。大人である私が、心配ばかりして⋯⋯こんなザマではいけないな。二人共、頼んだぞ」

「応ッ!」「はいっ!」

 

省吾は、二人なら心配ないと判断し、開け放ったドアから顔を出して、ユウヒとSレートアンノウン『ゴルゴーン』が戦っているであろう方角を見詰めた。

 

その顔には、信頼と心配が混在していた。




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