異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
"五英傑"の一人――"無二たる"カエジウス。
人族、男性。年齢不詳だが、少なくとも200年以上は生きているという話。
端的に語るのであれば、彼はいずれ来る世界の滅びを救った――とされる。
山脈ごと大地を喰らい、とてつもなく巨大な湖を作りし"魔獣"。
休眠と活性を繰り返しながら、国家すら呑み込んだ超生物。
かの魔獣が目覚めて動き出すたびに、巨体は際限なく喰い荒らして大きくなり続ける。
"ワーム"と――ただ一言その名は、古来より天災として恐れられ続けた。
"翼なき異形の竜"とも言われ、かつて地上を支配した竜族が神族に敗れ……。
叡智ある獣の王たる"頂竜"と共に、ほとんどがその姿を
彼ら竜族が神族に支配された世界を、遠い未来に滅ぼすべく遣わした置き土産とも伝えられていた。
しかし神族どころか世界そのものを滅ぼしかねない、暴食の化身たるそんな超生物も……。
カエジウスの手によって、命運尽き果てることになる――
◇
「ははー盛況だね~」
「おーおー、すっげぇ」
フラウとキャシーはキョロキョロと辺りを見回す。
「フラウおまえ来たことなかったんかよ」
「ないね~、でも今にして思えば子供が一人で生きていくなら、割と良い場所だったかも」
帝国領の東部に位置する――通称"カエジウス特区"。
そこは世界最大の
放射状に展開していく街並は、夢見る冒険者達の
「どこか学園と似たところがありますね」
「確かに種族を問わず、皆が活気で溢れているな」
ハルミアの言葉に同意しながら、俺はうんうんと頷いた。
元々種族差別が少ない帝国だが、さらにカエジウス特区だけの治内法権で管理されている。
彼は独自の"契約魔法"が使えるとされ、治安を乱せば強制的に従属させられてしまうらしい。
実際に犯罪者などが絶対の奴隷として……。
治安維持やの
「そして、あれが"ワーム"か」
――カエジウス特区の中心点、死なずの超巨大
(いずれ世界遺産認定して、是非観光資源に組み込みたいところだ……)
カエジウスはワームを討伐したが、生体そのものの活動は完全には停止していない。
それはあえて生かされたのか、ワームの生命力が強靭過ぎたのかは定かでない
なんにせよ彼は生きた死骸を利用して、自らの手で内部に
「でっかいねー、あんなん倒すなんてあーしでも何百年掛かることやら」
契約しているとはいっても基本は野生そのままであり、容赦なく殺しに掛かってくる。
しかし倒せたならば、その素材類は珍重され、高く売ることができる。
また犯罪者から収奪した金品や、カエジウスの収集品も"宝箱"にご丁寧に入れられているのだとか。
「五英傑の
さらに罠を含めた構造全てが、カエジウスの手によってトータルデザインされているという話。
世界最大にして唯一の完全管理
それゆえに
「英傑っかぁ……アタシもソレ目指すのも悪くないかもな」
領内の法も含めて、"無二たる"の
そして造られし
「えーっと、泊まる場所どこだっけ?」
黄昏時を
俺はポケットからメモを取り出し、書かれている住所を確認する。
「北大通り三番目――"ディミウム商会"の店だ」
◇
寄り道をしながら到着する頃には、既に
店には雰囲気のある照明と、わかりやすい看板が掲げられている。
「お久しぶりです、ニアさん」
「あなたたち……思ったより早かったわね」
そう言って暗い金髪をうなじあたりで結んだ"女主人"は、カウンター下を漁る。
予め連絡していた通り、宿の部屋二つ分の鍵を渡してくれた。
それを俺はフラウとハルミアへそれぞれ手渡した。
「先に休んでていいぞ」
「いいの~? じゃっお言葉に甘えて」
「あーーーさっぱり洗い流してぇな」
「キャシーちゃんって意外とキレイ好きですよねぇ」
フラウ、キャシー、ハルミアはそれぞれ手荷物と共に、2階へと上がっていく。
残った俺は改めて、目の前の女性との会話を再開する。
「使いツバメがちゃんと届いてたようで何よりです」
「そうね、飛び込みだったら部屋は埋まっていたと思うわ」
そう業務連絡のように返した"ニア・ディミウム"。
学園の専門部政経科に属し、製造科へ移った後に一足先に卒業していた。
ディミウム家を盛り立てる為に、フリーマギエンスを利用するだけと公言して
努力の人――と自他共に認めているが、努力をし続けることも一つの才能である。
俺とてハーフエルフという種に恵まれていなければ、修練なぞ苦痛しかなく諦めていたこと疑いなく。
本来苦痛となることも楽にこなせるからこそ継続できたし、新たな楽しみを見出せたに過ぎない。
なんにせよ努力によって
特に補給周りの采配と輸送は、学園での遠征戦においても大いに発揮された。
「依頼通り
「いえ、帝国金貨一括で」
ドンッと道中の荷物になっていた、重めの貨幣袋をテーブルへと置く。
道すがら賞金首を狩り続けてきた報酬も、決して安くないほどに貯まっていた。
「滞在費やその他諸々の必要経費も、ここから出しちゃってください」
「はいはい、毎度どうも。
――その店は総合雑貨屋と言うべきものだろうか。
武器・防具・装飾具から、冒険に必要な各種道具類が整然と並べられている。
ポーションや魔術具も一部取り扱っているようで、なかなか繁盛しているようだった。
2階部は宿屋になっていて、そこを特別に早くから予約していた。
「ここがニア先輩の――最初の城、ですか」
「……本当に運が良かったわ。あなた発案の"値段均一商品"も悪くないし、ガラスの
質の良いガラスは、各種研究の為には必須とも言える素材である。
数多くの化学変化に強く、溶媒などの保存や混合に、ガラス容器は大いに使われる。
それをニアへと
「なんのなんの、良い店とは良い関係でいたいですから」
カエジウス特区街では、"商業権"が存在する。
それは審査に通った者達の中から、厳正な抽選の
隔年でがらっと立ち替わっていく商店群も、ここ迷宮街の観光要素でもあった。
「早めに卒業した甲斐はありましたか」
「えぇ、ここから始める。あなたたちの商会もいずれ超えるわ」
店舗はそのまま利用することもできるが、取り壊して新築するケースも少なくない。
魔術によって壊すのも造るのも、そこまで労を要しないという側面もある。
なによりもここカエジウス特区では、"契約奴隷"による格安建築がサービスとして提供されるのだ。
「というかニア先輩が自ら出張って、店舗運営してるんですね」
「ここは多彩で質の良い店が多くあるから……学べることも多いのよ」
奴隷は人手としても雇い入れて労働させることが可能であり、絶対服従というおまけ付き。
売買需要もさることながら、そうした恩恵も抽選倍率を高めている要因であった。
"無二たる"カエジウス単一個人による、高精度な奴隷契約によって管理される――
世界でも片手で数えられる、どこの影響も受けることなき独立した一つの領地。
「っと、そういえばティータからモノ届いてます?」
「今朝方ちょうどね、部屋に既に届けてあるわ」
「いやぁ道中結構消耗しちゃったんで。今のとこ作れる人は限られてるからなかなか」
「……興味本位だけど、どういう物なの?」
俺は少し悩んでから、申し訳なさそうな表情を浮かべて断る。
「すみません、現状ではまだ言えません。色々な意味で難があるテクノロジーなので――
諸々の
「まあ……別に構わないけれど」
不満そうな顔は一切見せぬまま、ニアは渡された貨幣を数えていく。
「ところで有益な情報を得るなら、どこがいいでしょう?」
「この店……と言いたいけど、"黄龍の息吹亭"以外にはないでしょうね」
情報も売買対象ではあるが、やはりこの"迷宮街最大の店"にはどうしたって劣る。
店の規模じゃ言うに及ばず、客の数とその交流、流通にしてもまた桁違いである。
「確かそこって――」
俺は昼間に道中で助けた、攻略脱落者である男の話を思い出していた。
迷宮街がこうも賑わっているのには様々な理由がある。
人造
国家からの干渉がなく、定住はできないものの一時避難としては最適な土地。
種族差別が少なく、人が人を呼ぶスパイラルで賑わい拡充していく街。
それらもおまけでしかない最たる理由――実際に俺達もそれを目当てにここまでやってきた。
「共和国の"大商人"が、"無二たる"に願って手に入れた……永久商業権による大衆酒場よ」
夢と浪漫と実利が、
しかしそれ以上のものが、"完全制覇の報酬"として存在する。
それは――"どんな願いでも3つだけ叶えてもらえる"こと。
「この街で唯一のってあれですか」
「えぇそう。二年縛りによらず、恒久的な商売を認められただけでも価値はあるけど……。
何よりも完全攻略者の願いによって建てられた店。その制覇情報は挑戦者には
"無二たる"カエジウスとて全能ではないだろう――
しかし五英傑の一人が、可能な範囲で願いを聞いてくれるということ。
それはつまり大概のことは叶えられることに他ならない。
「なるほど、明日から本格的に励みますか」
「イザコザ起こして、わたしにまで波及させないようにね」
「心外です……と言えないのが辛いとこです」