異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
その住居は豪邸と言って差し支えないものであろう。
しかしある種――主要国家の王よりも上位とも言える人物が住むには……。
簡素で最低限の権威を示すくらいにしか見えなくもない。
地上に露出しているワーム
庭には隷従契約された魔物が跋扈し、不法侵入しようものなら喰い殺されかねない様相。
一方で屋敷内に大した物は見当たらず、生涯のほとんどを
そんな噂も、あながち間違いではないと思わせた。
連れてこられた広間の床には、魔法陣のようなものが薄っすらと描かれていた。
さらに奥の少しだけ段差が高くなった場所に、椅子がポツンとある。
それなりに豪奢ではあるが、どちらかと言うとみすぼらしい玉座のような印象を強く受けた。
その座に腰掛ける人物こそ――生ける伝説、五英傑が1人――"無二たる"カエジウス。
「そっちの三人は長命種のようだが……まだ若いな」
一見してそう見抜いた、口ヒゲから顎ヒゲまでをたくわえた老齢の男――
人族で200年以上となれば、年相応ではないのだろうが……。
それでも枯れた老人のそれを彷彿とさせる容貌であった。
決して高価そうには見えないローブを何重かにまとい、首元にはチョーカーのようなものを付けている。
「もう一人は普通の獣人か。なんにせよ、法を知らぬ存ぜぬでは通じんぞ」
周囲には魔物も護衛もいない。ここまで連れてきた奴隷も、扉前で失せてしまった。
必要がないのだろう。彼を脅かせる存在など、はたして地上にいるのかどうか。
「お言葉ですが……罪を犯した事実はありません」
当然のように俺とフラウとキャシーも付き添いでやって来て、バルゥとは一旦別れた形。
そして同じく揉め事の当事者である、幽鬼のような男が意識のないまま床へ横たえられている。
「一応聞こうか、そういう申し開きの場だからな」
「おいジィさん」
一歩前へ出たキャシーの次の言葉が続く前に、俺は幼馴染の名を呼ぶ。
「フラウ――」
「あいはいさー」
勝手理解したるフラウは瞬時にキャシーの背後に回り込むと、その首へと腕を回して抑え込んだ。
「ぬっうぐ……」
「ややこしくなるからさ、大人しくしてようねキャシー」
「わーかった、わかったから地味に技かけるのやめろォ!」
「まったくこういう交渉ごとは、あーしらは不向きなんだからさぁ~」
場が落ち着いたところで、ハルミアは咳払いを一つ挟んでから弁明を述べる。
「私が
「話では……店内でその"肉を裂いた"と聞くが? 目撃していた契約奴隷は嘘をつけんぞ」
「もちろん否定しません――なにぶん緊急性を要する状態でした。前後不覚で今にも
骨そのものが歪み……血の巡りも滞らせていて、強引ですが一度切り開く必要性を認めました。
今は脳への血流も正常化されたので、時間が経てば
「にわかには信じられんが、さて……」
そう言ってカエジウスは幽鬼のような男をチラリと見る。
息はしているし、既に外傷らしい外傷も見当たらず治療痕のみ。
警備奴隷達が判断に困り、直接裁定を求めてきたのもうなずける様子であった。
「彼女の"医療術士"としての能力は確かなものです。
これ以上不当な拘束を続けることは、"無二たる"
ここに来るまでに、"ハルミアに耳打ちされたこと"を思い出しながら……。
彼女一人に重荷を背負わせるわけにはいかないと。
(結果としては確かに会えたものなんだがなぁ……――)
制覇する以外に真っ当な方法では"無二たる"には会えない――では真っ当でない方法なら……?
バルゥの言葉を聞いて、ハルミアは機転を利かせてすぐに行動に移した。
医療行為として相手を傷つける。問題を起こしながらその
本当の目的はこうして"無二たる"カエジウスへ、事態の判断をさせるということ。
つまるところ騙したような形だが――実際にこうして直接会い、話している現実が存在する。
「はんっ、好き勝手言ってくれるわ。こちらの判断一つでキサマらなぞ吹き飛ぶことを忘れるなや」
「
「もってまわった言い回しをしよってからに、気持ち悪いわ。若者らしく喋らんかい」
「それじゃぁ、もう少し砕けて物言います」
そんなことを200年と続けているだけあって、なかなかに偏屈な爺さんのようだった。
しかし裏を返せば彼の信条に反しない限り、多少横柄な態度でも許されると見る。
こちらが少なくとも肉体的には若いことは見抜かれているし、ここは若者らしく振る舞おうと。
「どうでしょうここは一つ、会食の場でも改めてもうけるというのは――」
カエジウスは一拍の沈黙を置いてから、やや冷ややかな瞳でもってこちらへ投げかける。
「なるほど、小賢しか。キサマらの本当の狙いはそっちということかい」
「ご明察、恐れ入ります。こうして会って話すことが我々の真の目的でした」
椅子に肘掛けた状態から、カエジウスは呆れたように溜息を吐く。
「抱き込めるとでも思っているのか?」
「そこまで都合良くいくとは思っていませんが」
「では直談判か? それかなんぞ聞きたいことでもあるんか」
「そらまぁ情報収集するのに……製作者以上の人物はいないでしょう」
一瞬呆気にとられた表情を見せると、カエジウスはくつくつと笑い出す。
「ぬっははははははっ! それで一騒動起こしてまで会いにきたか! とんだ
思ったほどの悪印象は持たれてないことに安堵する。
実際のところは、ハルミア一人の発想にして独走であったのだが……。
なんにせよ状況を臨機応変に活用することも、物事を円滑に進めるコツであろう。
それに少なくとも今回は、彼女はちゃんと計算していてのことである。
事前に相談くらい、しておいて欲しかったのだが……。
連行されている途中で「どうですか? いけるでしょ?」と、目を輝かせられたら何も言えない。
やらかしと言えばやらかしなのだが、そこは惚れた弱みのようなものもあった。
一見冷静沈着なようでいて、異様に行動力があるハルミアをフォローするのは決して楽ではない。
何かと猪突猛進なキャシーにせよ、時折掴めないことをやらかすフラウにしても。
俺とて楽観主義的に、刹那的で
(まっ、
「褒め言葉としてお受けします。では将来ある若人たちに、ささやかな贈り物でもどうです?」
闘争心を前面に、わずかに
「抜かせ、この
ピシリと、空間に亀裂が走ったような錯覚に突如として陥った。
臨戦態勢というわけではない、ただカエジウスの意識が切り替わっただけである。
「身のほど知らずは若き特権なれど――知れ、我が
ハルミアは無意識に一歩ずつ、ゆっくりと
キャシーは歯を剥き出しに身構えながらも、長髪が総毛立っていた。
しかし俺は微動だにしない。フラウも涼しい顔で視線を外さない。
彼我の戦力差が圧倒的なものであることを
それでも
かつて……初めてゲイル・オーラムを前にした時とは違う。
あれから学園生活を経て、色々と成長と進化を繰り返してきたのだ。
真正面から受け止め、受け流すことになんの造作があろうか。
「ほう……なんと見込みはありようか、
圧力に抗う俺たちを見てカエジウスは感心し、また関心を示す。
「過言でした、肉体言語による交渉は考え直すんで収めてもらえますでしょうか」
カエジウスが感情を抑えると、その場に充満していた気も晴れていく。
「持て余す
「
カエジウスは一度だけ鼻を鳴らしてから、不満気な様子を見せる。
「そこな倒れている男が無事起きてから、だがな」