異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#140 元辺境伯

 ――不思議な心地だった。"ヘルムート"はそう一人ごちる。

 否、今までが息苦し過ぎたのかも知れないとも……今となっては思える。

 

 帝国貴族として生を受け、果たすべき義務と責任の為に、文武に渡って研鑽を積んできた。

 それは凝り固まった観念かも知れないが、決して無駄ではないし同時に誇りあることだった。

 亡き父の教えは以前と変わりなく、色褪(いろあ)せることなく胸裏に刻まれている。

 

(ただ()くべき道が……変わってしまっただけのこと)

 

 圧し潰されそうな……いや、実際に精神が崩壊するにまで至っていた。

 そこへ現れた四人の男女、これを運命と言わずなんと言えるものだろうか。

 己には他にそれを表現するだけの言葉を持っていなかった。

 

(感謝の念が絶えることはない)

 

 我らが一族で及ばなかった事態を解決してくれた、領民を救ってくれた者達がいた。

 責任と義務を代わりに果たしてくれた彼らが、その権利を行使すること――

 そこに多少の戸惑いはあれど、助力を求めたことに後悔はなかった。

 

(シップスクラーク商会とフリーマギエンス――)

 

 彼らの持つ"テクノロジー"とやらで、みるみる内に領内は復興していった。

 領民は衣食住を満たし、領内に蔓延していた伝染病や魔薬も時間と共に駆逐されていく。

 彼らは彼らの打算あれど、自らの身を()にして領内の復興に尽力(じんりょく)した事実は変わらない。

 

(そう……民が欲しているのは、決して我がインメル家というわけではない)

 

 望むのは"救い"ただ一つであり、それを誰がもたらすかは関係ないのだ。

 

 

 人々は心底からの笑顔を取り戻し始め、少しずつ立って戦うだけの気力を取り戻した――矢先である。

 王国軍の侵攻がにわかに噂になり……はたしてそれが現実のものとなった。

 

 インメル領民は国境線上で常に戦陣にある為に、戦争行為それ自体には慣れている。

 しかしそれはあくまで十全な能力・余力があることが大前提である。

 厭戦(えんせん)どころではなく、ただただ外敵には怯えるしかないほど領地そのものが衰弱していた。

 

 そして――商会は王国軍の侵攻軍に対しても、変わらず守るという方針を固めた。

 世界に名だたるいくつかの組織とて、一国軍を相手にするなど正気の沙汰ではない。

 それでも彼らはそれをやる、やってのけようと人事を尽くし続けている。

 

(だから己が犠牲になったことに後悔はない)

 

 商会は自らの進退すら懸けた。それだけの信念と見通しがあったということだ。

 悪評を一身に受け止め、辺境伯の地位を喪失しても……父祖から代々受け継いできた矜持(きょうじ)は本物ゆえに。

 それで領民の心に安寧(あんねい)をもたらすのであれば、いくらでもこの一命を(なげう)つことができる。

 なによりも犠牲に見合うだけの価値を――それ以上の成果を、商会と教義はもたらしてくれたのだから。

 

 彼らの目的は営利が第一ではなく、(おこな)っていることも慈善事業。

 しかして目指すべきところは遥かに大きな――世界を巻き込んだ進化だと聞いた。

 

 ほとぼりが冷めたら「改めて商会員に迎える」と勧められたが、それは丁重にお断りした。

 気が変われば「いつでも訪ねてくれ」とも言われたが、今のところそのつもりもない。

 まだ日は浅いが、今の暮らしが存外気に入っている。

 

 きっとフリーマギエンスの教義と共に、シップスクラーク商会員として生きたのなら……。

 それはそれで充実した人生となるだろうし、己の持ち味もどこかしらで活かせたのだろう。

 

 しかし既に犠牲になってしまった領民達に、申しわけが立たない気持ちが(おり)のように溜まっている。

 意固地なのかも知れない、不器用なのかも知れない。

 さりとて父の代からついぞ、救えなかった者達を思えば――どうしても開き直ることはできなかった。

 

 

「緊張していらっしゃらないのですな」

 

 いつの間にか隣に立っていた人物にヘルムートは驚き、こわばる体を無視して頭を下げる。

 既に開戦の号砲が轟き、敵軍の到着を待っている中で最前線にまで出張ってきた老齢の男。

 

「……っこれはベルクマンどの!? なぜこのような前線に――」

「少し話をしたいと思いましてなあ」

 

 ベルクマンが団員達に目配せしながら鷹揚(おうよう)にうなずくと、周囲は人払いされて二人だけになる。

 

「あ……失礼しました。わたくしは少し前に麾下(きか)に加えていただいた――」

「ヘルムート・インメル()辺境伯、ぬしのことは既に知っております」

「――御存知、でしたか」

 

「ははっ堅苦しいはやめましょうか。むしろ以前を考えればワシは"元帝国陸軍中将"で、あなたは短期とはいえ"辺境伯"。

 立場としてはワシよりもずっと上だった御仁。むしろワシのほうがへりくだらねばならぬかも知れませぬなあ」

 

 茶化すように言う自由騎士団の第三位にして、こたびの自由騎士団遠征軍団長のフランツ・ベルクマン。

 年の功を見せるその包み込むような声音と物言いに、ヘルムートは肩の(ちから)を抜く。

 

「しょせんは名ばかりでした。家督も今は()が引き継いでいるようです……」

「なるほど、あなたの祖父にあたるインメル卿とは少しだけ面識がありました」

「そうでしたか、いやっえっと……なんと言っていいものやら」

「はっはっは、ワシが勝手に懐かしんでいるだけですから、お気になさらず」

 

 ベルクマンは戦場の方向を見ると、つられるようにヘルムートも眺める。

 しばらくしてからベルクマンは、向けた視線はそのままに口を開いた。

 

 

「懐かしいですかな?」

「わたくしの素性もよくよく知っているのですね」

 

 シップスクラーク商会にインメル領の引き継ぎを終え、表向きは逃げるように自由騎士団に入った。

 しかしながら……こんなにも早く、このような形で、またかつての土地を踏むとは思っていなかった。

 

「まっ自由騎士団の特性と立場上、序列七位くらいまでは知っていますな。どうです、不自由などは――」

「とても良くしてもらっています。気持ちも身軽で、居心地はとても良いくらいです」

「はははっ、ワシらは様々な境遇の人間が多い。団の気風が性に合ったのならなにより」

 

 ヘルムートは土地を見つめながら、ベルクマンの問いに改めて答える。

 

「離れてからまだ一季ほどですが……ひどく久しぶりな気がします」

「――断ってもよかったでしょうに」

「生まれてから住み続け愛した土地であり、今もなお愛し続ける土地です」

 

 ベルクマンは遠くを見つめる眼差しのヘルムートに、確固たる色を感じた。

 

「迷いがないのなら……ワシとしてはもはや言うことはありませんな」

「わざわざお気に掛けていただきありがとうございます」

「いやなに、古巣というものは思い入れがひときわ変わるものですからなあ、気負いは余計な(りき)みも生む」

「元いた場所()戦うわけではなく、元いた場所()戦うだけです。ベルナール領軍相手も慣れています」

 

 

「けっこうけっこう、とんだ杞憂(きゆう)でした。それにしても……なんなんでしょうな」

 

 ベルクマンは一転した面持ちで、声の抑揚(トーン)を二段ほど落とす。

 

「と、申されますと……?」

「ワシも戦場経験は豊富なつもりだが、このような(いくさ)は初めてでしてな」

「ベルクマンどのほどの(かた)でもそうなのですか」

 

 圧倒的な長距離砲による弾着観測砲撃。

 その詳細など門外漢の二人にわかるはずもない、だが……極めて異様なのことは理解できる。

 

「もっとも戦端はすでに開かれておる。いまさら騒ぐこともないですがのう」

 

 剣の柄頭に両手を置いたベルクマンは、なにか思うことがあるような表情を秘める。

 

「それに……魔導師どのもおります。何をしても不思議はないですわな」

「魔導師、ですか」

「はっはっは、騎獣民族にワーム海賊。つくづくシップスクラーク商会とは――なかなかコレ末恐ろしく感じ入る次第(しだい)

「……!? ワーム海賊まで(よう)しているのですか!?」

 

 ヘルムートは驚愕の声を上げざるをえなかった。

 

 

「ですな、いざ段に立ち会った時に混乱せぬよう……。元インメル領主だからこそ口を滑らせたのです、他言無用ですぞ」

「っっ、はい……承知しております」

 

「それでもまだ戦えますかな?」

「ワーム海賊がかつて領民に対して(おこな)った無体には、未だ(いきどお)りはありますが……。

 商会がインメル領を救うために(くだ)した決断に、もはや異議を唱える立場にわたくしはない」

 

「ふむ、()りるならまだ間に合いますぞ」

「わたくしは彼らに託しました。あとは我が身を尽くすのみ」

 

 ベルクマンはただ満足気にうなずき、ヘルムートは吐いた言葉を噛み砕き――実際に喉を鳴らして呑み込んだ。

 ワーム海賊にも代々手を焼かされてきた。昔から数多くの遺恨が残る相手である。

 だがそれが今いる領民を救い、今ある領地を守ることに繋がるのであればもはや是非もない。

 

 げに恐ろしきはシップスクラーク商会、手段を選び手段を選ばないその手腕。

 ワーム海賊は語るに及ばず、騎獣の民の猛々しきも学んだ歴史で知っている。

 

 2つの存在にこそ目を奪われがちだが、実際的にこの短期間で2つと手を結んだことが根源的な異常。

 一体どういう(すじ)を経て味方に引き入れたのか、にわかには信じられない。

 さらに魔導師まで陣営にいて、ベルクマンですら納得させるシップスクラーク商会の"怪物性"。

 

 

 ヘルムートはいつの間にかグッと握られていた拳をゆっくりと開いて、ベルクマンに尋ねる。

 

「この戦争……どういう結末になるとお思いですか?」

「こたびの(いくさ)は恐ろしいほど精細緻密に描かれている」

「どういうことでしょうか」

「相手にまともな情報を与えぬまま、一方でこちらはよく収集し、その上で役割分担がしかとされている。

 ただ局所的に戦争で勝つだけではない。そこに至るまでの周辺環境全てと、戦中で起こり得る可能性と対処。

 そして戦争後の顛末と復興まで、ありとあらゆることを視野にいれて積極的な防衛戦に(のぞ)んでいる」

 

「勝ちは揺るがぬ、と?」

「でしょうな、一組織が戦争後のこともしっかりと考えておる。いやはやとんでもない」

 

 忌憚(きたん)なき私見を述べたベルクマンに、どこかヘルムートは安堵したような様子を見せる。

 

 

「……我々の"役割"は、左翼側でベルナール領軍の足止め――」

 

 ベルナール領軍の情報については、個人的にも商会へと提供した。

 王国との国境線を介し、定期的に戦争を(おこな)ってきた因縁の間柄である。

 その(いくさ)の多くは父祖の代であるが、自身も何度か従軍し刃を交えていた。

 

左様(さよう)、ワシらはベルナール領軍を相手に退かぬ(いくさ)をし、インメル領軍が奴隷兵を相手にする。

 敵軍の位置と誘導、その後の展開まで予測した上での配置……順当にいけば崩れることもありますまいな」

 

「まともな戦列もない、騎馬隊にしてもその恐ろしさは発揮できない……」

「盾に専念するのであれば、数の差はあれど練度と士気に(まさ)るワシらが苦戦することもありますまい。

 最も厄介な王国魔術士部隊は防御魔術で手一杯。魔術具で武装する正規軍には騎獣の民が当たるそうですしな……。

 先ほどの先制砲撃のようなもので打撃も与えておる。我ら自由騎士の本分を発揮できる陣立てに敗北はありませぬ」

 

「自由騎士の基本戦術――"盾と剣"」

左様(さよう)、受け止めて斬る。基本にして奥義ですなあ、持ち味をちゃんとわかっておる」

 

 さらに大きく見れば、自由騎士団とインメル領軍という"盾"が(フタ)の役割をしている。

 そこに"騎獣民族"という刃で横腹を刺し貫く。逃げ場なき王国軍はもはや食われるだけの獲物――

 

「守ります、この地を……。そしてわたくしを迎え入れてくれた団の仲間を」

 

「良い意気です。人はひょんなことから化けることもある、期待してますぞ」

 


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