異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#131 自由騎士

「お待ちしておりました、"ベルクマン"殿(どの)

 

 金髪がくすんだような白髪をバックにあつらえ、口ヒゲから顎ヒゲまでを短めに生やした老人。

 しかしその肉体は若々しさを感じられるほど(みなぎ)り、鍛え抜かれているのを感じる。

 動きやすそうな中装に、左腰の鞘に収めた長めの直剣。マントをたなびかせる歴戦の勇士然。

 

 自由騎士団、序列第3位。"強壮剣(ごうそうけん)"フランツ・ベルクマン。

 

 いくらエルメル・アルトマーの口聞きとはいえ、自由騎士団も無謀な戦を承諾するわけではない。

 騎獣民族やワーム海賊に関しては命の頓着すら薄い部分があるが、彼らは歴とした営利に基づく集団。

 それゆえにこうして代表となるベルクマンが、見聞して彼我戦力分析をはかっているのだった。

 

「そちらのお名前を伺ってもよろしいか?」

「"リーベ・セイラー"と申します。商会の総帥を務めさせて頂いております」

「ほっ、わざわざ代表に出迎えさせるとは……お手間を取らせましたな」

「お気になさらず。まだ設立して間もないですし、わたくし自らが出向くべき案件です」

 

 ベルクマンは一拍置いてから、軽い口調で尋ねる。

 

「その仮面(・・)は、表情を悟らせたくない警戒心の現れですかな?」

 

 

 覆い被ったフードの下――中央の小円を取り巻くように、大きな四重円の描かれた特異な仮面。

 その大円の内側2本の軌道上には、2つずつ小さな球が規則的に配置されていた。

 それは水面に浮かんだ波紋にも似て、見る者によっては不気味にもとらえられる。

 

「申し訳ありません。(いくさ)での古傷が見苦しく、また頻繁に痛みますゆえ」

「そうでしたか、これは失礼した」

 

 実際にその言い訳が信じられているかは別として、体面上はそれで押し通す。

 

 ()は他の物よりも華美な総帥専用の外套(ローブ)を着て、魔導師リーベ・セイラーを装っていた。

 顔を隠す為の仮面。さらに魔術によって空気中の伝達速度を変えて、声色まで別物にしている。

 

 存在しない頂点(トップ)が、実際にいると見せしめる為にも……。

 たまにはこうして出向くことで、影武者として対外交渉もしないといけなかった。

 

(それに俺自身もちょっとばかし、顔を出しすぎたしな――)

 

 族長バリスや首領ソディアのような、後に仲間に引き込む相手には誠意も必要だから別として。

 こうした雇い雇われの相手には、"ベイリル"としてあまり出しゃばるべきではない。

 出る杭は打たれる――不意討ちや暗殺対策はしていても、絶対のものではないのだから。

 

 あくまで俺はリーベの弟子の一人であり、代弁者の一人であり、組織の一幹部である。

 そういうスタンスを崩してはいけないし、心持ちが変わったわけでもない。

 

(目立つほど面倒事が増えて、手が回らなくなるだけだ……)

 

 今はまだ商会も歴史が浅く、体制全てが固まったわけでなく成長途中の段階。

 落ち着くまでは俺自身が表立って、諸々の采配するのは致し方ない側面もあるとはいえ……。

 基本的に矢面に立つことは非常に忌避したい案件である。

 

 一度でも表舞台でド派手に演じてしまえば、それだけまた身を隠すことは大変になる。

 そう、名を売ることはいつでもできる。まだまだ人生は長いのだから"必要"があるまでは待つ。

 

 

「それにしても――聞いていた話とは随分と違いますなあ」

 

 ベルクマン連れ立って歩くように、周囲を見渡しつつそう口にする。

 

「と、言いますと?」

「王国軍だけでなく、騎獣民族からも襲撃に()ったという話でしたが……」

「それは我々の流した虚報ですね。幾許(いくばく)か効果があったのなら、甲斐(かい)もあったというものです」

 

「はっは、実際は軍団として引き入れていると――なかなかどうして(あなど)れませんな」

「恐縮です。さらに水軍戦力としてワーム海賊を(よう)しております」

「ほう、海賊まで……勝ちの目はかなり見えましたが、はたして御しきれますかな?」

 

 目を鋭く詰問するように投げかけたベルクマンに、リーベとしての見解を述べる。

 

「統一軍としてまとめようとは思っていません。それぞれの役割と持ち味を活かしてもらう。

 ご契約頂けるなら、具体的な戦力状況と戦略の仔細についてもお話できるのですが……」

 

「判断はワシに一任されてるゆえ、率直に言わせて頂くと――」

 

 ベルクマンが言葉を紡ぐその瞬間であった、空から飛来した人影が割り込んでくる。

 

 

「うーっす。あー……リーベ総帥《・・》、ここにいたかぁ」

「"シールフ"さん、既に到着していましたか」

「まったくぅ、私を戦争に引っ張り出すなと言っておろう」

 

 俺自身とて大概なものの、彼女も相変わらずキャラ()れて安定しない人だった。

 俺の中に存在する記憶を読んで感化されているのか、不定期でテンションが様変(サマが)わる。

 

「申し訳ない。今回だけということで」

 

 シールフは同志ではあるが、戦争に直接介入することは良しとしない。

 単純に戦場に渦巻く――大量の記憶の処理や、負の感情を読みたくないということだった。

 さらには殺す相手のそれまで、ダイレクトに伝わるのがきついという部分もあるのだろう。

 

「まったく、どのみちドンパチはやるつもりはないからね」

「承知しています。あくまで補助要員としての招集です」

 

 しかし今回だけは、なかなかに切羽詰まっているということ。

 試用兵器の効果的な運用の為に、戦争参加の要請をするに至った。

 

 

「むう……失礼、アルグロスどのでいらっしゃいますか?」

「ん? んーーーおぉ……あーーーっ、そうだベルクマンくん。久しぶりだねえ」

「シールフさん、今忘れてませんでした?」

 

 明らかにたった今、表層記憶を呼んだようなリアクション。

 俺は耳打ちするように言うが、シールフは特に隠すつもりもないのか普通の声量で言う。

 

「昔の面影がないもの」

「はっはっはっ!! いや忘れられていても致し方ありますまい。しかしあなたはお若いままですな」

「うん、まぁね。私は死ぬまで若い」

「さすが"魔導師"どのは、肉体の活性が違うのでしょうなあ」

 

 談笑し合う知己同士と言った様子に、俺はそれとなく尋ねる。

 

「それにしても、お二人に面識があったとは……」

「まだ特務少尉だった頃に、少しだけ世話になりましてな」

 

(特務少尉……? というと、元帝国軍人か)

 

 フランツ・ベルクマン――名前の響きからしても恐らくは間違いない。

 自由騎士団に在籍する以上、人それぞれの事情があるのだろうから深くは踏み込まない。

 

「あーそうそう、そうだったねぇ。まっ私的な話に突っ込むから控えるけども」

「いやいや若気の至りでしたなあ。しかしあの時のことは我が人生にとって、とても大きな収穫でした」

 

「というかシールフさん……学園から出てたんですね」

 

 100年以上は学園で講師をしながら引きこもっていたハズである。

 ベルクマンは長命種ではなく人族なので、100年より前の話ということもない。

 

「バカにするねぃ、少しは出てたさ。……実際のところは学園長に連れ出されただけ」

「あぁ、例の――」

 

 噂にだけ聞く、謎の学園長。学園生時代にも、ついぞ会うことはなかった。

 ひとかどの人物ということは確かだが、シールフも未だに詳しく教えてくれない秘密の一つ。

 

 

「しかしなるほど、アルグロスどのまでおられるとは……」

「はい、負け戦にするつもりは毛頭ありません」

「勝利目標をお聞かせ願えますかな?」

「戦略的には帝国本軍が到着すること。本国がいくら機を待つとしても限度があります」

 

(まっ……俺としては、援軍が来る前に決着をつけるつもりだが)

 

 介入されるにしても、趨勢(すうせい)がほぼほぼ決してからが望ましい。

 あくまで戦争の後処理として、思うさま使い倒してやるくらいの心積もりでいる。

 

「契約いただけるのであれば、後ほど戦略会議にてご意見を(あお)ぎ、諸々を詰めていきたいのですが」

 

「そうですな、さしあたって問題はないでしょう。勝つ為に貴賤(きせん)を問わず巡らせている者は信頼できる。

 他の戦線にも出張っていて、こたびの急場に1500ほどしか投入できないのが非常に残念です。

 ですが我ら自由騎士団の歴に恥じぬ、生粋の傭兵集団の(いくさ)というものをご披露いたしましょう」

 

「頼もしい限りです。それでは早急(さっきゅう)に軍議を開きたいのですが、いかがしますか?」

 

「ワシとしては今すぐでも問題ないですな。こんなジジイでも序列三位にて采配(さいはい)を振るう立場。

 騎士団も準備は既に整っております。ワシが使いツバメで指定すれば、すぐにでも布陣可能です」

 

「であれば今夜に開くことにします。それまでに現在までの戦略と戦術をお伝えします」

 

 俺はそう言いながら、()()()シールフには会議に出なくてもいいと伝える。

 するとちゃんと読んでくれたようで、ウィンク一つだけ返してきた。

 

 

「よしなに。ところで――少しばかり運動でもいかがですかな?」

 

 ベルクマンは眼光を鋭く、そうこちらへと投げ掛けてきた。

 彼はこちらの(たたず)まいから、戦いもイケるクチと踏んだのだろう。

 さすが自由騎士団に所属し、兵を統率する立場にある者――ご多分に漏れず闘争が好きなのだろう。

 

(個人的には一戦くらいやってもいいが……)

 

 今の俺はベイリルではなく、あくまでリーベ・セイラーである。

 そういった立ち居振る舞いも、リーベを装う上で注意せねばと考えつつ、俺は断りを入れる。

 

「あいにくとわたくしは、傷を負った時を思い出してしまうので第一線は退(しりぞ)いております」

「これは失礼した。いやはや年甲斐(としがい)もなく昂ぶってしまうのも考えものですな」

「その気力は戦争にて存分にお役立てください。どうしてもと言うのであれば、我が弟子の一人を」

「ほう、お弟子さん……」 

 

「ベイリルという――今は所用であちこち飛び回っておりますが。まだ若輩(じゃくはい)ですがなかなかやれる弟子です」

 

 ()()()がそう自画自賛すると、シールフが笑いをこらえているのが視界の端に映った。

 しかし実際的にベイリルという俺個人が、リーベの代弁者としてあれこれやることもある。

 ある程度は持ち上げておかないと、色々と齟齬(そご)が発生してしまうから仕方ない。恥ずかしいが仕方ないのだ。

 

「彼が戻ってきたら、あなたのもとへ行くよう言付けておきましょう」

「はっはっは、それは楽しみですな。若い者と()ればこちらも幾分若返るというもの」

 

「弟子もまだ任務がある身ですので、お手柔らかにお願いします」

 

 あぁそうだ……やることは山積みで、前世界の繁忙期を思い出すほどの労働。

 しかしそれでも得も言われぬ充足感があるのは――やはり好きなことをやっているからなのだろうと。

 


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