異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#05-2 無明

 

「……ッぅあ」

 

 ──もはや何度目の目覚めだろうか、しかして悪夢という名の現実は未だに()めることはない。

 とはいえ今までとは明らかに様相が(こと)なっていて、己の手指さえ見えないほどの無明(むみょう)の闇黒であった。

 

 視力を失ったわけではなく、ただただ上下左右黒一色しか映ることはない。

 

 

「なんだ……あーーー! だれか──っ!!」

 

 そこでは自分の声しか反響することなく、すぐに静寂そのものな空間へと戻る。

 

(返ってきた声からすると、かなり狭いな)

 

 手をぎゅっと握り、開くを繰り返す。次に地面を触りながら立ち上がった。

 とりあえず(オリ)の中で衰弱していた時とは、比べ物にならないほど体も動くし頭も回る。

 

 俺はいくらかクリアになった意識で五体の無事を認識したところで、状況を把握する為に記憶を手繰(たぐ)っていく。

 

 

(確か……誰か、男に買われたんだったな。それからきれいな水とまともな飯にありついて……)

 

 衛生環境は最悪だったが、喉から胃に到達するまで……これ以上ないほど、体に()み渡ったのを覚えている。

 俺はゆっくりと手を伸ばしながら、(さぐ)(さぐ)り真っ暗で狭い中を歩いていく。

 

(壁がある、わずかに丸みを帯びてる。歩幅からすると……直径が5か6メートルのくらいだろうか)

 

 頭の中で組み立ててみると、多分だが……半球のドーム状をしているようだった。

 土っぽい質感だが相当に硬く、厚さもわからない。素手で掘るには難しいだろう。

 

 

「んっ、水か」

 

 壁際の一か所には水場のようなものがあった、内部の温度の割にはひんやりと冷たい。

 手で(すく)って、匂いも嗅いでみるが特に違和感はなかった。

 

 目で見て(にご)りなどは確認できないが……わざわざ用意されてるのだから、飲み水にはなるだろう。

 反対側には単なる(くぼ)みがあり、そちらは排泄用なのかも知れない。

 

(満腹になってそれから──記憶がないな。あるいは何か()られていたとか……? そしてどこか、こんな狭い暗所に運搬された)

 

 孤独に一人、暗闇の渦中(かちゅう)。しかし心身が充実しているおかげで、今までのような絶望感はなかった。

 

 

(このまま日干しにして殺す意味は……ないよな)

 

 俺を買った巻布覆面の、声からすると男。あいつが主人なのか、あるいはさらなる仲介業者という可能性もある。

 いずれにしろ置かれている現況に対する、相手方の意図を考える。

 わざわざハーフエルフの子供を買って、明かり一つない硬い土壁の空間に放置する意味するところとは……。

 

 すぐに殺すこともなく、外側からペット感覚で観察可能な状況でもない。

 水も用意してあるし、広さを考えても子供だから空気もかなり()つと思われる。

 

 

(──光の届かぬ閉塞空間に閉じ込めること、それ自体に真意がある……?)

 

 普通の子供が暗闇に放置されれば、それは並々ならぬ恐怖に違いない。

 精神的には大人の俺だって、あまりに長引けば気が狂ってしまうことだろう。

 

(恐怖の先に何を見出す……か)

 

 例えば尋問目的で閉じ込めても、子供相手に得られるものは何もない。

 なれば暗い押し入れや物置に子供を閉じ込めるといえば……"(しつけ)"くらいしか思い付かない。

 

 しかし少なくとも俺は悪いことをした覚えはない。抵抗や脱走をする火まもなく連れてこられた。

 

 

「いやいや待て、ここは異世界だ。もうちょっと視野を広げないと──」

 

 俺は口に出して想像力を働かせる。まず一つに"魔術契約"というものがある。

 それは双方向による至極真っ当な契約関係か、奴隷となるべき人間の意思力を薄弱化させ強制的な主従関係を結ぶものだ。

 

(……意識は至って明瞭だな。それに契約を結ばされた覚えもまったくない)

 

 契約した場合、体に刻印が刻まれるか、常に身に着けておくような装飾具を(かい)すらしいが……。

 

(真っ暗で刻印は確認できないが、少なくとも装身具的なものは──)

 

 自分の体をまさぐってみるが、()身着(みき)のまま。首輪だとか指輪や腕輪といった(たぐい)の感触はない。

 あるいはこの無明の闇黒から出られた時に、契約が待っているのだろうか。

 

 

(他にはたとえば……)

 

 恐怖心などの"負の感情"をエサにするような魔物がいたとしても不思議はない。

 あるいはこうやって恐怖を与えて()()()()させている、などとと言う考えが浮かんで身震いする。

 

(ッッ──おぞましいな。……他には、魔力を吸い取るとか?)

 

 この土で作られた構造物それ自体が、中にいる人間から何かを搾取する為の装置ということも考えられる。

 しかし特段魔力が吸われているような感覚は覚えない。

 

 いずれにしてもロクなものではないが……少なくとも、すぐに殺されるような心配はないと考えられる。

 何らかの利用価値の為に俺を買って、こうした措置を(おこな)っているのだと信じたい。

 

 (オリ)の中で閉じ込められて得た知識は、奴隷とて安い買い物というわけではないということだ。

 確かにそこそこ売れ残ってはいたものの、まだ買い叩かれるほどではなかったと思いたい。

 

 

「あぁ、使い捨てにするようなマネはそうそう起こらないと信じたい」

 

 俺は自分に言い聞かせるように、はっきりと言葉に出した。

 ついぞ意図はわからないが、なんにしても回りくどいやり方なのは間違いない。

 

 まさに取り囲む暗闇のような不明瞭さに気持ち悪さを覚えつつ、俺はその場に寝転がるのだった。

 

 

 

(暇だな……)

 

 何度も心の中で繰り返す。どうしようもなく暇である。

 寝られれば暇も空腹も忘れられるだろうが、生憎(あいにく)と睡眠欲は失せている。

 

(ちから)──(ちから)さえあれば、こんな()き目に()うこともなかったのにな」

 

 故郷が燃やされることなく、仮面の男とぶっ飛ばして、奴隷に身をやつすことなく、今現在こうして囚われた状況を打破するような圧倒的な(ちから)が。

 

「運命に翻弄されない確固とした(ちから)があれば……」

 

 あらゆるワガママを押し通せる地上最強の強さ。男の子なら一度はあこがれる、天下無双の腕力家。

 

 何も考えずとも、何を努力することもなく、それが手に入ればさぞ楽だったことだろう。

 しかし"明日の命も保証されぬ身"である。

 

 

 ──転生前の自分を振り返る。代替の効く歯車のような消耗品。

 

 人生に張り合いがなく、無気力感に溢れていた。

 多様な娯楽にも手を出してはみたが続かず、すぐに飽きてしまう生活。

 自分からあらゆることに対して能動的に、真新しさ……見出すことができなくなってしまっていた。

 

「今にして思えば……いや、今だからこそ思える」

 

 ふと(つぶや)きながら確信を得る。精神的に()んでいた部分があったに違いない。

 そうした症状あるいは兆候すらも認めることができず、変なプライドで病院にも行かず、自己完結して世界を()ざしていた。

 

 

(亜人、長命種、ハーフエルフ)

 

 ──転生後の自分の出自を振り返る。種族それ自体は恵まれていると言えるだろう。

 

 知的生命種はそのすべてが"神族"より(たん)を発し、魔力という要素によって進化・退化・変異の枝分かれしていったという。

 神族は事実上不老と言われ、エルフもその恩恵からか1000年近くという長命(ちょうめい)を誇る。

 

「俺みたいな半端モノでも、おおむね500年くらいは生きられる──)

 

 前世である地球で、そんな超長寿を体験する知的生命体は地上に存在しなかった。

 つまり現代知識を持つ人間としては、前人未到の境地に至ることになるだろう。

 

 

(異世界においては長生きは当然それなりにいる)

 

 大陸最北端に住むらしい神族は言うに及ばず。

 焼かれてしまった故郷、亜人集落【アイヘル】でも数百年単位で生きているエルフ種が何人かいた。

 

 そしてそうした(ほとんど)どが、枯れかけの老木のような精神性を有していたように見えた。

 "長寿病"とも呼ばれる、現代地球で言えば認知症にあたると思われる、記憶が薄れ反応にも鈍感になっていく症状。

 

 

三十路(みそじ)ちょっとくらいで、(なか)ば無味無臭の人生になりかけていたもんな……──)

 

 無明の闇黒は、際限(さいげん)なく想像の翼を広げて羽ばたかせていくのだった。


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