異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第三部 4章「インメル領 会戦 -急-」
#151 戦域潮流 I


『くっくっく……くぅーっはっはっははははははっハハァッ!!』

 

 空属魔術で音圧を上げながら、俺は肺の中の空気を高笑いして消費する。

 

「な~に笑ってんの?」

「いや、なんかこう……"黒幕(フィクサー)"みたいじゃないか? "灰色の枢機卿(すうききょう)"とも言ったっけか」

「しょーじきあんまり馴染んでないね~」

「そうか? じゃあ後200年くらい経てば円熟した魅力で──」

「どうだろ~」

 

 フラウにはいまいち不評なようだったが、たまにはそういう気分の時もある。

 

 

 開戦より8日目を数え──俺とフラウは天空より戦域全体を眺望する。

 

「にしてもだ、おおむね予定通りではあるんだが……ほんと魔術ってのは半端ないな」

あれ(・・)も計算の内なん?」

 

 フラウが指差したのは──大岩で形作られた城塞(・・)

 小高い丘の周辺に沿うような岩壁と、単純ながらも堅牢な拠点が建造(・・)されていた。

 

 遠目にも多くの王国軍が駐留していて、大魔術要塞とでもいうべきか。

 魔術の歴史と造詣(ぞうけい)が深い王国の魔術士が、数多く存在するからこそ成しえる形。

 

 既に魔術による迎撃態勢が確立されていて、おいそれと攻城戦を挑めば逆撃に見舞われる。

 また魔術士らによる対空火力がある為に、周辺空域に限っては制空圏を確保できないでいる現状。

 とはいえ領域外に関しては、包囲するように掌握しているので"使いツバメ"などは漏れなく通さない。

 

 本来攻城戦こそ、その真価を発揮する科学魔術兵器たるカノン砲も……既に装薬を使い尽くしていた。

 そもそも不具合や故障もあって、現状で使い物になるのが1基のみ。

 まして魔術防壁が強固すぎる為に、効力射は正直なところ望めないようにも思われる。

 

 "重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"も城塞の魔術迎撃半径が広すぎる為、射程を考えると安定的な結合は難しい。

 もっとも仮にぶち当てられたとしても、そこまで追い詰めることは本意ではない。

 戦術・戦略どころか政治的に、後々を考えた時に色々と(いびつ)な支障が生じてしまう。

 

 

「一応、想定内だ。バリス殿(どの)が突っ走ったおかげで、予測よりも早く構築されちまったが──」

 

 "岩徹"のゴダール。王国軍の大将軍の一人であり、地属の戦場魔術士としては世界でも五本の指に入るかも知れない。

 自らを(おお)う巨大な岩鎧に加えて、地上であれば自由に防衛拠点を作れると噂される実力者。

 王国軍が混乱と恐慌の渦に(おちい)れば、彼が城塞を目印にして軍の再編を図るだろうことは想定の内だった。

 

「そこにダメ押しの"制空権の掌握"と"騎獣民族による包囲"。そしてなんと言っても"兵糧攻め"だ」

「かわいそ。()えってほんっとーにキツいんだよ~? ベイリルは知らないかもだけど」

 

 フラウは少しだけ俺に当てつけるように言う。

 確かに幼少期を1人で生き抜いたフラウは、そうした苦労が多くあったに違いない。

 対して俺は三代神王ディアマ信仰のカルト教団の庇護下(ひごか)で、ヌクヌクと育ったことは否定できなかった。

 

「いや……俺も極貧生活をしていた時が、一応ある」

「へぇ~初耳!」

 

 それは転生する以前──地球時代での話だったが……それでも日本に住んでいた以上、真に迫った状況ではない。

 とはいえ"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に奴隷として買われるまでの(あいだ)は、かなりきつかったとも言える。

 

「まぁそこらへんは例によって秘密だ。とりあえず100年後くらいに話すかも」

「でた! あーしにも言えないベイリルの秘密!!」

 

 ぶーぶーと膨らませたフラウのほっぺたを指でつっついてやる。

 こうしたやりとりも慣れたものだし、フラウとしても意固地になって追求はしてこない。

 

 

「さて、兵站線はバルゥ殿(どの)が破壊したし──」

 

 一度破壊されたラインを、再び繋ぎ直すことはほぼほぼ不可能だ。

 そういった"魔導具"や──あるいは"魔法具"があれば、シールフが看破してくれている。

 

「バルおじもすっかり、あーしらの仲間だね~」

「そうだな。迷宮逆走から騎獣民族の引き入れに今回の戦争まで……世話になりっぱなしだ」

 

 出会いとはいわゆる一つの宝物である、と──改めて身に沁みることが多々ある。

 互いに影響し合い、共に成長しすること。"人類皆進化"という本義を大いに自覚できる。

 

「それとバルゥ殿(どの)のおかげで、意思ありき奴隷という"労働者"を大量に確保できたのが大きい」

 

 土地を改善し生産性をもたらす人的資源(リソース)

 国力とはすなわち人口である。労働力こそが国家を支える全ての基本なのだ。

 それぞれが細かく分化して役割を担うことで、社会という大きな歯車が回る。

 

 人手(ひとで)というものは、いくらあっても足りないということはない。

 大人数を養うだけの食料も、労働者によって生み出されるし、その為の土地はまだまだある。

 

 土地を超える人口があれば拡張すればいいし、地下や海や空──惑星で足りなければ宇宙へ行く。

 "文明回華"という大望を果たす為には、奴隷労働者も大切な一員となるのである。

 

 

「バルおじの過去って、やっぱそんなにスゴいの~?」

「らしいぞ。王都では相当有名だったっぽい」

 

 奴隷剣闘士として、闘技場で()けなしの戦績のまま奴隷解放という華々しい引退。

 去ってからそれなりに時は経っているものの、それでも色褪(いろあ)せぬ語り草であろう。

 

「閉鎖空間で兵糧不足が重なれば、奴隷は解放せざるを得ない。全て、計算通り」

 

 愉悦に浸るように俺は邪悪にも見える笑みをつい浮かべてしまう。

 

 王国の文化背景を(かんが)みるならば、獣人奴隷などは殺すという暴挙も考えられた。

 しかし死体処理の手間を考えた時に……それはありえないと踏んでいた。

 

(そんなことに肉体を酷使し、精神を疲弊させ、魔力を消耗するなど──)

 

 こちらに付け入る隙を与えることに他ならないのだから。

 

 

「そして領内における被制圧拠点の奪還はオーラム殿(どの)に任せてあるし、後方からの援軍は見込めない」

 

 それは相手に目隠しをさせて、いけしゃあしゃあと鬼札(ジョーカー)を切るイカサマのようなやり方。

 伝家の宝刀の……刀身を見せることなく、瞬時に居合い抜くが(ごと)き行為。

 

 本来は相手の単一個人超戦力(さいしゅうへいき)への予備要員(カウンター)として温存させておくつもりだった。

 しかして軍議の最中に、ソディアがあっさりと"黄金"の活用を言いのけた。

 

 相手に知られなければ……悟らせなければ、こちらの温存戦力をいくらでも使ったって構わない。

 これは国家ではなく、あくまでただの商会だからこそ可能な、"邪道"にあたる戦い方である。

 なんでもありな海賊ならではの発想であり──実に悪辣(あくらつ)狡猾(こうかつ)なやり方。

 

(でも効果的なのは確かだった。だからこそ採用した)

 

 ゲイル・オーラムに各拠点の奪還に奔走してもらう。

 そうすることで新たな軍の構築を妨害し、情報も効率よく封鎖できる。

 

 また責務と虚栄によって出兵しつつも、後方で安全にいる高級将校を既に何人か捕えていた。

 それらは身代金をふんだくるだけでなく、いざという時の交渉材料にすることもできる。

 順当に勝てば、賠償金に上乗せし……戦災復興に()てられるのは非常に大事なことだった。

 

 

「ん~~~……──ねぇねぇベイリル」

「なんだ? フラウ」

「楽しそうだね~」

「まぁ、な」

 

 "俺は戦争が好きだ、大好きだ"──とまで言うつもりはないが、やはり後ろ暗い娯楽なのは否定できない。

 制覇勝利の為の初陣にして、結果的には"開拓"の第一歩となったこと。

 "文明回華"という道が、はっきりとヴィジョンとして見えてきたことに嬉しさもある。

 

「あーしはあんまし詳しくないけど、戦略とか知っといたほうがいい?」

「そんなこと言い出すなんて、珍しいな」

「いやさ、そういうのも援助(サポ)して欲しいのかな~って」

 

 理解してくれる相手がいるということ、吐き出して話すことで思考というものは整理される。

 往々にして一人で考えるよりも、二人で考えた(ほう)がご多分に(はかど)るものだ。

 "三人寄らばなんとやら"──その究極がシップスクラーク商会でありたいと常々思っている。

 

「ハルっちみたいに戦場経験もないし、兵術科のキャシーと違って魔術科だったから習ってないしさ」

「そこらへんは俺も同じだ……もっとも俺はセイマールから基礎は教えてもらったし、元々多少の知識はあるか」

 

 

 日本に住んでいた頃に読み聞きした歴史や、本や動画から得た知識群。

 シールフの読心補助によって、かなり精細に思い出せたにせよ限度はある。

 

(精々俺ができるのは、過去の歴史からそれっぽいものをピックアップするだけだが──)

 

 結局のところ餅は餅屋に、専門的なことは専門家(スペシャリスト)に任せるのが良い。

 答えだけをやんわり示して、そこまでの道程は選ばれた人間がやってのければいいのだ。

 

「俺のことを想ってのことなら嬉しいが……別に無理はしなくてもいいぞ」

 

 相手を深く理解する為に、合わせる為に、興味のないことを知ろうする彼女の精神はありがたい。

 しかし別に無理してまで──とは思わなかった。

 

「興味ないわけじゃないし、せっかくだから。あと世界ってのは(ひろ)げてくもんっしょ?」

「そうか? それじゃぁ少しだけ説明するか」

「よろ~」

 

 俺自身も現状の把握という意味で、改めて振り返ってみる。

 

 

「まず戦略の意味はわかるな?」

「広いのが戦略で~、狭いのが戦術!」

「ざっくり言えばその通りだ」

 

 政治で解決できず相手に対して武力手段を取る場合に、軍事行動における広域的な作戦・方針の組み立てが戦略。

 戦術はさらに狭域における作戦行動で、戦法はさらに局所的な意味合いを持つ。

 

「本来想定していた第一戦略目標は、インメル領から王国軍を排除することだった」

「シップスクラーク商会の(ちから)を見せつけるわけだねぇ~」

「ん……うん、間違いではないが──まぁいい」

 

 俺はメモ帳に図面と文字を書いて、概要をフラウへ伝えていく。

 

「まず戦略的な前提として、(ひと)ツに帝国援軍の位置と到着予想を計算する」

「帝国本軍に頼らずに解決したいんだっけ」

「その通りだ、(ふた)ツにワーム海との距離を測る」

「えーっと……?」

「内陸部にいきすぎて、バルゥ殿(どの)率いる騎獣猟兵部隊が遅滞したら困るからな」

 

 大陸を駆け回る騎獣の民のさらに精鋭部隊とて、体力は温存しておくに越したことはない。

 道中が長くなるほど、道中で余計なトラブルに巻き込まれないとも限らない。

 伝染病の終息宣言するにはインメル領は広く、未だに予断を許さない状態であることに変わりはないのだから。

 

「あーなるほど、他には?」

「三ツ目は王国軍の兵站(へいたん)線と、援軍状況を知ること」

「兵站ってのはあれだよね。食料とか武器とか兵士とか──」

「あぁ、軍の行動に必要な生命線。拠点を(もう)け、道を繋ぎ、過不足なく送るもの」

「魔力がないと魔術が使えないようにってことだ」

「その通り。そうして各要素のバランスを考えて基本方針に肉付けをしていく」

 

 

 帝国の情報、王国の情報、土地の情報、自陣の情報──とにもかくにも情報こそが全てを支える土台にして背骨。

 それは近代戦においても基本であり、より確度の高い情報を制してこそ……ありとあらゆる前提を成さしめる。

 王国軍は言うなれば目と耳を潰された状態で、道なき道を無事故・無違反で車両運転しろと言われるようなもの。

 そしてシップスクラーク商会は、そんな哀れな敵の周囲に罠まで敷き詰めたのだ。

 

 (いわ)く──"敵を知り己を知れば百戦危うからず"。

 大昔から()る人は()っていた不変の(ことわり)

 

(もちろん王国とて情報を軽視していることはない、ただ……)

 

 その真なる重要性をよくよく理解しきれていないのだ。

 それは地球の戦争史においても同じで、兵器から主義主張に至るまで、同じ(てつ)を踏む愚が散見される。

 他国の状況を見ても(かえり)みるということがなく、実際に経験しないと骨身に染みないことも珍しくない。

 

 情報という大きな概念そのものを理解して、統合して取り扱うということ。

 感覚的なところで理解してはいても、それを実際に明確な形として運用することまで国家や軍人は簡単に至れない。

 一度組織として、社会として、巨大になってしまえば……それだけしがらみが生まれ、雑音(ノイズ)も多くなる。

 

 そうなれば"一枚岩"には程遠くなり、あらゆる動きは鈍化する。

 合理的に遂行すべき事柄も、適切に実行できなくなる。

 

 

(実際にそれらを知り、取り扱うのは──そう、いつの世も嗅覚の優れた商人(・・)だ)

 

 共和国の"大商人"エルメル・アルトマーは、まさにその(たぐい)の人間であったと言えよう。

 

 戦争とは()()()()()勝利を決定付けておくべきもの──と、時に言われるように。

 極端に強い単一戦力が存在する異世界では、確約された勝利は無いものの……。

 それでも限りなく勝利に近付ける為に、最も大事なものこそ"情報"なのは変わりなし。

 

(そして情報だけでなくあらゆる行動に繋がり連なるのが──"テクノロジー"なんだ)

 

 


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