異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

125 / 488
#109 親愛星夜

 空気が澄んで雲ひとつなく、片割れ星が大きく照らす夜半。

 

「よっし、これでワームの全景もかなり掴めてきました」

「本格攻略組から情報、なかなか役に立ったようで私としても良かったです」

 

 ハルミアとキャシーが泊まっている(ほう)の部屋で、俺達は計画を煮詰めていく。

 

「計画は滞りなく実行に移せそうですか?」

「順当にいけば、十二分な勝算が得られるハズです」

 

 フラウは基本寝たきりなので、ハルミアと2人きりという状況が自然と増えた。

 そうなるとどうにも、改めて意識せざるを得なかった。

 

「……? 私の顔に何かついていますか?」

「えぇ、見惚れてました」

 

 臆面もなくそう言ってみる、なんかこうしたやり取りも学園以来になるだろうか。

 ハルミアは俺が異世界に転生してから、初めてまともに情欲を抱いた相手であろう。

 関係を持っているのはフラウだし、愛してはいるが……あいつは空気のような存在である。

 もはや生きていくのになくてはならず、そこにいるのが当たり前な感じ。

 

 ハルミアの場合はなんというかこう……雄の本能を刺激させる。

 脳髄へダイレクトへぶつけてくるような、性欲に訴えかける暴力的なそれ。

 

 

「そうでしたか、それじゃぁ私もベイリルくんを見ちゃおうかな」

「えっ? あぁ――どうぞどうぞ」

 

 それは正直珍しい反応と言えた。いや……初めてのことかも知れない。

 いつもはてきとうに流されてしまうのだが、真っ直ぐ対応されたことはあっただろうか。

 学生時代の3年間、常日頃ではないものの――折を見てアプローチはし続けてきた。

 

(やっぱ綺麗だよなぁ……)

 

 俺の碧眼とハルミアの虹彩とが交錯し合う。

 星光によって煌めく瞳は、吸い込まれそうな引力を持っている。

 

 肩より少し伸びた、薄い紫色した(つや)のある髪。その下に隠れた短い両角。

 豊満で扇情的な肢体は、どうしようもなく下卑(げび)た劣情を掻き立てる。

 同時に慈愛溢れる母性と不可侵性を帯びた神聖さに、理性がストップを掛けるのだ。 

 

(いけるの……か?) 

 

 フラウと関係を持っていても、まともな恋愛経験は前世を含めて皆無と言っていい。

 だから学生時代も攻めあぐねたし、()()()()()()()というのもいまいち掴めない。

 空属魔術士として名折れであるが、空気を読み切ることができないでいたのだった――

 

◇ 

 

(んっ……ベイリルくん、やっぱり男の子だなぁ)

 

 ()は改めて、お返しとばかりに後輩をじっくりと見つめてみた。

 こうもまじまじと観察したのは……初めてかも知れない。

 ダークエルフの私と同じ、少しだけ長く水平なハーフエルフ耳に親近感が湧く。

 

 無駄なく鍛え上げられた筋骨、洗練された魔術、どこか年上にも思える雰囲気。

 合理的な考え方、飄々(ひょうひょう)と装っていても節々で見え隠れする本音。

 たびたびアタックを掛けてくる割に、ここぞで踏み込んでこない小心さ。

 冷静でありながら時に情熱的で、子供のような瞳の輝きを残している。

 

 彼の顔の美醜は……どうなのだろう。

 男にせよ女にせよ、あまりそういう目で見たことがない。

 ただ数多く治療してきた患者と比較すると、平均的なもののように思う。

 

 そして……――こうして見つめ合って、体温の上昇を感じている。

 

 

(やっぱり私は――うん、私も惹かれているんでしょうねぇ)

 

 なにぶん色恋など初めてのことだから、その気持ちを自覚するにこうして時間を要した。

 半分エルフの寿命から考えれば、大した時間ではないけれど……。

 

「あっ……」

 

 思わず口から漏れる、自分でも驚くほど無防備だった。

 いつの間にか彼の右手の平が、私の左頬へと当てられていた。

 

「ぉおっと、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 引き離そうとしたその手に、自分の左手を重ね留める。

 

「えー……っと、その――」

 

 ゴクリと目の前の男の子が生唾を飲む音がこっちにまで聞こえる。

 待たせた分だけ私から言ってもいいのだが、せっかくだからここは彼におまかせしよう。

 

 

「――あーまぁあれだ、ハルミアさんって制覇したら叶えたい願い決まりました?」

「はぁ~……」

 

 私は大きく溜息を吐いて、もう一度真っ直ぐ見つめてあげる。

 こういうところもかわいいし、恋心を自覚した今では愛おしくも感じる。

 母性と庇護欲を掻き立てられるような、こちらから教えてあげたい衝動に駆られる。

 しかしここはちゃんと彼を信じて待つように、視線を通して熱を投げかけた。

 

「――ですよね、すみません。ハルミアさん、改めて……俺のモノになってください」

 

(覚悟を決めた男の子の顔だ――かっこいいって言えばいいのかな)

 

 しかしいざこうなってくると、少しだけイジワルしたくもなってしまう。

 

「私はモノじゃありませんよ?」

「俺はもう(・・)心の底から欲したら、諦めないと決めたんで」

 

 もう一度日和(ひよ)るようなことはなかった、堅く強い決意を秘めた言葉。

 

 

「んー……それじゃぁ――()()()()()

 

 ニッコリと笑って受け入れる。

 するとベイリルくんはゆっくりと、心を確かめるように体を寄せてきた。

 

「でも一つだけいいですか? 叶えたい願いってわけじゃないですけど」

「なんでしょう」

「私はベイリルくんの"本当の姿"が知りたいな――って」

 

 "公然の秘密"とでも言うべきか――彼が"色々と隠している"のは、皆が薄々だが気付いている。

 とはいえ言いたくないことなど誰しもにあるし、なにか事情があるのだろうと誰もが思っていた。

 

 少なくとも悪意によるものではなく、お互いに信頼し合っているゆえに。

 

 それでも彼の全てを受け入れたい――そんな気持ちからの言葉だった。

 

 

「う~ん、難しいですね」

「私にもさらけ出せないですか?」

「言うのは簡単です、でも信じられる話じゃないし混乱させるだけなんです。唯一知るのはシールフだけです」

「"読心の魔導"じゃないと……理解できないような話だと?」

 

 彼は真摯(しんし)な眼差しを揺らがせることなく、一度だけうなずいた。 

 

「そっか、フラウちゃんも知らないんだ?」

「はい、あいつにもハルミアさんにも百年後か二百年後か……それくらいには話せるかもしれません」

「うん……それじゃ、気長に待たせてもらおうかな。三百年でも四百年でも――」

 

 改めて顔が互いに近づけ、唇を触れ合わせた。

 情熱的ではないが、相手を優しくいたわるようなそれ。

 

 

「この泥棒猫、いやキャシーと違って猫じゃないか」

「っあ――フラウちゃん!?」

「ぉおい!」

 

 はたしてそれはフラウが、扉の隙間からひょっこり顔を出していた。

 

「えーっと、フラウちゃん、これはその……」

「待て待てフラウ、俺は散々っぱらお前にハーレムの確認とったはずなんだが?」

 

「あーもう、()()()()()()()()()()寝取られたぁ……」

 

 一瞬だけ思考を要したが、すぐに意味を理解する。

 

「……えっ? ええ!?」

「――泥棒猫は俺のほうかよ!」

「あーしの願い言っていい? ()()()()()()よ」

 

 私がなんともついていきにくいやり取りに、2人はマイペースに続けていく。

 

 

「さすがにダメだ。ここまで魔力を充填してきたのに霧散すんだろ」

「じゃあぜーんぶ終わったら約束ね。ハルっちの初めては仕方ない、ベイリルにゆずろう」

「あはは……」

 

 なんというかもう苦笑することしかできなかった。

 女の子同士だけだと少し抵抗はあるが、三人でなら――うん……意外と?

 

「それにベイリルは、あーしが育てた。つまりこれはもう、間接的にハルっちとしてるのと同じ!」

「うん、その理屈はおかしい」

「んもーそういうことにしといてよ~、それとも見てていい?」

 

「さすがにそれは私がちょっと……」

「だよね~冗談。さすがにそこまで無粋じゃないから安心してよハルっち」

「ありがとよフラウ。埋め合わせは必ずしてやるから」

 

「あいあい、それと充填中は色々と鋭敏になるかんね、"遮音風壁"かけといてよ」

「すまん、失念してた」

「聞こえてきたら、真剣(マジ)で我慢できなくなっちゃうかんね」

 

 残念がり惜しむようなフラウは去ろうとして立ち止まると、(きびす)を返して最後に言い残す。

 

「そうそうハルっち~」

「なんですか?」

 

「ベイリルは耳がめっちゃ弱いよ。エルフ種ってみんなそうなのかな?」

「おまッ――」

「そいじゃね!」

 

 自由なフラウは颯爽と隣の部屋へ帰っていった。

 ベイリルくんは部屋の音を魔術で遮断して、もう一度向き直る。

 

 

「なんかすみません、ムードが台無しになっちゃって」

「それは構わないんですけど」

 

 少しだけ()を置いてから尋ねてみる。

 

「えっと……ベイリルくんもしたい(・・・)んですか? その……三人で」

「やぶさかではないです。いえ正直に言えば、浪漫です」

 

 これ以上なく純粋で真っ直ぐな瞳だった。今日一番の輝きかも知れない。 

 

「仕方ないですねぇ、ベイリルくんもフラウちゃんも。でも……今夜はひとりじめです」

「えぇ俺だけのハルミアさんです」

 

 衣擦れの音、丁寧な触れ合い、繊細な指使い、高まる動悸と体温をこの際は堪能(たんのう)する。

 

「っはぁ……ん、さすが慣れてますねぇ……私は初めてなのに、ズルいですベイリルくん」

「いやぁ、返しに困ります。ところで今日って大丈夫な日ですか?」

「あぁそれでしたら問題ないですよ、私が"その手のこと"に長じているのは知っているでしょう?」

「それってつまり……」

 

「自由自在ですよ」

 

 

 "医療術士"として人体を熟知した私だけの魔術。肉体に付随する機能の完全支配。

 ベイリルくんも多少なりと使える生体自己制御(バイオフィードバック)を、さらに強力にしたものである。

 筋力強化や心肺能力の促進から、脳内分泌から生理機能の抑制まで。

 

「だからもし子供が欲しくなったら、こっそりと――」

「そういうの割とまじでシャレにならないんで……」

 

 焦った顔の彼へ微笑みかけながら、私は迎え入れる。

 

 ベイリルくんには悪いが、私はけっこう欲張りで母性が強い。

 この人との新たな命を育みたいと思ったなら、きっと躊躇(ちゅうちょ)はしないだろうと。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。