異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#149 紅獅子吼 II

「ん~フフーん~ンーンー♪」

 

 ソディアに陸まで送ってもらってから数時間ほど。

 ジェーンとリンが組んでいたユニットのアイドルソングを口ずさみながら――

 キャシーは自分の庭とばかりに悠々と森の中で歩を進める。

 

 既に獣道を移動途中の"王国軍実験魔術具小隊"を捕捉し、ゆっくりと確実に敵性戦力を数えていく。

 今は医療術士のハルミアもいない為、無茶はしない程度に留める心づもりもあった。

 

(ベイリルはまるで"レーダー"つってたっけか――)

 

 迷宮の最下層で"黄竜"と戦い、その雷撃を身をもって受け続けたことで……雷の扱い方にさらなる変化が生じた。

 黄竜を模倣することで、雷属魔術士としての在り方というものがわかってきたのだ。

 さらには逆走攻略をする過程で、いくらでも練り上げる機会と時間があったのが功を奏した。

 

 その1つに――やたらと敏感になった、索敵・空間把握能力があった。

 

 雷属魔術にこそ由来するレーダーで、己だけの能力である……と。

 "電磁波"だとか"電子風"だとか――無意識領域上で、電気的に受信してそれを感覚として認識している。

 そんなような講釈というよりは、御託をベイリルが垂れていたのを思い出す。

 

 電磁気について詳しい話はベイリル本人もあまりわかってなかったようだが、理屈があることは理解した。

 上辺だけの知識でも、そういうものだと認識したことで……意識にも変化が生じる。

 

(たしかそんくらい曖昧なほうが、むしろ伸び幅があるんじゃねえかとも言ってたなぁ)

 

 自分の(ちから)を明確に意識しつつ、その想像性と創造性の余地を残すとかなんとか。

 なんにせよ学園で教えられ――迷宮で死線を潜ってからは、雷属魔術もかなりモノになったように実感している。

 

 

「……ちょうど百人っか」

 

 予備部隊や補助も混じっているのだろうか、実験部隊という割には大所帯な気がする。

 "王立魔法研究員"とやらが率いているのは、ほとんどが契約奴隷らしいが……通常のそれとは違うそうな。

 目減りしてもまったく痛むことがなく、良心の呵責(かしゃく)躊躇(ちゅうちょ)を覚えない罪人で構成されているらしい。

 

 それこそ戦争を名分に無辜(むこ)の人間を平然といたぶり殺す為の、(おおやけ)の暗部こと"魔術具実験小隊"の内実であった。

 

「まっいけんだろ」

 

 彼我戦力の分析は、迷宮において死活問題であり――嫌でも()らされ、(つちか)われるに至った。

 魔術具の存在が不確定要素ではあるが、それを差し引いても負ける要素はないと判断する。

 

 

 キャシーは鉄爪籠手を身に着けると一足飛びで木の上へと登り、集団を飛び越えるように跳躍していく。

 外套(ローブ)をなびかせながら、情報に聞いていたメガネを掛けたそれっぽい男を見つけて飛び降りた。

 

「……は?」

 

 舞い散る木の葉に(いろど)られるように、キャシーはしっかりと地に足つけて男の眼前に立つ。

 

「アンタが研究員ってやつか?」

「っな――おまえナニモンだ? というか……バカか?」

「あー……かもな。まっ別にオマエらみたいなゲスどもに、なに言われても構やしないんだわ」

 

 キャシーは片目をつぶりつつ嘆息を吐く。

 学園生時代ならばともかく……有象無象の言葉などで、今や心を揺らすことなどない。

 

「はっ! てめぇら、この女を好きにしていいぞぉ」

「"フェルナン"さん、いいんですか? 今まではほとんど最初に手を付けてたのに」

「獣人女は臭くてオレの好みじゃないしな。道中の物資もなにやら不足気味だし、たまにはな」

 

 フェルナンと呼ばれた男は、罪人奴隷達へ告げて数歩下がる。

 にじり寄ってくる罪人奴隷達は、それぞれが手に魔術具を起動して向けてきていた。

 

 

「大人しくしときゃあ、いずれ解放されっから安心しろや」

「おれぁ少しくらい抵抗してくれたほうがいいがな」

「獣人は立場ってのを教えてやると、途端に大人しくなるからなあ――」

 

 下卑(げび)た態度で迂闊(うかつ)にも間合へと入った男三人。

 キャシーは右籠手と尻尾で払うように、まとめて一撫(ひとな)でしてやった。

 それだけでバヅンッ――と、音無き悲鳴が3つほど……地面へ崩れ落ちていく。

 右手から尻尾へ戻るように発せられた大電流は、一瞬の内に肉体に通され絶命たらしめたのだった。

 

 自らの肉体を電源とし、端末から端末へと電撃を循環させる。

 魔力の消耗を抑えながらも、単純にして強力無比な威力を叩き込む――名すらない基本的な雷属魔術。

 

「ぁあっ? なんだ、なにをした?」

 

 眉をゆがめて問うフェルナンと、l状況を認識できていない周囲の罪人奴隷達。

 キャシーは「コレが答えだ」とばかりに、健脚によって死体の1つを持ち上げるように(ほう)り蹴った。

 

 

 それなりの勢いを持った死体を、フェルナンはカカト落として地面に叩き付ける。

 

「おいおい……なんだ死ンでんのかよ、だらしねえ奴らだなぁオイ」

 

 死に顔をそのまま足蹴にしながら確認したフェルナンは、鼻で笑って自身の魔術具を両手に取り出す。

 

「まあタダモノじゃないとは思ったが……いい実験台にはなりそうだ」

「ふゥ~ん……アタシを試したんか?」

「そりゃそうだろ。突然一人でやって来たバカだ、相当腕に自信があるんだろうことは明白」

「ダッセェおっさんだな、オマエが自分で試せばいいじゃん」

「っは! おれは王立魔法研究所の人間だぜ? 命の価値の違いもわからん獣がほざくなって」

 

 そう言うとフェルナンは魔術具を持たぬ(ほう)の腕をあげて、罪人奴隷へと指示を出す。

 契約魔術の強度の所為(せい)か、フェルナンの使い捨てるような態度にも不満一つ漏らすことはない。

 

 

「そうそう、回復用の魔術具もある。死んでなきゃ生かしてやるよ、まだ問題点が多いがなあっ!!」

 

 砂塵が巻き上がり、水が這い寄り、岩が隆起し、炎が前方を染め上げる。

 しかしそのどれもがキャシーの体躯はおろか、影すらも捉えることはなかった。

 

 ただただ雷がごとき反応速度と、帯電した身体能力を活かした加速力と制動力。

 どんな攻撃だろうと当たらなければ、それは(から)撃ちと変わらない。

 キャシーにとって罪人奴隷たちの動きなど、もはや止まっているようにすら感じられた。

 

 罪人奴隷はまばたきをするたびに、死体が積み上がっていくことに恐怖する。

 もはや獅子の紅色か、血の赤色かも判別がつかなくないほどに。

 それでも逃散することは許されず、対峙し戦うという選択しか許されない。

 

「ちぃ……役立たずのゴミどもが――てめえら"()()()()()()()()()"!!」

 

 処刑をまぬがれる条件として主人の命令に従う――という、"同意契約"魔術の強制力は堅い。

 たとえ死線を前にしても、感情を残したまま突撃せざるを得ないほどに……。

 

「邪魔っくせ――」

 

 フェルナンの決死命令が飛んだ直後、勢いのままに我が身を捨てて突っ込んでくる罪人奴隷の()れ。

 それは巨大な塊となって、キャシーの体躯を押し包み潰すように迫る。

 大電流を喰らって命を絶たれながらも、その死体が次々と覆い被さろうとしてくるのだった。

 

 

「喰らっとけやケダモノォ!!」

 

 そうしてほんのわずかに生じた隙に、フェルナンは死角となった位置から確実に魔術具を差し込んできていた。

 まともに喰らってしまった攻撃を、キャシーは歯を食い縛って耐えようとする。

 

「っははは!! これは希少な()()()()()だ! 今までに味わったことのない痛み……だ……ろ?」

「――っんだよ、気合いれて損したじゃんか」

 

 キャシーは平然とした様子で、まとわりつく死体を振り払うように一回転して弾き飛ばす。

 その動作に反射的に距離を取ったフェルナンは、驚愕の表情を貼り付けたままだった。

 

「は……ははは、なっ……え……あ? ど、どういうことだ!?」

 

 乾いた笑いを漏らしながら狼狽(ろうばい)するフェルナンに、浮かび続ける疑問符をキャシーは解消してやる。

 

「アタシは雷属魔術士だからな。そんな電撃じゃ按摩(マッサージ)にもなりゃしねぇって」

「っが……こっんの! ならコッチだ――」

「させっかっての」

 

 キャシーはフェルナンのもう片方の持ち手を蹴り上げると、魔術具はあっさりと空中に舞う。

 

 

「クッソッ、同士討ちも構いやしねえから殺せェ!!」

 

 フェルナンは混乱する脳内を静めるより先に、そう叫んだ。

 一人戦域を離れるように後退しながら、罪人奴隷達は魔術具による一斉飽和攻撃を仕掛ける。

 

「なんもかんも遅いな……」

 

 空間を埋め尽くすよりも早く――空高く跳躍していたキャシーの一言。

 

「消費は少し増えるけどっも!」

 

 同時に下へと向けられた両籠手の指先から雷撃が10本、地面へと飛んだ。

 

 ――"雷爪(らいそう)"。指向性を伴った雷の筋は、空気を引き裂いて10人の罪人奴隷を的確に撃ち貫く。

 学園生時代とは違い、今や飛ぶ雷撃を操作できるようになり、また威力も段違いとなった。

 それは静電遮蔽すら無意味であり、隙間を縫って人体まで届き得る。

 

 森を轟かせた10の雷鳴は、人肉の焼け焦げた匂いを残したのだった。

 

 

「まっついでだ、全力でいくかよ――"雷獣(らいじゅう)"ゥ!」

 

 落下するキャシーの(あか)く長い毛が、空気抵抗に加えてさらに逆立つ。

 許容限界のギリギリまで雷撃を纏うことで、自信の反射と身体能力を最大限引き上げる自己ブースト術技。

 その運動エネルギーは岩盤を粉微塵にし、纏う電撃は近付く者を抵抗熱によって(すみ)へと変える。

 

 足先が地面へと触れた瞬間――フェルナンの視界に映ったのは……赤き無数の残光のみであった。

 

「うぉぉぉぉぁぁぁあああああ――っっ!!」

 

 他に何もできないフェルナンの叫びを掻き消すように、雷鳴が地上を埋め尽くす。

 王立魔法研究員の視力と聴力が戻る頃には――林立していたはずの森木も含めて……。

 その場に立っている者は……もはやたった2人しかいなかった。

 

 フェルナンのまぶたの裏には今なお軌跡が焼き付き、まるで自身が電撃を喰らったかのように明滅する。

 

「おーい、聞こえてっかぁ?」

 

 のんきに声を掛けるキャシーに、焦点の合わぬ瞳を揺らしてフェルナンは心の底から叫ぶ。

 

 

「っあ――ありえん、ありえんありえんありえんありえんッ!!」

「余波で死ぬと思ったんだが、意外と生きてんのな」

「っぐ……魔術具が……我々の結晶がこんな――」

 

 残る手に持った雷属魔術具が壊れるかと思うほど握り込むフェルナンに、キャシーは心底呆れ果てた顔で口を開く。

 

「アタシは"テクノロジー"だの"科学魔術具"だのそんなに詳しくないが、それでもあれだな――」

「あ……?」

「アンタらのそれは陳腐(・・)ってやつだ」

 

「っ――てめえみたいなケダモノ風情(ふぜい)に何がわかる!!」

 

 瞳に生気が戻ったフェルナンは激情のままに言の葉を叩き付ける。

 しかしキャシーはそれを風に流すように、あっさりと事実を突きつけてやる。

 

「別に、アタシが勝手に思ってるだけだし。結局アタシに傷ひとっつもつけられてねえしさ」

「っ……今回持ってきたモノは行軍の為の魔術具が本位なんだ! 小型化や軽量化、効率性に耐久性にも――」

 

 

「知らね。どうでもいいわ、もう死ね」

 

 キャシーはフェルナンの矜持(プライド)を両断するように、電撃を乗せた右拳を腹に叩き込む。

 

「ごッ……はぅ……うぐ、おれの魔術具装甲を雷で抜けると思ったかケダモノ女」

 

 雷撃の魔術具を扱う以上、自身に被害が及ばないようにするのは当然の備えであった。

 しかしそんな思惑を嘲笑うかのように、キャシーは死刑宣告をする。

 

「いやまぁ本気じゃねぇし。今のアタシの課題は効率的な魔力運用だからさぁ」

「……は?」

「でもとりあえず他全員()って少しは手応えはあったし、最後だからもういいか――」

 

 そう告げたキャシーは、スゥ……と一息吸うと出力を瞬時に振り切らせるように咆哮する。

 

「"雷牙(ライッガ)"ァァァァアアアアアッッ――!!」

 

 接触状態で放たれた全力全開の雷撃は――魔術具装甲もろともフェルナンを蒸発させた。

 特大の雷轟がおさまったところで、髪と尻尾のボリュームが戻ったキャシーはつぶやく。

 

「ん……やっぱアタシが弱いわけじゃねんだよな。フラウとベイリル(あいつら)のほうがおかしいんだ」

 

 

 


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