異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
バルゥは戦いを前にして穏やかな心地で、走る獣の上からひとりごちた。
まったく違った新たな人生に対して、その半生をゆっくりと思い出していく。
――騎獣の民として生まれ、騎獣民族の社会で若き日を過ごした。
よくよく突っかかってきた熊人族のバリスを含め、騎獣の民らしく健全に育った。
(そして"洗礼"の日を迎えて、オレは絆の戦士となった)
しかし直後に王国軍との戦争となり、王国軍兵士を本能のままに殺し回った。
結果として――オレは相棒だった獣を
(生殺与奪を握られながらも、生かされたのは感謝とさえ言えるな)
騎獣民族とて奪った獲物は奴隷とする習慣があり、互いに死力を尽くした上での結果。
多勢に無勢であったにせよ恨む理由などなく、負けた己の至らなさこそ責めるべきであった。
(あの頃は弱いとは言わぬまでも強くもなかった、だからこそ学ぶことも多かったが――)
白き全身を鮮血に染めし武勇によってか、オレが買われた先は王都最大の闘技場であった。
闘技場には様々な
最も多いのは奴隷同士を戦わせたり、あるいは魔物と戦わせるようなモノ。
時には宮廷魔導師や円卓の魔術士が、その技にして
それらは闘技の中でも"死"が日常となる機会であり、消費すればその分だけまた補充される。
そして――生命を燃焼させる殺し合いというものは、かくも王国の民を熱狂させた。
(オレにとってもそこは……本当にとても居心地が良い場所だった)
闘争によって相棒がいなくなった"絆の戦士"たる己には、どのみち騎獣民族のもとへは帰れない。
狩り狩られの殺し合いなど騎獣民族にとっては日常であり、哀しみを忘れるにも丁度良かった。
同じ奴隷のほとんどが、やつした身を
また奴隷になる人間には皆、それぞれ
間接的にではあるものの、彼らから様々な知識や経験を得ることができた。
(そこからはあっという間だった気がするな……)
相棒獣を喪失した悲しみが、思い出せる過去の1つになった頃――
王国の民はオレを
勝つという結果だけを残せば、奴隷という身分からは出られないものの認められる。
それが"奴隷剣闘士"という存在であった。
(性にも合っていた。単純なだけに、考える必要もなかった)
普段こそ同じ奴隷や魔物が相手となるが、勝負にすらならなくなると事情も変わってくる。
闘技場で名を挙げたい、世界の猛者と闘うような機会も自然と増えてきた。
中には集団を相手に立ち回らされることもあったが、それもまた趣向の違いを楽しんだ。
(ついぞ負けることはなかった)
そうでなければオレは今こうして生きてはいない。
次第に挑戦者すら減っていき、同じくしてオレの闘争に熱狂する人も減っていった。
円卓の魔術士と1度くらいは戦ってみたかったのだが、直接の機会に恵まれることもなかった。
そうなると闘技場側としても――この身は、ただ持て余すだけの大飯喰らいとなってしまう。
結果としてオレは獣人差別激しい王国において、奴隷の身分から解放される数少ない異例に至る。
(どのみち強き者がいないことに
丁度よい頃合いと言えた。しかしだからと言って王国に住むことなどはできない。
獣人奴隷で、まして見世物でもあった身が……王国籍を得られるようなことはまずもってありえなかった。
事実上の追放という形であり、夜半に身を隠されるようにして王都から出て行くことになる。
闘技場に稼がせてやったであろう金額からすれば、本当に些少の金銭のみを渡されたが不満は特になかった。
(もとより富や名声の為に戦っていたわけではない)
好きだからやっていただけだ。観戦と熱狂も悪い気はしなかったが、あくまでおまけ。
闘技場の経営者達に復讐しようなどといった気もまったくない。
かと言って他の服従を強いられる奴隷達を、解放してやろうといった思想や価値観もなかった。
(気軽に気楽で気ままな一人旅だったな――)
その後は騎獣民族とは決して
王国の北方から帝国へと入り、臨時傭兵として路銀とする大金を稼いだ。
帝国北西部から経由するように皇国へ越境し、とある聖騎士と知り合い、共に闘った。
皇国から"
絶えぬ戦乱に身を投じ、我を忘れて体を鍛え、技を磨き上げていった。
やがて戦争にも目新しさを感じなくなり、連邦西部へと踏み入れて散財して過ごした。
その後は内海の各諸島を渡りながら、様々な文化を味わいつつ共和国へと入国――
(そうして最後に行き着いたのが……)
帝国"カエジウス特区"のワーム
そこは閉鎖された弱肉強食の世界。
己を試され、決して一筋縄ではいかず、全身全霊を懸けて攻略する必要があった。
闘技場で戦い始めたばかりの頃を思い出すような……得も言われぬ達成感。
ただ闘うだけではどうにもできないことも、よくよく思い知らされた。
(迷宮の踏破は、オレに新たな充実を与えてくれた)
久しく忘れていた獣性を、思うさま解放することができる
剣闘士時代――傭兵稼業――聖騎士との共闘――魔領の派閥戦争――どの闘争とも違う新鮮さ。
生き抜くというただ一点の熱量を、攻略に差し向けることで切り拓かれる道。
(そして……願い求めた――)
もしも五英傑が
これほどの迷宮を造り上げる"無二たる"カエジウスならば――あるいは、もしかしたら……と。
(足手まといとなる弱者などいらなかった――)
友を失う悲しみは一度で十分。生き返らせるとしても1頭で十分だ。
後にも先にも相棒と言えるのは、かつて絆を結んだ獣のみ――
(そうだ、そう……思っていた)
今の己の後ろには、多くの仲間――改めて道を同じくする騎獣の民達が追従する。
オレは乗りし獣の上から、声を発せず
人と獣が200
陣を展開するまでの
(
話し掛けてくる者などほとんどいなかった。
まして初対面であんなにも馴れ馴れしく――ベイリル、キャシー、ハルミア、フラウ。
聞けば内三人は長命種なれどまだ若く、全員と親と子ほどの年の開きがあった。
酒を
そこからあっという
あいつらは迷宮攻略に乗り出したかと思えば、地上から直接最下層へ向かう行動を開始した。
謎の大型道具を持ちだして、情報を収集し、準備が完了するまで何度か誘われた。
(オレはそれでも固辞した)
正道ばかりを
何よりもわずかばかりでも情の湧いてしまった者が……希望ある若者達が――
(打ちのめされてしまうのを……見たくなかったのかも知れないな)
しかしてオレがわざわざ守ってやるようなことは、相棒獣を失ってよりの生き方に反していた。
だが予想とは違い、彼らは……なんともはや最下層を制覇してしまったのだった。
また迷宮に深く潜っている最中に、逆走する帰りの四人と再会し、黄竜を倒したことを知った。
その後は地上まで同道することに決め、十数年振りかのパーティを組んだ。
有言実行を成し得た彼らは、オレの強さにも決して引けを取ることはなかった。
それぞれの得意分野を活かし、こちらの動きにも反応よくついて回って連係する。
(そして……認識させられた)
やはりオレは"絆の戦士"であり、本来の気質は他者と組むことにあったのだと。
ただ見合うだけの者がいなかっただけで――
潜在的に喪失する恐れを
もはや生き方を変えられぬと、自らを
彼らにとっては利を得る打算があったとしても、騎獣民族へ戻る決心をつけさせてくれた。
そしてバリスとも昔のように語り合い、こうして民を率いて戦うこともできるようになった。
(だからオレは――)
この戦争が終結したなら……今度は改めて、自分の口から言おう。
シップスクラーク商会へと、フリーマギエンスの作る輪の中に入るということを。
もう十二分すぎるほど自由に生きた。だからあいつらの想いと目的に答えてやろう。
それがオレが次世代へと託す――新たな
奴隷から成り上がり、世界を放浪した果てに行き着いた、オレの居場所であると――