異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#108 攻略準備 II

 ワーム迷宮(ダンジョン)の入口近く――

 見舞われたトラブルに対して、極力表情には出さないで対応するよう心がける。

 

「だからこういうのは非常に困るんだよねえ」

「そうは言われましても……短期間だけですから、ご容赦いただけませんか?」

 

 3人の男達は口々に唱えるように、詰問(きつもん)してくる。

 

「いつまでだ?」

「具体的にはまだ――」

「それじゃ今すぐにでも退去してくれねえかなあ?」

「まったくだ、本当に迷惑してんだよ」

 

 しかしながら彼らはあくまで雇われた上で、こうして絡んでくるに過ぎない。

 同時に雇い主たる人物が、こういった(やから)を派遣してくる言い分もわからなくはない。

 

 当然ながら迷宮(ダンジョン)では死ぬことがあるし、対応しきれない怪我をすれば地上まで戻ってくる。

 カエジウスが無料で提供する契約奴隷に、"治癒術士"は非常に少ない。

 少ない上にその実力も決して高いわけではないのだ。

 

 つまるところ、順番待ちですぐに回復してもらえない者や、あるいは重傷の者――

 そういう患者はこの街でモグリに開業している、治癒術士に金品を支払って回復魔術を頼むことになる。

 それは店舗ではないし、攻略には必要な存在である為、カエジウスも黙認している現状がある。

 

 

 ともすれば()は、情報という対価と引き換えにしているとはいえ商売敵には違いない。

 さらに言えば、自分で言うのも難だが……"医療術士"としての腕が良い。

 競合する治癒術士達に(うと)まれるのも、さもありなんといったところだった。

 

「つーかあんたダークエルフだろ? それが治癒術士ってなあ?」

「この街は、差別や偏見が薄いと聞いていましたが……」

「表向きはな? オマエみてえなのに治されるなんざ哀れでしょうがない」

「違ェねえや、ハッハハハハ」

 

 下卑た声で粗野な男達は笑い出す。

 

 

(――まぁでも、別にさほど実害があるわけではないんですよねぇ)

 

 私闘などをすれば、たちまち警護部隊がやってきて捕まってしまう。

 だからこうして悪態をついて邪魔をするくらいしか、彼らにはできない。

 同時にこっちから仕掛けて痛い目を見させることもできないのだが……。

 

(思うさま()らしめてから、治せばいいんでしょうけど……)

 

 ただ既にカエジウスとは一悶着あって、顔を覚えられてしまっている。

 作戦の準備段階に入った今、改めて目を付けられるのは得策ではない。

 

 

 とはいえ流石に辟易(へきえき)してきた部分もあり、彼らがいることで情報収集の妨げにもなる。

 ただこの場にたむろされるだけでも、一定層には忌避(きひ)されてしまうし良くない噂も流れてしまうからだ。

 

 いつまでもやんわりと対応するだけでなく、どう処遇を下すべきか考えていると……。

 

 音もなく背後に現れた人物の、大きな影が私を覆うように包み込んだ。

 

「なっなんだァ? てめェ!!」

「彼女の知り合いだ、オマエたちこそ治療すべき怪我はないようだが?」

 

 振り向いて顔を確認する必要はなかった。

 短いながらも飲食を酌み交わし、お互いに過去を語り合った仲ゆえに。

 

「てめぇには関係ねえだろ!!」

「オレで良ければ、治療する理由を作ってやろうか」

 

 歴戦の"虎人族"の大男は、瞳孔を開いて毛を総毛立たせる。

 しかし彼らも一流の難癖屋とでも言おうか、怯みつつも引く様子は見せない。

 

「"獣人"風情(ふぜい)が、手を出したきゃ出しやがれ!!」

「そうだ、おれらに傷一つつけりゃわかってんだろうなあ!?」

 

 

 カエジウス特区の法を盾に調子を崩さない難癖男達を他所(ヨソ)に、私は真上へ顔を上げて視線を合わせる。

 

「あの……"バルゥ"さん。言いにくいのですが、彼らからは何の情報も得られないので――」

「んっ、そうか。コイツらに価値はないか」

「はい、残念ですがまったくないです。私も今は慈善事業で治すつもりはありません」

 

 見下ろすバルゥは一拍だけ置いてから、男達の(ほう)へ鋭い眼光で刺し貫いた。

 

「ならば()()()()()()()()それで終わりだな。警備の連中は証拠がなければ動かない」

「なるほど、それなら問題になりませんねぇ。解体ならまかせてください」

 

 虎男の威容と、ダークエルフの底知れぬ笑顔――

 それら二つに容赦なく晒された男たちは、一度だけ身震いして顔面が蒼白になる。

 

「オマエたちのソレに見合うだけの報酬を貰っているのならば、殉じるといい」

 

 バルゥによるトドメの一言。

 ともすると捨てゼリフもなしに、男達は渋々と立ち去ってしまったのだった。

 

 

 改めて私は虎人族の元剣闘士へとお礼を述べる。

 

「ありがとうございました、バルゥさん」

「毎日精が出ることだな」

 

「バルゥさんは、再挑戦しないのですか? 情報だけ頂いてて恐縮ですから治療しますよ?」

「今から潜ったとして、オレが怪我するような層まで行って戻ってくる頃はいつ頃になることか」

「たしかに私達が制覇して、もうこの街にいないかも知れません」

 

 あくまで順当にいけば――である。この作戦が必ずしも成功するとは限らない。

 何よりも最下層が完全な未知の領域であり、何が待っているものか。

 

「大言なことだ。まあオマエたちのやることに興味も出てきたからな、今少しは様子を見させてもらおう」

「では是非ご一緒に攻略を――」

「それは遠慮しておく」

「ん~……残念です」

 

 あまりしつこくても気分を害するだろうと、それ以上は口をつぐむ。

 

 

「ふむ……新たな怪我人のようだな」

 

 耳をピクリと動かしたバルゥは、そう言うと迷宮(ダンジョン)の出口へと顔を向ける。

 ほどなくして6人ほどのパーティが、出入り口より現れたのだった。

 

「なかなかの強者っぽいですねぇ」

 

 心身疲れ切りつつも、大量の荷物を引きずりながら出てきた者達。

 装備や体格、足運びを見ても練度を重ねた尋常でない玄人のそれ。

 そして仲間によっておぶさられた重傷者も見受けられた。

 

「あれは名のあるパーティが三つ組んだ、共同攻略組だな。その一部が治療と補給で戻ってきたようだ。

 本人らも一定層ごとに拠点を作りながら、完全攻略を目指している実力派だ。いい情報を持ってるだろう」

 

 ――都合よく地上には戻れない以上、仮拠点というものは大事なものである。

 大半は挑戦者の誰もが、共用として作り使うものなのだが……。

 なにせ迷宮(ダンジョン)製作に邪魔になる場合、カエジウスに撤去されることもあるらしい。

 それゆえに物資だけ巧妙に隠してあったり、一見してわからないような工夫がされるのだとか。

 

「なるほど、ありがとうございます。それでは私は彼らの(ほう)へ……」

「あぁ、存分に"本懐"を果たすといい」

 

 

 バルゥさんと別れて、私は怪我人を連れたパーティの元へと歩を進めていく。

 

本懐(・・)か……)

 

 その言葉に医療を志した時のことをふと思い出してしまう――

 

 

 父は勇敢なエルフの戦士、母は魔族の従軍治癒術士であった。

 馴れ初めについては……よく聞かされていない。

 ただ話の端々を耳に捉えている限りでは、情熱的であったことは察せられた。

 

 幼少期は軍と共に在った。戦争に生まれ、戦場で育った。

 戦乱激しい魔領では――そういった子供はさほど珍しくもなかった。

 

 しかしそれも……母が敵軍の攻撃に巻き込まれて、後遺症が残って引退を余儀なくされるまで。

 父は戦いを続け、私と母は戦乱から逃れる為に人領へと移住した。

 

 帝国西方――"頂竜湖"に面する"魔族特区"。

 軍隊では皆が優しかったが、村での風当たりはそれなりに強かった。

 

 人族の差別や偏見ほどではないにせよ、魔族の中にあっても例外ではない。

 エルフと交わったこと……その子供というのは、やはり嫌厭(けんえん)の要因となりえた。

 

 

 ある時季(じき)――村に流行り病が発生した。

 万全でない体でも、母はその身を粉にして患者の対応に当たった。

 幼い私は母から得ていた知識と支持で、対症療法として村中を駆け回った。

 

 その時に子供ながらに様々なことを手伝って、色々と思うことがあった。

 

 幸いにも死者はそこまで出なかった。それが対症療法の甲斐(かい)あってのことかはわからない。

 しかしその出来事があったからこそ、私たち親子は村の一員として受け入れられた。

 

 人を助ける立場にあれば、ダークエルフでも感謝される。 

 同時に、みんなの役に立てるということが……すごく嬉しく感じられたのだった。

 

 元々治癒術士としての母の仕事に、憧れと尊敬が強く心にあった。

 これがきっと私の天職だと、日増しにその想いは強くなっていった。

 

 (つの)らせ続けた思いの結果、私は一念発起して学ぶことにした。

 ダークエルフという出自と、医療技術を考えた時に……選択肢は学園だけだったのだ。 

 

 

(そうして今がある――)

 

 ベイリルくんと出会い、キャシーちゃんにフラウちゃん。

 ナイアブ先輩やフリーマギエンスのみんなも……多くの友と仲間に恵まれた。

 自身がダークエルフということも忘れてしまうほどに、とても幸福な学生時代だった。

 

(それでもやっぱり最初のキッカケは……)

 

 学園内の落伍者(カボチャ)を制し、私を誘った彼なのだろう。

 卒業後に研究か実地か迷っていた時も、この冒険へと誘ってくれた彼なのだろう。

 彼なりの下心もあったのかも知れないが、こうして人助けをして力量を高める充実感。

 研究職だけでは決して味わえなかったと、今は確信している。

 

 そもフリーマギエンスを作ったのも彼――ベイリルくんだ。

 彼が私の今を取り巻く、全てを形作った人に違いなく。

 

「ふふっ」

 

 思わず笑みと共に声ががこぼれでてしまった。

 彼がいない人生はどうなっていただろうか、もう想像がつかないほど深く関わりすぎた。

 だからこそ――

 

(私ももうちょっと、自分に素直になっても……いいのかもしれませんね)

 

 


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