異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「そういえば……"運び屋"ってのは、なんか知ってます?」
ふと気になったアルトマーの護衛について、俺はオーラム達に聞いてみる。
「なんだっけェ? クロアーネ」
「はいオーラム様。"なんでもはこぶ"を信条とする、その道では有名な
「あーそうそう、それそれ」
「僕が聞いていたところによれば……失敗したことがないという話でした」
「まじすか、あの場には女性一人のようでしたが……」
「私が知り得る情報では、組織だったものではなく彼女一人だけなようです」
「つまり
現段階では特に必要とするものでもないが、是非とも
少なくともアルトマーの子飼いではないようだし、少しくらいは話してみたい。
「途中から道中一緒だったけど、なーんも掴めなかったねェ」
「わたしが話しかけても全然反応してくれませんでした……でも多分ですけど、強そうでしたよ!」
「思い出した、
「それもう半分はなんでも屋みたいなものなのでは」
依頼内容に"運ぶ"ってことを絡めれば、どんな障害をも乗り越えかねない。
(オーラム
間違いなく絶対強者であるはずなのに
そういった部分がとても恐ろしい。自身にとって知覚できない領域にいるという
俺も密閉空間で不意撃ちかつ四人協力でとはいえ、全盛期からは遠くとも地上最強種の一匹たる黄竜を倒し得た。
しかし世界は広いのだ、やはり油断・過信・余裕・慢心・驕りは最大の敵である。
修練は数百年どころか、死ぬまで続けるハメになるかも知れない。
それでも
(ついつい闘争ではテンション上がって、イキがっちまうが──)
こうして一歩引いた位置で冷静に考えると、悪癖と言えるだろう。
とはいえ……やめられないとまらないのが"熱狂"というものだ。
同じく気持ちの
(ん、"五英傑"……五英傑か──)
とあることを思い出して、考えを
不確定ながらも"盤面ごとひっくり返す最終手段"が……一つだけ存在していることに。
(いや、今はいい)
俺は回していた思考を閉じる。
それはある意味で、最も有効な方法なのかも知れないが……今はそれに及ばない。
すると少しばかり続いた沈黙を破るように、ゲイル・オーラムが口を開く。
「んでベイリルゥ、ワタシは結局どうすればいいんだネ?」
「あぁそうっすね……オーラム
もしも南のキルステン領に動きがあった時に、その抑止と交渉をお願いしたいんでそれまでは──」
「仕事が欲しいなら用意しますよ、オーラムさん」
含みを笑いを隠さぬカプランに、ゲイル・オーラムは首をコキリと鳴らして口を開く。
「い~や結構だ、久し振りにクロアーネの料理でも食べてのんびり待つさ」
「かしこまりました、オーラム様。私の日々の研鑽を披露させて頂きます」
ほんのわずかに柔らかく、クロアーネの本心からの微笑みと、普段は聞けないような声色を捉える。
なんとなく……その笑顔を俺自身が引き出してやりたい──ふとそんなことを思ってしまう。
「プラタはどうする?」
「ゲイルさんがのんびりするなら、わたしはカプラン先生の下でお手伝いします!」
カプランの実務はかなり高度であるはずなのだが、プラタはあっさりと言ってのける。
三巨頭の
それらは生来持っていた気質と才覚がゆえなのか。
"イアモン
あるいは……単にゲイル、シールフ、カプランの、師匠としての能力が異常すぎるのか。
スポンジが水を吸収するように、多方面でメキメキと頭角を現し始めている気がする。
「でもそのまえーに~、すわっ! 料理勝負です!!」
「んんっ!?」
「はぁ……?」
俺とクロアーネは揃って疑問符を浮かべ、オーラムとカプランは慣れた様子を見せる。
「クロアー姉さん仕込みの我が調理道をお見せします! 師匠越えです! 恩返しってやつです!!」
「プラタには……ほんの少し
「でもでも、わたしにとっては師匠の一人なので」
そう、彼女の師匠は三巨頭が
俺達がまだ学園生の頃。フリーマギエンスへちょくちょく訪れては、興味を覚え趣味を広げていった。
ジェーンやリンと歌い踊って、ヘリオたちから楽器を習ってセッションする。
魔術具をリーティアから教わり、ゼノと
モライヴに戦術の基礎を。ハルミアからは魔術によらない医療処置技術を。
ナイアブからは多様な芸術とその感性を。そしてクロアーネからは料理を伝授されていた。
プラタという少女にとって、世界の全てが師匠とも言っていいほどに思えた。
しかし俺が教えられるものが何もなかったのは、なんとなく寂しく悔やまれる。
プラタが空属魔術士であれば別だったのだが、彼女は
ゆえに精々が地球のことを、オトギ
かつてフラウやジェーンやヘリオやリーティアにそうしたように──
「そんじゃ俺も参加するかねぇ。大した腕じゃないが、黄竜の干し肉が余っている」
「おおぉ、素材で勝負ですね。負けられないです」
「あまり期待されるとちょっとな……珍味ではあるが、まぁ美味い食材ではないぞ」
俺がそう言うと、クロアーネは割って入るように添える。
「某氏
「よく覚えてんなぁクロアーネ。確かにそうだな……言い訳はしない、勝つつもりでいこうか」
「わたしも! わたしも勝ちます!」
前のめりな俺とプラタに、クロアーネが冷ややかに宣告する。
「悪くない意気です、二人とも……微塵の容赦なく粉砕してあげましょう」
◇
早めの晩餐会を終えて、カプランとプラタは早々に仕事へと取り掛かる。
ゲイル・オーラムは食後の散歩だと言い残し、どこかへ消えてしまった。
俺は空属魔術によって小さい
その隣ではクロアーネが己の調理器具を一本一本丁寧に手入れし、ケースにしまい込んでいた。
「迷宮内で一回だけ食ったんだが、やっぱ作る人が違えば全くの別物になるんだな」
「当然です」
適切な調理器具と調理法、そして料理人の腕があってこそ食材は最高の物に仕上がる。
調理科のファンランやレドと共に、地球の記憶・伝聞から数多くの料理を再現させてきたその練度。
オーラムに拾われる以前、各地方で未知の食材を現地調達し、調理してきた経験。
商会の情報部のみならず、彼女の貢献度はいかほどか概算のしようがない。
「──まぁ……貴重な竜肉を調理できたのは、良い経験になりました」
「正直に言えば、俺は元から大した料理を作れる気ぃしなかったから、むしろ狙い通りみたいな?」
もちろんこちらの思惑なぞ見透かされていて、それでもクロアーネは乗ったのだろう。
そしてオーラムに出す料理のついでに、俺達にも素晴らしい味の世界を振る舞ってくれた。
外部からエネルギーを摂取する"食事"という行為は、人生において切っても切り離せない──あまねく
それゆえに"食欲"というものは生きることそのものに密着した、陳腐化することのない必須の文化である。
人は衣・食・住が足りてこそ礼節を知る。
健全な魂と精神は、健全な肉体にこそ宿り──健全な肉体とは、健康な食事によって形作られる。
食こそが全ての根幹を支え、また文明を発展させる特大の原動力となるのだ。
「プラタは──まぁ、
少女の料理は……なんというか、非常に独創性が溢れるものであった。
味も可もなく不可もなく──ではなく、なんというか不可思議にトリップするような。
言葉には形容し難い絶妙な
多趣味なだけにああいう感性なのか、理解するには時間が掛かりそうだった。
「ですが……少しだけ、
「確かに生き生きしててプラタは良いな。ほんと最初は死にかけだったのが嘘みたいだ」
それもこれも、オーラム、シールフ、カプランのおかげであろう。
「正直なところ嫉妬すら覚えます。あの子はオーラム様の
「クロアーネ……? もしかして自分と比べているのか」
調理器具のケースに両手を置いたまま、彼女はまるで心だけが遠くを見ているようだった。
「私は依存していただけだった……あの
俺はクロアーネの表情を見ながら、次に紡ぐ言葉に悩む。
安易に
悩んでいる内にクロアーネは──ほんっっっっっのわずかにではあったが、唇の端を上げる。
「だから違う生き方を示してくれたのには……感謝しています、ベイリル」
「デレた? クロアーネがデレた!!」
「……? 意味はよくわかりませんが、なぜか不快です」
「すみません」
俺は平身低頭さを見せつつも、緩く和やかな雰囲気で謝る。
今までもそこまで悪くはなかったが……改めて彼女との距離が近付いた。
オーラムに向けられる百分の一程度でも、素直な感情表現を俺が引き出してやった。
そんな充足感は黄竜肉料理同様、なにやら筆舌に尽くしがたいモノがあった。
「ま、いいでしょう。それと──"これ"」
クロアーネは横にあった大きな包みを、俺の前へと置いた。
「貴方の
「一体いつの間に……」
俺やプラタも近くで調理していたハズだったが、全くもって気付かなかった。
包みを覗くと重箱のようなものに、ズッシリと詰められているようだった。
「
「結構多そうだな」
「男ならそれくらい食べれるでしょう、残したら同じ重量分だけ刻みます」
「ハーフエルフの鍛えた胃袋だ、安心してくれ」
俺は洗い終わった皿を積み重ねてから、弁当を片手にクロアーネに尋ねる。
「よかったら俺らと一緒にいくか? 騎獣民族のところへ」
「いえ、私もまだまだやることが多いので遠慮しておきます」
「ですよねー、テューレによろしく」
俺は一足跳びで空中へ駆け上がって、風波に乗って飛行する。
情報部はテューレに任せ、彼女には彼女の道を
(素直にそう思う──)
箱の中身を少し覗いて見ると、彩りとバラエティ豊かな料理が詰め込まれていた。
そして……残したら──などと言いつつ、しっかりと日保ちしそうなものが多分に含まれている。
こういう細やかな気遣いが、彼女の本質を如実にあらわしていた。
「気合、入れて、いきますか」
騎獣民族とワーム海賊の勧誘。両方こなして戦にも勝つ。
まずはそれが俺が果たすべき使命であり、やるべき仕事だった。