異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#95 わりと自由なプラタの一日

 学園に通いたい――ずっと夢想し続けたことだ。

 

 連邦西部国土で、帝国との国境界線上に近い場所に位置するこの学園。

 独自の生態系も存在する森山河に恵まれた、境界線がわからないほど広い敷地。

 

 学園の正門の先にある象徴(シンボル)のようにそびえる"石像の竜"を眺める。

 

 帝都の幼年学校。王立の魔術学院。皇国の聖徒塾。そしてここ連邦の統合学園。

 しかし世界四大学府の一つであるということよりも、遥かに素晴らしい付加価値がここにはある。

 

「なーよー、この"石像の竜"って七不思議なんだっけ?」

「たしか……そうかも、なんでも咆哮(ほえ)ることがあるとか?」

「そうですよー、設立当初から"幻想の学園長"が置いた歴史あるモノらしいです」

 

 ゲイル、シールフ、カプラン――三人の(もと)で学んだ為に、今さら一般教養に行く必要はない。

 好きなところで好きなように学ぶことができる。

 

 ()()()()は今――新たな人生の岐路に立って、歩きだそうとしていた。

 

 

「そういえば、ケイとプラタって結局学科どこに行くか決めたのか?」

「やっぱり政経科かなー……都市国家長の娘として学ばないと」

「わたしは製造科です。カッファさんはまだ決まってないんですよね?」

 

「おう、おれはもう道場継ぐことは決まってるし、専門部のどっかでなんかいろいろやりたい」

 

 闘技祭で"縁"を得た三人揃っての、晴れて今季入学。

 本当は先輩の皆さんがまだいる時に入学したかった気持ちもあったが……。

 商会のほうで色々と立て込んでいて、師匠らの心労をほんの僅かにでも取り払うべく働いていた。

 

 きっとお願いすれば、ゲイルさんもシールフお師さまもカプラン先生も、(こころよ)く送り出してくれただろうが……。

 途中で色々と放り出して行くには――多忙だからこそ、学べる機会を失するには――

 いささかもったいなかくて、入学を遅らせたという部分も否定できない。

 

 それに入学時期は逸したものの、前季は暇を見つけてはちょくちょく学園に顔を出していた。

 そのたびに一緒に遊んでもらい、色々と学んばせてもらったので、それだけでも十分満足である。

 

(こうしてケイさんとカッファさんと同季入学できたことだし……)

 

 

「ぃよ~お! いたな、新入生!」

 

 唐突にこちらへ手を振りながら大声を発したのは、黄色校章の男の人であった。

 深緑色した短い髪に、浅葱(あさぎ)色の双眸を向けて近づいてくる。

 

「この学園の"生徒会長"を務めているオックスだ」

「お久しぶりです、オックス会長」

「ケイちゃんとカッファくんも無事入学か」

 

 ケイさんとカッファさんは一瞬だけ見合せてから、揃えるように口を開く。

 

「おれたちのこと――」

「……ご存じなんですか?」

 

「闘技祭で実況していた人ですよ」

「ああ――そういえば!」

「あのうっさい実況の人かあ!!」

 

 

 そうカッファさんが叫ぶと、パシィッとその後頭部をケイさんによって(はた)かれる。

 

「あ(って)

「あんたはほんっとにもう、失礼なんだから」

 

 しかしそんな様子にオックス会長は愉快げに笑って飛ばす。

 

「ハッハハハ! いいよいいよ、遠慮はいらない。権力を笠に着るつもりはないからな」

「ってかおれたちの名前も覚えてんの?」

「確かに……ちょっと試合出ただけで。こっちは忘れてたのに――」

 

「人の顔と名前を覚えるのは得意だし、キミらの前哨戦での活躍は鮮烈だったからな」

「スィリクス元生徒会長がちょっと可哀想でしたねぇ」

「あーあの金髪の……」

「おれは負けたけどな!」

 

 互いに共通する闘技祭の話題の中で、わたしは核心を問うように疑問を尋ねた。

 

 

「ところで、なぜ現生徒会長がわざわざ……?」

 

 学園に通っていた時も彼と会ったのは、二回か三回かその程度だった。

 多少の交流こそあれ、わざわざ出向いてくれるとは何か理由があるのだろうと。

 

「あーそうそう、よかったら三人とも生徒会に入らないか? 庶務か書記あたりでどうだ」

「わたしはちょっと……」

「遠慮しなくていいぞケイちゃん、都市国家を治めるなら人の上に立つことも慣れておくといい」

 

 オックス会長のもっともらしい言葉に、ケイさんは腕組み悩み考えていた。

 都市国家出身というのは、生徒会長だから知り得た情報なのだろうか。

 

「おれは生徒会長のイスくれるならいいぜ!」

「それはさすがに無茶ってもんだカッファくん。適性がいるし、なにより皆に認められて選挙で勝たないと」

 

 何か思い出しているかのようなオックス会長は、どことなく楽しそうな表情が浮かんでいた。

 

 

「いずれは奪い取ります! てっぺん取ります」

 

 そうわたしは宣言する。今はまだやるつもりはないが、落ち着いたら生徒会もやりたいと思っている。

 興味を持ったらなんでもやっていくことが大事だと、常々三人の師匠に言われていることだ。

 

「良い意気込みだ、プラタちゃん。楽しみだ――と言いたいが、オレも来季の選挙時には卒業する予定だからな」

「えーそうなんですかぁ、残念です」

 

 来季がちょうど生徒会選挙の時期にあたり、引き継ぎおよび引退と共に卒業なのだろう。

 生徒会長をやる場合は一年継続が基本なので、卒業も一人遅れる結果となってしまったのだ。

 

 

「まぁオレが会長やっている(あいだ)に、興味を持ったならいつでも言ってくれ」

「はい、遠慮なく言います! フリーマギエンスの活動が暇な時にでも――」

 

 そうわたしが言うと、オックス会長は何か気付いたように顔を曇らせる。

 

「あー……、フリーマギエンスか」

「奥歯にモノが挟まったような感じですね?」

「それがなあ、アイツラ一斉に卒業しちまったから、ちょっとおかしな方向へ行っている臭くてな」

 

「変なのも受け入れるのがフリーマギエンスです」

 

 わたしはその精神性を説く――と言っても、オックス会長もそれは承知しているだろう。

 生徒会長になってからは立場を切り分けてはいるものの、フリーマギエンス員であることに違いはない。

 

落伍者(カボチャ)ってわけじゃあないんだが、良からぬ噂がちらほら……な」

「ふむふむ」

「オレが動いてもいいんだが、やっぱ立場上は出張りすぎるのもはばかられてななあ」

「問題ありません、今からわたしたちが行きますから」

「そう言ってくれると思っていたよ」

 

 それが予定通りだと言わんばかりに、にんまりとほくそ笑むオックス会長。

 対してわたしもにっこりと、有無を言わさぬような良い笑顔でお返しする。

 

「もしも信条に反しているようなら粛清しますから――正式な許可か、お目こぼしお願いしますね」

 

 

 

 

 専門部のフリーマギエンス棟の敷地正門はあっさりと開き、三人で中へと入る。

 

 落伍者(カボチャ)の溜まり場だった頃は、単なる部室棟の一つに過ぎなかったそうな。

 しかしフリーマギエンス設立以降は、あれよあれよと拡大し続け現在に至る。

 

 周辺の建物を改築したり壊したり、土地を整備して様々な意匠と実用性を取り込んだ。

 特にナイアブ先輩がデザインしたモノが多く、庭には奇怪にも見えるオブジェまでも存在した。

 

 他にも温泉やら訓練施設、遊技場からスポーツ演習場。没魔術具倉庫まで。

 種々雑多な様相を呈していて、所属人数も学園一にまで至っている。

 

 

 前衛的な庭を堪能しながら歩き続け、ひときわ大きいフリーマギエンス本棟の前へと来る。

 これまた珍妙とも思える豪奢な扉をくぐると、わかりやすく出迎えられることになった。

 

「お……? やぁやぁ"白校章"の新入生さんたち、ようこそフリーマギエンスへ」

「どもどもです」

「我々のことは知っているのかな?」

 

 大仰な仕草で語る男は周囲に人を引き連れ、その声色には胡散臭さが多分に混じっていた。

 何度かフリーマギエンスには遊びに来ていて、ぼんやりと覚えがあるが思い出せない。

 

「もちろん、その為に入学してきたと言っても過言じゃありません」

「それならば話は早い! 我々は学園で最高の集団であり、最高の環境を備えている。大歓迎だよ」

 

 わたしは常々――相対する者の心意を読み取れるよう、つぶさに人間を観察している。

 それはカプラン先生の教えであり、シールフお師さまからも「器用に生きたいのなら」と言われていること。

 

(ゲイルさんは……他人のことなんて知ったこっちゃないけど――)

 

 なんにせよ眼前の男は、底が浅く信用ならない。

 それは人を見る訓練などしていなくても明白であろう。

 

 

「しかしここまで来て見てきただろう? 最高の施設には……実は維持費がいる」

「つまりどういうこと、ですか?」

「この素晴らしい部活を存続させる為にも、入部費用と季毎の上納金が必要なんだ」

 

「なるほどなるほど、なるほどー」

 

 まぁそんなハズはなかった。

 シップスクラーク商会が後ろ盾にあり、資金はすべてそこから供出している。

 個々人が金を出すことはあっても、徴収するようなマネは一切しない。

 

 もっともこの男が――わたしのような小娘が、経理関係も(たずさ)わっていたなどとは(つゆ)ほどにも思うまい。

 

「なに、施設の利用料だと思ってくれれば――」

「お支払いすることはできません」

 

 わたしは男の言葉を遮りながら、強めの口調で言い切った。

 

 

「我が部へ入りたくないのか?」

「い~え~、出て行くべきはあなたがたってことです」

 

「おいおまえ――」

 

 すると別の男がわたしに対し、肩でも掴もうというのか手を伸ばしてくる。

 しかしその手は、別の手によって防がれ……払い倒された男はそのまま地面と熱い抱擁を交わした。

 

 

「勝手に手ぇ出すなよ」

 

 あまりのカッファさんの早業(はやわざ)に、周囲どころか倒された男すらも理解まで時間を要した。

 

「なってめえらッ!?」

 

 遅すぎる臨戦態勢にわたしは嘆息を吐くと、カッファさんが止めるように手を水平に差し出す。

 

「やめとけ、ケイは加減あんま知らないんだからさ。おれが全員やるって」

「心外な――と言いたいけど、否定できない……」

 

 前へ出ようとしていたケイさんは、少し不満そうな顔で踏みとどまる。

 わたしは思わず笑みがこぼれる。二人のやる気はありがたく頼もしかったが――

 

「大丈夫、お二方(ふたかた)の手は(わずら)わせません。だって()()()()()()()()から」

 

 

「なっ……え、あ? なんだぁあ!? うっ動かな――」

 

 口々に狼狽(うろた)える男達は、まったくの身動きが取れなくなっていた。

 窓の隙間から差し込む光で、わずかに輝く"糸"が男達を捕えて既に離さない。

 

「すっげ、超はっえー手並みだな! ケイとは真逆だ」

「いちいち引き合いに出さなくてよろしい」

「あははっ、でもケイさんの強さの足元にも及ばないですよ~」

 

 話しながら、まがりなりにもこのフリーマギエンス員をどうしてくれようかと考える。

 

 ともすると無遠慮に開かれた扉から、嬉しいお客がやって来たのだった。

 

 

「倉庫のカギ、貸してもらいにきーたよ」

 

 その狐耳の少女は、室内のただならぬ様子をキョトンと見つめる。

 

「リーティア先輩!!」

「んっんープラタ? あっそっかぁ、もう入学?」

「はい、今日からです!!」

「よしよし、がんばりたまえ。ところでこれ、どういうじょーきょー?」

 

 リーティア先輩の問いに対し、わたしは主犯格を指差しながら答える。

 

「あの人がフリーマギエンスの名で、勝手にお金を集めてたんで懲らしめてる最中です」

「そんなことしてたん?」

「ちっ……違うんですリーティアさん、これはその――」

 

 影が薄いとは言っても、さすがに創部メンバーのことは知っているようだった。

 リーティア先輩の様子を見ていると、どうやら顔見知りも怪しい感じである。

 

「ダメだよーそういうことしちゃ。でもちょうどいいや、以後はプラタ……この子に従うように」

「えっ……あ、はぁ……わかりました」

 

 OGであるリーティア先輩の言うことに、素直にうなずく主犯格の男。

 もっとも逆らえば(ちから)ある元先輩(がた)から、どういう目に遭わされるかくらいは想像に難くない。

 そんな様子を見ていると、記憶に引っかかっていたその顔を、わたしはようやく思い出す。

 

 

「あっ……そうだ!! あなた"卒業記念限定コラボライブ"の、最前列でめっちゃ荒ぶってた人!!」

 

 あの時は今の姿とは似ても似つかぬ装いではあるが、よくよく見れば印象的だった特徴が見て取れる。

 であればわたしは本物と確認すべく、懐中(かいちゅう)よりとある物を取り出して見せつけてみる。

 

「なっ!? それは買えなかった限定五枚のジェーンさんウチワ……しかもサイン入り!?」

「ほいっほいっほいっ」

「リンさん色の携帯式光灯(サイリウム)もサインが!? さらにチケットのデザインラフ画!? ヘリオさんのピックまで!!」

 

「よく集めてんねぇ。ってか持ち歩いてんの?」

「せっかくだから部室に飾っておこうかと思って持ってきました!」

「なるほどねぇ、そういえばいろいろ集めてたもんねぇ」

 

 見せびらかしたグッズから目を離せない男に、わたしはふふんっと鼻を鳴らす。

 

 

「いったい何者なんだ……」

「確かに――なんなんでしょう、わたし?」

「みんなの弟子みたいなもの?」

 

 リーティア先輩と同じように首をかしげて、二人で疑問符を浮かべ合う。

 

「じゃっそういうことで! ところでリーティア先輩は、なにをしにお戻りに?」

「ウチらが最初に作ったやつの、構造をちょっと写しにきたんだよ~」

「最初? えーっと、温泉掘り当てたやつですか?」

「そーそーあれはウチらも本当に自由にやりまくったからさー。ちょっと役立ちそうな部分が――」

「お手伝いしますよ」

「ほんと? じゃあ手伝ってもらっちゃおっかな」

 

「ケイさんとカッファさんはどうしますか?」

「興味あるからいきます!」

「おれも見てみてえ!」

 

 

 話が盛り上がってきたところで、水を差すように囚われの男達が申し訳なさそう呟く。

 

「あのー我々はいつまでこうしてれば――」

「もうしばらくはそのまま反省しててください」

 

 そう言い放ってわたしたちはリーティア先輩と一緒に、カギを取りに行く。

 

 いきなり面倒な幸先だとも思ったものの……。

 思わぬ再会で一転して素晴らしく自由な今日というこの日に――祝福と感謝あらんことを。

 

 

 


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