異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「ならば頼む! 私を加えてはくれまいか!?」
少し前まで幽鬼のようだった男は一転した様子でもって、無粋にも距離を詰めてくる。
「治療費などは結構ですから、さっさとお帰り頂いていいですよ」
先の印象からか、一歩引いた位置からハルミアはそうバッサリと斬った。
「アンタ弱そうだし、役立たずはいらんだろ」
「攻略部隊を全滅させたんしょ? ちょっとアレだよね~」
「熱意だけじゃ
歩みを止めず進み続ける俺たちの前方に回って、男はさらに食い下がる。
「
「何層まで行ったんだよ?」
「二十一層だ」
「バルゥのおっさん個人より全っ然行けてねぇじゃねえか」
「もう
「
「国、ですか?」
「なにさまなんだよ、てめーは」
「私は"ヘルムート・インメル"辺境伯、このカエジウス特区の東の土地の領主だ」
「辺境伯ぅ? それってめっちゃ偉いじゃん。絶対ウソっしょ」
「しかも王国と境界線を分かつ、南東戦線の最先鋒――」
帝国貴族の中でも、恐らくは上から数えたほうが早い爵位持ち。
精々が30そこそこ程度の威厳のない男――ただの虚言癖にも思える。
「嘘ではない、これが証明だ」
自らを辺境伯を名乗る男は、懐中からペンダントを取り出し魔力を
すると帝国国章と共に、領地の紋章のようなものが浮かび上がった。
各国で身分証明に使われる魔術紋様の一種で偽造は難しく、
「あぁこりゃ確かに本物っぽい、まじもんの帝国貴族か」
俺は記憶にある帝国本国の紋章と照らし合わせてそう言った。
同時に
「そんな人がどうしてこんなところで……」
「話すと長い――それに今すぐに報いることもできない。しかし必ず恩は返す! だからこの通りだ!!」
ヘルムートは何もかも投げ出すかのように頭を下げ、俺たちはどう対応したものかと逡巡する。
「そもそもあーしらが絶対に攻略できる保証はないけどねぇ」
「それでもわずかな希望に懸けるしか……私には道は残されていないのだ!!
あの"無二たる"を相手に交渉をしていた様子で、今なお攻略の意志を見せる君たちに!!」
俺は腕組み考えながら、辺境伯を名乗る男を観察しつつ思い返す。
(家族はもうおらず国が死に体、ねぇ……?)
非常に気になる話であった。それに帝国南東端"インメル領"。
この一点に関しては、個人的にも商会的にも大いに価値があろうというものだった。
「ゆっくりと話を聞いてからにしましょうか。いい店があるんで」
◇
ニアの店の借り受けた一室に集まって、改めて内々の話をする。
それぞれがしっかり腰を据えたところで、俺はインメル領主へと話を振った。
「粗茶もなんもないですが、それではどうぞ」
「あ、あぁ……どこから話せばいいものやら」
「順を追って話す以外ないですよ」
「っそうだな――それは……急激だった。領内で"伝染病"が発生して、対処よりも先に広がっていった」
ハルミアの表情が鋭くなる。彼女自身――医療術士として、思うところは数あるようだった。
「帝国内でも豊かな我が領地は、王国との最前線ということもあり精強だった」
「共和国も隣接していて、常に戦に備えねばならない土地柄ですもんね」
俺は聞きかじった程度の知識を、改めて本人に確認を取る。
「そうだ。しかし伝染病に加えて、その治療薬と称して"魔薬"が出回り始めた」
(ふむ……人為的なもの、か?)
――"魔薬"。地球でいうところの麻薬に近いもの。
原材料の薬効に加え、
治癒ポーションも広義的には魔薬の部類に入り、様々な効用を服用者へともたらす。
薬も過ぎれば毒となるし、その逆もまた
快楽からドーピング目的まで多種多様であり粗悪品も多い、世界各地の社会問題の一つ。
商会の前身であるファミリアでも、収入源として小さくはなかった。
しかし
ゲイル・オーラム自身も特に
とはいえ魔薬それ自体は、色々な可能性を秘める異世界の錬金術の一つ。
研究それ自体は諸機関の一つで、続けさせてはいる。
(……まさかうちの商会から流出したワケじゃあるまいな)
俺はそんな危惧を振り払う。ヘルムートの話だとかなり規模の広い話に聞こえる。
いくらなんでもそんな量産体制にあれば、さすがに気付くというもの。
「あっという間に国は崩壊していった。父は奔走し、立て直しを図ったが……どうにもならなかった」
ヘルムートは己の無力を
「戦争でも政治でも
結局そのまま急逝してしまい、私がその後を未熟ながら継いだのだ。しかしどうしろと言うのだ!」
荷が勝ちすぎる問題であることは、
しかし民衆にとっては、ただ助けてほしいという一心であろう。
過程に意味は持たず、結果のみが彼ら一族を評価する。
――ノブレス・オブリージュ。
地位ある人間には、大いなる義務が発生する。その責任はその地を治める長にこそあるのだ。
「私とて次期領主として色々なことを学んできた。だが知識も経験も、父には遠く及ばない。
父が無理だったことを、私が中途から持ち直させることなど……できるわけがないッ――」
自責の念にまみれたヘルムートに、ハルミアがもっともなことを問う。
「帝国本国からの救援はないのでしょうか?」
「要請は何度も送ったが、あの戦狂いの帝王のことだ。
「ああん、それってどういう意味だ?」
「撒き餌……つまり重要な自国領を一つ失ってでも王国を釣る、ってことか」
キャシーの疑問に俺は察した答えを言いつつ、帝国について思考を致す。
帝国の頂点、王者の血族――"戦帝"。
あらゆるモノを手にし、娯楽を堪能してきた男。彼が最終的に落ち着いたのは……戦争だった。
自らが軍を率いて先陣を切り、戦果を挙げ華々しく勝利することも珍しくないと聞く。
それゆえに誰ともなく自然に、"戦帝"と呼ばれ始めた。
冷徹にして心熱き帝王。非情にして高潔な帝王。政戦両略にして賛歌の絶えぬ帝王。
帝国の拡大し続ける支配領域を、さらに加速させたのが現在の戦帝であると。
最近は
しかしそれでも未だに、最前線に赴いては暴れ回っているのだとか。
「"キルステン"領からも、父は協力を得たはずなのだが……遅れている」
同じ帝国領内、インメル領の南に位置する土地、キルステン領。
そこの領主もあわよくばを狙っているのか。もしくは戦帝によって遠回しに厳命を受けたか。
単純に伝染病や魔薬に関わりたくないのか。本当に単純に遅れているだけか。
真意については謎であり、現状では確かめる
「魔薬も実は王国軍の策略なのかも知れない。今にも攻めてくるかも知れない……」
ヘルムート・インメルは焦点の定まらぬ瞳で話し続ける。
「共和国との
今にも圧し潰されそうなほど、怯え追い詰められた表情でにわかに震えだす。
「そもそも喰い荒らされるほどの土地と人が残っているのか? もう既に民はみな伝染病と魔薬で――」
「うるせえ!」
キャシーがガツンと椅子を蹴り払うと、ヘルムートは強く尻もちをついた。
「っが……うぐぐ」
「女々しいんだよ、ぶつぶつ言ってんな」
一喝されたヘルムートは改めて神妙な顔のまま椅子を戻し、座り直したところで震える唇を開く。
「っすまなかった、続けさせてくれ」
「つまり大事な国を放っぽりだしてぇ、なんでこんなところにいるのか、だよね~?」
フラウはあえてそう言葉にしたが、もうここまでくれば察しもついていた。
「あぁ……だから私が頼るべきはもう、"無二たる"カエジウスしかなくなった」
「どうしてそのような結論に?」
「
(どんな願いでも三つ叶えてくれる――とはいえ限度がある)
"無二たる"カエジウスには、カエジウスなりの規範とその精神があるようだった。
死者は蘇らせられないし、例えばワーム
物質的なものは大概叶えてはくれそうだが、伝染病といった事柄となると……。
「一領主として会談を申し込んだが断られた。文書をしたため送ったが……
(偏屈な爺さんなことには変わりないか――)
当然だがカエジウス本人には、ヘルムートを助けてやるような義理も利益もないだろう。
たとえ王国がインメル領を支配しようとも、彼にとっては全く関係ないのだ。
王国軍だろうが帝国軍だろうが、攻めてくれば討ち滅ぼすだけの戦力をカエジウスは保有している。
しかしながら"五英傑"と
仮にもお隣さんであり、伝染病や魔薬ともなれば自国領への影響も看過しきれまい。
(長きを生きてきて……)
そういった世界のどこかの不幸にも慣れてしまったか――あるいは
彼の気質も、英雄にありがちな側面の一端を――味わった上でのものなのかも知れなかった。
俺自身、何百年と生きて爺さんな精神性になったら……一体どうなっていくことやら。
それはなんともかんとも、言葉には形容し難い気持ちにさせられるようだった。