異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#90 準決勝 II

 試合上で向かい合う2人――お互い顔見知りだが、その実力は(よう)として知れない。

 しかし片鱗を双方共に一回戦で見ている以上は、侮りも油断も晒すことはない。

 

『準決勝はファンラン選手とフラウ選手!! どちらもまだ底が見えない対決!!』

 

 ファンランは"水の舞"を、フラウは"詠唱(アリア)"をそれぞれに終えている。

 いつでも戦闘を開始できる状態だが、しばし視線を交わし合う。

 

『しかしオッズは、一番人気のジェーン選手を倒したフラウ選手に分があります!』

 

 

 どちらもまだ意気立ててない状況で、フラウがふと気になった疑問を投げ掛ける。

 

「ランさんってぇ――もしかして竜に(ゆかり)とかない?」

「……急にどうしたんだい」

 

「ベイリルと調理科に行くたびに、少ぉし気になってたんだよねー。

 帝国の亜人特区にいた人と、なんというか雰囲気みたいなのが似ててさぁ」

 

 人型においては――ハイエルフやヴァンパイアと並ぶ、最強種に数えられる"竜人"。

 獣人種は爬人族に類していて、その数はエルフやヴァンパイアよりもさらに少ない。

 

 魔力の知覚・操作は二種族に劣るものの、それを補って余りある最高の身体能力を持ち得る。

 古代において世界を支配し、今でも信仰の対象とされる(ドラゴン)の血を引くとも言われる種族。

 

 

「その浮かべてる水塊を見ても……。魔術・魔力感覚は鋭い性質(タチ)なもんで」

 

 フラウは「今は特に(・・・・)ね――」と付け加えて、ファンランからの反応を待った。

 

「んんっ、参ったねぇこりゃ……。まっ、もとより全力のつもりだったからいいか」

 

 そう言うとファンランは偃月刀(えんげつとう)をフォンッと一回転させ、地面を石突部で叩く。

 すると浮遊する水は集まって、たちまち長く巨大な"龍"へとその姿を変えていた。

 

 それは偃月刀に彫られている青龍の意匠が、そのまま飛び出してきたかのようであった。

 

 

「我が身は龍血。我が心は人。我が気は"水龍"」

「わお! これはあーしも開幕全力じゃないとやばそ」

 

 苛烈でありながら澄んだような闘気が、試合場を包み込む。

 

「――動植物の大いなる恵みにして、押し流し破壊する災厄の化身」

 

『うぉぉぉっぁぁあああ!! ド派手だぁぁァアあああ!!』

 

 実況と観客は驚愕の声をあげながら、フラウも闘気と魔力を加速させた。

 

「すっかり、ランさんの噛ませ獅子(ネコ)になっちゃったキャシーの無念――」

「ははっ友達思いだねえ……」

 

「とは全く関係なしに、あなたを打ち倒そう」

「楽しみだねえ、本当に楽しみだ」

 

 

 闘争は静かに、されど見た目は豪快に始まった。

 巨大な水の龍はファンランの動きに呼応するように、縦横無尽の軌道でフラウへ迫る。

 

 フラウは水の顎門(あぎと)眼前に置いて、左手を思い切り横に振った。

 するとまるで支配し誘導されるかのように、水の流れはその向きを一瞬だけ変えてしまう。

 

 瀑布(ばくふ)のような水龍は結界へぶち当たると、凄まじい轟音と飛沫を撒き散らした。

 結界越しであっても、試合場が揺らぐほどに感じられるほど……。

 否、大気を通じて天上吹き抜けから感じられる程度には震わせているようであった。

 

 さらに一度飛散した水は、すぐに青龍の姿へと変えて再び襲い掛かる。

 

 

 ――前奏曲(プレリュード)。フラウの振り下ろす腕に合わせ、圧潰重力が襲いかかる。

 ジェーンの氷武具を根こそぎ砕いたその一撃に、水龍もたちまち形を失いかける。

 

 されども水は――砕けない(・・・・)。氷であれば押し潰して、細かくしてしまえばいい。

 それゆえにジェーンとの相性は、すこぶる良いものと言えた。

 

 しかしてファンランの水龍は、圧力をいくら掛けても効果は薄かった。

 魔術による水分子同士は決して離れることなく、重力のくびきの中でも大いにもがく。

 

 水龍の出力もさることながら、その操作性においても非常に優れた使い手。

 それがファンランの真なる実力であった。

 

 

「――っにしても、調理科って化物揃い?」

「レドがあそこまで強いとは、わたしも知らなかったさね」

 

 倍増重力下の中にあって、歩くたびに地面を砕きながらも……。

 さして変わらぬような足取りで、間合を詰めてくるファンラン。

 

 まるで重圧すらも、清き水の流れが如く受け流してるようにすら感じられた。

 

「そっかぁ、そいじゃこっちも魔力加速(アクセル)もっと上げないと――か」

 

 水流を伴った偃月刀の横一文字――膂力・技術・速度とが融合した、無比の斬撃。

 

 フラウは魔力加速を伴って、種族由来の身体能力を活かし切る。

 ファンランの重さを感じさせぬ一閃に追従する水龍は、さらに二撃・三撃と繰り返された。

 

 死線で培ってきた体捌きと、全身を包み込む斥力場で確実に弾きつつ相対距離は縮まっていく。

 

 

 確実に処理し続けたフラウが、反撃の一撃へと転じようとした矢先であった。

 

「わたしの動き全てが、魔術の布石(・・)だよ」

 

 そう耳に聞こえ終わった瞬間、視界が大質量の水(・・・・・)によって覆われてしまっていた。

 魔術防壁によって立方体に囲まれた領域に、大量生成された水が並々と注がれていたのだった。

 

『ぉおおオオオ!! 水のない場所で、これほどの水属魔術を!?』

 

 お互いに水中に在って、実況オックスの声はもはや聞こえない。

 黙して、しかし試合場から瞳は離さない解説クロアーネも見えない。

 

(布石か、そういえばレドっちがボードゲームを色々とやっていた横で……)

 

 ランさんはベイリルと囲碁や将棋に興じてたなぁ、などと思いつつ――

 フラウは魔力の消耗を直に感じ取りながら、さらに集中を高めていく。

 

 

 それにしても――"水の舞"とはよく言ったものであった。

 魔術の発動にはイメージを強化する為に、詠唱だけでなく動きで補強する者もいる。

 

 ベイリルの指パッチンもそうであるし、単純に腕を振る動作一つとっても同様。

 ジェーンが氷によって生成する武器のリアルタイムコントロールも、同じ(たぐい)のものである。

 

 ただファンランの場合は、発動それ自体を舞う動作の中に組み込むことで、強力な魔術を使っている。

 攻撃・防御・回避などと同時に、魔術を発動させるに至る一つの完成型であった。

 

 

(もう使っちゃうっかぁ――)

 

 斥力場は全身に纏っているし、たとえ水中であろうとも重力操作で動きも確保はできる。

 しかし間髪入れず襲い掛かってきた、保護色で見えなくなった水龍の圧力。

 

 ベイリルの"風皮膜"と違って、"斥力層装"の内側の空気は、新たに供給されることはない。

 決勝のことを考えれば、これ以上の魔力消費は好ましくなかった。

 

「すっ飛ばして――最終楽章(フィナーレ)

 

 フラウは体の前へと両手を持っていくと、その空間へ重力場を一挙に集めた。

 

 すると見えない水龍と共に大質量の水は数瞬の内になくなり、空中に投げ出された2人は着地する。

 

『なんだあ!? 何が起こっている!? 解説のクロアーネさん!?』

『さぁ……?』

 

 

「おっとと、わけわっかんないけど流石だねえ」

 

 これにはファンランも動揺を隠しきれぬ様子で、同時に彼女も消耗が見て取れた。

 あれだけの大規模な水属魔術を使い続けられるだけでも、驚嘆すべきことである。

 

「でっしょぉ~?」

 

 そう笑いながらフラウは掌中の空間にあったモノを、両手で閉じて握り潰した。

 最終楽章(フィナーレ)――"有量円星"。それは擬似的なブラックホールを創り出す。

 

 あらゆる物質を無に帰せしめ、蒸発し消え去ってしまう。

 それまで発生させていた重力魔術の全てを注ぎ込む、自身の極致魔術の1つ。

 

 

「妙な圧力がなくなって体が軽くなったのは……さっきの魔術の副作用ってとこかねえ」 

「ヒューッ! こわいなぁ、その洞察力」

 

 ファンランは偃月刀を手元で回転させながら、新たに武器へと水でコーティングした。

 

「正直なところ、もう一回使えるだけの魔力は残ってない。そろそろ決着としようか」

 

 偃月刀大の水龍をその手に持ち、重心を低く構えるファンラン――

 先刻までど比すれば……とても、か(ぼそ)くも見えるそれ。

 

 しかして研ぎ澄まされた術技と圧力は、それまでの水龍に劣るものには感じられなかった。

 

 

わたし(・・・)も"奥義"をもってお相手しよう」

 

 フラウは両足をやや肩幅より開き、左手を上に、右手を下に、真正面に相手を捉える。

 

「"天地人威の構え"――これは、ベイリルにだって打ち砕けない」

 

 天に浮かぶ星々、踏み立つ大地、人と取り巻く環境――

 遍く宇宙に作用する(ちから)を威とし発露させる。

 

 

 先に動くはフラウであった。

 その構えはカウンターではなく、先手必勝のそれ。

 

 地の右を横に振ると同時に、天の左を振り下ろす。

 

 右手に呼応するように全方位から"重力衝壁(グラビディウォール)"が展開され、急速に包囲を狭めていく。

 左手から放出された"引力収翼(アトラクターウィング)"が、誘導されるようにファンランへと向かう。

 

 その衝壁は触れれば圧壊させる、逃げ場なき重力の(おり)

 その翼はあらゆる魔術や攻撃を呑み込み、相手を引き込み拘束する引力の砲弾。

 

 

 ファンランは(ちから)の限り大地を蹴り、水龍を伴った刺突をフラウへと刺し向けた。

 

 "重力衝壁"によって突進以外の機動力は奪われ、引力収翼によって水龍は喰われてしまう。

 それでも真っ直ぐ押し通された偃月刀は、彼女の矜持そのものであった。 

 

 穿たんとする偃月刀の切っ先へ、フラウは右手を振り抜き、指先を衝突させる。 

 万物を裂き貫く"斥力手刀(リパルシヴエンド)"によって、偃月刀は刃先から柄の半分ほどまで砕け散った。

 そのまま首元で寸止めされた右手刀をもって、勝敗は決したのだった。

 

「参った、わたしの負けさね」

 

 砕けた武器を捨て、両手を挙げたファンランを見て、実況のオックスが叫ぶ。

 

『フラウ選手の勝ォォォオオ利!! いやぁ凄かったですね! こればっか言ってる気がします』

『まぁ……そうですね、それでは私は仕事がありますので失礼します』

『えっ、あ――』

 

 役目を終えたとばかりに、そう告げたクロアーネは、解説席から瞬く間に姿を消す。

 ファンランは遠目に後輩の様子を見ながら、気を抜いて笑う。 

 

 

「そいえば、武器……大事なものだった?」

「んっ? あぁ一応値打ち物だけど、気にしなくていいよ。試合に出す時点で刃引きしてあるしね」

 

「そっか――優勝祝いの豪華晩餐、楽しみにしてるね」

「勝つ気満々だねえ。まっわたしとしてはどっちも応援しとこうかね」

 

 フラウとファンランは握手を交わし、それぞれ試合場へ背を向けるように爽やかに歩き出した。

 

 

 

 


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