異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#145 騎獣猟兵 II

 

()くせェッ!!」

 

 騎獣猟兵部隊が左右への展開を終えたところで、大斧剣と大円盾を握ったバルゥが咆哮した。

 続くように猟兵と獣達も連鎖するように吠え立てて、武器をそれぞれ抜き放つ。

 

 騎獣民族には騎獣民族の()り方がある。すなわち最も強き者が先陣を切り拓くが常。

 それは大族長たる立場であっても例外ではない。

 バリスの性格からしても、間違いなく同じように先陣を走っていると確信できる。

 

 横陣の中央にいるバルゥが、長く伸びる輜重(しちょう)隊とその護衛部隊を低地に見据えて一気に駆け下りる。

 後に続くべく左右から順繰りに、波立つかのごとく猟兵部隊も突撃していった。

 

 収集した情報・解析・誘導によって、圧倒的優位から最も効果的な一撃を与え粉砕する。

 焦土戦術の上で、兵站線の分断――この戦争の趨勢(すうせい)を決め打ちする最も重要な任務の遂行。

 

 追い詰められた獲物の狂奔。周囲から迫り渦巻く仲間の圧力。

 今までになかった心地良さに、バルゥの気持ちは最高潮にまで昂ぶる。

 

 

「この野人(やじん)がぁあああッ!!」

 

 半狂乱で突っ込んでくる護衛兵の一人の首が飛び、さらにもう一人の頭蓋が原型をなくす。

 弱くはない、むしろ輜重隊を護衛するだけあって強い部類である。

 しかしバルゥの突出した"武"の前では、有象無象とさしたる変わりはなかった。

 

 獣から地上に降りたところで、剣で斬り払い、盾で打ち潰す。

 ただひたすらそれだけを繰り返していく単純明快な作業。

 舞う血しぶきは白き虎の衣を染めることなく、瞬くたびに周囲の兵士達は全員死に絶えた。

 

 騎獣猟兵部隊も精鋭なだけあって、遅れを取ることなく蹂躙(じゅうりん)を重ねていく。

 人と獣の相互の咆哮が飛び交い、遠間からでも意思を伝えて連携を取ることができる。

 匂いをはじめとした人獣一体の感覚器官で、環境そのものを情報として交換可能する圧倒的な攻勢。

 

 

「うっ……あ――」

 

 バルゥは()()かされている者と目が合った。

 それなりに年を重ねた亀人族の男、魔術具の首輪が奴隷の証であった。

 獣人種に限らず、肉体的に(ちから)ある者を牽引労役(けんいんろうえき)として使うことは珍しくはない。

 

 ただしその多くは見せしめか、あるいは単なる嗜虐心(しぎゃくしん)か。

 それでも肉壁として前線に出され、交戦する敵軍もろとも魔術で殺されるよりはマシかも知れない。

 

「――オマエの契約は弱いようだな、ならば戦え」

 

 闘技場で奴隷として長きを過ごしたバルゥは、契約首輪を一目見てそう判断する。

 契約魔術と契約内容には"強度段階"があり、より高度で縛りが強いモノは相応の魔術具や相互意思が必要となる。

 奴隷文化が根強く、魔術に優れた王国であっても、費用がかさむ物はそう多くはない。

 もとより戦争で大量に動員するような奴隷は、さほど縛りが強くない者が大半なのであった。

 

「っ……いま、なんと?」

「既に命令を(くだ)す立場の者は死んだ。すなわちオマエたちは一時(いっとき)の自由を得た、だから戦え!」

 

 契約による服従と言っても、精々が直接接触命令で、特定の単一行動を強制する程度のもの。

 本来奴隷という身分を受容するにあたり、大層な魔術具などは必要ない。

 明確な立場を教え込み、境遇を強いれば、ほとんどの人間がそれに適応し準ずることになる。

 

「し、しかし……」

「権利が欲しくば勝ち取れ。"自由な魔導科学(フリーマギエンス)"の教義の(もと)に」

 

 バルゥは周囲の他の奴隷達にも聞こえるように、声高(こわだか)に語りかける。

 

「ふりーまぎえんす……?」

「"未知なる未来"を求めよ、奴隷の立場から脱却する好機を掴んで離すな」

 

 

 奴隷の多くが()()を持たず、愛国心もない。取り込みやすく、御しやすく、使いやすい"労働力"である。

 それらは戦災復興の為に有用な人員であり、さらに後々の組織づくりの為にも必要な存在。

 ゆえに奴隷はそのまま活用するという方針が、軍議にて決定されていた。

 

 騎獣民族に対しても奴隷は殺さず、戦利品として奪うという(むね)が言い含めてある。

 また王国において獣人であれば、高確率で奴隷であるので判別もしやすい。

 

「胸裏に刻み込め、我ら"シップスクラーク商会"は明日を想い(えが)く者の味方であると」

 

 バルゥは布教の為の演説をざっくりと吐き終える。

 それは借り物の言葉ではあったが……バルゥ自身も思うところがあった。

 彼らと深く関わることで知った。闘争以外にも得られる充実感というモノが商会にはあると。

 

「他の者達にも伝えよ。境遇に甘んじることなく(あらが)え、自分を救えるのは自分だけなのだ」

 

 そこからの言葉はバルゥ自身の経験からくる部分が多分に含まれていた。

 己の意思にして意志をもって勝ち取ることを覚えねば、奴隷精神からの脱却は決してはかれない。

 

 自ら戦うことで死んだとしても、それは必要な犠牲であり、闘争という行為そのものが重要となるのだ。

 どこかの誰かに救ってもらっては、結局のところ受け身なままの奴隷である。

 

 そういう奴隷を剣闘士時代に数え切れないほど見てきたし、その末路もよくよく知っている。

 能動的に生きる権利を行使せねば、奴隷根性はいつまで経っても変質することがないのだと――

 

 

「ふんッ!」

 

 演説途中にバギンッ――と、不意打ちで放たれた投射物をバルゥは大盾で弾いていた。

 それと同時に風を纏って浮遊する影へと、バルゥは目線のみを動かして注視する。

 

「殺意が込められてなかったようだが?」

 

 問い詰めるようなバルゥの口調に、頭からいくつか突起物を生やす魔族らしい男は口を開く。

 

「そうやって慎重になってもらうのが目的だ。いきなり襲われちゃ困るからな」

 

 "飛空魔術士"――単独で飛行可能な魔術士は、一般に区別してそう呼ばれる。

 空を利用することができる魔術士は、その索敵能力と機動力において重要な位置を占める。

 羽翼によって飛行補助が可能な鳥人族に多いが、獣人差別の激しい王国には軍人として存在しない。

 

「奴隷の扇動(せんどう)なんて、面倒事を増やさないでもらいたいところだ」

 

 そう言いながら弾いた槍が、風に乗って魔族らしい男の手元まで戻っていく。

 

 

「まったくもってしくじった。おまえら騎獣民族か……? 信じられんが、あまりにも動きが速すぎる。

 空中哨戒兵が不足しているのが、ここにきて(アダ)になってしまうとはな。ほんっとうに参った」

 

「悠長にくっちゃべってていいのか?」

「正直間に合わなかった時点で終わりだろう。もちろん補給線の壊滅を知らせる必要はあるが……」

 

「あいにくだが、本軍も既に壊滅の一途を辿ってるぞ」

 

 バルゥはそうはっきりと飛空魔術士へと告げた。すると男はどこか納得したような表情を見せる。

 

「そうか、やはりな……それも確認したかった。遠目からだけじゃ、状況がわからんかったもんでな」

 

 飛空魔術士はそう言うと、そのまま風を増やして高度を上げる――刹那であった。

 ノーモーションで地面を踏み砕いて跳躍したバルゥは、飛空魔術士へと斬り掛かる。

 飛空魔術士は予測済みだったのか、しっかりと回避しつつニヤリと口角を上げる。

 

「まっそりゃ敵のおれを逃がすわけないわな、でもおまえは飛べんだろう」

 

 しかしバルゥはまったく気にした様子もなく、即座に()()()()()()()()

 

 

「ッは……? ゴッッぉぐぅあ――!?」

「甘いぞ」

 

 左腕を回転させながら振りかぶり、打ち下ろされたバルゥの盾打が飛空魔術士の肉体前面へ激突していた。

 バルゥはそのままそのまま盾を手放し、空中で捻転しながら華麗に地面へと着地する。

 

「う……っグハ……ごほッ!」

 

 大地に破砕痕を残すものの、風をクッションにしたのだろうか――

 飛空魔術士は全身近く(おお)(かぶ)さる大盾を蹴り飛ばし、何度も咳き込む。

 バルゥは男の(ほう)へ歩いて近付きながら、一つの達成感を内心で浮かべていた。

 

(やればできるものだ)

 

 空中を疾駆(はし)る――とりあえず試してみたが存外上手くいった。

 

(空気にも重さがある、本当なのだな)

 

 ベイリルから聞いた商会の科学知識。そしてベイリルがよく使う"固化空気の足場"。

 水面を走れるのだから、もう少し頑張れば空面も走れると思った。

 

(何度も空中へ踏み出し続けるには、今一つ練習が()りそうだが……)

 

 さしあたって厄介な飛空魔術士をこうして撃墜することができた。今はそれで良しとする。

 

 

「くっそ……あーーー飛行補助の魔術具が壊れちまった」

 

 立ち上がりながらそうつぶやく"()飛空魔術士"の声を、虎耳は聞き逃すことはなかった。

 

「こうなりゃもうおまえが乗ってた獣をもらうしかねえ」

 

 そして飛べなくなった魔族の男は、握って離さなかった槍を構える。

 

「まずは今の主人を殺さなくちゃいけないんだっけか」

「オレを殺したからって騎獣できるとは限らんが、少なくとも殺さねば始まらんな」

「だよな、じゃあ……死ね」

 

 突風を伴う槍の一点突破に対し、バルゥは残る右手の大斧剣を振り下ろす。

 自暴自棄にも見えた渾身の一槍は……しかしてバルゥの剣を絡め取るようにいなしていた。

 そのまま勢いを保ちつつ軌道を変えた刃先は、バルゥの左腕へ突き通される。

 

「やっぱりなあ、上から見ていて流派を学んだわけじゃないと思ってたんだわ」

「やるな……名を聞いておこうか」

 

「今から死ぬ相手と名を交わす感傷なんざ持ち合わせてないッ!」

 

 左腕の傷口から抉るように槍を振った魔族の男は……はたして既に心臓を貫かれていた。

 

「ぶ……"部分獣化"……だ、と――」

 

 血反吐を吐きながら、その言葉を最期に男は絶命し倒れる。

 少しばかり血に染まった"白き虎の左腕"から伸びた虎爪を抜くと、バルゥは感情を漏らす。

 

「残念だ」

 

 そう一言だけ残して、バルゥはグッと獣化した左腕を握ると、穿(うが)たれた傷が一時的に塞がる。

 死力であったことを加味しても、正面から傷を負わせてくるほどの強者だった。

 その名を覚えておこうと思ったが、拒否されてしまっては致し方ない。

 

 

 バルゥは蹴り飛ばされていた大盾を尻尾で拾ったところで、平時と変わらぬ様子のまま改めて奴隷達の前に立つ。

 

「その目で見ただろう、王国軍はじきに敗れる! 必要なのは己が身一つでいい!」

 

 バルゥは死んだ王国兵の武器を器用につま先で持ち上げると、牽引していた亀人族へと蹴り投げ渡す。

 すると彼はグッと握った拳に、意志をも込めるようであった。

 

「進化しろ――使われるだけの獣から、(こころざし)ある人へと。我らと……このオレと共にッ!!」

 

 バルゥは自分自身を示すように、剣を大きく振り上げた。

 周囲の者達もそれぞれ刃を取って、立ち上がって得物を掲げる。

 

『うぅぅおぉぉぉおおおおォォォオオオオッ――!!』

 

 虐げられていた奴隷達は、各々で腹のそこから魂の咆哮をあげた。

 獣人種は獣性を解放するという、わかりやすい形で感情を発露しやすい。

 こうして誘導するのも容易く、また手馴れたものであった。

 

 

「あの、"白き流星の剣虎"どの――ですよね?」

 

 改めて獣に乗ったバルゥを見上げながら、亀人族の男は恐る恐るの口調で尋ねる。

 

「……懐かしくも仰々(ぎょうぎょう)しい名だ、よくわかったな」

「王都近くにいる奴隷であれば、直接見たことがなくとも……誰もが貴方さまを、数々の逸話の音に聞こえて知っております」

「そうか、そんなに有名かオレは――」

 

 いまさら気恥ずかしいとも思わないし、いまいち頓着(とんちゃく)もなかった。

 だがそんなかつての名声も役に立つのであれば……自身の人生にも意味があったのかと思える。

 

「はい、誰しもが憧れる貴方さまと戦えるなら、死んでも本望」

 

「そうか……ならば奴隷としての己を殺せ。遅れずついてくるがいい、さらに王国軍を討ち払う」

 

 白き剣虎は牙を剥き、強く遠吠えするような咆哮は鳴り止むことがなかった――

 


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