異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#122 方策会議 III

「オーラム殿(どの)? 何故ここに?」

「ベイリルゥ、ワタシを()け者にするなんて人が悪くなってないかな? ん?」

 

 俺は反射的にカプランの(ほう)を見るが、彼は首を小さく横に振った。

 さらにゲイルの横に立つ、見知った少女のへと俺は視線を移す。

 

「それにプラタまで……」

「ベイリル先輩、クロアー姉さん、カプラン先生、ちはーっす!」

 

 そうプラタは被っていた帽子を取りながら全員に挨拶し、またかぶりなおす。

 あれはナイアブがデザインしたやつだったかと、俺はそんなことを思いつつ……。

 次に表情を小揺るぎもさせないクロアーネを、半眼で見つめながらつぶやいた。

 

「……クロアーネ、呼んだな?」

「――私はオーラム様に現状の報告をしただけに過ぎません」

 

 そう澄ました顔で言う彼女の、隠れた尻尾(・・)(ちから)が入っているのを空気の流れで感じる。

 振り出したいそれを、必死に抑えているのがよくよくわかった。

 

「ちゃんクロも久しぶりだねェ」

「はい、一季と二週と五日ぶりです」

「カプランくんはァ……そうでもないか」

「そうですね、我々は定期的に商会事項のすり合わせをしますから」

 

 ゲイル・オーラムはテーブルへとつくと、投げ出した両足を組む。

 

 

 さながら「弁明を聞こうか?」とでも言いたげなオーラムの表情に、俺は一応の説明をする。

 

「まぁ本当にヤバくなったら、呼ぶつもりでしたよ」

「戦争だろォ? ワタシを出し惜しみしてどうする」

「もう戦いは"飽きた"みたいなこと、前に言ってませんでした?」

「たまには暴れるのも悪くないからネ」

「そう言ってもオーラム殿(どの)は対外交渉の顔役。ファミリア時代から地味に有名なんですよ」

 

 ゲイル・オーラムは言わば、商会におけるワイルドカードである。

 使えば絶対に勝てるというわけではないが、一部の戦局をひっくり返すくらいの信は置いている。

 

 しかしそれは相手にも伝家の宝刀を抜かせる事態になりかねない。

 そうなれば戦争は一転わやくちゃとなり、予想もつかず収拾までつかなくなってしまう。

 つまるところ強いカードというものは、人知れず盤外で処理するに限るのだ。

 

 

「戦後の帝国への体面を考えると、面倒なことになりかねないのが本音です」

「んっン~……なるほどネ。商会が目立つのはまだ最小限にしたいと」

 

 こちらの言い分をすぐに察してくれる。

 なんのかんのきちんと話せば聞き入れてくれる、気のいいおじさんであった。

 

 なにせ出る杭は打たれるものと相場は決まっている。

 まだ商会全体が軌道に乗ってない状況で、帝国に目を付けられたくはない。

 

 あくまでインメル領は、帝国に属しつつも――その裏で(ちから)を付けるのが理想的。

 シップスクラーク商会も、まだまだ表舞台に堂々と繰り出すべき時ではないのだ。

 

(ゆっくりと、沁み込ませるように……)

 

 世界を侵蝕し……気付いた時には、もはや手遅れ――くらいでもいいくらいだ。

 ダイナミックにやりたくもあるが、慎重を期すのならそうあるべき。

 

 

「そんじゃま土産(みやげ)だけ置いて、出番を待つとするかネ」

「オーラム殿(どの)の手は(わずら)わせませんて。こっちだけで粉砕してみせ――ん、土産?」

 

「ボクちんが手ぶらで来るような男とでもォ?」

 

 そう言うとゲイル・オーラムは、指先から伸びる"金糸"をクイッと引っ張る。

 それが合図だったのか、扉が開くと新たな人間が入ってきた。

 

「……どなたです?」

 

 面識がなかった――とはいえオーラムの顔の広さを考えればいくらでもいる。

 ただし今この状況で連れて来るだけの、価値がある初対面の男。

 

「ほっほう――」

 

 (くだん)の男は、俺とカプランとクロアーネへと値踏みするように……瞳だけを動かしていく。

 

「"素銅"どのに、そちらの女性がゲイルの懐剣クロアーネ。そして君がウワサの――」

「……うわさ?」

 

「"無二たる"カエジウスのワーム迷宮(ダンジョン)制覇者――"空前"のベイリルくん」

 

 俺は思わず目を細めて、不用意にも警戒心を(あらわ)にしてしまった。

 迷宮(ダンジョン)を攻略したことは、本当に一部しか知らないハズの事実。

 

「ンン~!? ベイリルきみィ、迷宮(ダンジョン)制覇したのか?」

「ベイリル先輩……すごいです! さすがわたしの目標の一人です!!」

 

 ゲイルとプラタの反応(リアクション)によって、こちらを一方的に知る謎の男との会話の空気を外されてしまう。

 否、男がそうなるように仕向けたのかも知れなかった。

 

 とりあえずオーラムも今初めて聞いたということは、彼がどこからか知って教えたわけではない。

 俺とは初対面の男が、隠していた情報を何故か知っている……。

 

 

「おう、ありがとうプラタ。オーラム殿(どの)が制覇したのも、同じくらいの年の頃でしたよね」

「そうだっけェ、キミは覚えているか? "アルトマー"」

「数えれば確かに……それくらいだろうねえ」

 

 瞬間、クロアーネの垂れた犬耳がわずかに動いた。

 俺のちょっと長めのハーフ耳も同様で、はたしてそれは聞き間違いではなかった。

 そしてカプランもその姓だけで、目の前の人物が誰なのかを理解した。

 

「貴方が"エルメル・アルトマー"? 迷宮制覇特典で永久商業権を得て、"黄竜の息吹亭"を運営する――」

「共和国の"大商人"。落ち目だった"アルトマー商会"を親子二代でとのし上げた、オーラム様の盟友」

「なるほどあなたがそうでしたか、直接お会いするのは僕も初めてです」

 

 立ち上がったカプランは、完璧な所作をもってアルトマーと握手を交わす。

 そうやって彼は人の心理を読み切り、手練(てれん)手管(てくだ)・口先を用いて巧みに隙間へと入り込む。

 

 

「別に盟友なんかじゃないけどネ。個人的には会いたくなかったし、事実会ってこなかった」

「それはこちらも同じ言葉で返したいところだ。強引にこんなとこまで連れて来られ、外で待っていろなどと」

 

 溜息と共にアルトマーは、オーラムとは離れた席へ座る。

 

「ま、まぁその……うちのオーラム殿(どの)が失礼しました。それでどういう要件でしょう?」

 

 今この場はシールフがいないくらいで、最高幹部会議の様相を呈していると言っていい面子である。

 そこに部外者である男を招き入れるのは、いささか遠慮したいところだった。

 

「コイツには貸しがあるんだよォ、それを返してもらおうと思ってネ」

「貸し?」

「きみも制覇者なら知っているだろうベイリルくん、叶えられる()()()()を」

 

 そうアルトマーに問われて、俺はすぐに察する。

 

「なるほど――攻略面子は五人で、願い事は三つ。アルトマー殿(どの)は願いを叶え、オーラム殿(どの)は譲ったと」

「そういうこった、返済してもらうのに丁度いい機会だろォ?」

 

「まったく……二十年も前のことを、いまさら蒸し返されるとは思わなかったよ。だが借りは借りだ。

 おまえと"ノイエンドルフ卿"が頼むのであれば、私も一商人としてそれを無下に断ることはできない」

 

 

 腕を組んだアルトマーは、長年喉奥(のどおく)に引っ掛かっていた小骨を取ることができたような表情だった。

 

「それで、具体的にどのように支援して頂けるので?」

「共和国の戦争介入はこちらで止めておく」

「それが確約となるなら、負担はかなり減りますね」

 

 カプランはそう口にしながら、頭の中ですぐに仕事の振り分けを考える。

 

「さらに"自由騎士団"と、"契約労働者"の派遣。その一切を請け負い、負担を全て受け持とう」

 

 ――自由騎士団。

 他国の退役軍人や、さる事情によって追放された者達で構成された武力集団。

 数多(あまた)の修羅場を生き抜いた、海千山千の実力と戦闘経験は言うに及ばず。

 各国の重大な情報もいくつか保有し、今なお保有する人脈(コネ)も侮れない。

 契約内容次第では汚い仕事も、平然とやってのけるという怖いものなしの傭兵稼業。

 

 ――契約労働者。

 共和国法では名目上禁止されている奴隷の呼び名の一つで、あくまで合意契約のもの。

 しかし追い詰められた人間は、理不尽な契約でも結ばざるを得ない。

 そうした契約労働者は他国ほどではないが、やはり不自由を強いられた存在である。

 

 

「数はどの程度でしょう?」

「まず自由騎士団が1500ほど――」

「おいィアルトマー、少なくないか?」

 

「馬鹿な、即応出撃に応じられる数だ。それでも私が依頼しなければ契約は不可能だ」

「しょっぱいなァ」

「いえいえ、十分ありがたいことです」

 

 帝国への体裁を保つ意味では、かなり良い隠れ蓑となってくれる。

 自由騎士団がいたから撃退できたのだと、喧伝することができるのは決して小さくない意味を持つ。

 

「それと契約労働者は後方配置要員として、約4000の用意がある」

 

(用意……?)

 

 俺はアルトマーのその言葉に、なにやら引っ掛かるものを感じたのだった。

 


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