異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
――インラインもとい、"エアラインスケーティング"とでも言えば良いだろうか。
俺は見えないスケート靴とリフボードをイメージして、空中を"風乗り"して移動する。
大気を海原に、風を波に見立て、時にローブを
滑空だけだった空中飛行も、こういう形であれば風の向くまま気の向くままに飛翔できる。
そんな"エリアル・サーフィン"を会得したのが、ワームの胎内迷宮の帰りの途。
実際的な高度で言えば、風も吹かぬ密閉された地下だったのは皮肉だった。
風なきゆえに大気を掴み、空気に乗るというやり方を見出す他なかったのだ。
「ふっはぁーーー……」
大きく肺に取り込んだ澄みし空気を吐き出していく。
見渡せば大いなる空があり、地上から見上げるどこかの誰かと繋がっている――
しかし異世界の青空や星空から……"地球"を感じることはできない。
もう一度"元世界"の空を望みたいか、と問われれば――正直どっちでもよかった。
もとより大した未練はないし、異世界生活が大いに充実している。
行き来できるならば別だが、一方通行であったなら戻りたいとはまったく思わない。
地球の精細な科学知識は大いに欲しいが、現状でも有能な人々が着実に前へと進めてくれている。
需要はあっても必要はない。
それにもはや記憶にもおぼろげになってくるほど、昔のことのように思えた。
それこそ本当に胡蝶の夢のようなものだったのではと、現実感のなさすら感じ入る。
(シールフのおかげで忘れずにいられるものの――)
"読心の魔導"と、
前世の記憶も思い出そうと思えば、その多くをはっきりと情景として浮かべることはできる。
そもそも転生しているのだから、脳味噌は別物なのに……不可解な点まみれなのだが。
魂の在り処はどうだとか、霊体がどうのオカルト的なアプローチ。
心は一体どこにあるのか。観測によるクオリアを追究していけば何があるか。
思考とは単なる神経伝達であり、人体そのものが化学反応の集合体に過ぎないだとか。
我思う
あるいは集合的無意識だの、アカシックレコードだのと発展したなら……。
つまるところ考え始めたらキリがないということだ。頭がパンクどころかバーストする。
(もしも地球史上の高名な学者達に、エルフ種1000年の寿命が与えられていたなら――)
どういう境地に至ったのだろうか、などともふと思ってしまう。
それこそ集まれば世界の真理を解き明かすことも、可能であったのかも知れないと。
実際に俺が味わい尽くしたい――未知なる未来にも繋がる話の一つ。
過去に存在した超のつく天才が積み上げ続けたら、どういう科学の発展が待っていたのか。
とはいえ今はそういったことに、脳のリソースを割いている時間もあまりない。
思考実験的な気分転換は終わりにして、俺は空中に圧縮固化空気の足場を作って座る。
何者にも邪魔されない、遥かなる蒼穹を独占したような状態で一人ごちる。
情報を整理しながら、今まさに眼前にある"文明回華"の展望に考えを巡らせていった。
(俺たちが
カエジウス特区よりさらに東にあたる――帝国に属する崩壊しかけているインメル領。
王国と共和国を国境に接するその土地を、救世組織として立て直す計画。
カプランがつつがなく用意をしてくれて、滞りなく進めてくれていた。
商会の名の
住民の誘導に患者の隔離、仮住居の設置やその他必要物資の提供。
抗生物質の人体治験についても、専門の研究班と共に――順次
また特定区域の治安維持や、不穏分子の抑制なども手を抜くわけにはいかない。
そしてなによりもシップスクラーク商会の
なにぶん一つの領地である為に、非常に大変な事業であるのは――負担として既にのしかかっている。
これまで積み上げてきたリソースの多くを、既に割いてしまっているほどの賭け。
今更シップスクラーク商会としては、後戻りできない状況となってしまった。
(見通しが甘かったなぁ……――)
もう少し楽にイケると思ったが、想定以上に負荷が大きい。
仮に失敗したところで、商会自体がなくなるほどではないものの……。
またここまで積み上げるのは、相応に時間が掛かってしまう。
なによりも所属する人間が
"三巨頭"を筆頭に、その下にも三人を支える多くの有能な人材によって組織は成り立っている。
金と時間と運によって巡り会えた天才達も少なくないし、文明を発展させるには彼らの牽引力こそが最も重要である。
しかして実際的に運営し、世の中を回していくのは……得てしてスカウトして回った、
また人と人との"
当初の予定通りワーム迷宮最下層制覇後に、来た穴戻って最短で地上へ帰れたなら――熟考する時間もあった。
試算をしっかりと出してから、落ち着いた状況でカプラン達と協議できた。
状況を様々な側面から比較・検討し、方針を決定できたハズなのだ。
(不可抗力もあったとはいえ……こんなにも早く
当然ながら計画に不測があったなら、カプランはそれを推し進めるようなことはしない。
シールフやオーラムとも協議し、可能だと判断したから実行されていることは確かだ。
「切り札は流々――」
俺は口に出して、己の持ち得るモノを再認識する。
多少追い詰められても、強引にやれないことはない。
秘匿している現代知識を開放してしまえば、巻き返し自体はそう難しくはない。
ただしそうなると今度は、世界全体のバランス調整がしにくくなってしまう部分が否めない。
あくまで平時における計画・構想を踏み切っただけで、
(介入の余地がない"戦争"は、非っ常ぉ~に困るんだよなぁ……)
その大問題こそ、王国軍によるインメル領への侵略行動だった。
弱体化した国境線上の帝国領を奪い取る――当然といえば当然の戦争行為。
徐々にではあるが、インメル領の復興が進み始めていた矢先の出来事が展開されていた。
迷宮逆走攻略で時間を取られてしまった為に、事前段階として指針を示すことができなかった。
予想していなかったわけではないが、楽観視していた部分は否めない。
外交的に抑止を試みてはいたが……結果として、徒労に終わってしまったということに他ならない。
(あるいはここまで保たせられたことを、良しと考えるべきか……)
未だ商会としての
まだまだ戦争をするつもりはなかったので、戦史研究や参謀本部のような部署もない。
よって仮に戦争する場合、大まかな組み立ては俺がやらなくちゃいけない。
商会の保有するテクノロジーや、地球の近代戦術を知っているのは俺とシールフだけ。
たとえそれがニワカ知識であっても、有効になりそうなものはいくつか存在する。
「まぁこうやって考えるのも……楽しいと思ってしまうのが我ながら――
口に出して風に揺られるように、思考を深めていく。
前世の地球においても俺は健全な男の子であり、オタク気質も大いに備えていた。
サバゲーまではしなかったが子供の頃はエアガンで遊んでいたし、大人になってもモデルガンをいくつか買った。
自衛隊に入ろうなどとは
習った歴史は当然として、漫画やドラマ・映画のみならず、特にゲームで触れる機会は多かった。
擬人化された武器や兵器、女体化した歴史上の人物達、遥か遠い未来のSFに至るまで。
興味が過ぎて上っ面の知識ながらも、図書館で読み漁ったこともある。
問題はこれが決して戦略シミュレーションゲームなどの
実際に存在する多くの他人の命を、預かってしまうということである。
正直なところただでさえ詰まっている状況で、大規模な軍事行動としてのアクションは起こせない。
一応はヘルムートとの約束もあるし、いまさら民衆を見捨てる選択肢もない。
商会は既にインメル領に突っ込み過ぎてる以上、対策を講じないわけにはいかない。
現段階で対処するには、どこから手を付けていいものやら……問題が山積みであった。
(戦争自体は悪いこっちゃないんだがなぁ……)
戦争とは政治の一手段である。
武力をもって、相手の頭を掴んで下げさせる。
内外に威光を示して国の
戦争とは経済活動の一環である。
利権や特需を味わう者がいて、被占領地の物資を奪い取り、賠償金を支払わせる。
直接的に武器や糧秣の取引によって儲け、共和国の"自由騎士団"のような傭兵派遣業で稼ぐこともできる。
戦争とは文化促進剤である。
軍事費として研究に
得てしてそれらは戦争だけに限らず、幅広いテクノロジーとして世界に広がる。
平時と戦時の振り幅こそが、文明を作ってきたといっても過言ではない。
(そして"戦災復興"――)
戦争の爪痕は、時として民衆に凄まじいまでの重荷としてのしかかる。
敵国の略奪によるものだけでなく、自国の無軌道さによって滅びる場合すらある。
なんにせよ戦争は、
悪い言い方をするならば、弱みにつけ込んで
仲介業として仕事を
なし崩し的にインフラ建設などを請け負えられれば……。
間接的な実効支配下に置ける上に、後々のデータ材料やノウハウ積算になる。
(それらもあくまでコントロールできてこその果実……)
戦争を始めるも終わらせるも、勝つも負けるも、被害の
そうすれば文化発展において、これ以上ないほどの手段として戦争は重宝すること疑いなし。
しかしながら王国軍による侵略は、コントロールはおろか介入すら困難な状況となっている。
領地を奪われれば、こちらの手柄はそのまま接収されるに違いない。
その中にはまだ広めてはならないテクノロジーの一端が含まれているのも見過ごせない。
そして――多少なりと領民の心根に、フリーマギエンスの教義と商会の為した成果は残るだろうが……。
実利の多くが失われてしまうことは避けられない。
ふと……"遠く広がる視界"の一部に、二羽の鳥が連携し空中で別の鳥を狩って食す姿が映る。
「――
俺は漆黒の殺意を言の葉に込めて吐き出した。
あいにくと季節は味方をしてくれない。インメル領は気候的に安定した土地なのだ。
それは本来は嬉しいことなのだが、こういう非常時に"神風"や"冬将軍"といった大自然をアテにはできない。
結局は人の手に頼ることになってしまう。俺にできる最善手こそ――"暗殺"という手段。
直接的に幹部級を殺して回れば、軍を機能不全に
決して褒められる行為ではないが、それもまた
我ながら
無軌道に覚えた殺し技の数々、それらを重ね併せることで得られる威力。
やり方はいくらか考えられるが、過信もまた禁物であった。
俺自身強くなったが、今はまだ――上には上がいるのもこの異世界の常。
その上には上――という存在も我らが陣営にいるにはいる。
"黄金"ゲイル・オーラムと、"燻銀"シールフ・アルグロス。
シールフは本人のことを考えると、あまり鉄火場には立たせたくはない気持ちがある。
ゲイル・オーラムは頼めばやってくれるだろうが……。
(オーラム
裏社会の顔役の一人であったし、今は商会の顔役の一人である。
強く出るべき対外交渉の多くを彼が担当している以上、あまりよろしくない。
あの人が負けることは想像できないが、それでも万が一がないとも断言できない。
「まだ
その時だった、ハーフエルフの強化センサーに感アリ。
柔らかく撫でる風と共に、パーソナルスペースへと侵入してきた人物が俺へと告げる。
「やあやあ、どーもどーも。やっと見つけましたよー」
そこにいたのは記憶にはない、鳥人族の女であった。