異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#124 方策会議 V

「そういえば……"運び屋"ってのは、なんか知ってます?」

 

 ふと気になったアルトマーの護衛について、俺はオーラム達に聞いてみる。

 

「なんだっけェ? クロアーネ」

「はいオーラム様。"なんでもはこぶ"を信条とする、その道では有名な(かた)です」

「あーそうそう、それそれ」

「僕が聞いていたところによれば……失敗したことがないという話でした」

 

「まじすか、あの場には女性一人のようでしたが……」

 

「私が知り得る情報では、組織だったものではなく彼女一人だけなようです」

「つまり単身(ソロ)で成功率100パーセントで、その道では有名──よっぽどの凄腕ってことか」

 

 現段階では特に必要とするものでもないが、是非とも人脈(コネ)として欲しい人材である。

 少なくともアルトマーの子飼いではないようだし、少しくらいは話してみたい。

 

「途中から道中一緒だったけど、なーんも掴めなかったねェ」

「わたしが話しかけても全然反応してくれませんでした……でも多分ですけど、強そうでしたよ!」

 

「思い出した、()すら運び届けるってェウワサのやつだ」

「それもう半分はなんでも屋みたいなものなのでは」

 

 依頼内容に"運ぶ"ってことを絡めれば、どんな障害をも乗り越えかねない。

 

 

(オーラム殿(どの)もそうだが、五英傑以外にもやべえの多いんだよなぁ……)

 

 間違いなく絶対強者であるはずなのに(ぜん)とせず、逆にまったくそう感じさせない──

 そういった部分がとても恐ろしい。自身にとって知覚できない領域にいるという畏怖(いふ)

 

 俺も密閉空間で不意撃ちかつ四人協力でとはいえ、全盛期からは遠くとも地上最強種の一匹たる黄竜を倒し得た。

 しかし世界は広いのだ、やはり油断・過信・余裕・慢心・驕りは最大の敵である。

 修練は数百年どころか、死ぬまで続けるハメになるかも知れない。

 

 それでも天頂(てっぺん)へと登りつめるどころか、見えるかどうかかも知れないかも知れない。

 

(ついつい闘争ではテンション上がって、イキがっちまうが──)

 

 こうして一歩引いた位置で冷静に考えると、悪癖と言えるだろう。

 とはいえ……やめられないとまらないのが"熱狂"というものだ。

 同じく気持ちの(たか)ぶりがもたらす爆発力と、大いなる成長は代え難いものがある。

(ん、"五英傑"……五英傑か──)

 

 とあることを思い出して、考えを(いた)す。切り札だの伝家の宝刀どころではない。

 不確定ながらも"盤面ごとひっくり返す最終手段"が……一つだけ存在していることに。

 

(いや、今はいい)

 

 俺は回していた思考を閉じる。

 それはある意味で、最も有効な方法なのかも知れないが……今はそれに及ばない。

 すると少しばかり続いた沈黙を破るように、ゲイル・オーラムが口を開く。

 

 

「んでベイリルゥ、ワタシは結局どうすればいいんだネ?」

 

「あぁそうっすね……オーラム殿(どの)鬼札(ジョーカー)なんで、とりあえず領内でのんびりどうぞ。

 もしも南のキルステン領に動きがあった時に、その抑止と交渉をお願いしたいんでそれまでは──」

 

「仕事が欲しいなら用意しますよ、オーラムさん」

 

 含みを笑いを隠さぬカプランに、ゲイル・オーラムは首をコキリと鳴らして口を開く。

 

「い~や結構だ、久し振りにクロアーネの料理でも食べてのんびり待つさ」

「かしこまりました、オーラム様。私の日々の研鑽を披露させて頂きます」

 

 ほんのわずかに柔らかく、クロアーネの本心からの微笑みと、普段は聞けないような声色を捉える。

 なんとなく……その笑顔を俺自身が引き出してやりたい──ふとそんなことを思ってしまう。

 

「プラタはどうする?」

「ゲイルさんがのんびりするなら、わたしはカプラン先生の下でお手伝いします!」

 

 カプランの実務はかなり高度であるはずなのだが、プラタはあっさりと言ってのける。

 三巨頭の(もと)で弟子として励むプラタは、なんというかとんでもない速度で成長していた。

 

 それらは生来持っていた気質と才覚がゆえなのか。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"で"永劫魔剣"の増幅器の被検体として、人格を半ばリセットさせられていたこと原因か。

 

 あるいは……単にゲイル、シールフ、カプランの、師匠としての能力が異常すぎるのか。

 スポンジが水を吸収するように、多方面でメキメキと頭角を現し始めている気がする。

 

 

「でもそのまえーに~、すわっ! 料理勝負です!!」

「んんっ!?」

「はぁ……?」

 

 俺とクロアーネは揃って疑問符を浮かべ、オーラムとカプランは慣れた様子を見せる。

 

「クロアー姉さん仕込みの我が調理道をお見せします! 師匠越えです! 恩返しってやつです!!」

「プラタには……ほんの少し手解(てほど)きをしてあげただけでしょう」

「でもでも、わたしにとっては師匠の一人なので」

 

 そう、彼女の師匠は三巨頭が主筋(メイン)ではあるものの……教わるのは彼らだけに留まらない。

 俺達がまだ学園生の頃。フリーマギエンスへちょくちょく訪れては、興味を覚え趣味を広げていった。

 

 ジェーンやリンと歌い踊って、ヘリオたちから楽器を習ってセッションする。

 魔術具をリーティアから教わり、ゼノと機巧(カラクリ)を作り、ティータと金属を鍛える。

 モライヴに戦術の基礎を。ハルミアからは魔術によらない医療処置技術を。

 ナイアブからは多様な芸術とその感性を。そしてクロアーネからは料理を伝授されていた。

 

 プラタという少女にとって、世界の全てが師匠とも言っていいほどに思えた。

 

 しかし俺が教えられるものが何もなかったのは、なんとなく寂しく悔やまれる。

 プラタが空属魔術士であれば別だったのだが、彼女は()()()使()()()()

 

 ゆえに精々が地球のことを、オトギ(ばなし)として語って聞かせてやる程度だった。

 かつてフラウやジェーンやヘリオやリーティアにそうしたように──

 

 

「そんじゃ俺も参加するかねぇ。大した腕じゃないが、黄竜の干し肉が余っている」

「おおぉ、素材で勝負ですね。負けられないです」

「あまり期待されるとちょっとな……珍味ではあるが、まぁ美味い食材ではないぞ」

 

 俺がそう言うと、クロアーネは割って入るように添える。

 

「某氏(いわ)く──"まずい食材はない、まずい料理があるだけだ"。貴方がのたまった言葉でしょう」

「よく覚えてんなぁクロアーネ。確かにそうだな……言い訳はしない、勝つつもりでいこうか」

「わたしも! わたしも勝ちます!」

 

 前のめりな俺とプラタに、クロアーネが冷ややかに宣告する。

 

「悪くない意気です、二人とも……微塵の容赦なく粉砕してあげましょう」

 

 

 

 

 早めの晩餐会を終えて、カプランとプラタは早々に仕事へと取り掛かる。

 ゲイル・オーラムは食後の散歩だと言い残し、どこかへ消えてしまった。

 

 俺は空属魔術によって小さい旋風(つむじかぜ)を起こし、商会製の洗剤と水を流して食器を撹拌させる。

 その隣ではクロアーネが己の調理器具を一本一本丁寧に手入れし、ケースにしまい込んでいた。

 

「迷宮内で一回だけ食ったんだが、やっぱ作る人が違えば全くの別物になるんだな」

「当然です」

 

 適切な調理器具と調理法、そして料理人の腕があってこそ食材は最高の物に仕上がる。

 

 調理科のファンランやレドと共に、地球の記憶・伝聞から数多くの料理を再現させてきたその練度。

 オーラムに拾われる以前、各地方で未知の食材を現地調達し、調理してきた経験。

 

 商会の情報部のみならず、彼女の貢献度はいかほどか概算のしようがない。

 

「──まぁ……貴重な竜肉を調理できたのは、良い経験になりました」

「正直に言えば、俺は元から大した料理を作れる気ぃしなかったから、むしろ狙い通りみたいな?」

 

 もちろんこちらの思惑なぞ見透かされていて、それでもクロアーネは乗ったのだろう。

 そしてオーラムに出す料理のついでに、俺達にも素晴らしい味の世界を振る舞ってくれた。

 

 外部からエネルギーを摂取する"食事"という行為は、人生において切っても切り離せない──あまねく生命(いのち)(かて)

 それゆえに"食欲"というものは生きることそのものに密着した、陳腐化することのない必須の文化である。

 

 人は衣・食・住が足りてこそ礼節を知る。

 健全な魂と精神は、健全な肉体にこそ宿り──健全な肉体とは、健康な食事によって形作られる。

 食こそが全ての根幹を支え、また文明を発展させる特大の原動力となるのだ。

 

 

「プラタは──まぁ、個性的(・・・)だったな」

 

 少女の料理は……なんというか、非常に独創性が溢れるものであった。

 味も可もなく不可もなく──ではなく、なんというか不可思議にトリップするような。

 言葉には形容し難い絶妙な按配(バランス)を地でいっているのか、狙ってやったのか。

 

 多趣味なだけにああいう感性なのか、理解するには時間が掛かりそうだった。

 

「ですが……少しだけ、(うらや)ましくも思えます」

「確かに生き生きしててプラタは良いな。ほんと最初は死にかけだったのが嘘みたいだ」

 

 それもこれも、オーラム、シールフ、カプランのおかげであろう。

 

「正直なところ嫉妬すら覚えます。あの子はオーラム様の(もと)で学べている──」

「クロアーネ……? もしかして自分と比べているのか」

 

 調理器具のケースに両手を置いたまま、彼女はまるで心だけが遠くを見ているようだった。

 

「私は依存していただけだった……あの(かた)に付き従うだけで、何一つ学べなかった」

 

 俺はクロアーネの表情を見ながら、次に紡ぐ言葉に悩む。

 安易に(なぐさ)めるべきなのか、それとも一部肯定しつつ方向性を変えるべきか。

 

 悩んでいる内にクロアーネは──ほんっっっっっのわずかにではあったが、唇の端を上げる。

 

「だから違う生き方を示してくれたのには……感謝しています、ベイリル」

「デレた? クロアーネがデレた!!」

「……? 意味はよくわかりませんが、なぜか不快です」

「すみません」

 

 俺は平身低頭さを見せつつも、緩く和やかな雰囲気で謝る。

 今までもそこまで悪くはなかったが……改めて彼女との距離が近付いた。

 オーラムに向けられる百分の一程度でも、素直な感情表現を俺が引き出してやった。

 

 そんな充足感は黄竜肉料理同様、なにやら筆舌に尽くしがたいモノがあった。

 

 

「ま、いいでしょう。それと──"これ"」

 

 クロアーネは横にあった大きな包みを、俺の前へと置いた。

 

「貴方のお国(・・)では"弁当(べんとー)"って言うんでしょう。余りで作りました」

「一体いつの間に……」

 

 俺やプラタも近くで調理していたハズだったが、全くもって気付かなかった。

 包みを覗くと重箱のようなものに、ズッシリと詰められているようだった。

 

手際(てぎわ)が違います」

「結構多そうだな」

「男ならそれくらい食べれるでしょう、残したら同じ重量分だけ刻みます」

「ハーフエルフの鍛えた胃袋だ、安心してくれ」

 

 俺は洗い終わった皿を積み重ねてから、弁当を片手にクロアーネに尋ねる。

 

「よかったら俺らと一緒にいくか? 騎獣民族のところへ」

「いえ、私もまだまだやることが多いので遠慮しておきます」

 

「ですよねー、テューレによろしく」

 

 俺は一足跳びで空中へ駆け上がって、風波に乗って飛行する。

 情報部はテューレに任せ、彼女には彼女の道を邁進(まいしん)してもらいたい。

 

(素直にそう思う──)

 

 箱の中身を少し覗いて見ると、彩りとバラエティ豊かな料理が詰め込まれていた。

 そして……残したら──などと言いつつ、しっかりと日保ちしそうなものが多分に含まれている。

 こういう細やかな気遣いが、彼女の本質を如実にあらわしていた。

 

「気合、入れて、いきますか」

 

 騎獣民族とワーム海賊の勧誘。両方こなして戦にも勝つ。

 まずはそれが俺が果たすべき使命であり、やるべき仕事だった。

 

 

 


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