異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

103 / 489
#88 一回戦 IV

 ロックバンドとアイドルユニットは、もはや学園で知らぬ者はいない。

 昨日のバンドライブとアイドルライブの熱狂を、試合会場へとそのまま持ってきたように……。

 リンと共にアイドルユニットのメインを張るジェーンが出場する、一回戦の第4試合。

 

 先三戦も含めて最高潮に達しようかというほどに、大盛り上がりを見せる。

 

『午前の部は最終試合。フラウ選手とジェーン選手が向かい合う!』

 

『個人的にはフラウ義姉ぇよりも、ジェーン姉ぇの応援かなぁ』

『ほう、してその心は?』

『うんにゃ、二人の実力は知ってるから。その、相性(・・)もねぇ……』

『なるほど貴重なご意見。でも賭けはもう締め切ってますのであしからず!!』

 

 

 観客席を仰ぎ見てから、フラウはジェーンを見つめる。

 

「いやはやすっごい人気だねぇ、ジェーンさん?」

「……ほんともう、なんでここまでになっちゃったんだか」

 

 歌は昔から好きだった、踊るのも好きだった。

 子供の頃から……ベイリルからいろんなメロディーを聞かされた。

 

 音楽は人生の一部だった。だからアイドル業そのものは嫌いではないのだ。

 リンと一緒にやるのも楽しいし、スタッフと一緒に作り上げるライブも感動する。

 

(それでも……やっぱり気恥ずかしい)

 

 ライブ中は違う自分でいられる。

 でも終わった後になんとも言えない気分になる。

 元々ただの趣味だったし、ささやかに自分だけで歌うだけで良かった。

 

 しかしユニゾンする喜びを知った。息を合わせる面白さを知った。

 少なくとも残り少ない学生である内は、求められるだけ応えたいとも思っている。

 

 

 魔術防壁が張られ、戦闘開始が闘技者同士へと委ねられるとフラウが尋ねる。

 

「そいえばジェーンさんてさ――」

「なぁに?」

「ベイリルのこと好き?」

「えっ? それはもちろん好きだけど」

 

「弟として? 男として?」

「ん、あぁそういうこと。フラウが彼女でしょ?」

「そうだけどぉ、もし第一夫人を争うなら最大の相手かなって」

「考えたことなかったなぁ……――」

 

 ベイリルは家族だ、弟ではあるが父のようにも感じている。

 遠征戦の時に助けに来てくれた時は、「男の子なんだな」と感じた部分もあったが。

 

 

「頼りがいのある弟、に尽きるかな。それでフラウは義妹(いもうと)ね」

「そっかぁ、でも勝ちは譲らないよ。お義姉ちゃん(・・・・・・)

 

「だいじょうぶ、奪い取るつもりだから」

 

 薄っすらとした笑顔を交わし合い、空気が闘争のそれへと一変する。

 

「お互い手の内はある程度知ってるわけだし~、遠慮なくいくね」

 

 

 フラウは不動の姿勢のままに、魔力を加速させながら(うた)い唱え始めた。

 

「求むならばその手、拒むならばその心、支え配するはその(ちから)――」

 

 一方でジェーンは呼吸を整えるように、血の巡りを意識する。

 

 水属魔術――"血流作法"。

 自身の血液を操ることで、魔力と共に全身へと効率よく、また強固に行き渡らせる。

 そうすることで肉体のパフォーマンスを、引き上げる自己強化魔術。

 

 1試合目で見せたベイリルの"決戦流法(モード)・烈"や、ヘリオの"内なる大炎"と似ている。

 当然2人のそれと同じく反動も小さくないが、初手から全力を振るわねばならぬ相手。

 

 

「万象より自由にして、望むならば人よ――」

 

「我が意に倣い形成せよ、我が身と宙空――"武装氷晶"」

 

 フラウは詩を続け、ジェーンは魔術の発動と同時に駆け出す。

 左手に氷の槍を、右手に氷の小盾を、肉体に氷の鎧を纏いながら。

 

 空中には無数の氷の武器が踊るように、ジェーンへと追従していた。

 

 

「遍く存在するくびきの一端にその指を、疑いなくその意思を――」

 

 フラウは四方八方から迫る氷の猛撃を躱しながら、言葉を紡ぎ続ける。

 

 焦燥がジェーンの冷えた頭脳を満たしていく。

 もはや魔導の領域に踏み入れていると思えるほど、フラウの魔術は強力である。

 

 術を完成させられるまでが最大の勝負であり、ほんの数秒余りの攻防がいやに長く感じられた。

 魔術がなくとも、フラウを支える肉体と精神もまた侮れない。

 

 

「世界はみな――引き寄せ合っている。"重力(グラビティ・)協奏(コンチェルト)"」

 

 詠唱(アリア)が終わって魔術発動の準備が完了すると、フラウは腕を振り下ろす。

 ベイリルのオトギ噺でしか聞いたことのない、オーケストラの指揮者のように。

 

 ――前奏曲(プレリュード)

 何十倍にもなった重圧(プレッシャー)が、結界内の試合場を余すことなく圧し潰さんとする。

 空中を舞っていた氷武器は全て微塵と化し、ジェーンの盾も鎧も砕け散る。

 

「ぐっ……!!」

 

 しかし右氷槍を破壊されるだけは、どうにか防ぐ為に気合を入れる。

 膝を折って中腰の体勢のまま常に魔力を注ぎ、魔術を使い続けることで形成を保った。

 

 

「ちなみに時間が経つほど強くなってくからねー」

 

 フラウ自身は超重力下においても、中和ないし相殺しているのか。

 その場で泰然自若とした様子で、ジェーンを窺っていた。

 

 規格外の魔術――やはり彼女はモノが違う(・・・・・)……そう、思い知らされる。

 

 自分たちよりも先にベイリルと幼少時代を過ごし、様々な知識を得ていた。

 ハーフヴァンパイア種にして、修羅場を生き抜く為に洗練し続けたその実力。

 

 

「っぁああああっっ!!」

 

 "血流作法"で脳への血の巡りを補助し、飛びそうな意識を繋ぎ留めゆく。

 さらに血と魔力で全身を(みなぎ)らせ、足裏の"氷面滑走"にて、重圧下で一気に間合いを詰めた。

 

 摩擦を極限まで減らした移動に、遠心力を重ねて氷槍を突き込む。

 しかしその冷たい切っ先は、フラウの掌中で握られ粉々にされてしまう。

 

「それじゃぁ、あーしの"斥力層装"は抜けない」

 

 重力場に晒されていて、その声はよく耳にまで聞こえなかった。

 

 ベイリルの"風皮膜"のような――全身に纏う、"見えざる(ちから)"。

 生半(なまなか)な攻撃は反発し、フラウの体までは届き得ない。

 

 

 しかしそれはジェーンも知るところであった。

 

 イメージ集中と同時に、ジェーンの左手の平が裂けて血が漏れ出てくる。

 出血は砕けた氷と混じり合い再形成され、"薄紅色の血氷槍"を造り上げた。

 

 水属魔術――"氷尽血器"。

 それは自身の魔術の中でも、禁術に類するもの。

 人体の魔力の多くは、血液によって循環する。血こそが魔力を最もよく通す物質とされる。

 

 "血流作法"によって自身の血液を完璧に操作支配(コントロール)し、必要な分だけ流血し魔力を通わせる。

 

 それは魔力量によって硬度を変える"魔鋼"と同じ性質を、形成したモノに持たせる。

 さらに自らの血を介して、自らの魔力を通す親和性は――魔鋼にも(まさ)る。

 

 己の身を切ることで最強の武器とし、最硬の防具とする。

 まさに切り札の一つとも言える魔術だが、ジェーンに迷いはなかった。

 

 

「っ――!?」

 

 反射的に身をよじって槍を躱し、フラウは距離を取った。

 しかし僅かに切られた右腕から、一筋の血が(したた)り伝う。

 

 さらなる攻勢をかけるべく、ジェーンは地面を滑りながら迫る。

 しかしフラウが大きく右腕を振り払うと、ジェーンの体を激しく打ち据えた。

 

 上からの重圧と横からの衝撃によって地面を削り、引きずるように転がっていく。 

 

 

 ――行進曲(マーチ)

 肉体の動きに応じた、斥力場を発生させる魔術。

 フラウはさらに左拳を振り抜くと、目には見えない巨大な斥力場が拳の形をとった。

 

 立ち上がりかけたジェーンは、新たに結界壁まで運ばれるように殴り付けられる。

 

 フラウとしては白兵戦でも遅れを取るつもりはなかったが、それでもまだ一回戦。

 可能な限り危険(リスク)は回避すべき――という考えが、フラウに間接戦闘を選ばせた。

 

 

「あっぐぅ……」

 

 フラウは見えざる斥力場の左手で、ジェーンを握り締めて拘束する。

 そのまま左腕を掲げると、ジェーンの肉体も浮かび上がっていく。

 

 フラウが左腕を回すと同時に、掴まれた体は結界外周ギリギリを、円を描くように何度も振り回された。

 ジェーンは脳への血流を操作し続けながら、次なる策を考え続ける。

 しかし多大な遠心加速を受け続け、遂にはブラックアウトして試合は終了してしまった。

 

「っふぅ――想いは優勝まで持ってくよん」

 

 脳震盪を考えてフラウは助け起こすことはせず、ハルミアが来るまで待つことにした。

 一番人気のジェーンが沈んだことで、悲喜交々(ひきこもごも)の歓声があがる。

 

 

 また重力場が解除されたことで、実況と解説の声もようやく会場まで届く。

 

『う~ん、やっぱりフラウ義姉ぇは役者が違うね』

『順当な結果、ということですか。なんにせよ準決勝出場者が出揃いました!!』

 

『ベイリル兄ぃ、レド、ラン姉ぇ、フラウ義姉ぇ――誰が勝てるか予想つかないや。

 ハルミ(あね)ぇの治療があっても、一回戦の消耗も考えると……ほんっとどうなるんだろ?」

 

『たしかに……準決勝のオッズが楽しみですねえ。――なお試合開始は午後からとなります。

 観客のみなさんも一度休憩と昼食をとって、さらなる大盛狂に是非備えてください!!』

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。