異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#106 攻略構想

 思わぬ"文明回華"の足掛かりはとりあえず商会に任せ置いて、本来目的としていた行動へと指針を戻す。

 宿を出た俺は酒場へ戻って、バルゥと接触を図っていた。

 ヘルムートと違って、彼ならば勧誘するだけの価値があると。

 

「――というのが顛末(てんまつ)です」

「全て計算ずくの行動だったわけか、それで無事に帰れたと」

「ご心配は……お掛けしました?」

「オマエたちとは知り合い程度に過ぎんがな、まあ人並み程度には」

「少しでもお気を煩わせたのなら申し訳ない。それで……ついでに聞いてきたんです」

「……?」

 

 眉をひそめたバルゥに、俺はカエジウスに聞いたことを口にする。

 

「死した者を召喚し、契約することができるのかということです」

「ふむ……"無二たる"は答えてくれたのか?」

「はい、ただ――」

「そうか、叶わんか」

 

 俺がはっきりと伝えきる前に、バルゥはそう漏らした。

 声のトーンと共に、虎の尾も心なしか(ちから)なく下がっている。

 

 

「残念です。余計なお世話、ではなかったですよね」

「ああ……仮に制覇した後にダメだった、などという事態を避けられた」

「目的は果たせないかも知れませんが……もし良かったら、俺らと一緒に迷宮(ダンジョン)制覇しません?」

「いや、それは遠慮しておこう」

 

 即答であった。腕を組んで壁を作るように、明確な拒絶の意思が見て取れた。

 

「やはり願いが叶えられなければ、価値を見出だせないですか?」

「いや……オレは常に一人で勝ち取ってきた」

「唯一の仲間は――"死した相棒の獣"だけ、ということですか」

「そうだ、あの日から決めていることだ」

 

 人それぞれに――人の数だけ、その理念や信条がある。

 騎獣民族としての生き方にせよ。死後と冥府への信仰にせよ。

 俺やフリーマギエンスも。協力している皆にも。等しく思うところがあるものだ。

 

 そして半身を失った孤高の戦士たる生き様も――

 

「それにここは何も考えず没入できる。存外気に入っているんだよ」

「はぁー……そうですか、それじゃあ諦めます」 

 

 これ以上引き止めるのは、野暮というものだった。

 しかしただ()られるだけなのも(シャク)なので、捨て台詞を残していく。

 

「ただ俺たちが一足先に制覇しちゃいますんで、あしからず」

「ふっ……頑張れよ」

 

 

 酒場を出て宿に戻る途中、俺は歩きながら思考に(ふけ)る。

 

("死者蘇生"、か――)

 

 バルゥが欲した、たった一つの願い。

 発達した魔導科学においても、それは果たして到達し得る領域なのだろうか。

 

 寿命・事故・病気・災害・戦死、永遠の別離とはいずれ不可避に訪れる。

 

 たとえば致死直後に低体温維持睡眠(ハイバネーション)などで、未来の医療技術や遺伝子工学に望みを託す――

 そういった先延ばしで、今は無理でもいずれ命を救うことは可能かも知れない。

 

 しかし遺体の――脳の損壊状況が酷ければ、あるいは肉体そのものが消失していたら……。

 それはもう全能と語られる"魔法"の領域である。否、魔法であっても可能なのかどうかわからない。

 実際にはほぼ失伝しているので、その詳細は(よう)として知れず内実は判然としない。

 

 はたして本当に全能なのか、理論上は可能であってもそこに到達できる者はいるのか。

 

 

(科学的見地で言うのなら……)

 

 遺伝子が残っていてゆくゆくクローンは作れても、人格はまた別物になってしまう。

 この異世界にもしも、魂や幽霊に類する存在があるのなら――

 それらを捕捉して利用できる技術が実現できたのならあるいは。

 

(いやそれでも知識や人格が、生前と変わらず伴っているとは限らない……)

 

 カエジウスの"契約魔法"とやらも、実際に見たところで判別がつくか

 

(生き返らせるのとは違うものの――)

 

 時間遡行で未来を変える。多元世界移動で他所から連れてくる。

 そういった方法ならば厳密には蘇生とは違うものの、死を超越したことになる。

 しかしそれはそれで蘇生とはまた違う、文字通り別次元の全能が必要になるだろう。

 

詮無(せんな)いことか」

 

 結局は自分達にできることをするしか、今はするしかない。

 異世界における魔導と科学の融合がもたらす果て――"未知なる未来"は誰にもわからないのだから。

 

 

 

 

「それじゃ作戦会議を始めよう」

 

 昼も回って改めて、俺とフラウとハルミアとキャシー、そしてニアで集まる。

 構図としては20年前のゲイル・オーラム達と同じ、冒険者四人と補給一人。

 

「わたしも一枚噛ませてもらっていいのかしら?」

 

 ニアは野心ある商人らしからぬ、遠慮がちな様子でそう言った。

 

「やってもらいたいことがあるんで。なんなら永久商業権でも願いましょうか?」

「いいえ、それは別にいらないわ。既に最高の立地は取られてるし、客を奪い合ってもね……」

 

 "大商人"エルメル・アルトマーが願った、永久商業権による情報酒場と獲物・物品の売買。

 迷宮(ダンジョン)内の――ときに希少な魔物の素材流通を牛耳っていること。

 それらを共和国本国で、広く取引をして彼は元あった財をさらに肥大化させたという。

 

 見習うべきところはあるし、その流通の一部でも奪い取れれば旨味は小さくない。

 しかし相手はここ迷宮街における、唯一にして20年の老舗。

 今から巻き返すには、いささか時間が掛かりすぎるのも事実だった。

 

 

「それで、わたしは何を手配すればいいのかしら?」

「はい、ニア先輩には――学園にある"魔術機械"をここまで運んで欲しいんです」

「遠いわね……安全・確実な輸送経路の選定と、計画手順を作ればいい、と?」

「その通りです。結構繊細な作り(デリケート)で、しかも大型です。絶対に破損することがないように」

 

 "あれ"を直せるのはリーティアとティータだけだ。

 破損箇所によっては、設計したゼノも必要になる可能性もある。

 それぞれにやりたいことやっている3人を、この地まで招集するのはさすがに躊躇(ためら)われる。

 

「そこまでのモノなら、直接わたしが輸送指揮しないとまずいってことね」

「よしなに、お願いします。それと道中の護衛にキャシーをつけますんで安心してください」

「はぁ? アタシにも学園くんだりまで戻って、またこっち来いっての?」

 

 キャシーはあからさまに不満げな抗議をあげ、なだめるように俺は言う。

 

「俺とフラウは別にやることがあるから、荒事はお前しか残らないんだよ」

「ったく何日掛かるんだかなぁ……本当に攻略できんのか?」

「ちゃんと届けばやれる、その後は暴れてもらうから安心しろ」

 

 気が乗らないのを飲み込んだキャシーは、とりあえず納得したようだった。

 

「わかったよ、アタシは護衛につかせていただきますよっと」

「よろしくね」

「任せとけって」

 

 

「ではニア先輩、この手紙を"使いツバメ"で送っといてください」

 

 俺は商会印で封蝋(ふうろう)をした手紙を2通、ニアにしかと手渡す。

 あとは商会から元講師であるシールフ経由で、学園に連絡がいくはずである。

 

「わたしたちが到着する頃には、準備が整っているというわけね」

「必要な予算は商会に好きなだけ請求してください。経費で落とします」

「それじゃ遠慮なく。手紙は二通ともシップスクラーク商会でいいのかしら?」

 

「そうです、ついでにヘルムート・インメル卿も運んでください」

「ついで……ね、わかったわ」

 

 彼はどうせここにいても、やれることなどない。

 インメル領の管理・移行をつつがなく実行する為にも、商会本部へ行ってもらう。

 諸々の事情と大まかな履行計画を伝えれば、あとはカプランが主にやってくれるだろう。

 

 

「ベイリルくん、私は何をすればいいんでしょう?」

「ハルミアさんには情報収集をしてもらいたい」

迷宮(ダンジョン)の情報ですか?」

「そうです。ただし調べるのは(うち)じゃなく、(そと)です」

 

 首をかしげて疑問符を浮かべるハルミアに、俺は付け足し説明していく。

 

「挑戦者たちの治療をしつつ近付いて、内部の構造ではなく外部の形を知りたい」

「外部の形ですか?」

「地中に埋まっているワームの外形、どう曲がりどこまで伸びているかということです」

 

 ハルミアは手を顎に添え……少し考えた様子を見せてから、さらに投げかけてくる。

 

「層ごとの情報を集積して、広さや角度から算出していけばいい……と」

「割と得意分野ですよね?」

「そうですね、慣れざるをえませんでした」

 

 彼女は商会の各機関から定期的に送られてくる、数多くの医療データに目を通し続けてきた。

 時にはそれらを分類し、有効な情報を拾い上げ、精査し、まとめてきた学生時代。

 

「でも私はゼノさんとは違いますから、あまり細かい計算は無理ですよ?」

「そんな詳細じゃなくても大丈夫なんで。治療経験積むついでにその医療手腕で籠絡(ろうらく)し、情報収集を頼みます」

「もうっ人聞きが悪いですよ、ベイリルくん」

「俺の(ほう)が成功するとも限らないし、二重整合取るんで期待してます」

「はい、任されました」

 

 

 ベッドに寝転がりながら、フラウはようやく自分の番かと問いかける。

 

「んで~ベイリル、あーしは何をすればいいん?」

「何もしない」

「えー……え?」

「お前が働くのは"魔術機械"が届いてからになる。だから魔力を貯めて(・・・)おいてくれ」

 

 俺がそう言うと得心したようにフラウは頷いた。

 

「あぁはいはい、アレかぁ」

 

 ――"魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)"という特殊な技法がある。

 幼少期に教えた現代知識の粒子加速器を元にフラウが編み出した、自身の肉体を魔力加速器として扱う技。

 魔力抱擁による感覚と操作に長じた種族の血ゆえに使えるモノだった。

 

 単純に加速させた魔力は、肉体や感覚の強化幅を一時的に増加させる。

 さらに加速させた魔力に魔力をぶつけるイメージで、より大きな瞬間放出を実現する。

 負荷も小さくなく緻密(ちみつ)な操作を要求されるが、有り余る効力を得られる限定技法。

 

 多種族から見れば、(うらや)(うら)まれても仕方のない……反則技の一つである。

 フラウの重力・引力・斥力を操る破格の魔術も、この技法あっての物種(モノダネ)

 

 俺も学園生活の(あいだ)にフラウとの(ねや)を通じて会得し、使う魔術の幅が大きく広がった。

 ダークエルフであるハルミアも、俺よりさらに練度は及ばないものの多少は扱える。

 

 

 そしてそのさらに上の領域にある、フラウだけが扱える技法――"魔力並列循環(マジカルループ)"。

 

 通常魔力には個々人が蓄えられる容量があり、生まれつきの体質が大きく関係してくる。

 シールフの仮説では、固有の色のついた魔力が(おも)に血液に混ざるように溶け込むのだとか。

 つまり魔力容量は成長に従って一定までは伸びるが、それ以上は物理的に肉体の限界が訪れる。

 

 しかしフラウの魔力並列循環(マジカルループ)はその限りではない。

 単一としてではなく同時に魔力の加速を(おこな)いながらも、衝突させることなく循環させる。

 魔力を瞬間的ではなく恒常的に、全身の隅々まで余すことなく加速循環()()()()()》その技法。

 

 結果どうなるのか――外界から体内に取り込まれるとされる魔力は、強引に捕えられ逃げられなくなる。

 容量を超えた魔力は越流することなく、その貯蓄量を超幅に増やすことが可能になるのだ。

 

 種族・天性に加え、知識と想像力。さらに多感な幼少期だからこそ得られた、比重と配分のバランス感覚。 

 止めればたちまち霧散してしまう為にまともに行動できなくなるが、唯一無二の充填(チャージ)技。

 暴走した魔力を抱擁し肉体に留めた吸血種(ヴァンパイア)と人族の混血(ハーフ)ゆえか、俺やハルミアにもついぞ修得できない。

 

 神族すら"魔法"を使えなくなった理由の一つに、魔力不足が挙げられる。

 魔法とは――盲信とも断ずる想像力と、それを形創り極める絶対的な魔力量を要する。

 魔力並列循環(マジカルループ)は、魔法を使う為の条件――膨大な魔力量に関していつか届き得るかも知れないとも。

 

 

「フラウお前にしかできない前提条件だから、頼んだぞ」

「おっけー。じゃっあーしは決行日まで寝てるね、おやすみ~」

「おう、おやすみ」

 

 そう言ってフラウは自分のベッドへと、最も楽な姿勢で寝転がった。

 

「んで残ったベイリルは何をすんだよ?」

 

「俺は外からワーム迷宮(ダンジョン)を探査する。"俺にしかできないやり方"、でな」

 

 

 


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