異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#125 騎獣民族 I

 

 俺、フラウ、ハルミア、キャシー、灰竜アッシュ、そしてバルゥ。

 5人と1匹のパーティで、道なき道を進んでいく。

 もちろんその目的とは、騎獣民族を勧誘して陣営に引き入れることにあった。

 

「クゥゥア!!」

「ほう、ドラゴンも気付いたか。匂いに揺らぎを感じる、そろそろだ……」

 

 頭の上で旋回する灰竜を上目(うわめ)に、バルゥはそう口にした。

 騎獣民族が一時拠点としている領域に入ったことが、残り香によってバルゥにはわかるようだった。

 

 俺は改めて、バルゥに今回の一件について尋ねてみる。

 

「本当に良かったんですか? 無理を言った形になってしまって──」

「構わん。お前たちのおかげで、(とも)に歩むことの面白味をまた思い出せたことだしな」

「そうだそうだ、おっさんも立派になったんだから古巣への凱旋だ」

 

 キャシーの言葉にバルゥは特に反応は見せないが、そう嫌がってるようにも見えない。

 騎獣民族への交渉にあたって、バルゥには案内と橋渡し役をこころよく引き受けてくれた。

 

 

「それに気になることもあるしな」

「気になること……ですか?」

 

 ハルミアの問いに対し、バルゥは少し懐疑的(かいぎてき)な表情を浮かべて自身の見解を述べる。

 

「騎獣の民がこうも一所(ひとところ)に長居していることは珍しい」

 

 騎獣民族は遊牧と狩猟で主に生活をし、その規模も万を超える。

 次に向かう方面を決める為だったり、肥沃(ひよく)な土地で少しばかり滞在することも確かにある。

 しかしこうも長期間に及ぶのは、まずもってありえない事態であるとバルゥは考えていた。

 

 なにより今いるこの領域は、遊牧するにあたって豊かというわけではない。

 さらに滞在が長期間に及ぶほど、狩猟する獲物はどんどん少なくなってしまう。

 

「東にインメル領、西にカエジウス特区、南にキルステン領、ちょうど中間だもんね~」

 

 フラウの言葉通り、立地としてはおおよそ中間にあたり、どの領地にも対応できる位置にある。

 帝国領内だが境界線は曖昧ゆえに、長居しやすい側面はあるものの……やはり大所帯を養うには至らない。

 

 しかし周辺に略奪などの事態は聞き及んでもいないので、はたしてどういう意図があるのか。

 あるいはそこに付け入る隙があるのやもと、俺は思考を巡らせていく。

 

 

「おっおぉ~、聞こえる聞こえる」

 

 最初に明確に感付いたのはキャシーであった。

 黄竜との死闘後──逆走攻略での研ぎ澄ましたことで、さらに索敵感度が上がっていた。

 バルゥと俺も負けじと集中して、全身の感覚を集中して周囲を探る。

 

「ふむ……なんか結構多いっぽい? とっくに捕捉されていたか」

「オレたちも尋常者より優れているとはいえ、探索用の獣は特別な訓練をしているからな」

「はんっ、向こうから見つけてくれるなら手間が省けていーやな」

 

「アッシュちゃん、おいで」

 

 ハルミアがそう言うと、走るペースを落とさぬ俺達の周囲に寄って幼竜は飛ぶ。

 すると間もなくして、眼前に巨大な猪に乗った女獣人が立ちはだかっているのが見えた。

 

 

「止まれッ!!」

 

 ──と、猫人族のように見える女が叫ぶ前に、既に俺達は速度を落としていた。

 適切な距離を保って全員が立ち止まり、真正面から相対する形となる。

 

 すぐに周囲に集まりだした騎獣の民は、50にも及ばんばかりであった。

 

「この一帯は現在、我ら騎獣の民の縄張りにある。おまえたちは何者か──いや、何者であっても関係ない。

 今すぐに引き返すというのであれば、我々は何も奪わないし、お前たちが無事に帰れることを保証しよう」

 

 大きく深呼吸を一度してから俺は前へ出る。

 さらに音圧を調節しつつ、周囲全員に聞こえるように告げた。

 

『俺たちはインメル領を庇護下に置いている団体だ。よって領主代行として、正当な権利を主張する立場にある』

 

 猫女は巨猪の上で腕を組み、泰然とした態度を崩さぬまま負けじと叫ぶ。

 

「我らの知ったことではない!」

 

(取り付くシマもない、か……)

 

 周囲の連中を観察しながら、俺はどう言いくるめようかいくつかの案から選ぼうとする。

 しかし口を開く前に俺の肩を掴み、前へと進み出るバルゥの姿があった。

 

「ベイリル、ここはオレが──」

「バルゥ殿(どの)、いいんですか? そんじゃお言葉に甘えてよろしく」

 

 勝手知ったるバルゥのほうがいいだろうと、俺はあっさりと一任する。

 すると俺の音圧操作の大声に負けんばかりにバルゥは叫んだ。

 

 

『オレは騎獣の民、虎人族の子──"バルゥ"!! ゆえあって交渉すべきことがあり、こうして戻った!!』

「我が名は猫人族の子、"ポーラ"! 民から離れた落人(おちうど)よ、我らはおまえに踏ませる足跡を持たぬ!」

 

「重々承知、だからオレは"(ふる)き掟"に(のっと)り大族長との面会を求む」

「なっ……!? 今はダメだ!!」

 

 堂々としていた猫女、ポーラはそこで初めて狼狽(ろうばい)する様子を見せた。

 

(ふる)き掟の一つだ、何物よりも優先されるハズ。理由を聞かせてもらおう!」

 

 

 対してバルゥは一歩も引かず、威嚇し恫喝(どうかつ)するような獣気迫る雰囲気をかもしだす。

 

「り……理由などない!! 今この場で見せてみよ!!」

「バカな……"証明"は大族長と、諸部族長を含めて(おこな)われる神聖な行為。不勉強だな、娘よ」

 

「──っそれくらいは知っている! だが今はそのような時はないのだ!!」

「ならば正当に足る理由を聞かせよ。小娘の一存で決められるほど、旧き掟は軽いものではないぞ」

 

 ポーラはギリッと歯を鳴らし、バルゥを一層睨みつける。

 

「そんなにこの場で見たいのであれば──このオレを追い込み、()()()()みればいい」

 

 そう告げてバルゥは、不気味に思えるほどの笑みを浮かべた。

 曰く──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であるという。

 ゆえにそれは獣が見せる、狩猟本能としての本来の笑みであったのかも知れない。

 

 

「だが無理だろうな。この包囲と人数、オレたちの実力を察し、集めた……不安の裏返しは明白。

 そしていざ対峙すれば──まだまだ戦力が足りぬこと、体の芯から理解できただろう?」

 

 バルゥは周囲の緊張状態にある者達を、ぐるりと見渡した。

 

「震えが隠せていないぞ」

「ッッ我らにやれぬと思ってか!? 我らは騎獣の民、何者も恐れはせぬ!!」

 

 自らを奮い立たせるように、ポーラは長槍の柄へと手を伸ばす。

 獣の本能に訴えかける恐怖も、気性によって乗りこなすのが騎乗の民ゆえに。

 

「言っておくが、ここにいる四人は"七色竜"の一柱を打ち倒している」

「キュァァアアッ!!」

 

 その一言と灰竜のいななきに、周囲に動揺が走る。

 

 

「バルゥ殿(どの)、一応それ秘密だって言いましたよね?」

「どれを倒したかまでは言っていない」

「……確かに、まぁいいか」

 

 軽口のような叩き合い。そのやり取りが信憑性をさらに増幅させていた。

 

「それと俺らも暴れるのは嫌いじゃないですが……共同歩調を取りたいんで、そのへんお願いします」

「ちょっとベイリルくん、それは非常に心外な言葉ですよ?」

 

「そうですね、ハルミアさん以外は暴れるのが好きです」

「うんうん」

「おう」

 

「ふむ……ついムキになってしまっていたな」

 

 獣気を薄れさせるように、バルゥは声の抑揚(トーン)を落とす。

 

 

「まったく、(らち)が明かぬ。ならば大族長はいい、熊人族の子──"バリス"に伝えてほしい」

「なんだと……?」

「ん? 奴のことだ、まさか死んでいるということもあるまい」

 

 わなわなと震えるポーラは、一転して激昂するように咆哮する。

 

「ふざけているのか、バリスは我らが大族長だ!!」

「なに? そうか、アイツが大族長とはな……オレも年を重ねたものか」

 

 かつて最もウマが合った旧友への郷愁に浸りながら、バルゥは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「どうあっても会わせないか? 伝言も頼まれてくれないと?」

「っはぁ、ふぅ──同じ騎獣の民ならば……(ちから)で語れぃ!!」

 

 ポーラは騎乗する巨猪の腹を足で蹴ると、長槍を振りかぶった。

 バルゥもそれに応えるように、背の丸大盾と大斧剣をそれぞれ掴んでいた。

 

 バルゥはその場から動かず迎え打つ。ほんの一動作であった。

 大質量の突進に対し、左手に構えた身の丈ほどの大盾を横に殴り薙ぐ。

 巨猪の顔面にぶち当たった盾によって片牙は折れ、肉体ごと大きく弾かれる。

 同時に振り下ろされる大斧剣が、ポーラを地面まで盛大に叩きつけた。

 

 

「アラ削りだ、悪くはないがまだまだ足りん」

 

 バルゥの大斧剣を長槍の柄で防御するも、全く微動だにできないポーラは息を切らすように毒づく。

 

「ぐっ……ふっ、はっ、くっそ──」

「さて、本当に(しん)に迫った事態のようだな」

 

 周囲の騎獣民族は手を出してはこなかった。

 それが現在の状況をよくよく表しているようにも思える。

 

「より強きが勝ったわけだし、これで案内してくれますか?」

 

 横から見下ろす形なものの、俺はあくまで丁重に申し入れる。

 

「ッわかっている……二言はないから刃を引け! これでは……その、動けない」

「すまぬな」

 

 バルゥはスッと大斧剣を戻し、ポーラは長槍を突き立てて立ち上がる。

 

「なかなかに聡明な娘子(むすめご)だ。そして無謀と決断力もある」

「そこは勇気じゃなく無謀なんですね」

「騎獣の民にとって、その二つに大きな違いはない」

 

 俺はしっかりとバルゥへツッコミを入れてから、ポーラへと視線を移した。

 殴られて吹き飛んだ猪をなだめながら、もう一度その背に乗る。

 

「くっ……案内する、黙ってついてこい」

 

 負けたくせにまだ意地を張っているのかと思いつつも、俺達はそれに続いていった。

 


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