異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
――話をしよう。黄竜を打ち倒したところまでは、全てが順調であったと言える。
だが"
結局俺達は聞くも涙、語るも涙。
悪意しか感じない即死トラップの雨あられ。精神に訴えかける幻惑空間。
浮揚する足場をパズルのようにハメこんで、正規ルートを通らねば踏破できぬギミック。
絶滅したとされる巨人族からの逃走。その先に待ち構えた、素敵で秘密な出会いと別れ。
既知の生物相から逸脱した、独自の進化を遂げたような謎魔物との遭遇戦。
生きたワーム内壁が常に形を組み換え続ける迷宮と、奥底で待つミノタウロスとの対決。
ワーム海の水が流入し満たされたエリアで、水棲魔物相手に大立ち回り。
温厚なれど竜を信仰するリザードマンの集落へ、黄竜の部位を持ち込んでしまって一騒動。
攻略途中のバルゥとのはからずの再会、道中苦労話をしながらの共闘戦線。
はてさて本の一冊にはなろうかという大冒険だった。
製本技術が発達し、流通も円滑になった暁には、娯楽本として売り出すことも考えるほど。
そして
一個体としての総合力が試され、そして結果的に……能力を大いに磨かれる結果となった。
持ち得るサバイバル技術を余すことなく駆使し、自らの全能を賭して切り
ワーム内では時間感覚も喪失し、少なくとも100日以上は軽く費やしただろう。
数多くの苦難やトラブルこそあれ、黄竜の部位を運搬していたおかげで、楽に制覇できたことは否めない。
まともに攻略していたとしたら、一体どれほどの時間が掛かったかわからなかった。
ただ……自らを高め鍛え上げる――今までになかった"修行"となったことも同時に疑いない。
そして今――最上層にあたる屋敷広間にて、"無二たる"カエジウスを前にしていた。
同時にニアも連れて来られていて、久方振りの再会を果たす。
「みんな……ごめんなさい」
「いやいや、ニア先輩はなんも悪くないです」
「それに無事でなによりだったわ」
「ニア先輩は……まさかずっとここに囚われていたとか?」
「いいえ、あなた達が地上に戻ったから改めて呼ばれただけよ」
俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、大きく息を吐いた。
わざわざ迷宮街の商業権を得たのに、俺達に加担したことで拘束など目も当てられない。
上座にて一言も発することなく、ただただ静かに見下ろすカエジウスへ向き直る。
向こうから口を開く様子がないと見るや、俺は神妙に言葉を選んで様子をうかがう。
「――
そう言って背後に置かれた黄竜の分割された躯尾や爪牙へと、手を広げて指し示す。
既に見抜かれている上での演技であろうとも……とりあえずそれで反応を見るしかない。
カエジウスはしばらく黙っていたが、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた。
「誰かしらが最下層へ到達するには、まだまだ猶予があったはずだが……黄竜の"雷哮"が空を走った。
さしあたり土埋めだけをさせ、自ら周囲を探してみれば――なんとも奇っ怪なシロモノを見つけた」
虚空を見つめるように、もったいぶった調子でカエジウスは語り続ける。
「見たことのないモノだったが、地面を掘る機能があることは状況からすぐにわかった」
少しずつ声の
それはカエジウスの感情を、
「"その場にいた者"に問うてみた、我が地にて店を構えるそこな"ニア・ディミウム"にな」
糾弾するようにぐっとカエジウスの視線が、ニアへと突き刺さった。
ニアはいたたまれぬ表情で目線をそらしてしまう。
「そやつは地質調査などとのたまった。まあ察しはすぐについたし、地中のモノを引き上げれば一目瞭然」
こっちとしても
というよりは気が穏やかでない五英傑を相手に、下手に
「当然だが穴はすぐに塞がせてもらった。純粋に
肩を落として顔を下に向け、目を瞑りながら深く溜息を吐くカエジウス。
そこに関しては正直なところ、申し訳ないという気持ちもなくもなかった。
「そしてキサマらはこうして現れた。もっとも倒された黄竜から名を聞き、だろうな――とは
カエジウスは視線を上げると、改めて全員の顔を見つめていく。
「だが振り返ってみれば……確かに、"自由にやれ"という
「申し訳ない。あの時点で頭に絵図が浮かんでいたので、引き出させてもらいました」
空気を読みながら、すかさず俺は謝罪を述べる。
「もっとも地上へ戻るまで、大分苦戦した様子――」
「正直に言えばまぁ……堪能させていただきました、良くも悪くも」
「なれば、少しは溜飲も下がる」
時間の浪費こそあったものの、
「黄竜を討伐したことは事実だし、約束を
問い
「――よって温情を与える。キサマらのやったことも、今後の良き課題である」
「ありがとうございます、俺たちもいい経験はさせてもらいました」
俺は深く頭を下げると、フラウ、ハルミア、キャシー、それにニアも続いて礼をする。
一拍置いてから恐る恐る、俺はダメ元で尋ねてみる。
「ちなみに穴を空けた道具についてですけど――」
「大した使い道もないのでな、没収などはしておらん」
「わたしの店の裏でしっかりと保管してあるわ」
ニアの言葉にとりあえず安心はする。あれも貴重な商会の財産である。
個人的に使ったりはしても、それを壊しただの、失くしただのはあまりしたくなかった。
「――ではまず言っておくべきことを一つ。
「二年もあれば……完全に造り変えてしまうということですか」
「そういうことだ――では。さあ願いを言え、どんな願いでも三つだけ叶えてやろう」
カエジウスは「許せる範囲でだがな」と付け加え、こちらの返答を待った。
「んでは、遠慮なく。お約束なんですけど、願いを百個にするというのは?」
「別に構わんが、叶うべき価値基準も相応になる」
「じゃあ三つでいいです。一つ目は――」
これは最初から決めていたと同時に、唯一の願いでもある。
「ここカエジウス特区領における"採掘権"が欲しい」
「ほう……」
冒険者などに依頼していた世界中の"地勢調査"の結果。それらを一部分析していって判明したこと。
この土地には"浮遊石"が大量に埋蔵されているのがわかった。
恐らくはワームが関係していると思われ、
どういう原理なのかは不明であるが、工業的にも建築遺産的にも注目すべき素材。
さらに実用化が進めば、軍事面においても重要な物質になりえよう。
元世界には……少なくとも地球にはなかったロマン溢れる資源――絶対に確保しておくべきものだ。
「まあよかろう、周囲の環境を過度に破壊することのないよう留意せよ」
「どうもです。この紋章をつけている人間を派遣するので、よしなに」
俺はそう言って
国家的な干渉はカエジウスにとって
「二つ目の願いを言うがよい」
「それがまだコレといって決まってなくて――」
俺はちらりとフラウ、ハルミア、キャシーへと目を移す。
「私はその……攻略前に、叶っちゃった――ってことでいいかも知れません」
「あーしの願いは帰りの攻略途中で叶っちゃったかな~」
フラウは俺とハルミアをそれぞれ交互に見る。
まあずっと迷宮に潜っていたゆえに、
「アタシの願いはベイリルとフラウに勝つことだしなあ。自分で叶えることだから関係ないや」
キャシーは後頭部で両手を組みながら言い、俺はニアの
「というわけで、ニア先輩が良かったら……なんかどうぞ」
「いえ、わたしは遠慮する。対価をもらっての仕事だったし、それも最後まで果たせなかった」
「まぁ……そう
細かく考えるなら、それこそ叶えてもらえることは山ほどある。
金が欲しい、宝物が欲しい、永久商業権でもなんでもいい。
それらはどんなものでも、小さくない利益に繋がってくれるだろう。
しかし可能な限りで叶えられる3つの願いとなると、なかなかに悩ましいところだった。
迷惑を掛け世話になったニアになら、一つくらい譲っても良かったのだが……。
彼女にはそもそも自分自身で努力・遂行し、その成果を良しとする信条がある。
だからあまり無理に譲っても、逆に反感を買うだけにも思えた。
「"無二たる"
「多かったのはやはり"召喚契約"だ」
迷宮街を構成するのに、切っても切れないカエジウスのみの法。
強制契約をしつつも相手の思考能力を奪わないその性質は、通常の魔術契約の域を逸脱している。
「"魔法"なんですか?」
「質問ばかりか――完全とは言えんが制覇したゆえ、仕方なく答えてやるが……魔法だ」
「つまり
「……さてな、
引っかかりを感じつつも急かされるように言われ、俺は叶えるべき願いを質問と同時に投げかける。
「ワームって召喚契約できますか?」
「無理だ、この一匹のみしか存在しない。完全に死んだわけではないが、蘇生させることも不可能だ」
(……カエジウス本人は、ワームと契約することはできなかったんだろうか?)
それは一つの素朴な疑問だった。とはいえこんなデカブツを養えるわけもないか。
すると様子を眺めていたキャシーが、思いついたように口にした。
「そうだ、"黄竜"だ――黄竜と契約しようぜ!」