異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#99 無二特区 I

 "五英傑"の一人――"無二たる"カエジウス。

 人族、男性。年齢不詳だが、少なくとも200年以上は生きているという話。

 

 端的に語るのであれば、彼はいずれ来る世界の滅びを救った――とされる。

 

 山脈ごと大地を喰らい、とてつもなく巨大な湖を作りし"魔獣"。

 休眠と活性を繰り返しながら、国家すら呑み込んだ超生物。

 かの魔獣が目覚めて動き出すたびに、巨体は際限なく喰い荒らして大きくなり続ける。

 

 "ワーム"と――ただ一言その名は、古来より天災として恐れられ続けた。

 

 "翼なき異形の竜"とも言われ、かつて地上を支配した竜族が神族に敗れ……。

 叡智ある獣の王たる"頂竜"と共に、ほとんどがその姿を忽然(こつぜん)と消した時――

 彼ら竜族が神族に支配された世界を、遠い未来に滅ぼすべく遣わした置き土産とも伝えられていた。

 

 しかし神族どころか世界そのものを滅ぼしかねない、暴食の化身たるそんな超生物も……。

 カエジウスの手によって、命運尽き果てることになる――

 

 

 

 

「ははー盛況だね~」

「おーおー、すっげぇ」

 

 フラウとキャシーはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「フラウおまえ来たことなかったんかよ」

「ないね~、でも今にして思えば子供が一人で生きていくなら、割と良い場所だったかも」

 

 帝国領の東部に位置する――通称"カエジウス特区"。

 そこは世界最大の迷宮(ダンジョン)を中心に形造られた街。

 放射状に展開していく街並は、夢見る冒険者達の坩堝(るつぼ)でもある。

 

 

「どこか学園と似たところがありますね」

「確かに種族を問わず、皆が活気で溢れているな」

 

 ハルミアの言葉に同意しながら、俺はうんうんと頷いた。

 

 元々種族差別が少ない帝国だが、さらにカエジウス特区だけの治内法権で管理されている。 

 彼は独自の"契約魔法"が使えるとされ、治安を乱せば強制的に従属させられてしまうらしい。

 

 実際に犯罪者などが絶対の奴隷として……。

 治安維持やの迷宮(ダンジョン)管理他、様々に組織されているという噂であった。

 

 

「そして、あれが"ワーム"か」

 

 ――カエジウス特区の中心点、死なずの超巨大迷宮(ダンジョン)を俺は見つめる。

 

(いずれ世界遺産認定して、是非観光資源に組み込みたいところだ……)

 

 カエジウスはワームを討伐したが、生体そのものの活動は完全には停止していない。

 それはあえて生かされたのか、ワームの生命力が強靭過ぎたのかは定かでない

 なんにせよ彼は生きた死骸を利用して、自らの手で内部に迷宮(ダンジョン)を造り上げた。

 

「でっかいねー、あんなん倒すなんてあーしでも何百年掛かることやら」

 

 迷宮(ダンジョン)内はカエジウスが契約した魔物が跋扈し、下層へ向かうほどに凶悪になっていくという。

 契約しているとはいっても基本は野生そのままであり、容赦なく殺しに掛かってくる。

 

 しかし倒せたならば、その素材類は珍重され、高く売ることができる。

 また犯罪者から収奪した金品や、カエジウスの収集品も"宝箱"にご丁寧に入れられているのだとか。 

 

 

「五英傑の(かた)って本当に凄いんですねぇ」

 

 さらに罠を含めた構造全てが、カエジウスの手によってトータルデザインされているという話。

 世界最大にして唯一の完全管理迷宮(ダンジョン)であり、一般に広く開放している。

 それゆえに迷宮(ダンジョン)から広がるように、街が作り上げられていった。

 

「英傑っかぁ……アタシもソレ目指すのも悪くないかもな」

 

 領内の法も含めて、"無二たる"の()()()()()というものが窺い知れるというものであった。

 そして造られし迷宮(ダンジョン)の最下層まで完全制覇(クリア)した暁には――

 

 

「えーっと、泊まる場所どこだっけ?」

 

 黄昏時を背景(バック)に、キャシーと並んで前を歩いていたフラウが振り返る。

 俺はポケットからメモを取り出し、書かれている住所を確認する。

 

「北大通り三番目――"ディミウム商会"の店だ」

 

 

 

 

 寄り道をしながら到着する頃には、既に()も落ちていた。

 店には雰囲気のある照明と、わかりやすい看板が掲げられている。

 

「お久しぶりです、ニアさん」

「あなたたち……思ったより早かったわね」

 

 そう言って暗い金髪をうなじあたりで結んだ"女主人"は、カウンター下を漁る。

 予め連絡していた通り、宿の部屋二つ分の鍵を渡してくれた。

 

 それを俺はフラウとハルミアへそれぞれ手渡した。

 

「先に休んでていいぞ」

 

「いいの~? じゃっお言葉に甘えて」

「あーーーさっぱり洗い流してぇな」

「キャシーちゃんって意外とキレイ好きですよねぇ」

 

 フラウ、キャシー、ハルミアはそれぞれ手荷物と共に、2階へと上がっていく。

 残った俺は改めて、目の前の女性との会話を再開する。

 

 

「使いツバメがちゃんと届いてたようで何よりです」

「そうね、飛び込みだったら部屋は埋まっていたと思うわ」 

 

 そう業務連絡のように返した"ニア・ディミウム"。

 学園の専門部政経科に属し、製造科へ移った後に一足先に卒業していた。

 ディミウム家を盛り立てる為に、フリーマギエンスを利用するだけと公言して(はばか)らなかった。

 

 努力の人――と自他共に認めているが、努力をし続けることも一つの才能である。

 俺とてハーフエルフという種に恵まれていなければ、修練なぞ苦痛しかなく諦めていたこと疑いなく。

 本来苦痛となることも楽にこなせるからこそ継続できたし、新たな楽しみを見出せたに過ぎない。

 

 なんにせよ努力によって(つちか)い得た、その商業的な敏腕。

 特に補給周りの采配と輸送は、学園での遠征戦においても大いに発揮された。

 

「依頼通り迷宮(ダンジョン)攻略に必要な物はこちらで揃えておいたわ。請求はシップスクラーク商会に?」

「いえ、帝国金貨一括で」

 

 ドンッと道中の荷物になっていた、重めの貨幣袋をテーブルへと置く。

 道すがら賞金首を狩り続けてきた報酬も、決して安くないほどに貯まっていた。

 

「滞在費やその他諸々の必要経費も、ここから出しちゃってください」

「はいはい、毎度どうも。迷宮(ダンジョン)探索用一式も準備してあるわ」

 

 

 ――その店は総合雑貨屋と言うべきものだろうか。

 武器・防具・装飾具から、冒険に必要な各種道具類が整然と並べられている。

 ポーションや魔術具も一部取り扱っているようで、なかなか繁盛しているようだった。

 

 2階部は宿屋になっていて、そこを特別に早くから予約していた。

 

「ここがニア先輩の――最初の城、ですか」

「……本当に運が良かったわ。あなた発案の"値段均一商品"も悪くないし、ガラスの(おろ)しも助かってる」

 

 質の良いガラスは、各種研究の為には必須とも言える素材である。

 数多くの化学変化に強く、溶媒などの保存や混合に、ガラス容器は大いに使われる。

 それをニアへと(おろ)すのは商会としても、なんら拒むようなことではない。

 

「なんのなんの、良い店とは良い関係でいたいですから」

 

 カエジウス特区街では、"商業権"が存在する。

 ()()()()()を除いて、全店舗が2年ごとに店を入れ替えねばならないのだ。

 

 それは審査に通った者達の中から、厳正な抽選の(もと)に決定される。

 隔年でがらっと立ち替わっていく商店群も、ここ迷宮街の観光要素でもあった。

 

 

「早めに卒業した甲斐はありましたか」

「えぇ、ここから始める。あなたたちの商会もいずれ超えるわ」

 

 店舗はそのまま利用することもできるが、取り壊して新築するケースも少なくない。

 魔術によって壊すのも造るのも、そこまで労を要しないという側面もある。

 なによりもここカエジウス特区では、"契約奴隷"による格安建築がサービスとして提供されるのだ。

 

「というかニア先輩が自ら出張って、店舗運営してるんですね」

「ここは多彩で質の良い店が多くあるから……学べることも多いのよ」

 

 奴隷は人手としても雇い入れて労働させることが可能であり、絶対服従というおまけ付き。

 売買需要もさることながら、そうした恩恵も抽選倍率を高めている要因であった。

 

 "無二たる"カエジウス単一個人による、高精度な奴隷契約によって管理される――

 世界でも片手で数えられる、どこの影響も受けることなき独立した一つの領地。

 

 

「っと、そういえばティータからモノ届いてます?」

「今朝方ちょうどね、部屋に既に届けてあるわ」

「いやぁ道中結構消耗しちゃったんで。今のとこ作れる人は限られてるからなかなか」

「……興味本位だけど、どういう物なの?」

 

 俺は少し悩んでから、申し訳なさそうな表情を浮かべて断る。

 

「すみません、現状ではまだ言えません。色々な意味で難があるテクノロジーなので――

 諸々の障害(ハードル)や先々の見通しが立てば、ニア先輩のとこにも優先的に開示し(おろ)しますよ」

 

「まあ……別に構わないけれど」

 

 不満そうな顔は一切見せぬまま、ニアは渡された貨幣を数えていく。

 

 

「ところで有益な情報を得るなら、どこがいいでしょう?」

「この店……と言いたいけど、"黄龍の息吹亭"以外にはないでしょうね」

 

 情報も売買対象ではあるが、やはりこの"迷宮街最大の店"にはどうしたって劣る。

 店の規模じゃ言うに及ばず、客の数とその交流、流通にしてもまた桁違いである。

 

「確かそこって――」

 

 俺は昼間に道中で助けた、攻略脱落者である男の話を思い出していた。

 迷宮街がこうも賑わっているのには様々な理由がある。

 

 人造迷宮(ダンジョン)内に眠る素材やお宝。独自の法によって維持される治安。

 国家からの干渉がなく、定住はできないものの一時避難としては最適な土地。

 種族差別が少なく、人が人を呼ぶスパイラルで賑わい拡充していく街。

 

 それらもおまけでしかない最たる理由――実際に俺達もそれを目当てにここまでやってきた。

 

「共和国の"大商人"が、"無二たる"に願って手に入れた……永久商業権による大衆酒場よ」

 

 

 夢と浪漫と実利が、迷宮(ダンジョン)には眠っている。

 しかしそれ以上のものが、"完全制覇の報酬"として存在する。

 

 迷宮(ダンジョン)を攻略した者に与えられる、制覇特典。

 それは――"どんな願いでも3つだけ叶えてもらえる"こと。

 

「この街で唯一のってあれですか」

「えぇそう。二年縛りによらず、恒久的な商売を認められただけでも価値はあるけど……。

 何よりも完全攻略者の願いによって建てられた店。その制覇情報は挑戦者には垂涎(すいぜん)ものでしょう」

 

 

 "無二たる"カエジウスとて全能ではないだろう――

 しかし五英傑の一人が、可能な範囲で願いを聞いてくれるということ。

 それはつまり大概のことは叶えられることに他ならない。

 

「なるほど、明日から本格的に励みますか」

「イザコザ起こして、わたしにまで波及させないようにね」

 

「心外です……と言えないのが辛いとこです」

 

 

 

 


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