異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#87 一回戦 III

『左ブロックを終えて、一回戦は第三試合へと突入!!』

『こう見ていると、やっぱり多少無理してでも出れば良かったかなーなんて』

 

『オレも実は予選で落ち――っと先にキャシー選手が入場!!』

 

 関節を鳴らし体中を慣らす、先んじて立った赤い髪の雌獅子キャシー。

 手首から指先まで覆う鉄籠手を着け、待ちきれんとばかりの笑みで相手を見据える。

 

『ゆったりとした歩調で中央へゆくは、ファンラン選手!!』

 

 身の丈ほどの長い柄の偃月刀(えんげつとう)を背に、堂々と歩くファンラン。

 それは槍とも矛とも違う。"極東本土"独特の青竜の意匠が彫られていた。

 

 

『魔術防壁が張られ――っとォ!?』

 

 一足飛びで間合いを詰めたキャシーの猫手。

 しかしそれをファンランは事もなげに、いつの間にか抜いた偃月刀で止めていた。

 

「強そうで安心したよセンパイ。あんたのこと大して知らないからな」

「不意に小手調べってわけかい、元気だねえ」

 

 ファンランはグッと(ちから)を込めて、偃月刀を強引に振って距離を空けさせる。

 

 

 自ら後ろに跳んだキャシーから視線は離さないまま――

 ファンランは舞うような体捌きを(おこな)った。

 すると空中に水が生成され、ファンランの周囲を漂い始める。

 

「わたしが使うは水の踊り、舞踏にして武闘――我が身は水となり、対せし者の水を打つ」

 

 同時にバチバチと空気が弾ける音と共に、キャシーは爆ぜる電撃をその身に纏う。

 

「アタシはアタシのやりたいようにやる」

 

『二人ともやる気満々だねぇ』

『お互いに戦闘準備が完了し――』

 

 

「っらァ!!」

 

 実況を遮るように、勢いよく突き出されたキャシーの左腕から雷鳴が迸る。

 ファンランは一瞬早く、偃月刀を目の前の地面に突き刺していた。

 方向くらいしか誘導できない雷は、手から離れた偃月刀へとぶち当たって地面へと流れていく。

 

「悪いけどネタを知っているからねえ」

「チッ、ベイリルの野郎か」

「まっあんた個人の話じゃなく、電気についてさね。なんでもそれを使った調理器具があるとか」

「やりにっきぃな……そんならそれで構わないけど――なッ!」

 

 視線が滑ってしまうほどの、爆発的な急加速を伴うキャシーの突進。

 獣人種にとって基本ともいえる、身体能力にあかせた攻撃方法。

 

 しかしキャシーの軌跡はファンランに重なった瞬間、明後日の方向へと描かれた。

 そのまま魔術結界の力場に着地するように、キャシーは足裏から壁に衝突する。

 

『うぉぉおおっっとォお!! 受け流しィ!?』

『完璧に捉えてたね、ラン姉ぇの技術の高さが窺えるっぽい』

 

 

「っく……んだとォ」

 

 そのまま落ちて地面へ一度立ったキャシーは、しゃがんだまま毒づく。

 突っ込んできたキャシーをいなした際に、帯びた電撃を感じながらファンランは笑う。

 

「痛っつ……意外ときついもんだねぇ電撃。けど直線的な攻撃じゃあ、わたしは倒せないよ」

「言ってろ」

 

 キャシーの肉体がジリジリと軋むように熱を上げていく。

 獣人らしく四ツ足から、大地へ籠手爪を引っ掛ける。

 

 全神経が逆立ち沸騰するような感覚を保ち、電撃を放出させながらキャシーは今一度――

 

 

 先刻よりさらに数段速い突貫。

 ただ一筋の雷光が向かうような軌跡だけが、観客の目には映り込んだ。

 

 同時に放たれた幾筋もの無軌道な雷撃は、周囲へ配置された水塊へと吸い込まれる。

 水塊から伸びた細く伸びた水柱は大地へと繋がり、電気を逃がしていた。

 

「濁流を制するは清流――」

 

 刹那よりも短き一瞬に、キャシーにはそんな言葉が聞こえた気がした。

 

 爪先から皮膚・肉・骨・関節・(きん)・血液と経由し、手指の先まで……。

 澄み、冴え渡り、一分(いちぶ)の乱れなく、整然と、流水に身を任せたように、またもいなされていた。

 

 

 吹っ飛ばされたキャシーは、もう一度魔術防壁へ衝突する――ようなことはなかった。

 正確にはただ衝突するのではなく、逆に反動を利用していた。

 

 勢いを殺さぬどころかさらに加速するように、終わりなき三次元軌道の突進を繰り返す。

 それは跳弾どころか電撃を伴った跳ね回る人間砲弾。

 

 ほんの僅かにでも芯がズレてしまえば……。

 ファンランもキャシー自身も大事故となり、ただでは済まない。

 

 結界内を跳び回るキャシーを、ファンランは捕捉し続ける。

 お互いに電撃に身を焼かれながらも、微塵にも引くことはなく――

 ひたすらに雷の残像線が、観客の瞳を通じて試合場に殴り書かれていった。

 

 

「ッガァァァアアアアアアアアア」

 

 キャシーが一際(ひときわ)大きく咆哮(ほえ)た。

 それは彼女の限界ゆえに、今までにない限界を超えた最高速でもって――

 

 対するファンランは、その双眸を見開く。

 直後に地面に足型を残す右震脚から、(たい)を開くように右の肘を打ち上げていた。

 

 いつの間にか真上に集められていた大水塊へと、キャシーの身は天頂方向に沈んでいく。

 寸分違わぬ完璧な迎え打ち(カウンター)。相手の最高速を捉え、一撃で終わらせたのだった。

 

『キャシー選手ぅぅうう!! 完全に気絶してるようだあああ!!』

『ラン姉ぇつっよ!!』

 

 水と共に地面へと横たえられたキャシーは、完全に意識を失っていた。

 

 ファンランはキャシーの息を確認すると、小脇に抱え退場していく。

 

 

『ファンラン選手、終わってみれば一撃で倒してしまいました』

『直線的な攻撃に慣れたところで、狙い澄ましたって感じ?』

 

『二試合目に続いてその実力を見せつけた専門部調理科!!』

『これはもしかすると……もしかするのかなぁ?』

 

 

 

 

「やーやー負け猫」

 

 運ばれた仲間を見舞いに、医務室に顔を出したリンは開口一番そう言った。

 

「あー……予選落ちした奴の言葉なんて聞こえんなぁ」

「言いよったな。でもまっ、兵術科はもうジェーンに期待するっきゃないね」

 

 そうアイドルユニットを組んでいる相棒へと、リンは流し目を送る。

 先んじてキャシーの様子を見ていたジェーンは、ゆったりと口を開く。

 

「そうね、優勝は……したいけど――」

 

 声のトーンがじんわりとくぐもっていく。

 ファンランの強さもさることながら、ベイリルとレドにも勝てるかわからない。

 

 しかしそれ以上に最初に戦う相手こそ、最大の障壁(カベ)と言えた。

 

 

「くっそぉ、フラウはアタシが倒すつもりだったんだがな」

「ちょっとキャシー? それじゃ私が負けてることになるんだけど……」

 

 もうすぐ戦うというのに――縁起でもないこと言われ、思わずジェーンは突っ込む。

 

「そんで決勝でベイリルを倒してアタシが――」

「キャシーの計画がそんなだったなら、次はジェーンが勝つかもね」

 

 あまりにも杜撰(ずさん)で楽観的なそれに、リンも口を出さずにはいられなかった。

 

「んなあっ!? どういう意味だ!!」

「キャシーの予定に逆張りすれば、儲けられるってこと~」

 

 無言のまま掴んで引き込もうとするキャシーの手を、リンはくるりと回るように躱す。

 

 

「――それで、リンはフラウと私のどっちに賭けてるの?」

「えっ……と、ひ・み・つ!」

 

「裏切ったなリンめぇ、あ~もう薄情な相棒だ」

「いやいやいや、だってジェーンって一番人気だから勝っても配当がさぁ」

「王国公爵家のくせに、考え方がなんつーかセコいな」

 

「それはそれ、これはこれだよキャシー。それに儲けた分は"商会"の慈善事業に寄付するし~」

 

 

 慣れたやり取りに、少し緊張していた心地が和らいでいくのをジェーンは感じる。

 

「にしたってさ、モライヴも応援くらい来ればいいのに」

「確かにお祭りの時にも来ないって、結構忙しいのかな」

 

 卒業したナイアブも闘技祭では色々と手伝い、ニアも食材流通で関わっている。

 しかしモライヴは卒業し帝国へ戻ってからは、まともな連絡を取れていない。

 

 とはいえ彼は彼なりの目的をもって行動しているのだろう。

 抜け目ない性格をしているし、大丈夫だとは思うのだが……心配がないと言えば嘘になる。

 

 

「人それぞれに事情があるんだから詮索するなよ」

「おっキャシーにしては言うねぇ」

「それでも分かち合えることなら、協力したいけど……ね」

 

「ジェーン殿(どの)~、そろそろ試合準備したほうがいいでござるよー」

 

 ともするとファンランの元から戻ってきたスズが、ジェーンを呼びつつ入室してくる。

 

「それじゃ、いってくるね」

 

 キャシーと右拳をぶつけ、リンと左手でハイタッチする。

 

 威風堂々たる歩みで、ジェーンは控え室へと向かっていった。

 

 

 

 


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