異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

170 / 489
#154 戦域潮流 IV

 ゴダールの移り気を感じ取るように、火葬士はやんわりと話題を変える。

 

「いやはやわたくしの謹慎中も、副長とその補佐が有能で助かりましたよ」

 

 王国魔術士部隊の長である火葬士にとって、一番の憂慮(ゆうりょ)はそこにあった。

 処分されるのは覚悟の上だったし、その処分が致命的にはならないと、総大将ゴダールの性格上わかっていた。

 しかして自分が動けない(あいだ)に、王国軍と要塞そのものが敗北してしまっては悔やみきれない。

 

「副長はこうした戦いは慣れたものですが、補佐が他の侵略拠点に置いてきた無能とはワケが違いましたな」

 

 魔術士部隊の副長補佐として付けられた人物は、いわゆる戦争の実態を知らぬ年若い貴族士官の1人であった。

 王国の魔術学院を主席で卒業し、そのまま軍へと士官した――ほぼほぼ新兵と変わらぬ素人。

 はたして鳴り物入りは、垢抜けない部分も確かに残るものの……これ以上なく実戦向きであった。

 

「状況が状況だ、正直なところ荷が重かろうと思ったのだが……補佐として重責をしかと(まっと)うしていたようだ」

「それで正解です。あれは使いモノになる――この(いくさ)で生き延びられれば、ですがね」

 

 

 煽るように言い放った火葬士の言葉に、ゴダールの顔色が大いに曇る。

 双方の本音において、この戦争が無事に終えられるとは思っていないことは共通していた。

 

 謎の砲撃、自由騎士団、そして騎獣民族――遠征戦における情報不足は言うまでもなかった。

 しかし航空戦力が真っ先に全滅していたことが、この際は被害をことさら甚大(じんだい)なものにした。

 

 新たに情報を得られなかったこと――敵軍の存在を早期に察知できずに、相手に翻弄される始末となった。

 魔術士部隊の対空火力がなければ、この要塞上空の制空権を取られて爆撃を受けていたことは想像に難くない。

 防壁魔術がなければ、開幕に軍団を蹂躙した謎の砲撃で要塞も破壊されかねない。

 

 隊長である火葬士と魔術士部隊こそが要塞建築・修繕を含めて、駐留軍にとっての命脈そのものだった。

 

「貴公はこたびの(いくさ)、どう考える?」

漠然(ばくぜん)としてますねえ。ところでこれは……軍議ですか?」

「そんなつもりはない――単なる個人的な話だ」

「王国の不屈なる(よろい)たる"岩徹"ともあろう(かた)が、ずいぶんと――」

「話す気がないならば……出て行くがいい」

「いえいえ貴方の二つ名に反した柔軟さは、わたくしも大いに尊敬し見習うべきところです」

 

 火葬士はそうぬけぬけと言ってから、部屋の隅に設けられた石椅子に座る。

 

「今回の戦争――絵図を(えが)いたものは、さぞ楽しかったことでしょうな」

「言わんとすることとは……?」

徹底(・・)している。おそらくはすべて計算ずくで(おこな)われた戦術行動であることは、もはや疑いない」

 

 ゴダールは黙して語らず、ただ火葬士の言葉を静寂によって肯定した。

 

「焦土作戦の時点から、その戦略に(おとしい)れられていたのかと思うと……あな恐ろしや」

「インメル領の災いに乗じて王国軍を――否、王国それ自体を引き込んだと、貴公は言うのか?」

 

 

 足を組んだまま両手を広げ、大仰な仕草を見せた火葬士は畏怖と愉悦の入り混じった笑みを浮かべる。

 

「乗じるどころか"災禍"を自ら引き起こしていた、と言われても今さら驚きはしますまい」

 

 確かにそう言われても、思わず納得してしまいたくなるような恐ろしさが敵にはあった。

 あの騎獣民族が……自由騎士とインメル領軍と共闘している事態が、そもそもありえないのだから。

 

 この戦争の全容が(よう)として見えず、ただ天を突く巨大な化物を相手にしているような心地。

 見えているのはほんの足先だけで、(もてあそ)ばれている感覚すらある。

 

(ぜん)インメル領主は先の災いで死に、今は代替わりしているという。その新当主が(えが)いたか」

「その可能性も無いとは言えませんが……非常に小さいでしょう。わたくしの知るところでは現当主は失踪しています」

「なんだと……?」

「軍によらない個人的な情報網ですのであしからず。ただし確度(かくど)はそれなりに高い」

 

 インメル領主が関わっていないとなると、今現在率いているのは本当に何者なのであろうか。

 帝国本土のやり方にも明らかにそぐわない。それに帝国本軍を動かせるなら、もっとやりようがある。

 決して騎獣民族など使わないし、そもそも従うような連中ではない。

 自由騎士団と契約したこと、契約できたことそれ自体に不可解な点が多すぎる。

 

 

「それともう一つ、これは噂に過ぎないのですが……"白き流星の剣虎"が敵方にいるとか」

「……聞いたことがないな」

「あぁ――ゴダール卿は王都にはほとんど行ったことがないのでしたな。()の者は王都の闘技場で勇名を()せた"奴隷剣闘士"」

「わからぬな、なにゆえ奴隷剣闘士がなぜ戦場にいる?」

「奴隷の身分から解放されたのですよ。闘技場史でも数えるほどしかいない例外――それも伝説級の」

 

 ゴダールは話半分に(いぶか)しんだ様子で切り返す。

 

「それを軍内で見た者がいたというのか?」

「いいえ、所詮は噂。そもそも姿を直接知る者がいても、二十年以上も前の話ですから……」

「姿形は変わっているか」

「ただ白い虎の獣人は珍しい。見かけたら警戒すべきでしょう、ご留意を」

 

 ゴダールは考える様子を見せて、火葬士はあえて言わなかったことに考えを致す。

 

 闘技場の逸話によれば、その全盛期には当時の円卓の魔術士すら闘争を拒んだというほどの実力者らしい。

 さらには元奴隷(・・・)剣闘士という立場。解放した奴隷が利用されているかも知れないという危惧。

 戦争に直接戦闘で参加させることは契約では不可能だが、後方の支援や雑用には十分に使える。

 

 もしも今回の敵が食料も織り込み済みで展開していた場合、当然ながら兵糧攻めの効果は無い

 そうなればみすみす敵に、奴隷という労働力を明け渡してしまったことになってしまう。

 

(どちらにしても同じことか――)

 

 火葬士は既に終わってしまったことを割り切って捨てる。

 仮にこれだけの戦略を構築した敵であれば、当然こちらが処分した場合の方策も用意している。

 であれば……糧秣が少ない要塞陣地、不和による内部崩壊の(ほう)が恐るるべき事態。

 "岩徹"の意向を汲んで勝手に奴隷解放した結果など、趨勢(すうせい)に直接関わることはないだろう。

 

 

 一方で思考の泥沼で溺れるゴダールに対し、火葬士はしばらくしてから尋ねる。

 

「――これからどうするつもりですか?」

「……増援を、待つ」

「来る、と……本気で思っていらっしゃるのか」

 

 ゴダールはギリッと歯を鳴らした。問題はそこなのである。

 敵軍は確かに要塞の外を包囲しているが、戦力がそれだけとは決して限らない。

 

 補給線は護衛があろうとも、(こと)ここに至っては無防備も同然に近いと言えよう。

 兵站線ごと破壊されている可能性は決して低くはない。

 仮に予備軍と合流していて、糧秣自体が無事だったとしても……連絡する手段がなかった。

 

 地上は包囲状態にあり、要塞直上以外の敵制空圏を抜けて貴重な使いツバメが届く可能性は非常に低い。

 状況を打開する為に定期的に打って出てはいるものの、やはり敵もそこは熟知していて深追いはしてこない。

 

 限りある糧秣も目減りしていて、もはや出撃そのものもままならなくなるだろう。

 何よりも情報が外からも内からも封鎖された状態にあり、いずれが正しい判断かなどつくはずもない。

 

 

「かっはは……いっそ奴隷だけでなく、他の余剰兵もこの際は突撃させて数を減らしますかな?

 減ずればもうしばらくは戦える。もっとも我ら魔術部隊は貴重ですし、迎撃・防備の(かなめ)です。

 正規兵も王国の財産でありますから……そうですな。ベルナール卿を殺し、かの領兵たちを――」

 

「黙れ」

 

 ただ連綿と(たたず)む巨岩のような、そんな強く硬く重い一言であった。

 火葬士も調子に乗りすぎたことに閉口しつつ、肩をすくめてみせる。

 

(げん)が過ぎましたな、ですが現実問題として誰かが犠牲にならねば……全員が犠牲になる」

「わかっている」

「全員で逃げ出しますか? 途方(とほう)もないですが、総動員すれば……掘れないこともないでしょう」

 

 ゴダール自身と優秀な魔術士部隊が、地下道の構築・維持に注力すれば……脱出路を作ることも不可能ではない。 

 しかし後方軍の状況も位置もどうにも不明ゆえに、迂闊(うかつ)に動きようがなかった。

 

「空にある()を誤魔化せるとは思えん。こちらの数が少なくなれば悟られるし、対空迎撃がおろそかになる」

「では降伏しますか? ただし相手は"蛮族"混じり――負けた後はどうなるかわかったものではない」

 

 ゴダールの様子をつぶさに見て取って、火葬士はもっともらしく口にした。

 

「このまま餓死するの待つだけであれば……降伏もやむなし。相手は騎獣の民を統制下に置いている。

 その上でこれほどの戦略でもって仕掛けてきた連中だ。こちらが降伏した場合のことも想定内……のはず」

 

「はっはは!! 相手に生殺与奪を握られ、その良心に(すが)らざるを得ないとは――」

 

 

 火葬士はそこから先の言葉を紡ぐことはしなかった。

 しかし自嘲的に浮かべる笑みが、よくよくもって事の深刻さを表しているとも言えた。

 

「最終的に降伏をするにしても、限界までは待つ。それまでに……」

「――"二席"と"十席"ですか。彼らには期待しない(ほう)がいいと思いますがねえ」

 

 王国軍の伝家の宝刀――円卓の魔術士。彼らであれば戦況を打破できる。

 後方の予備軍だけでなく、侵攻途中の各拠点にて置いてある余剰戦力を統合すればまだ巻き返しは図れる。

 

 問題は円卓の魔術士が軍人でないこと、戦争の機微を知る連中ではないということだった。

 命令なくしてこちらへ援軍としてやって来るかどうか。こちらの危急に後軍の将が気付いてくれるか。

 

「総大将は貴方です、ご随意に」

 

 火葬士の一言に、"岩轍"のゴダールは強く……強く、血が滲むほどに拳を握りしめた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。