異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
俺、フラウ、ハルミア、キャシー、灰竜アッシュ、そしてバルゥ。
5人と1匹のパーティで、道なき道を進んでいく。
もちろんその目的とは、騎獣民族を勧誘して陣営に引き入れることにあった。
「クゥゥア!!」
「ほう、ドラゴンも気付いたか。匂いに揺らぎを感じる、そろそろだ……」
頭の上で旋回する灰竜を
騎獣民族が一時拠点としている領域に入ったことが、残り香によってバルゥにはわかるようだった。
俺は改めて、バルゥに今回の一件について尋ねてみる。
「本当に良かったんですか? 無理を言った形になってしまって──」
「構わん。お前たちのおかげで、
「そうだそうだ、おっさんも立派になったんだから古巣への凱旋だ」
キャシーの言葉にバルゥは特に反応は見せないが、そう嫌がってるようにも見えない。
騎獣民族への交渉にあたって、バルゥには案内と橋渡し役をこころよく引き受けてくれた。
「それに気になることもあるしな」
「気になること……ですか?」
ハルミアの問いに対し、バルゥは少し
「騎獣の民がこうも
騎獣民族は遊牧と狩猟で主に生活をし、その規模も万を超える。
次に向かう方面を決める為だったり、
しかしこうも長期間に及ぶのは、まずもってありえない事態であるとバルゥは考えていた。
なにより今いるこの領域は、遊牧するにあたって豊かというわけではない。
さらに滞在が長期間に及ぶほど、狩猟する獲物はどんどん少なくなってしまう。
「東にインメル領、西にカエジウス特区、南にキルステン領、ちょうど中間だもんね~」
フラウの言葉通り、立地としてはおおよそ中間にあたり、どの領地にも対応できる位置にある。
帝国領内だが境界線は曖昧ゆえに、長居しやすい側面はあるものの……やはり大所帯を養うには至らない。
しかし周辺に略奪などの事態は聞き及んでもいないので、はたしてどういう意図があるのか。
あるいはそこに付け入る隙があるのやもと、俺は思考を巡らせていく。
「おっおぉ~、聞こえる聞こえる」
最初に明確に感付いたのはキャシーであった。
黄竜との死闘後──逆走攻略での研ぎ澄ましたことで、さらに索敵感度が上がっていた。
バルゥと俺も負けじと集中して、全身の感覚を集中して周囲を探る。
「ふむ……なんか結構多いっぽい? とっくに捕捉されていたか」
「オレたちも尋常者より優れているとはいえ、探索用の獣は特別な訓練をしているからな」
「はんっ、向こうから見つけてくれるなら手間が省けていーやな」
「アッシュちゃん、おいで」
ハルミアがそう言うと、走るペースを落とさぬ俺達の周囲に寄って幼竜は飛ぶ。
すると間もなくして、眼前に巨大な猪に乗った女獣人が立ちはだかっているのが見えた。
「止まれッ!!」
──と、猫人族のように見える女が叫ぶ前に、既に俺達は速度を落としていた。
適切な距離を保って全員が立ち止まり、真正面から相対する形となる。
すぐに周囲に集まりだした騎獣の民は、50にも及ばんばかりであった。
「この一帯は現在、我ら騎獣の民の縄張りにある。おまえたちは何者か──いや、何者であっても関係ない。
今すぐに引き返すというのであれば、我々は何も奪わないし、お前たちが無事に帰れることを保証しよう」
大きく深呼吸を一度してから俺は前へ出る。
さらに音圧を調節しつつ、周囲全員に聞こえるように告げた。
『俺たちはインメル領を庇護下に置いている団体だ。よって領主代行として、正当な権利を主張する立場にある』
猫女は巨猪の上で腕を組み、泰然とした態度を崩さぬまま負けじと叫ぶ。
「我らの知ったことではない!」
(取り付くシマもない、か……)
周囲の連中を観察しながら、俺はどう言いくるめようかいくつかの案から選ぼうとする。
しかし口を開く前に俺の肩を掴み、前へと進み出るバルゥの姿があった。
「ベイリル、ここはオレが──」
「バルゥ
勝手知ったるバルゥのほうがいいだろうと、俺はあっさりと一任する。
すると俺の音圧操作の大声に負けんばかりにバルゥは叫んだ。
『オレは騎獣の民、虎人族の子──"バルゥ"!! ゆえあって交渉すべきことがあり、こうして戻った!!』
「我が名は猫人族の子、"ポーラ"! 民から離れた
「重々承知、だからオレは"
「なっ……!? 今はダメだ!!」
堂々としていた猫女、ポーラはそこで初めて
「
対してバルゥは一歩も引かず、威嚇し
「り……理由などない!! 今この場で見せてみよ!!」
「バカな……"証明"は大族長と、諸部族長を含めて
「──っそれくらいは知っている! だが今はそのような時はないのだ!!」
「ならば正当に足る理由を聞かせよ。小娘の一存で決められるほど、旧き掟は軽いものではないぞ」
ポーラはギリッと歯を鳴らし、バルゥを一層睨みつける。
「そんなにこの場で見たいのであれば──このオレを追い込み、
そう告げてバルゥは、不気味に思えるほどの笑みを浮かべた。
曰く──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であるという。
ゆえにそれは獣が見せる、狩猟本能としての本来の笑みであったのかも知れない。
「だが無理だろうな。この包囲と人数、オレたちの実力を察し、集めた……不安の裏返しは明白。
そしていざ対峙すれば──まだまだ戦力が足りぬこと、体の芯から理解できただろう?」
バルゥは周囲の緊張状態にある者達を、ぐるりと見渡した。
「震えが隠せていないぞ」
「ッッ我らにやれぬと思ってか!? 我らは騎獣の民、何者も恐れはせぬ!!」
自らを奮い立たせるように、ポーラは長槍の柄へと手を伸ばす。
獣の本能に訴えかける恐怖も、気性によって乗りこなすのが騎乗の民ゆえに。
「言っておくが、ここにいる四人は"七色竜"の一柱を打ち倒している」
「キュァァアアッ!!」
その一言と灰竜のいななきに、周囲に動揺が走る。
「バルゥ
「どれを倒したかまでは言っていない」
「……確かに、まぁいいか」
軽口のような叩き合い。そのやり取りが信憑性をさらに増幅させていた。
「それと俺らも暴れるのは嫌いじゃないですが……共同歩調を取りたいんで、そのへんお願いします」
「ちょっとベイリルくん、それは非常に心外な言葉ですよ?」
「そうですね、ハルミアさん以外は暴れるのが好きです」
「うんうん」
「おう」
「ふむ……ついムキになってしまっていたな」
獣気を薄れさせるように、バルゥは声の
「まったく、
「なんだと……?」
「ん? 奴のことだ、まさか死んでいるということもあるまい」
わなわなと震えるポーラは、一転して激昂するように咆哮する。
「ふざけているのか、バリスは我らが大族長だ!!」
「なに? そうか、アイツが大族長とはな……オレも年を重ねたものか」
かつて最もウマが合った旧友への郷愁に浸りながら、バルゥは穏やかな笑みを浮かべた。
「どうあっても会わせないか? 伝言も頼まれてくれないと?」
「っはぁ、ふぅ──同じ騎獣の民ならば……
ポーラは騎乗する巨猪の腹を足で蹴ると、長槍を振りかぶった。
バルゥもそれに応えるように、背の丸大盾と大斧剣をそれぞれ掴んでいた。
バルゥはその場から動かず迎え打つ。ほんの一動作であった。
大質量の突進に対し、左手に構えた身の丈ほどの大盾を横に殴り薙ぐ。
巨猪の顔面にぶち当たった盾によって片牙は折れ、肉体ごと大きく弾かれる。
同時に振り下ろされる大斧剣が、ポーラを地面まで盛大に叩きつけた。
「アラ削りだ、悪くはないがまだまだ足りん」
バルゥの大斧剣を長槍の柄で防御するも、全く微動だにできないポーラは息を切らすように毒づく。
「ぐっ……ふっ、はっ、くっそ──」
「さて、本当に
周囲の騎獣民族は手を出してはこなかった。
それが現在の状況をよくよく表しているようにも思える。
「より強きが勝ったわけだし、これで案内してくれますか?」
横から見下ろす形なものの、俺はあくまで丁重に申し入れる。
「ッわかっている……二言はないから刃を引け! これでは……その、動けない」
「すまぬな」
バルゥはスッと大斧剣を戻し、ポーラは長槍を突き立てて立ち上がる。
「なかなかに聡明な
「そこは勇気じゃなく無謀なんですね」
「騎獣の民にとって、その二つに大きな違いはない」
俺はしっかりとバルゥへツッコミを入れてから、ポーラへと視線を移した。
殴られて吹き飛んだ猪をなだめながら、もう一度その背に乗る。
「くっ……案内する、黙ってついてこい」
負けたくせにまだ意地を張っているのかと思いつつも、俺達はそれに続いていった。