異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
『えーエキシビションも無事……? 終わり! いよいよ一回戦第一試合。
それでは新しい解説役の――"
『はーいどもども~よろしく』
『ベイリル選手とヘリオ選手の身内ということで、彼女以上の解説者はいないでしょう!』
『たしかにウチほど二人を知るのは、あとはジェーン姉ぇくらいしかいないからねぇ』
『ジェーン選手は出場者ですから、やはりここは妹の――』
実況のオックスと解説のリーティアが、わいのわいのやっている中。
喧騒が全く耳に入らない、2人の雄が言葉を交わす。
「前試合の消耗は?」
「スィリクス先輩には悪いが……全く問題ないから安心しろ」
不敵に笑うベイリルに、同じく不敵の表情をもってヘリオは返す。
「オレぁよォ……ベイリル、ずっと楽しみにしてたんだぜ」
「そうだな、まぁ俺もだよヘリオ」
兄弟として、家族として、親友として、仲間として、同志として。
軽い模擬戦程度などはすることこそあれ、本気で争うような事態はない。
それに学園に入学してからは、そういった試し合いすらもなくなっていった。
お互いの手の内は知っているし、全力で闘争する理由なども見つからない。
しかしていつだって意識はしていた……。
10年近く、いつも傍にいて研鑽し合ってきた日々。
男の子である以上、己を鍛えている以上――強さ比べが、気にならないハズがない。
武に生きる者の"
いかに闘い、いかに倒すか、それに没頭することに、無常の喜びを感じてしまう。
進む道は少し変われども、関わり続けた男。
これからも共に、果てなき未知へと歩み続ける目の前の男へと。
「燦然と燃え昇れ、オレの炎ォ!!」
ヘリオの周囲に浮かび、チリチリと感情に揺らめく10つの鬼火。
「いくぜェ……腹ァ
それらを一気に右腕へ収束炎上させると、ヘリオは地を這うように大地を蹴った。
「
炎を纏った右腕で、地表を削り取りながら溶解させる。
そのまま火山が噴火するかのような勢いで、右拳を空中高くまで殴り上げた。
しかしベイリルには、紙一重で回避されてしまっていた。
ヘリオが対地攻撃へ移行するよりも先に、振り下ろされたベイリルの左手。
詠唱もなく発生した"エアバースト"が、ヘリオを地面まで一息に圧し付ける。
ヘリオは鬼人の筋力を総動員し、大地に足を先に付けてベイリルの方向へと水平跳躍した。
強引な風圧圏外へ突破を敢行すると共に、収束したままの炎の右腕を掲げる。
「喰らい――やがれェ!!」
――"裏拳・大発火薙"。
溜めた炎の右腕を左肩まで振りかぶり、豪快に真横へと振り抜いた。
解放された火炎は巨大に膨れ上がり、前方すべてを覆い、焼き尽くす。
観戦者の魔力を利用した魔術具による、高燃費で強力な結界力場で防いでいなければ……。
客席の一画が、瞬時にして灰燼と帰してしまうほどの単純にして強力無比な大炎。
しかしベイリルは、防御するでなく回避するでなく、ただ前へと進んでいた。
ヘリオが炎を纏いし右腕を振った――瞬間に、その懐へと。
「踏み込みが足りん!」
「――ッッ!?」
ヘリオの瞳に映る視界の端では、ベイリルが指を合わせていた。
それはヘリオもよく知る……彼にとって最も使いやすく、それゆえに好んで使う"風の刃"。
ヘリオは攻撃を覚悟し筋肉を硬直させ身構えるが、飛んできたのは風刃ではなく――"音"だった。
パチンッという、フィンガースナップの――増幅された音が耳を盛大に打ち、脳ミソまで叩く。
急激な大音量によって、ほんの一瞬に過ぎないが……鼓膜と内部の耳石器まで音圧が通る。
三半規管を揺さぶられることで、目眩を引き起こし、平衡感覚を失った。
さらには意識の波長――攻撃だと思い込み覚悟した……その間隙へとぶち込まれた。
敏感になった山に対して音を当てられたことで、神経までが麻痺して動けなくなる。
「歯ァ食いしばれェ!」
「くぼァあッ――」
言葉と同時にベイリルは右拳を、ヘリオの左頬へと叩き込んでいた。
先んじて言っていたとしても、一時的に麻痺した耳には決して届いていない。
豪快に吹っ飛んだヘリオは、
『開幕からド派手だぁあああ!! 炎で見えなかった観客に言うとだな、ヘリオが殴り飛ばされたあ!』
『アレを踏み込んで
『殴る前にベイリルの使った技はなんだ?』
『"スナップ・スタナー"かな。ただの音も度を越せば、生物には凶悪な攻撃手段になる』
絶好の機会にも拘わらず、ベイリルからの追撃はなかった。
ドロッドロに歪み、霞む――ヘリオの視界が……徐々に輪郭を帯びてくる。
『詳しいことはハルミ
リーティアによる技と人体へのダメージ解説も、結界越しに耳に入るようになってきた。
「チィ……ご丁寧に回復を待ってくれるたァお優しいことだな、え? ベイリルこら」
「そうだな――
「ッぁあ?」
額に青筋を立てながらベイリルを睨み付けるヘリオ。
しかしベイリルはどこ吹く風と言った様子で、話を続ける。
「燃え上がるまでが遅いんだよヘリオ。それは時として致命的になる」
「昨日の屋外ライブでもそうだ――テンションマックスになるまでが長い」
「オマエも来てたんかよ……」
「あれでは急ぎの客に、お前たちの最高潮の良さを知ってもらえない」
「プロデューサー気取りか、いや……大元の発起人はオマエだけども」
バンドにしてもアイドルにしても、発案者はベイリルである。
「半端なライブを聞かせて、客に申し訳が立たないだろ?」
「うっせ、ライブってのは生き物なんだよ。つーか、んなこた楽屋に差し入れでも持ってきて言えよ!」
肩を竦めてから落としたベイリルは、心底呆れた様子をヘリオへと向ける。
「脱線しすぎたが……要するに、お前に足りないモノは――それはっ!!」
ベイリルは纏った風を強くし、一気に駆け抜ける。
その交差のタイミングを読んで、ヘリオは長巻を抜いて薙ぐも……
「情動、気合、信念、見識、尊厳、明媚さ、斬新さァ! そして何よりもぉおおお!!」
刃を躱したベイリルは、ヘリオの周囲を円を描くように加速していく。
そして空中に"圧縮固化空気の足場"を作り、三角飛びの要領でヘリオに蹴りを見舞う。
「っがァ――」
なんとか腕で防御はしたものの、もう一度吹き飛ばされてヘリオは受け身を取った。
ベイリルは蹴った勢いで華麗に空中捻りを決めてから、着地し一言告げる。
「"迅速さ"が足りないッ!」
「クッソがぁ……説教なんざなァ」
「俺のリズムは把握済みってか? それだけで勝てると思うなよ。もっと熱くなれよ!」
先の前哨戦の二試合目がイヤでも思い浮かんだ。
スィリクスが読んだタイミングと、ヘリオが遠目に読んだタイミングは一致していた。
カッファという名の少年は、その瞬間を強引に踏み超えていったのだ。
ベイリルに交差のリズムを、加速によって回避されたのも同じことだった。
リズムとは絶対のモノではない。実力差がまだあるのも身に染みている。
だからこそ一層、全力をぶつけるべき時に違いないのに――
「突っ張っていようがな、ヘリオ。なんだかんだお前は……ジェーンの影響で、優しいし世話焼きだ。
だから口では楽しみと言っても、いまいち興が乗ってないんだろう。俺も人のことは言えんがな」
ベイリルも結局こうして追撃をせずに、ヘリオに向かって垂れている。
闘争の喜びを分かち合いたいがゆえに――
そう、物事は
調子がどうだとか、家族の情だとか、残る試合についてだとか。
雑念が――不純物が多すぎた。
「ったくよォ……その後のセンパイや、ジェーンとの闘いも楽しみだったんだがなァ。
だがもうここで終わってもいい。オマエに落胆されることだけは、我慢できねえかンな」
ヘリオは自動で再充填されていた鬼火を、今度は左手へ一挙収束させる。
まるでその炎へ、己の全ての魔力を込めるかのように――
煌々と光を持ち始める炎を、ベイリルはその瞳に映しつつ僅かに唇の端を上げ詠唱へ入る。
「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を
ベイリルの詠唱の終わりとほぼ同時に、ヘリオは左手の炎を自身の胸元へ注ぎ込む。
「"内なる大炎"!!」
「"
『
『二人の話は結界の所為で聞こえないが、わかるのか?』
『お互いにそれぞれ、身体能力を
かたや燃焼させ続ける炎と魔力。その熱が上がるほど、肉体を限界以上に発揮させる。
かたや最大魔力加速循環。短時間に負荷を掛け続け、肉体と感覚の全てを引き上げる。
既に戦闘は再開されていた――しかしその攻防は、観客の目には映らない。
他の闘技者であっても、その全てを捉えられる者はいないほどに。
ヘリオの"収束炎剣"と、ベイリルの"無量空月"。
炎太刀と風太刀による剣戟。その合間に混ぜられる体術と駆け引き。
そのスピード&パワーは……何重にも織り込まれたような軌跡しか残さない。
お互いに防御・回避は最小限に……動きの全てが、次の攻撃へ繋がるような動き。
豪壮極まる、大味だが圧倒的速度の一撃――そして一撃の交わり。
思考が介在する余地もない、ただ二人だけの世界。二人にだけ感じられる世界。
刹那をさらに無限に切り刻み続けるような、そんな時間感覚の中で――
数えきれないほど……想いの込められた剣が繰り返されていく。
「ドゥゥオォオオオルルラァアアアアアアアッ!」
「くぅぅうぅうおおおおおおおおおオオオオッ!」
双方出し尽くしていく中で、少しずつ差が出始める。
超神速の世界の中であっても、新たにリズムを掴み始めたヘリオ。
ただ読むだけではない。誘い、導き、乗せていくのが本分。
この攻防に呼吸する合間などなく、考える余裕など存在しない。
しかし天賦の才と努力により培われたそれは、不確かなものさえ掌握しつつある。
ミックスアップし、お互いが限界を超えることで得られる境地。
人を超えし領域へと踏み込み、優位性が確立される――その瞬間であった。
ベイリルの
それはベイリルにとっても、完全なる識域下での動きであった。
彼もまた限界を超えて、偶発的に無念・無想・無我・無心へと至っていた。
初めて魔術を覚えた、かつての時のように――
前哨試合で闘った少女が、意識的にゾーン・トランス状態に入ったのにも似て――
太刀風を手の中から消し、一歩踏み込んで、ヘリオの右腕と肩口を掴んでいたのだった。
右の肘関節を挫き折られつつ、ヘリオの体が背中から叩き付けられていた。
無意識ゆえに意識的に出すトドメの蹴りはなく、ただただ全力全開の投げ。
地面が一部陥没するほどに強烈な、幼少期に何度か練習台になり、受け身を覚えさせられたその術技。
お互いに出し切っていたがゆえに、その一撃で勝負は決した。
衝撃によって吐き出せる息は、空っぽの肺にはなかった……お互いに声もない。
終わってみれば――その時間は、ほんの十数秒程度に過ぎなかった。
しかし観客達にはその10倍には感じられ、本人達には100倍以上であった。
心と魂を燃え
「ッたく……たまンねえな――"男の世界"、だったっけか」
「別に
ベイリルの差し出された左手を取り、ゆっくりと立ち上がるヘリオ。
それ以上交わす言葉はなかった。実況も解説も観客の声も、二人の耳には入らない。
ただただこの闘争の余韻を、全身で味わい尽くしていたのだった。