異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「さて、いよいよ最下層だ。準備はいいな」
「
「私も万端です」
「おう、さっさといこうぜ」
出入り口っぽく見える、肉の隔壁扉のようなものを強引に開いていく。
動きはしないものの、ここがワームの体内だと思い出させる見目気持ち悪い内壁。
肉と肉の
「──いたなぁ、とんでもない
そんな言葉が自然と漏れ出ていた。最下層に鎮座し、眠っていたのは"一匹の生物"。
はたしてそれは"完全生命種"とも呼ばれ、彼らを信仰する宗教も存在する。
地球の逸話でも古今東西に存在した、悪敵の象徴にして"財宝の番人"として君臨する生物。
「すっげ、初めて見たわ」
「あーしは飛んでる奴だけかな~、それも遠目でしか見たことなかったけど」
「私は魔領の戦場で何度か。でも横になっているだけなのに、ずっと大きい固体です」
「俺が倒したのはチンケな陸上のだったな。いやあれは違う種だっけか」
なんにせよ──"無二たる"カエジウス本人が出てこなくて良かった。
ワームを討ち倒して、趣味で
そんな規格外を相手にするくらいならば、
ともするとこちらの気配に気付いたのか、あるいは悠長に話しているのが耳に届いたか……。
その巨体はゆっくりと立ち上がり、大きく翼を広げてこちらへと向く。
『挑戦者か──』
一息に俺達全員を丸呑みにできそうな口から、地響き震わすように言葉が紡がれる。
ややくすんだ黄色い鱗。天頂を突かんとする長く太い角。
上下
巨体を支える後ろ
長く強靭そうな尻尾の先端まで、鉱物質のような背びれがいくつも生えていた。
「こりゃなかなかどうして、
「ってか、喋れんのかよアイツ」
「"
「──"七色竜"、ですねぇ。どおりで通常の個体よりも遥かに大きいわけです」
遥か遠い昔に大陸を支配した、旧き最強の種族──"
神族との大戦に破れ、叡智ある"頂竜"はいずこかへと消えてしまった。
その時に多くの竜も
しかし残った竜種も存在する。それが"七色竜"と言われる7匹のドラゴン。
それぞれが純血種とも呼ばれ、"竜教団"によって個別に信仰される存在。
炎熱を司る"赤竜"──唯一、人族との交流を持ちし最大の勢力を誇る竜。
氷雪を司る"青竜"──魔領の最西端、"零の聖堂"を住処とする不可侵の竜。
豪嵐を司る"緑竜"──遥か超高空を気ままに飛び続ける、地上に興味なき自由の竜。
病毒を司る"紫竜"──所在知れぬ厄災の竜。
光輝を司る"白竜"──頂竜に次ぐ叡智を持つと言われる、自らの姿を見せぬ竜。
闇影を司る"黒竜"──"
そして──神族を相手に、その激しき気性を
「
「あの偏屈な爺さんが、そんな名前よく許したもんだ……いや、逆に盲点なのか」
『お前たちには選ぶ権利がある──戦うか退くか、決めるがよい』
「ここにきて親切なこったなぁ」
「一応選択肢は与えてくれるんですねぇ」
それはあくまで、デザインされた
『俗世での我が名は"黄竜"──人の身で、勝てると思うならば掛かってくるがいい。しかして命は覚悟せよ』
こちらの言葉に調子を崩すことなく、最下層の番人としての立場から語りかけてくる。
黄竜はカエジウスに言い含められているのか……与えられたセリフを芝居がかって喋っているかのようだった。
「人の身で勝てるか、ねぇ……。いつから最下層の
永久商業権で建てられた店に、黄竜の名を冠している以上はまず間違いない事実だろう。
そしてその時から──最下層へ挑戦者が現れていないとも聞く。
まともに
遠い過去にも最下層まで来れたのに、黄竜を眼の前にして帰ることを選んだ者もいたかも知れない。
『
「これは失礼、ついでに言うと俺はハーフエルフだ」
「あーしも半分だけのヴァンパイア~」
「私は厳密に、人族の血は流れてないですねぇ」
「アタシは獣人だ」
『自らを"神族"と呼称した生物の
こちらの揚げ足取りにも、きっちり返してきた黄竜に俺は素直に感嘆を漏らす。
確かにほとんどの人型生物は神族から派生していった種族であり、どれも同じであると言い切ったのだ。
「ははぁ……考え方のスケールが違うな。さっすが最古の神話に生きた竜ってとこか」
「彼らから見たら神も、魔も、人も、獣も、みんな同じなんですねぇ」
「ったく、偉そうなこった」
「でもでも~今からその末裔にやられるんだよ?」
『退く気はないようだな──』
そんな言葉と共に、こちらへ向かって一筋の雷光が飛ぶ。
しかしまるで来るとわかっていたかのように反応したキャシーが、それを
「"雷"か──気が合いそうだなぁ、ドラゴンさんよォ!」
黄竜は広げていた翼を折りたたむと、巨大な前腕の爪を地面へと突き立てる。
最下層には前層のような水場があり、ご丁寧に土の地面が造られていた。
水属魔術や地属魔術も存分に使えるように、しっかり配慮をしたのだろうか。
連結されたエリアは相応に広く、遺跡の名残のように風化した建築物──つまり遮蔽物もある。
最終決戦に
『大した負傷なく、ここまで到達しただけのことはあるか』
「えっ、あーうん。そうだろう、そうだろうとも」
「ねー」
俺は取り
ここまで掘り抜き到達できたのは、ほぼほぼ幼馴染の手柄である。
充填分は尽きたものの消耗は完全回復しているし、怪我など当然あるわけもなし。
『……それにしても、そうか。あの人族らが二十年前か──』
時間間隔を置き忘れているのか、しみじみと言い出すお茶目な黄竜。
知能を持ちて言語を話すだけに──なんだか哀れにも思えてくる。
「二十年以上もあの爺さんに隷属させられてるとは……それとも同意か、善意か、実は同じ趣味とか?」
『
「俺らが倒して見せようか? そうすれば解放されたりするのかね」
『なにっ』
初めて黄竜の本音のような感情が漏れ出る。
「すまん、やっぱ無理。あの爺さん相手にするよりは、多分あんたのほうがやりやすい」
俺の露骨な煽りに対して、
とはいうものの、黄竜もそこは認識している事実なのだろう。
ムキになって言い返してくることはなく、ただビリビリと帯電する雷が空気中へ漏出する。
問答と挑発を繰り返しながら、俺は久方振りに使う魔術のイメージを固めていく──
竜種──それも最上位たる"七色竜"は、疑うことなき地上最強の一角である。
大概の魔術など通じぬ重装甲の巨体が、高空を飛行し一方的に爆撃してくるのだ。
仮にそれを撃ち墜とすのであれば……、爆撃に耐えうる防御性能は大前提。
その上で尋常ならざる対空遠距離砲撃火力と、捕捉・命中精度を要する。
あるいは同等以上に飛行し肉薄しながら、竜を殺すに足る攻撃能力を備えていなければならない。
「なぁおいドラゴンさんよォ、アンタを倒せば終わりなんだよな?」
『そうだ、それだけが唯一無二の
答えを聞いたキャシーが四ッ足の体勢を取ろうとする瞬間、フラウが肩を掴んでそれを止める。
その
「最下層の
『その通りだ──』
「ドラゴンって言えば……俺の故郷でも財宝の番人ってのが
『ヒトが望む財宝は地上へ戻ってからだがな』
「あぁ……打ち倒して叶えてもらうことにするよ」
言葉を交わしながら、三本の手が
「繋ぎ揺らげ──」
「キャシー、ハルっちも耳ぃ
そう言われてすぐに察した2人は両手を耳へ持っていく。
「
目の前の世界が、染め尽くされるように爆裂する。
──"
俺の使う魔術の中で最強の破壊力を持つゆえに、
核兵器とは比べるべくもないが、次ぐ威力を誇る分子運動による圧倒的な連鎖エネルギー。
普通の地下であれば地盤崩落の危険性があるだろう。しかしここはワームの体内。
本来であれば過剰火力となる魔術も、七色竜の一柱を相手にするのであれば申し分なし。
広いとはいえ密閉空間で炸裂した爆発は、黄竜の巨躯を壁へと激突させた。
衝撃による余波と轟音は、フラウが張った斥力場によって後方へと逃がされる。
流石は相棒。ちゃんとフォローしてくれると信じていた。
「まじっかよ、なんだ今の……」
「俺の"切り札"の一つだ、本当に久々に使ったがな」
実戦で使ったのはそれこそ、"イアモン
斥力場が解かれると、未だ止まらぬ地鳴りのような残響と、暴れ狂う風が空間内をもみくちゃにする。
「チッ、てめーはいくつ隠し技持ってんだよベイリル」
「たまに自分でも忘れ──」
バチバチと空気の絶縁を破りながら、角が帯電し始めるのを見て俺は乾いた笑いがこみ上げる。
奇襲でぶち当ててもなお、殺すどころか倒すにも至らない。一個生命としての強靭さ。
「まっそんなに甘かねぇわな……」