異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#07-3 計画 II 

 

「さて、そろそろだが──むっ!?」

「これは……」

 

 セイマールとアーセンは、木々を抜けてすぐさま異変に気付く。

 "魔術具"を用いて作り上げた土牢は無惨に破壊されていて、近くには少年が一人横たわっていた。

 

「セイマール先生、まさか予定の内なのですか?」

「いや違う、バカな……一帯は調査した(はず)だ。……これもディアマ様の御意志(ごいし)と言うのか」

 

 疑問を(てい)してきたアーセンの言葉を否定し、セイマールは馬にムチを打って走らせる。

 

 

「おい、きみ! 無事か!!」

「っ……ぁあ、たす──けて」

 

 馬上から降り立ち様子を(うかが)うと、その少年は間違いなく買った内の一人であった。

 顔を上げた黒灰銀の髪に蒼碧眼のハーフエルフの顔はひどく汚れ、衰弱しきっていた。

 それ自体は予定通りのはずだったのだが……。

 

「少年よ、大丈夫かね」

「あっ……ぁぁああああああ!!」

 

 泣きじゃくり、顔をうずめてくる。

 どうやら"精神汚染の浄化"に関しては、無事()んでいるようだった。

 

 

「セイマール先生ッ! あっちに足跡と薙ぎ倒された後のようなものが!」

「なるほど、そうか……すまないがアーセン、少し調べてきてくれ。周囲の警戒もくれぐれも(おこた)るな」

「御意に」

 

 馬上のアーセンは足跡を辿るように、調査を開始する。

 一方でセイマールは泣き止んできた少年に、革袋に入った水を飲ませてから優しい声音で問い掛ける。

 

「何があったのか、聞かせてくれるかね?」

「ぅ──ん、すっごくくらくて、それで……かいぶつが──」

「怪物か、それで?」

「おっきくて……こわくて、みんなでにげて……それで、かくれて……」

 

 (おび)えきって、たどたどしい口調だが……それでも要領を得た説明であった。

 奴隷商の話でも、かなり頭が回り、よく喋るとのことだったが本当にしっかりとしている。

 

「みんな? 他にもいるのか?」

 

 少年はコクリと(うなず)いて、土牢の一つを指差した。

 

 

 セイマールは少年をそのままにして立ち上がり、中途半端に破壊されている土牢の中を覗き込む。

 そこには残る3人、髪色からしても間違いなく自分が買った子供達が、身を寄せ合うようにして眠っていた。

 

「先生! とりあえず周辺は問題ありません。足跡は大きさと形から判断すると、小型の陸竜のようです」

「ありがとう、アーセン。どうやらきみの後輩となるべき子たちは、みな無事なようだ」

「そうでしたか。一応、他の土牢も調べてきます」

「よろしく頼む」

 

 セイマールはたまたま"本部"へ戻ってきていた、元教え子のアーセンを誇りに思う。

 積もる(はなし)をするがてら、少し手伝ってもらっているだけに過ぎないのだが……本当によく働いてくれると。

 

 この4人の子らも、アーセンのようにしっかり教育し、崇高なる使命の為にその身を役立たせてほしいと、(せつ)に願うばかりだった。

 

 

「それにしても……」

 

 陸竜にこうも破壊された惨状(さんじょう)に対し、調査が不十分だったことを恥じ入ると同時に──よく一人も欠けず生きていられたものだと頭に浮かぶ。

 しかしこれもまた導き(・・)なのだと、超えられない試練を与えるようなことは決してしないのだと……セイマールは強く塗り替え、打ち消した。

 

「おじちゃん、みんなはだいじょうぶ?」

「ん? おぉ、安心したまえ。みんな生きている、ちゃんと心配できるなんて偉い子だ」

 

 そう言ってセイマールは目線の位置を合わせるようにしゃがんで、ハーフエルフの少年の頭を撫でてやった。

 まずは土牢にて汚染された精神を浄化し、次は我々の大義によって導いていく必要がある。

 

 

「ちょっとよろしいですか先生、実は()()()()()な──」

 

 土牢を見て戻ってきたアーセンに対して、セイマールは首を横に振った。

 

 あくまで自分達は()()()()()に過ぎず、"子供達を閉じ込めた者とは別である"ということ。

 少年の前で何か繋がりそうなことを口走られ、疑念を植え付けてしまってはせっかくの浄化も台無しである。

 

「あ……失礼しました」

「いや、構わない。それよりすぐにでもこの子たちを保護して、ここを離れよう。手伝ってくれ」

 

 どうやらセイマールはすぐにこちらの意図を察したらしく、

 

少年(きみ)、とりあえず私たちの屋敷へ来るといい。そこで身を綺麗にし、美味しい食事をとろう。もちろんこの子たちも一緒だ」

「はい……その、ありがとう、ござい──ます」

 

 しっかりと敬語で応える少年に、セイマールはうんうんと(うなず)いて体を(かか)えて馬に乗せてやる。

 

 全ては大いなる使命の成就の為に──

 

 

 

 

 おあつらえ向きに用意されていた、子供用(・・・)の二段ベッドの上で──ベイリル(おれ)思索(しさく)(ふけ)る。

 

「今日はぐっすりと寝て、ゆっくりと考えるといい──」

 

 巻き布で顔を隠して俺達を買い、閉じ込め、いけしゃあしゃあと素知らぬ顔で自作自演(マッチポンプ)救出をしてきたセイマールはそう言った。

 タイミングの良さと、"こんな場所"まで連れてこられたことから判断しても……十中八九、間違いはない

 

 ジェーン、ヘリオ、リーティアの3人にはよーく言い含めた。

 穴だけ空けて原型を留めていた土塊構造物(つちくれドーム)も"それっぽく"適度に破壊した。

 結果としてとりあえずここまでは上手く誤魔化せて、無事保護されることはできた。

 

 

(セイマールと、アーセン……)

 

 メガネを掛け先生と呼ばれていた年配の男と、生徒と思しき若い男によって俺達4人は"屋敷"へ連れてこられた。

 

 深い山中に構えた、どこぞの貴族だか富豪が所有していた古い名残を買い取ったのだろうか。

 全体的にくたびれているような印象を受けたが、外も内も綺麗にされていて庭を含めて相当な広さがあった。

 

 

 セイマールに保護された時に言われた通り、汚れを洗い、清潔なローブに着替え、小さな傷も手当てされた。

 さらに温かい食事を提供され、本屋敷とは別棟の子供部屋へと案内された。

 

 そして──()()()()()をとくとくと説明された。

 

 過去の歴史において、暗黒時代を打破し魔王候補をも殺して回ったとされる"三代神王ディアマ"。

 そのディアマを信奉(しんぽう)する宗教団体──"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"、その本部。

 

 教義の内容には疑問符をいくつか覚えたし……語る口振りと瞳は、生憎(あいにく)と俺には狂気しか映らなかった。

 

 

端的(たんてき)に言えばカルト(・・・)、だろうな)

 

 セイマールは助けたという(てい)を装いつつ、さらに選択肢を提示してきた。

 

 ここに残れば宗道団(しゅうどうだん)庇護下(ひごか)において、衣・食・住を保証することを……。

 そして断れば近くの村に送り届けるという(むね)を。

 

 一見すれば良心的に見えるようでも、その(じつ)……選択肢など一択と言っていい。

 子供が4人、見知らぬ土地に投げ出されればどうなるかなど、火を見るより明らかである。

 

 自分で選ばせることが、この際は重要なのだ。マジシャンの心理トリックと同じ。

 精神支配(マインドコントロール)においても相手に意識させないまま、思惑通りに動かすよう誘導するもの。

 

 

(そもそもだ、この場所の存在を知った上に、買った費用を回収しないまま素直に解放するわけがない)

 

 相手はこっちが奴隷として売られていた──のっぴきならない境遇であることを知っているのだから。

 村に送り届けるなど方便に過ぎない。断っていたとすれば、どういう扱いになるかは……想像したくもない。

 

 より直接的で強力に肉体・精神に訴えるか、薬物に()った洗脳措置なども考えられる。

 あるいはもう一度どこかへ売られるか、(なぐさ)みものか、自爆テロにでも使われてしまうか。

 

 

(問題は"契約魔術"の(たぐい)だが……)

 

 奴隷商が客に説明していた時の知識を思い出す限りでは──まず一方通行の"強制契約"は難度が高く、また必要な魔術具も必要の効果なのだとか。

 成功しても脳の思考能力が欠如するなどの弊害(へいがい)が生じてしまう。

 さらには魔術適性が高い場合、契約効果そのものにも支障が出てしまう場合もあると言う。

 

 それゆえに正常なまま(おこな)う場合は相互契約──つまりお互いの意思が重要となる。

 あくまで契約(・・)であり、どちらかに否定的な要素があればそれはデメリットとして返ってくるのだ。

 

(だからこそ刷り込み(インプリンティング)をして、合意契約へとスムーズに持ち込む気かと思っていたんだが……すぐにでも執行するつもりはないんかねぇ)

 

 俺自身、契約魔術については聞きかじった程度しか知らないので、他にもなにか条件や制約があるのかも知れない。

 

 

(単純に準備が整ってないか、もしくは考え方が違うのか)

 

 契約魔術を差っ引いても、どのみち(かせ)は多い。しかしその中にも……活路はある。

 さしあたって教義に(のっと)って信仰する、ただただ信徒のフリ(・・)をしているだけで済むのだ。

 

(少なくとも俺は、だが──)

 

 問題は同じ部屋で眠る、3人の罪のない無垢な子供達。

 判断のつかない子供の精神では、教義に染まってしまうことは容易に想像できる。

 

(無明の闇黒からの刷り込みは、結果的に俺がしてしまった部分があるとはいえ……)

 

 それでも実際的に保護し、衣食住を与えるのはセイマールとこのカルト教団だ。

 洗脳教育が進んでいったなら、長命の俺には遠くない将来で……最悪、敵対することになる。

 

 ──その(すえ)の未来は、容易であっても想像したくはなかった。

 

 

(迷うまでもない、むしろ俺の新たな指針の為の好機(チャンス)と考えよう)

 

 洗脳解体──どころか最初から洗脳させないよう立ち回る。

 カルト教の(かたよ)った価値観に対し、常に新たな価値観を提示し()り固まらせないようにする。

 

(そうだ、なんだったら俺が洗脳してやる)

 

 先手先手で俺の持つ知識や文化で、染め上げてしまえばいい。

 そうやって信頼を(きず)きあげ、こちら側にズブズブに引きずり込もう。

 

孤独(ひとり)よりはいい。そもカルト教徒に四六時中囲まれ続けていては、こっちだって単純に気が狂いかねない)

 

 今後共同生活を(いとな)んでいく仲間は大切にする。

 リスクは低くない。3人の誰かから、露見(ろけん)することも十分ありえることだ。

 直接漏らすことはなくても、俺自身も含めて行動の中に疑念を持たれる機会も必然的に増えていってしまう。

 

 

(──まっ俺の大いなる野望の為には、人材(なかま)が必要だしな)

 

 世界に変革をおこして文明を進歩させて、退屈しない人生──もといハーフエルフ(せい)を送る。

 その過程で母ヴェリリアと幼馴染フラウとラディーアも見つけ、可能であれば故郷を焼かれた復讐も果たす。

 

 心の奥深くに刻み込むように、決意を咀嚼(そしゃく)反芻(はんすう)する。

 自分に言い聞かせるように、自身に暗示を掛けるかのように。

 

 まずは()()()()()()()のだと──

 

 


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