異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第三部 3章「インメル領 会戦 -破-」
#136 開戦号砲


 

 ──シップスクラーク商会、中央拠点。

 

(仮にこっちが突出しすぎると……)

 

 周辺の手書き地形図に並べられた駒の一つを、"素銅"のカプランはコツンッと指ではじく。

 

 戦争というものはこれまで門外漢であったが、触れてみれば存外に奥が深い。

 直接指揮などはあまり(がら)ではないものの、後方で考える分には面白い。

 

 ありとあらゆる情報を集積し整理、そこから輪郭だけでなく中身まで推察。

 必要なモノを、必要な場所に、必要な分だけ、適切に差配・投入していく。

 敵の心理を読み取り、利用して裏をかく。今までの仕事とそう変わらない。

 

(その場合こっちの気勢を削げば──……うん、あとは実際になってみないとわからないか)

 

 想像しうる限りの戦局を頭の中で浮かべながら、カプランは自分なりに結論付けた。

 彼に付随するありとあらゆる行動には(おご)りも謙遜(けんそん)もなく、過不足のない評価だけが存在する。

 

 

(ソディア・ナトゥール……彼女は参考になったな)

 

 ワーム海賊の首領たる少女の戦略眼と戦術の組み立て、学べることは非常に多かった。

 組織を使って復讐を為す──それまでは、考えはしても実行しようとは思わなかった。

 他者を巻き込むのもはばかられたし、復讐とは自分だけのもので他人には渡したくなかった。

 

(しかし今は──)

 

 今度は奇抜な発想でもって地図上の駒を動かしながら、脳内で並列処理しつつ自身へと思いを致す。

 共有することも……そう悪くない。環境とはこうも自分を変えてしまうのかと。

 未知を知り未来を求め、何事も楽しんでいく心意気の(とうと)さがいつの間にか身についていた。

 

 自分で組織を作ることはなかったが、シップスクラーク商会の組織の幹部として……。

 それを利用することに、もはや躊躇(ためら)いのようなものはなかった。

 

 

「そろそろかな……──」

 

 開戦を直前に控えたところで口に出し、ゆっくりと深呼吸する。

 頭の運動を終えたカプランは、改めて駒を元に戻しつつ照合させる。

 

 海上における主役──輸送と海戦を展開する、ソディア率いるワーム海賊と輸送艦隊を含めた700。

 商会の秘匿部──テクノロジーの(すい)を運用する、シールフとプラタ率いる砲兵陣地が50と同数近い専属傭兵。

 陣地防衛の(かなめ)──後方本陣の防衛に専念する、インメル領地軍が2000。

 陸上における高機動軍──主戦力にして遊撃も担う、バリス率いる騎獣兵団が3000。

 戦場の後詰(ごづめ)──予備隊として戦線に逐次投入する、ベルクマン率いる自由騎士団が1500。

 航空制圧の精鋭──ベイリル、プラタ、そして鳥人族などで構成された騎獣空軍が100。

 戦争の決め手──兵站線を破壊する、バルゥ率いる騎獣猟兵部隊が200。

 

 自身は本陣にて各種取りまとめ。ゲイルは主戦場外で仕事がある。

 クロアーネは引き続き諜報任務を継続中。テューレは上空で観測と通信要員を兼ねる。

 ハルミアは前線医療。キャシーは遊撃要員。戦場外の領内にて、ニアが輸送を担当している。

 

 実動戦力は10000にも満たないが、しかして生え抜きである。

 騎獣民族・ワーム海賊・自由騎士団を仲間に引き入れられたことで(えが)かれた絵図。

 

 

(王国遠征軍──)

 

 次に地図上に長い列になって並べられた、赤色の駒へと視線を移す。

 

 商会が張り巡らせている情報網と、ベイリルとクロアーネが収奪してきた資料類。

 さらにはアルトマーからもたらされた情報と、"リン・フォルス"や自由騎士団の人脈(コネ)から得た情報。

 また補給の流れから把握可能な、実際的に動いてる──動ける数の類推(るいすい)

 

 道中で制圧していった各拠点に残した予備兵を差し引いて……。

 それら全てを統括して導き出された敵軍の陣容を、盤上の駒と共に確認していく。

 

 帝国インメル領に隣接した、王国領にあたるベルナール領地軍が4000ほど。

 王国中央からの正規遠征軍が5000近く。

 ベルナール領軍と王国正規軍の騎馬隊がそれぞれ約2000ずつ。

 正規軍に随伴する奴隷前衛軍が8000超。

 同じく後方で多様な戦局変化を(にな)う専門魔術士部隊が3000。

 独自裁量が許されている精鋭、魔術騎士隊とやらが300。

 王国の"(おおやけ)の暗部"とも言われる、実験魔術具隊が100。

 王国航空部隊と、王国海軍に関しては不明瞭でいまいちわかっていない。

 

 さしあたり(りく)で確認できているだけでも、およそ25000弱に及ぶ大軍団。

 侵略道中の制圧拠点に兵員を()いての軍である為、総量としてはさらに多いことになる。

 

 実際的な数までを完全に把握することはできず、常に想定し続けねばならない。

 

 

(王国遠征軍、総大将"岩徹"。王国でも指折りの大将軍──)

 

 さらには"円卓の魔術士"という切り札も控えている。

 単純な兵力の多寡(たか)で言うのならば、防衛戦であることを差っ引いても決して(やす)(いくさ)ではない。

 とはいえ焦土戦術を含めて、敵軍は補給が十全でなく、士気も決して高くなく……。

 

 シップスクラーク商会にとって、敗北や撤退という選択肢はもはやない。

 徹底させた情報操作によって、向こうはこちらの情報をそこまで掴めていない。

 

「戦略目標は──」

 

 盤外に存在する帝国本軍の位置も計算に入れながら、カプランは感情を(おもて)に薄く笑みを浮かべる。

 

「人生の張り合いというものは、いつだってどこにだって転がっているものか……」

 

 そうささやくような言葉は、彼の今までの人生になかった色を添えているようであった。

 

 

 

 

 ──対王国遠征軍、予定戦地高空。

 

 ()は"圧縮固化空気の足場"の上に座り、遙か下の地上を盤面のように捉える。

 彼我の戦力差と布陣とを眺めながら、後顧(こうこ)(うれ)いはないかと自問する。

 

「よしっ、準備は万端整っている。あぁ……もうこれ以上は望むべくもない」

「カァゥッ! キュァッ!」

 

 俺の言葉に応えてくれたかのように鳴いた幼灰竜は、くるくると周囲を飛び回っていた。

 

「元気だなぁ、アッシュは」

 

 すると灰竜アッシュは、翼を折りたたんで俺の右肩へとおさまった。

 今はまだ人語を解していることもないだろうが、俺は一人言ついでに語り掛ける。

 そうやって口に出すことで再認識できることもあるし、相槌を打ってくれるなら興も乗る。

 

 

「人類ってのはな、アッシュ。お前たちから見れば愚かなのかも知れない。どんな状況でも争いは起きる」

「クアァァ」

 

 かつて竜種は──神族が台頭してくるまで、"頂竜"を獣の王として完全な統一社会を築いていたのだという。

 同族同士で血を流すことは決してなく、あくまで秩序を持って覇を争うでなく、(きそ)っただけなのだと。

 

「俺も例に漏れんわけだが、いざこう落ち着いて待っていると……本当に()(がた)いと思う」

「クウゥゥ」

 

 まるで俺の感情を代弁するかのように、灰竜アッシュは反応を返してくる。

 

「まぁ()()()()()人生──皆で企図(きと)した戦争だ。人類の発展と未来の為に頑張るさ」

「クゥアッ!」

 

 映し鏡のように灰竜アッシュは翼を広げながら、元気良く声を上げた。

 そのまま肩から膝の上に降りた灰竜の頭を撫でてやりながら、俺は話を続ける。

 

 

「さてさてアッシュよ、戦争はいったい(なに)ですると思う?」

「カァゥゥ?」

 

 見つめる俺に対し、灰竜アッシュは首を(かし)げるように視線を返す。

 

「そうさな……火力、機動力、練度、物量、兵站、士気、戦略・戦術、そして情報──」

 

 この異世界には"伝家の宝刀"にして戦略兵器ともなる、圧倒的な単一個人戦力もある。

 指折り数えていった俺は、そのままグッと拳を握り締めて灰竜アッシュへと強く語る。

 

「どれも重要だが、あえて言わせてもらおう。戦争とは──"テクノロジー"でするものだ! とな」

「クアァアッ!」

 

 相手の技術水準より高い兵器を持つことが、戦争をより確実な勝利へと導いてくれる。

 

 石器時代に弓を。青銅器に対し鉄器を。槍と弩には、新たに銃と大砲を与えよう。

 戦列へは機関銃を叩き込もう。敵の陣地ごと戦車による電撃戦で蹂躙しよう。

 大艦巨砲主義には、潜水艦や航空戦力にて目にものを見せよう。

 レシプロ機を相手に、ジェット戦闘機を持ち出そう。

 アナクロな軍事国家へは、レーダーと電子制御とミサイルで思い知らせてやろう。

 認識圏外からの超高々度ステルス爆撃機で、戦意を粉々に打ち砕いてしまおう。

 

 そういった圧倒的優位(アドバンテージ)を、こちらは一方的に得ることが可能なのだ。

 それこそが相手国より一歩・二歩と先んじた、"テクノロジー"の為し得る絶対戦略。

 

 

「そうだ──恐れよ、(おのの)けよ。そして自分達にも"必要"を感じ取れ」

 

 戦争こそが文明を発展させてきた──起爆剤にして燃焼促進剤。

 こちらが保有するありとあらゆるモノに……嫉妬し、羨望し、そして追い求めよ。

 文化に震え、開発に投資し、競合し争い、人類皆すべからく進化するべし。

 

「英雄を欲するような戦争は……いずれ終焉を告げる」

 

 特定個人であれば恨みを買い、暗殺されることもあろう。

 しかし高度なテクノロジーで武装した、国と軍という曖昧なものを恨んだところで無駄なこと。

 国家規模の軍事力に対抗し得るなど、()()()()()()なものである。

 

 

「キュゥゥア! クアッ!」

「そうだアッシュ! 俺たちがその最先端だ!!」

 

 灰竜の鳴き声を好き勝手に解釈しつつ、俺は自分に言い聞かせるように叫ぶ。

 

 異世界では科学的な軍事テクノロジーは、大して発展していない。

 それはやはり魔力と魔術という存在が大きく、また積まれた時間と歴史的な問題もある。

 

 広域破壊魔術があるのに、何故わざわざ輸送と製造の手間がある大砲を使わねばならないのか。

 需要が存在しなければ、そこに必要と発明と研究は生まれないのである。

 

「まぁあと1000年ほど後に生まれていたなら……諸々が発展した世界だったかも知れないが」

 

 火薬をはじめとした化学物質の多くは、元は不老不死や錬丹術・錬金術などにより端を発している。

 異世界で不老長寿を求めるならば……既にいる長命種を研究したほうが手っ取り早い。

 未知の科学分野を研究するよりも、まずは身近なモノに向かってしまうのが人情である。

 

 さらには強力な魔導師が肉体活性で若々しいように、魔力による恩恵は寿命にも影響を与える。

 そんな魔術の探究も、個々の魔力容量に大きく左右されてしまい、また秘匿性も高く共有されることがない。

 神族も魔力の暴走・枯渇という現象もあってか、思うようにならないのもまた事実。

 

 

(そもテクノロジーは()()()()も数多いわけで)

 

 もちろん集合知や、人数や資金を投入した地道な研究から芽吹くモノもある。

 しかして特定少数の天才の閃きと研究によって、急激に特定分野が進むことが散見される。

 効果の高い物質も、一定の割合で調合や培養することで、偶発的に完成することが少なくない。

 さらに記録の保存や通信技術が未熟な世界では、散発的に発生したとしてもいずれ失われてしまう。

 

(そこらへんは地球史でも変わらない──)

 

 歴史の中で"ロストテクノロジー"と言われるものがいくつか存在している。

 そうでなくとも紀元前の文明で(つちか)われたモノが、中世においては存在せず重大問題となることもある。

 結局のところ技術一つとっても、それを継承していく体制がなければ一時(いっとき)のものとなってしまうのだ。

 それは異世界の魔術文明にしても同じであり、門外不出のまま失われたモノも少なくないだろう。

 

 欲求に伴う"必要"と、育て研究する為の"環境"と、保存し共有する"継承"。

 この三角形を維持することが、文明を進化させる為の大原則である。

 

「だからこそ現代知識ってのはチートなわけだ……」

 

 たとえば馬に着ける(あぶみ)だとか衣服のボタン、農耕用具や出産器具、スクリュープロペラに熱気球、あるいは望遠鏡や光学顕微鏡など。

 発想それ自体はとても容易(たやす)()()()()に過ぎないように見えて、構造も極々単純なものであったとしても……。

 その()()()()()()()に至ることができなければ、まったくもって気付くことができない。

 また技術的に運良く到達したとしても理論にまでは届かないまま、児戯のようなものとして埋もれていったのも……人類のテクノロジー史の一端(いったん)であった。

 

 最初から理論と技術における正解を知っているというだけで、歴史上の数え切れない偉業を(かす)め取っている所業。

 あらゆる資源の浪費と、終わりの見えぬ労力と、膨大に積んでいく過程をすっ飛ばし、成果と生産性をもたらす行為。

 

 情報の共有や積算が未発達な世界において、それは凶悪という言葉すら生ぬるい。

 そうした成果の、まだまだほんの一部ではあるものの……これから試される──

 

 

「さていよいよだ、アッシュ」

 

 俺は地上で見つめながら立ち上がり、灰竜アッシュも翼をはばたかせる。

 

「開戦の号砲だ、アッシュ。俺たちも()くぞ!!」

「キュゥゥアアアッ!!」

 

 ドォンッ──と、発した言葉と鳴き声に重なるように、商会謹製のカノン砲の発射音が上空まで轟く。

 

 眼下で(うごめ)く王国軍まで伸びていく軌跡は、無造作に敵陣を食い散らかしていくのだった。

 

 

 


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