異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
昼休憩を挟んで後に、賭けも締め切り――闘技祭は後半戦を迎える。
『二回戦からの解説はこの
クロアーネは黙したまま、オックスはさらに続ける。
『準決勝に二人も上がった調理科の同輩であり、ベイリル選手とも交流があります!』
今なおリアクションを見せぬクロアーネに、オックスは恐る恐る声を掛けた。
『あの……解説を――』
『今は必要性を感じませんので』
『そっそうですね、まだ試合始まってませんしね!!』
「クロアーネを呼んだのは人選ミスだろオックス……職権濫用するから」
「あっははは、ひどいねあれ!」
俺は解説席をチラリを横目にして、レドは同輩相手に笑う。
「ところでさ、出場選手で一番強いのってベイリル? ボクを除いてだけど」
「さてどうかな……優勝はするつもりだが」
とりあえずなんか可哀想になってきた実況は無視し、レドと雑談に興じる。
「そいえば一回戦の怪我は? 負けの言い訳にしてもいいよ」
「一試合目だったしもう万全だよ、なにせ医療担当の腕が良い」
ハルミアは通常の治癒魔術ではなく、外科手術を織り交ぜて
単なる回復のイメージをもって傷を癒やすのではなく……。
実際に患部を見極め、治りやすい形に施術した上で、治癒魔術を掛ける。
本人の努力と才能もあり、"商会"も色々と支援している。
そのおかげか非常に高度な治療を、単独でこなしてしまうほどに至っていた。
「しかしまっ、グナーシャ先輩を歯牙にかけないとは……ここまで強いとは思ってなかったよ」
「ふっふっふ……やる時はやるんだよね~ボクは」
「――どんな魔術だ?」
「教えると思うかい?」
「新レシピを一つ」
「十個!」
「欲張り過ぎだ……二つ」
「おおまけにまけて五個!」
「じゃあ三つ」
「乗った!!」
扱いやすいと思いつつも、俺はさらに一言付け加える。
「交渉成立だ、ただし俺が勝った後でな」
全力で雌雄を決する試合において、先に知るのは
「いいよ、キミが負けたあとにね」
「ふゥー……じゃっ
俺は息吹と共に"風皮膜"を纏い、体内魔力を加速させていく。
「さァこい!」
レドは頭より高く両手を広げ、迎え撃つような体勢をとった。
一方で俺は腰元ほどに両手を広げ、手を握り開くを繰り返す。
『さ……さぁ、両者構えて試合開始だあ!!』
『……』
左右それぞれでパチンッという指を鳴らす音が重なった。
"素晴らしき
しかしレドは回避する様子を見せることなく、両手でそれぞれ受け弾いてしまった。
「……はっ?」
「小手調べとは余裕だね」
『まずは挨拶変わりの"風刃"かあ!? しかしダメージはないィ!』
(いやいやいやいや――)
俺は腑の落ちなさに、ありのまま起こったことを心中で否定しようとした。
試合である以上は、真っ二つにするほどの鋭さを持たせていたわけではない。
しかし手の平で止めたのに、血の一滴も流すことがないなど――
俺の"風皮膜"のようなものでも、ジェーンやフラウの"それ"とも違う。
ただ純粋に皮膚で止めていた……理解不能であった。
「次はこっちの番だ――ね!」
意識を外したつもりはない……しかしいつの間にか、眼前へと迫っていた速度。
「しゃあっ」
俺は弾丸のようなレドの左拳を、"風皮膜"の流れに巻き込んで滑らし流す。
一旦間合いを空けようとするが、しかして瞬時に反応され回り込まれてしまっていた。
「"知らなかったのか、大魔王からは逃げられない"……だっけ?」
「まだ魔王ですらないだろう――がッ!!」
俺は両の掌中に"無量空月"を作り出し、二刀流の風太刀でもって十字を斬った。
先の "素晴らしき
『攻勢そして攻勢! しかしレド選手には通じなぃいいい!!』
「どんな原理だか……」
「ベイリルが負けたら教えるってぇ」
そんなレドの反応を見るに、何かしらのカラクリがあることは確かであった。
大きく振りかぶるように、レドは左腕を縦方向に回転させる。
『レド選手の
レドは豪快に地面にクレーターを作りつつ、浮かぶ岩礫を意に介さず突っ込んできた。
こうなったらもはや、己にやれるだけのことをやってみることにする。
「"烈風呼法"!」
俺は闘気込めるように左足を地面へと擦るように叩き付け、地を這う"圧縮風塊"を射出する。
同時に沈み込ませた左半身から右足で弧を描き、風刃を纏って蹴り上げた。
「アトウィィィンド――カッタッ」
大地を踏み抜いた左蹴りを続けてぶち込みながら、レドの体躯と共に空中へ追従する。
『ベイリルがぁ! 捕まえてェ!』
オックスのうるさい実況が耳に入るが、構わず追撃を続ける。
風皮膜を利用してその場で回転し、踵落としを見舞いレドを地面へ叩き落とす。
「ブゥゥゥストッふぅうせぇええキィィイック!」
間断なく空中で圧縮固化空気の足場を蹴って、斜め下方向にキックを放った。
『さらに追い討ちィ!』
足裏をまともにぶつけたものの、レドにダメージを与えている手応えがなかった。
反応しきれていないようだが、それでも防御しようとは動いている。
蹴りの衝撃でバウンドしたところに、先んじて放出していた地面を削り這う"圧縮風塊"が直撃する。
一瞬拘束されたレドに向かって、俺はキック後の着地から体ごと突貫をかけた。
「ライッディィイーーーン!!」
短い距離でも風速全開にし、真っ直ぐ加速して結界の壁に
『ベイリルがぁ! 結界
「そおぅらららラララララララ――ッ」
衝突から息継ぎの間もなく、全開風速を腕に流して超高回転の拳を放つ。
壁に挟まれつつの巨大な拳がごとき乱撃を、数瞬にして殴り込んだ。
『反撃許さず! まだ入るゥ!』
「ラァイジィングストォーゥムッ!」
隙は全く与えない、怒涛のフルコース。
両腕を交差する形で掲げ、足下までしゃがみながら円を描いて再交差する。
発生した風の奔流は、攻防備えた渦巻くような波の柱となりてレドを打ち上げた。
『さらに浮かしぃーの!?』
「ひゅるっるるるる――」
俺は吸息しつつ、前方に真空に近い空間を作り出す。
大気の移動と共にレドは吸い寄せられ、俺は右手でレドの頭をがっちり掴む。
『ベイリルがぁ! っ――近付いてぇ!』
「お別れだ……」
そのまま全身に纏った風流を、全て竜巻へと変えてレドへと巻き込んだ。
さらに結界壁側とは逆の方向へと、半円軌道を描く投げへと繋げる。
指向性竜巻によって運ばれたレドの肉体は、地べたへと思い切り打ち墜とす――
「真気――発勝」
――その一瞬に割り込んで、"無量空月"による太刀風居合を抜き放った。
律儀に鞘に納める動作まで含めて、連係させた俺のコンボ技。
"烈風呼法"、"
"
どの術技も、レドを殺す気で放ったわけではないものの……。
それでも尋常者であれば、少なくとも八度以上は死んでいてもおかしくない連続攻勢。
『ベイリルがぁ! 決めっ――られないぃい!!』
「ぐあああああ!! っ効いたぁ~~~」
陥没した地面から立ち上がったレドは、首を何度かコキコキと鳴らす。
全身ボロボロになってはいるし、多少は出血も見られるが……それだけだ。
「なーベイリルって、ひょっとしてボクに恨みでもあんの?」
「お前が倒れないから、引くに引けなかったんだよ。つーか俺の心が折れそうだ」
同世代相手に負けるとしても……精々がフラウ相手くらいだろう、という自負はあった。
しかしそれは驕りであった。レドがここまでとは、全くの予想外としか言いようがない。
「ふっははっは、おそれおののけ。我が魔術、"存在の足し引き"――」
「ん? おいおい、まだ勝敗は決してないんだから秘密漏らすなよ」
「次期大魔王のありがた~い御高説に茶々を入れない!」
「あいはいマム」
俺は大人しく聞く姿勢を取ると、レドは得意げに語り始める。
「まー答えから言っちゃうと、ボクの筋力を視力に変えたり、魔力を頑丈さに変えたりできる」
「いきなりざっくりだな。しかしそれってつまるところ――"能力の割り振り"……?」
「そーいうこと、"テーブルトークあーるぴーじー"をやってて閃いた」
「そういえばなんか、一時期クロアーネが愚痴こぼしてたっけな……」
しばらく料理がそっちのけになってしまったこと。
俺が持ち込んだ娯楽玩具の
「引いて足したのは当然元に戻せる。だから魔力はさほど使わないし、魔力だって何かに足せる」
「魔術の域を超えかけてんな」
つまりは俺の連係技を耐えたのは、頑健さに全振りしていたということ。
レドの動きが比して鈍く感じたのも――反射神経などをマイナスし、全てを
「いずれ寿命を伸ばすし、なんなら運に振っても面白そう」
――因果律さえ捻じ曲げ、運命も味方につける。
自称魔王、侮り難く……恐るべし。
「キミら人族はいずれ魔族の王たるこのボクに、利することをしてしまったのだ」
「俺個人としては、お前を敵だと思ったことはないがな」
それはある意味では喜ばしいことである。
フリーマギエンスに直接関わらなくとも、生み出されたモノに様々な影響を受ける。
そうやってより多くの国家・文化圏に、浸透させていくことも"文明回華"の意義。
「さて、まっ……そんなわけで。振っていた再生力を戻したから、戦闘再開といこうか?」
「自己治癒にも振れる――当然か。俺はまんまと話を聞いて、お前に回復されちまったと」
「ボクのカリスマと弁舌には抗えまい?」
「ふゥー……まぁそういうことでいいよ」
俺は"風皮膜"を改めて纏いながら、左足を踏みしめ半身に構えを重心を後ろに取った。
レドのカラクリはわかった。ならば試してみる価値のある技が一つ。
「まだ抗うかあ!!」
「
左手でパンッと叩いた直後に、広がるように負荷が右腕に掛かっていく。
増幅される"音圧振波動"を溜めながら、レドまでの距離をノーモーションで詰める。
"
これに反応できる人間など、学園では片手で数えられる程度に違いない。
レドはその一人であろう。恐らくは今この瞬間も、感覚へと
レドは軸ごとズラすように
紙一重で躱したレドは、交差ざまに白い歯を覗かせつつ宣告する。
「
「その台詞はやめときな、大抵は"これで終わり"じゃない」
カウンターの形で差し込まれたレドの左膝が、俺の腹を打つ――
「ッがぁ――っ!?」
「っぐ……ッ!!」
俺の呻き声とほぼ同時だった。レドの肉体が一瞬だけ
倒れるのだけは拒んだレドは、そのまま両足の膝をついてしまう。
同様に俺もパワーに極振りしたレドの膝によって、無様に両手ついてうずくまる。
『両者ダウン!! これは……どっちでしょう!?』
『さぁ……?』
クロアーネの解説にならない声を聞きつつ、俺は肉体のダメージを確認する。
狙いに合わせ"風皮膜"を絞り、"
圧縮個体化した空気装甲も、衝撃に反応する局所爆嵐をもぶち抜いてきた。
カウンターの形で入ったとはいえ、まともに喰らっていたなら……。
(内臓破裂で死んでるっつの――)
しかし代償として得たものは小さくなかった。
奥伝、"音空波"――その実体は内部を震わせ砕く、振幅し浸透する音の波そのものである。
つまり直でぶち当てるよりは減衰するものの、
耐久に振っていれば、ダメージなど大してなかっただろう。
しかしレドは感覚回避から筋力攻撃へと割り振り、肉体への防備を疎かにしていた。
彼女の性格も相まってか、割り振りの見極めと実際の調整が大味で甘い。だからこそ
「うぐっく……」
「ふっはァ……」
回復もままならないまま、お互いに意地だけで強引に立ち上がる。
「前言撤回……今度こそ終わりにしてやる」
「そうだな、降参だ」
「――……はぁあ!?」
レドは間の抜けた顔を声を張り上げ、俺は淡々と語る。
「先んじて情報を得た上での奇襲紛いだ。なんというか本意じゃない」
「そんならボクだって話術で再生したんだからおあいこじゃん?」
「
「それに今のベイリルの技よくわかんないし、勝ち譲られたみたいで納得できないんだけどぉ?」
「気にするな、これ以上俺に打つ手はない。一試合目の消耗も思ったよりきついし、もう魔力も限界だ」
「ぬふぅ……」
レドは気が抜けたようでそれ以上の追及はなく、俺は降参の合図を出した。
そうして実況と歓声をバックに、退場しながら――心に思う。
(無節操に覚えた術技の数々、改めて"殺し技"が多すぎる……)
そう、
残るは力加減がしにくい術技ばかりで、"死合"で使うようなものである。
それでも強者であるレドを相手だからこそ、使ったものもあったくらいだ。
使いたいやつをやりたいように修練した結果、我ながら無軌道となってしまった。
結果としては敗退してしまったが、さしたる後悔はない。
むしろ次の3位決定戦こそ、新たに楽しむべきがあるというものだった――
例の実況部分は2Dで展開するイメージ