異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「
キャシーは鉄爪籠手を
と言っても……学園生時代に痛感したほどの
多様性が増えると共に、勝てる可能性も負ける可能性も、枝分かれした印象なのが正直なところ。
どうにも種族的に
それもいずれは克服してみせるし、現状でも短期決戦であれば問題ないと言えよう。
あとは対空能力を磨き上げるか、自身も飛行する方法を得るしかないだろう。
電磁気で大地と反発すれば、"浮遊石"みたいに飛べるんじゃないかみたいなこともベイリルが言っていた気がするが――
("黄竜"に乗って戦いたいなぁ……)
もう何度目かわからない
それはそれで純粋な
「あっ――」
この場から立ち去ろうとした瞬間、キャシーは忘れていたことを今さらながら思い出す。
実験魔術具隊を殲滅するだけではなく、魔術具を回収するのも仕事の内であったことに。
「だっりぃ……っつか壊れてないのあんのかよ」
手加減せずに"雷獣"形態で暴れた惨状を改めて見渡す。
森は森でなくなり、焼けた人肉の匂いが
その中から一つ一つ無事なモノを探すのは、さすがに骨が折れるというものだった。
「全部ぶっ壊しちまったことにすっか」
どのみちリーティアら商会が作る"科学魔術具"に比べれば、大したモノとは思えなかった。
参考になる部分もあるかも知れないが、運搬も考えればそれほど数も選べない。
そもそもどれが有用なモノであるのかも判断がつくものではなく、そうなると全部回収しなくてはならない。
「はぁ……しゃーねぇ。とりあえず
観念したように溜息を吐いた時、キャシーの猫科耳がピクリと動いた。
空高く無意識の電磁波レーダーに引っかかる巨大な影に、ゴキリと腕を鳴らす。
「んっ、火竜……?」
目を凝らすと赤く飛ぶ姿が見えた。そしてそれはどんどん大きくなって来る。
「待った待った~!! 攻撃すんなよーーー!!」
キャシーが帯電した両腕を降ろすと同時に、火竜はすぐ近くへと翼膜を畳んで着陸した。
「よーっす! ひさしぶりキャシー!」
そう名を呼んだ少女は、短めの薄い橙髪に商会の外套《ローブ》をまとっていた。
布地の下には王国の軽鎧を着込んでいて、さらに四色の炎を象徴する紋章が刻まれている。
「"リン"じゃねえかっ!」
「いやーさ……昼に雷が鳴りまくってたから、これはもしかしてと思って。わたし大っ正解じゃ~んさ!」
はたして王国公爵家の三女にして、学園は戦技部兵術科の学友でもあった"リン・フォルス"であった。
「なんでンなトコにいんだよ、リン」
「わたし
「ふんふん、で?」
「秘密の多い商会の為に色々と
「誰かに任せりゃいいじゃん」
「もっちのろんで任せたさ、
「そういやオマエって三姉妹の末っ娘だっけ」
「そーだよ。
「ナイアブぅ? ……がなんか役に立つんか?」
「
「あーまぁそこらへんはナイアブの得意分野か」
「うん、今をときめくナイアブせんぱいに会わせる勝手な約束で
王国軍の情報の多くをもたらしたのは、ベイリルとクロアーネと各所の商会員が集めたモノだけではない。
リンとフォルス家によって広げられた情報の
さらには王国軍から今以上の援軍が送られないよう、戦況の印象操作などまで流布させた。
「まーなんだ、そいつはごくろうさん。ベイリルの代わりに言ってやるよ」
「うわっなんか素直で気持ちわるっ! キャシー丸くなった?」
「どうやら100人斬りが101人になりそうだな」
「へーやっぱりこいつら全員キャシーがやったんだ?」
リンは惨状にも平然とした様子で、改めてキョロキョロと見回してそう言う。
「100人斬りかぁ、強くなったねぇ。雷鳴もめっちゃやばかったし」
「オマエじゃもう逆立ちしたって勝てねえぜリン」
「ふーん……ジェーンには?」
「負ける気しない」
「あれは? 闘技祭で無様に負けたファンランせんぱい」
「ぶざまは余計だっつの。――今なら勝つぜ」
向こう見ずなそれではなく、確かな自信を秘めたキャシーのふてぶてしい態度にリンは笑う。
「そっかそっか、みんな成長してんだねー。わたしもだけど」
「一戦、
「やらんて。……ところで火竜に驚かないの? 反応なくてさびしいよ」
リンが乗ってきた火竜は、後ろで大人しく様子を見守っているようだった。
「あん? 別に――」
「うちの
「いやまじで、いまさら
「強がりおる」
「そう言われたって、アタシらはもっとすげーのと闘ったし」
頭をポリポリと掻くキャシーは、心の底から口にしているようだった。
「えっ――それってもしかしてドラゴン?」
「おう、"黄竜"」
「……あぁ、キャシーよ、ついに妄想の世界に生きるにまで」
「こっの、オマエは調子変わんねえなぁ。あとでベイリルにでも聞いとけ、あいつらと倒したからな」
「倒したぁ!? 本当にぃ!? 七色竜の一柱でしょぉ!?」
「あとフラウとハルミアでな。リンはワーム
「えーあー、うん。あれでしょ、五英傑の――」
アゴに手を当てながら、
「あれの最下層にいた、倒した、制覇した」
端的に三言、キャシーは確かに断言する。
「んぁーーーあ? やっべ、これ言っちゃいけないんだった。誰にも言うなよ」
「……本気で言ってる?」
「証拠に灰竜もいんぞ」
「はい? りゅう?」
「まだ子供だけどな。黒竜と白竜の卵で、アタシらで
「ちょぉー待った待った! 色々話を飛ばしすぎてもうわけわからん」
「なんだよ、少しは自慢話を聞いてけよ」
「積もる話はあとでゆっくり聞くってばさ。本当の話かどうか一応ベイリルに確認取ってからね」
「アタシがこんなつまらない嘘をついたことあったか?」
「嘘も本気で信じ込めば真実になる」
「おまえなぁ……ま、いいや。あとで度肝抜きゃいいよ」
「ぬーーーん、これは真剣に覚悟せねば」
雑談が一心地ついたところで、キャシーはリンに尋ねる。
「――で、リンは何しに来たんだよ?」
「そりゃ戦況を知るためだよ。関わった以上は、見届ける義務があるもん」
「オマエん家は大丈夫なんか?」
「こっちは問題ない、今はもうやることないし」
「んじゃ王国軍のほうは?」
「王国からの援軍も、一応大丈夫だと思う。っていうか支配拠点がとんでもないことになってる」
「……?」
「そうそれなんだよ! 商会の"三巨頭"があんなにヤバいなんて聞いてない!!」
「どういうこった」
錯乱した様子を見せるリンに、キャシーは珍しいものを見たように尋ねる。
「王国軍はインメル領土の一部を奪うために、侵略戦争仕掛けてるわけ」
「そんくらい知ってる」
「そうなると拠点をいくつか保持しとかなきゃいけない。城砦とか大きな街とかさ」
「だろうな、学園の講義で習った」
学園の戦技部兵術科で習ったことの中には、実戦的なことだけでなく戦略や戦術も含まれる。
制圧した拠点を中心とし、駐屯する軍団の規模から算出されるおおよその半径が支配領域となる。
そうした点と点を繋げていって安定統治させてこそ、はじめて支配領土の塗り替えが完了する。
「それがのきなみ崩れてる!」
「ふーん」
「反応
詰め寄るリンの顔に、キャシーは面倒臭そうな顔を返した。
正直なところ、頭でちまちま考えることは自分の性分ではない。
そういうのは得意な奴がやればいいし、学園時代もジェーンやモライヴが担っていた。
「はいはい、おしえてくれ」
「シップスクラーク商会三巨頭の"黄金"の人!」
「金髪のおっさんか? アイツ強そうだよな、今度闘ってみてえわ」
「やめといたほうがいいよ、あの人ほんっとやばい」
「なにがどうヤバいんだよ?」
「だって一人で拠点を保持している王国軍を潰して回ってんだよ!?」
「そりゃ……すげー、な?」
「ベイリルから、"インメル領から
てっきり新しい補給線とか援軍とか
「まーーーうん、そうなんかもな」
「でも違ったんだよ、ベイリルたちが本当に王国側に知られたくなかったのは――|
「バレるとなんかマズいんだっけ?」
そこらへんも座学で習ったような気がしたが……途中から寝ていたのかも知れない。
「過剰戦力による潰し合いを
「追い詰められて使ったとしたら?」
「それは本当に最後の手段だけど、仮にそうなったらお互いの
「どんなに負けてても一発逆転ってか、夢があんな。まったしかに習った気がする。」
軍に縛られるのはまっぴらゴメンなものの、いずれはそのくらいまで至りたいとも思ってしまう。
「いやいや常軌を逸した単一戦力ってのは、まんま軍事力にも繋がってくるんだよ!?」
「つまり失ったら痛いわけか、だから簡単には抜かないと」
「そうそうお互いに余剰戦力が残ってるのに、いきなり抜くなんてはっきり言って非常識なわけさ」
公爵家の三女として――国家と軍事の在り方をよく知るリンは、
「でもそれも万が一バレたとしても計算ずくなんだよね、だってシップスクラーク商会は
外交的に非難される
「じゃあいいじゃん。それともなんだよ、フリーマギエンスを裏切るのか?」
「いやそれはないない。正直ここまでわたしを信じて頼りにしてくれたってことも、嬉しいことは嬉しかった」
「まっ……家柄だろうけどな」
「お
リンとしては正直に言えば、今回の
侵略戦争している側とはいえ……王国を裏切っているという事実は、どこか
「割り切れ割り切れ、オマエが頑張ればそれだけ犠牲も少なくなんだからさ」
「むむぅ……キャシーなんかに
「ふっはっは、そんだけアタシも成長しているということだ、もうリンを追い抜いたな」
「この猫……本当に言いおるわ――むっピリピリする」
静電気が残る猫っ毛と獅子尾を撫でるリンを他所に、キャシーは思いついたことを口にする。
「なぁリン、頼みがあんだけど」
「ん~? なにさ」
「死体から魔術具を集めといてくんね? ぜんぶ」
「は? ヤダよ、自分でやりなよ。わたしの仕事とちがうよ」
「アタシは身一つだし、そっちは火竜で運べんじゃんか。だいたい王国人が戦場にいたら狩られんぞ、騎獣の民に」
「わたしは王国軍にもなれるし、商会員としても動ける人材ですよ?」
ちらちらと鎧についているフォルス領の四炎の紋章と、
「混乱すんだろうが」
「それに自分の身くらい守れるってば」
「とにかくやめとけ。もしもややこしくなったら……終わった後でネチネチ言われんぞ」
「やっぱネチネチ言われちゃう?」
『――ベイリルに』
ハモらせた二人は遠くを見つめるかのように、顔を揃えてゆっくりとうなずいたのだった。