異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#143 海上狩猟 I

 帝国と王国の中間に存在する、内陸の巨大な湖。

 しかしてそこはまさしく、"大海"と言って良い場所であった。

 五英傑の1人、"無二たる"カエジウスが討ったとされる超巨大厄災――通称"ワーム"。

 神族に敗北した竜族が一斉に姿を消した時に、世界を滅ぼすべく残したとも伝えられる"翼なき竜"。

 

 ワームは大陸中央部に最高峰を構えた大山脈、そのことごとくを喰らい尽くした。

 山だけでなく大地までを無造作に掘り散らかし、世界に大穴を穿った。

 凹凸(おうとつ)が滅茶苦茶なその地形には、長年を掛けて水が沁み込み流れ続けた。

 

 その広大さと国家間をまたぐ季節は、多種多様な気候変動をワーム海にもたらす。

 気圧差は大風(おおかぜ)を生み、不規則な水底は大波(おおなみ)を作り上げる。

 生半(なまなか)な海をも超える海模様に違いなく、ひとたび荒れればたやすく船を飲み込んでしまう。

 

 そんな大海原を堂々()くは、ワーム海賊を中心として組織された輸送船団――

 

 

「天気晴朗なれども波高し」

 

 そう"キャシー"はピクリと獅子耳と尻尾を動かして、甲板上から風を大いに感じていた。

 

「へー陸者(おかもの)のわりに、よく波が読めたもんだし」

「いや言ってみただけだ。ベイリルがなんかそんなこと口にしてた気がする」

 

 ワーム迷宮(ダンジョン)逆走攻略途中の、海のようなエリアで水棲魔物を相手取った時だったか。

 海賊艦隊の首領"ソディア・ナトゥール"は、やや呆れ気味の表情を浮かべる。

 

「まぎらわし!」

「合ってんならいいだろ、さっさと開戦(・・)しようぜ。一気に片ァ付けてやんよ」

 

 海上の彼方に浮かび見えるのは、明らかに商船ではない一隻(いっせき)(ふね)

 

「言っとくけど……()()()()に出番なんてないし」

「はぁ? なんでだ!」

「なんでもなにも、海上戦闘は基本的に魔術砲を含めた魔術合戦が主軸」

「乗り込まねぇのかよ?」

「まず乗り込まない」

 

 

 ワーム海賊は略奪と一部交易によって生計を立てている。

 海上戦闘においては専門家(スペシャリスト)であり、ソディアはかいつまんで説明する。

 

「いーい? 海戦とは隠蔽・索敵に始まり、航行速度の補助に、攻撃魔術・防御魔術の割合その他を総合した戦術なの」

「ふーん……白兵戦は?」

「前提にはしない。そんな危険を冒すくらいなら逃げるが勝ち」

「つっまんねえなあ」

 

 それは海賊としての立場ゆえという側面もあり、海賊だからこその見解でもあった。

 たとえば国家帰属の海軍が犠牲を前提にした戦闘を良しとするのであれば、そうした戦術も十分ありえる。

 ただ肉薄するということは、攻撃魔術が船体に対して確実に直撃する距離だということ。

 防御も回避も困難な状況で船を破壊され、海上での足を失うことは死も同義に近い。

 

 だからこそ船体の修繕には、専門の技術屋魔術士もいる場合も少なくない。

 また機動力の確保の為に、風や海流を操る強力な魔術士なども重宝された。

 

 

「だーかーらー! 準備運動すんなし! しかも二人(・・)して!」

「っんだよー、こちとら暴れたいんだ。アタシらが勝手にやる分にはいいだろ?」

 

 キャシーは指をポキポキと鳴らしながら、何度か軽いステップを踏んでいた。

 

「血の気の多い最強の白兵陸軍が乗っている、それを活かすというのはどうだ?」

 

 さらにもう一方、虎人族の"バルゥ"も体を回すように四肢を伸ばしながらのたまった。

 

「そんなのは(おか)の上にあがったら思う存分やればいいし」

 

 旗艦に乗船する人員の中で、最年少のソディアは溜め息を吐きながら言う。

 

「だいたい目減りしたら、移送を頼まれてるうちが色々言われるんだけど――」

「ベイリルは、んなしみったれたこと言わねーって! ……いや、やっぱ気にするかも」

「でしょ? あの人、意外と細かそうだし」

「う~ん……たしかに」

 

 

 陰口まがいを叩く二人を眺めながら、バルゥはもっともらしい理屈を並べ立てる。

 

「ここ数日ずっと海の上で、みな色々と鬱憤(うっぷん)が溜まっている。それを発散させておくのは悪くない。

 士気にも大きく関わるからな。それがひいては戦闘力に直結するのが、我ら騎獣の一族の気性というものだ」

 

「それはここ何日かでよぉーくわかったし。てか海賊団(うちら)よりも荒っぽすぎ」

「まあオレも民から離れていた身だ、その気持ちはよくわかる」

 

 バルゥは大きくうなずいてソディアの意見に同意した。

 騎獣猟兵部隊は民族の中でも、特に生え抜きとして組織された精鋭揃い。

 それだけにその野性味はただでさえ猛然たる気質を持つ騎獣民族の中でも、さらに激しい者ばかりであった。

 

 かつての友にして今の友たるバリスにしてもそうだが、本当に自由に生きている。

 欲望を隠すことなく解放するその生き方には、ベイリルらも細かい交渉にあたって苦労していたようだった。

 

「そもそも移送用の船団だから、海戦には不向きってことくらいわかってほしいし」

「そこをなんとかできねえの?」

「大嵐に遭っても船が沈んでも、全員が欠けることなく、正確に目的の陸まで、泳いで到着し、すぐ戦闘もできると言うならいい」

「ぬぅ……さすがに半分は喪失(うしな)うかも知れんな」

「半分も生き残れるのがおかしーし」

 

 それでもソディアが()るに、バルゥは本気でそう思っているようだった。

 確かに獣の中には方向感覚に優れた種もいるし、人獣一体なればその感覚能力は凄まじいと聞く。

 ソディアが伝え聞く騎獣民族の逸話からも、海を甘く見てる部分はあれど実際にやってしまいそうな予感はあった。

 

 

「まっなんにしても海上ではうちの権限のが上。大人しく従ってもらうから」

 

 ソディアはわかりやすく(ちから)の抜けた虎の尾を見つめつつ、はっきりとそう告げた。

 

「それに言わせてもらうと、アレは斥候船だからまともな戦闘にならない」

 

 王国海軍が一応の警戒網として、各所に散らせているものとソディアは半ば確信していた。

 

「なんだよ、単なる見張りかよ。すっげえ腕に自信がある敵船とかじゃないんか」

「機動力を重視した帆船で、戦闘艦じゃない。どんなに強くたって護衛船くらいつける」

 

 海での戦闘は、時に個人が突出して戦果を挙げることもままある陸上の戦争とは違う。

 のっぴきならぬ事情がない限りは、随伴艦と連携を取るものだ。

 まして帝国や王国に所属する海軍であれば、確実に戦列を組む。

 

 もし仮に単独専行する戦闘艦があるとすれば、どのみちそれは白兵戦どころではない。

 防御魔術をぶち抜いて敵船を撃破できるほどの強力な魔術士、ないし魔導師が乗っているということになる。

 

「あとちなみに魔術戦にもならない、"それ"があるから――」

 

 そう言ってソディアは甲板前方に鎮座している、"カノン砲"を指差した。

 

「ベイリルとフラウが空輸したやつか」

「うん、ありがたく使わせてもらうし。最大戦速・針路維持、仰角固定で撃ち方」

 

 

 ソディアが命令を発すると、すぐ近くにいた海賊副船長が大声で復唱する。

 

『針路は維持したまま最大戦速! 砲の仰角は固定したまま撃ち方用意ィ!!』

 

 ソディアは左腕を挙げながら、慣れ親しんだ海を見つめる。

 相対距離は確実に縮まっていき、ソディアはあげていた腕を振り下ろした。

 

 合図と共に砲撃音が広い海原に轟き渡り、船体は……多少揺れる程度であった。

 それは科学魔術兵器たる商会新式カノン砲が、適切に反動を逃がし、その一部を推進に変えている証左。 

 砲弾はグングンと距離を伸ばし、標的たる船体をたった一発、確実に捉えていた。

 

 直撃した王国軍の斥候と思しき船は爆発炎上し、黒煙を吐き始める。

 

 

「へぇ……この距離から一発か」

「やるな、娘」

「弾道は一回だけ試射した時に見てるし、あとは風を読めばわかる。この程度なら補正魔術もいらない」

 

 さも当然と言ってのけるソディアに、キャシーとバルゥは感嘆の声を禁じえなかった。

 

「それにうちの船には超一流しか乗ってない」

 

 旗艦には生え抜き中の選り抜きが乗っている。

 祖父母の代から母と叔父の時代より、数多の経験を積んだ熟練の水兵揃い。

 ソディアは彼らを信用しているし、海賊達もソディアの指揮に絶対の信頼を置いていた。

 実力あるとはいえ武力的には小娘にすぎない少女が首領なのも、そうした支えがあってのもの。

 

 

「にしても――この大砲ほんとスゴすぎだし」

「そうなんか?」

 

 話に聞けばフリーマギエンス創部以来の古株で、シップスクラーク商会員でもあるキャシー。

 ソディアよりも遥かに詳しいだろうはずなのに、疑問符を浮かべるキャシーに少女は説明する。

 

「まず圧倒的な射程で、一方的に主導権を取ることができる」

「あー……まっアタシは殴り合いのが好きだけどな」

「聞いてないし。それと魔術による攻防はそのままに、もう一つ攻撃手段を追加できる」

「どういう意味だ?」

「普通は攻撃魔術と防御魔術と機動魔術とで、消耗を考えつつ動いて撃ち合いをしていくのが常道。

 でもこのカノン砲ってのは観測兼砲手の最低一人だけでも、砲弾の数だけ強力な火力支援が可能なの」

 

「剣と盾で戦ってるところに、もう一本生やした腕で殴れるってことか」

「ん、うん……まぁそんなとこ」

 

 キャシーの言い回しに、ソディアはとりあえず肯定(しゅこう)する。

 すると横で話を聞いていたバルゥが、付け加えるように口を開く。

 

「さらに言うなら根本的に()()()()()()()()、ということだな」

「そうそこが最大の特徴、これがいくつもあったら戦争の形態が変わっちゃうし」

 

 バルゥのズバリ的を得た言葉に、ソディアは同意しながら未来についての想いを馳せるのだった。

 

 


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