異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#111 迷宮決戦 I

「さて、いよいよ最下層だ。準備はいいな」

詠唱(アリア)も完了済みぃ~」

「私も万端です」

「おう、さっさといこうぜ」

 

 出入り口っぽく見える、肉の隔壁扉のようなものを強引に開いていく。

 動きはしないものの、ここがワームの体内だと思い出させる見目気持ち悪い内壁。

 肉と肉の(あいだ)を潜ると、三層分は重ねたような広さの空間へと踊り出た。

 

「──いたなぁ、とんでもない()()()()が」

 

 そんな言葉が自然と漏れ出ていた。最下層に鎮座し、眠っていたのは"一匹の生物"。

 はたしてそれは"完全生命種"とも呼ばれ、彼らを信仰する宗教も存在する。

 地球の逸話でも古今東西に存在した、悪敵の象徴にして"財宝の番人"として君臨する生物。

 

「すっげ、初めて見たわ」

「あーしは飛んでる奴だけかな~、それも遠目でしか見たことなかったけど」

「私は魔領の戦場で何度か。でも横になっているだけなのに、ずっと大きい固体です」

「俺が倒したのはチンケな陸上のだったな。いやあれは違う種だっけか」

 

 なんにせよ──"無二たる"カエジウス本人が出てこなくて良かった。

 ワームを討ち倒して、趣味で迷宮(ダンジョン)リフォームするような五英傑──

 そんな規格外を相手にするくらいならば、あっち(・・・)のがまだ可愛く思える。

 

 ともするとこちらの気配に気付いたのか、あるいは悠長に話しているのが耳に届いたか……。

 その巨体はゆっくりと立ち上がり、大きく翼を広げてこちらへと向く。

 

 

『挑戦者か──』

 

 一息に俺達全員を丸呑みにできそうな口から、地響き震わすように言葉が紡がれる。

 

 ややくすんだ黄色い鱗。天頂を突かんとする長く太い角。

 上下(いびつ)に生え揃う牙。両翼を広げた差し渡しは100メートルにはなろうか。

 巨体を支える後ろ(あし)に、負けず劣らずの──爪が鋭き巨大な前腕。

 長く強靭そうな尻尾の先端まで、鉱物質のような背びれがいくつも生えていた。

 

「こりゃなかなかどうして、()甲斐(がい)ありそうだね~」

「ってか、喋れんのかよアイツ」

「"眷属(けんぞく)"は言語を解すが、共通語を実際に喋れるのは……」

「──"七色竜"、ですねぇ。どおりで通常の個体よりも遥かに大きいわけです」

 

 遥か遠い昔に大陸を支配した、旧き最強の種族──"竜種(ドラゴン)"。

 

 神族との大戦に破れ、叡智ある"頂竜"はいずこかへと消えてしまった。

 その時に多くの竜も忽然(こつぜん)と姿を消した。どこか別の世界に移住したとも言われるが……。

 しかし残った竜種も存在する。それが"七色竜"と言われる7匹のドラゴン。

 

 それぞれが純血種とも呼ばれ、"竜教団"によって個別に信仰される存在。

 

 

 炎熱を司る"赤竜"──唯一、人族との交流を持ちし最大の勢力を誇る竜。

 

 氷雪を司る"青竜"──魔領の最西端、"零の聖堂"を住処とする不可侵の竜。

 

 豪嵐を司る"緑竜"──遥か超高空を気ままに飛び続ける、地上に興味なき自由の竜。

 

 病毒を司る"紫竜"──所在知れぬ厄災の竜。

 

 光輝を司る"白竜"──頂竜に次ぐ叡智を持つと言われる、自らの姿を見せぬ竜。

 

 闇影を司る"黒竜"──"大空隙(だいくうげき)"にて眠る、意志なき獣と成り果てた魔の竜。

 

 そして──神族を相手に、その激しき気性を(ふる)ったという、雷霆(らいてい)を司りし"黄竜"。

 

 

永久(えーきゅー)商業(しょーぎょー)権の"黄竜の息吹亭"? あれ実は最下層の答えだったんだね~」

「あの偏屈な爺さんが、そんな名前よく許したもんだ……いや、逆に盲点なのか」

 

『お前たちには選ぶ権利がある──戦うか退くか、決めるがよい』

 

「ここにきて親切なこったなぁ」

「一応選択肢は与えてくれるんですねぇ」

 

 それはあくまで、デザインされた迷宮(ダンジョン)ゆえの心配りとでも言うべきか。

 

『俗世での我が名は"黄竜"──人の身で、勝てると思うならば掛かってくるがいい。しかして命は覚悟せよ』

 

 こちらの言葉に調子を崩すことなく、最下層の番人としての立場から語りかけてくる。

 黄竜はカエジウスに言い含められているのか……与えられたセリフを芝居がかって喋っているかのようだった。

 

「人の身で勝てるか、ねぇ……。いつから最下層の(ヌシ)やってるのかはわからないが、少なくとも20年前に負けてるよな」

 

 永久商業権で建てられた店に、黄竜の名を冠している以上はまず間違いない事実だろう。

 

 そしてその時から──最下層へ挑戦者が現れていないとも聞く。

 まともに迷宮(ダンジョン)攻略しようとしたらどれほどのものか、難しすぎやしないかと。

 遠い過去にも最下層まで来れたのに、黄竜を眼の前にして帰ることを選んだ者もいたかも知れない。

 

 

人族(・・)風情(ふぜい)が、生意気な口を聞く』

 

「これは失礼、ついでに言うと俺はハーフエルフだ」

「あーしも半分だけのヴァンパイア~」

「私は厳密に、人族の血は流れてないですねぇ」

「アタシは獣人だ」

 

『自らを"神族"と呼称した生物の末裔(まつえい)なぞ、どれも変わらん』

 

 こちらの揚げ足取りにも、きっちり返してきた黄竜に俺は素直に感嘆を漏らす。

 確かにほとんどの人型生物は神族から派生していった種族であり、どれも同じであると言い切ったのだ。

 

「ははぁ……考え方のスケールが違うな。さっすが最古の神話に生きた竜ってとこか」

「彼らから見たら神も、魔も、人も、獣も、みんな同じなんですねぇ」

「ったく、偉そうなこった」

「でもでも~今からその末裔にやられるんだよ?」

 

 

『退く気はないようだな──』

 

 そんな言葉と共に、こちらへ向かって一筋の雷光が飛ぶ。

 しかしまるで来るとわかっていたかのように反応したキャシーが、それを(はた)き落としてしまった。

 

「"雷"か──気が合いそうだなぁ、ドラゴンさんよォ!」

 

 黄竜は広げていた翼を折りたたむと、巨大な前腕の爪を地面へと突き立てる。

 ()になる、とでも言えばいいのだろうか。背景と合わせて堂に入っている。

 

 最下層には前層のような水場があり、ご丁寧に土の地面が造られていた。

 水属魔術や地属魔術も存分に使えるように、しっかり配慮をしたのだろうか。

 連結されたエリアは相応に広く、遺跡の名残のように風化した建築物──つまり遮蔽物もある。

 

 最終決戦に相応(ふさわ)しい、とても戦いやすそうな作りであり……カエジウスのこだわりが見られた。

 

『大した負傷なく、ここまで到達しただけのことはあるか』

「えっ、あーうん。そうだろう、そうだろうとも」

「ねー」

 

 俺は取り(つくろ)うようにそう言い、フラウも同意しながら笑う。

 ここまで掘り抜き到達できたのは、ほぼほぼ幼馴染の手柄である。

 充填分は尽きたものの消耗は完全回復しているし、怪我など当然あるわけもなし。

 

 

『……それにしても、そうか。あの人族らが二十年前か──』

 

 時間間隔を置き忘れているのか、しみじみと言い出すお茶目な黄竜。

 知能を持ちて言語を話すだけに──なんだか哀れにも思えてくる。

 

「二十年以上もあの爺さんに隷属させられてるとは……それとも同意か、善意か、実は同じ趣味とか?」

 

(はなは)だ不愉快なことだが、奴が主人となる』

「俺らが倒して見せようか? そうすれば解放されたりするのかね」

『なにっ』

 

 初めて黄竜の本音のような感情が漏れ出る。

 

「すまん、やっぱ無理。あの爺さん相手にするよりは、多分あんたのほうがやりやすい」

 

 俺の露骨な煽りに対して、(うな)るような音が竜の喉から鳴る。

 とはいうものの、黄竜もそこは認識している事実なのだろう。

 ムキになって言い返してくることはなく、ただビリビリと帯電する雷が空気中へ漏出する。

 

 

 問答と挑発を繰り返しながら、俺は久方振りに使う魔術のイメージを固めていく──

 

 竜種──それも最上位たる"七色竜"は、疑うことなき地上最強の一角である。

 大概の魔術など通じぬ重装甲の巨体が、高空を飛行し一方的に爆撃してくるのだ。

 

 仮にそれを撃ち墜とすのであれば……、爆撃に耐えうる防御性能は大前提。

 その上で尋常ならざる対空遠距離砲撃火力と、捕捉・命中精度を要する。

 あるいは同等以上に飛行し肉薄しながら、竜を殺すに足る攻撃能力を備えていなければならない。

 

「なぁおいドラゴンさんよォ、アンタを倒せば終わりなんだよな?」

『そうだ、それだけが唯一無二の(あかし)となる』

 

 答えを聞いたキャシーが四ッ足の体勢を取ろうとする瞬間、フラウが肩を掴んでそれを止める。

 

 その(あいだ)に俺は両手の親指・人差し指・中指をそれぞれ合わせ、黄竜へと向けて覗き込みながら話しかける。

 

「最下層の(あるじ)を倒し、晴れて迷宮(ダンジョン)制覇──と」

『その通りだ──』

 

「ドラゴンって言えば……俺の故郷でも財宝の番人ってのがお約束(テンプレ)の一つだった」

『ヒトが望む財宝は地上へ戻ってからだがな』

 

「あぁ……打ち倒して叶えてもらうことにするよ」

 

 言葉を交わしながら、三本の手が蜂の巣(ハニカム)構造に結合し形作られるイメージを完成させる。

 

 

「繋ぎ揺らげ──」

 

「キャシー、ハルっちも耳ぃ(ふさ)いで」

 

 そう言われてすぐに察した2人は両手を耳へ持っていく。

 

気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 目の前の世界が、染め尽くされるように爆裂する。

 

 ──"重合(ポリ)窒素爆轟"。

 俺の使う魔術の中で最強の破壊力を持つゆえに、T(ときと)P(ばしょと)O(ばあい)を大いに(わきま)えねばならない魔術。

 核兵器とは比べるべくもないが、次ぐ威力を誇る分子運動による圧倒的な連鎖エネルギー。

 

 普通の地下であれば地盤崩落の危険性があるだろう。しかしここはワームの体内。

 本来であれば過剰火力となる魔術も、七色竜の一柱を相手にするのであれば申し分なし。

 

 広いとはいえ密閉空間で炸裂した爆発は、黄竜の巨躯を壁へと激突させた。

 衝撃による余波と轟音は、フラウが張った斥力場によって後方へと逃がされる。

 流石は相棒。ちゃんとフォローしてくれると信じていた。

 

 

「まじっかよ、なんだ今の……」

「俺の"切り札"の一つだ、本当に久々に使ったがな」

 

 実戦で使ったのはそれこそ、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"相手にした時が最後だったろうか。

 斥力場が解かれると、未だ止まらぬ地鳴りのような残響と、暴れ狂う風が空間内をもみくちゃにする。

 

「チッ、てめーはいくつ隠し技持ってんだよベイリル」

「たまに自分でも忘れ──」

 

 バチバチと空気の絶縁を破りながら、角が帯電し始めるのを見て俺は乾いた笑いがこみ上げる。

 奇襲でぶち当ててもなお、殺すどころか倒すにも至らない。一個生命としての強靭さ。

 

「まっそんなに甘かねぇわな……」

 

 

 


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